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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 最終章
49/81

ep.47 記憶と年齢

「こんなところでボーっとしているなんて、お仕事は終わったの?」


 いつか、ヒナゲシと対話に及んだバルコニー。そこで一人夕日に黄昏ていた竜基に、背後から声がかかった。


 振り返れば、少女の影。銀髪をショートに纏めた、意思の強そうな美しい王女だ。


 振り返りざま竜基は斜光に反射した彼女の姿を視認して肩を竦め、心の中を蝕む何かを押さえつけながら、努めてのんびりと口を開いた。


「政務の方は、一応片づいているよ」

「そ。ならいいわ。あんまり動揺しても、相手方に失礼だと思わない?」

「……まぁ、その話だろうと思っていた」


 竜基が寄りかかっていたバルコニーの柵。彼の隣にまで一歩一歩進んできたアリサは、竜基の顔を覗き込んでその紅の瞳を近づけた。


 春先の匂いが、二人の鼻孔をくすぐる。春花の開く蜜の香りと、萌芽する草木の混ざった自然の匂い。


 それがまたどうしてか寂しくて、竜基は小さくため息を吐いた。


 そろそろこの世界に来て二年になる、それを知らせるような匂いだったから。


「……クサカの話を、覚えているか?」

「記憶がないのと、彼が竜基と同じ伝説の日の本の国の出身である可能性がある、って話?」

「強ち、間違ってない」


 ふぅ、と息を吐いた。

 どこまでこの少女に話すべきなのだろう。

 どこまで、この少女に明かして良い話なのだろう。


 持ち前の思考速度が、自らの悩みを呪縛として力を奪う。大事な場面でいつもいつも、気持ちを整理できずに判断がおろそかになるというこの軍師としての致命傷も、どうにかしたいと思っていた。


「ヒナゲシもそうだ、という話は?」

「……記憶喪失=伝説の日の本の国の出身、とでも言いたいの?」

「どうだろうな。俺は記憶を失っていたことはないし、現に俺以外で見つけた知り合いは記憶を失っているらしい。もう、どうすればいいのかわからない」


 沈鬱に心の陰を落とした竜基の瞳は、困惑と寂寥に染まっていた。

 何かがまた、彼の心を蝕んでいる。そのくらい、君主であるアリサにはすぐに見当がついた。


 少女としての彼女も、きっと"何かある"程度には察することができるのだろう。


 そこに、今日有った出来事を加えれば、おのずと答えも出てくるというものだ。

 間違いなく、ファリンを救った"リューヘイ"という男には何かがある。

 それを確信することに、アリサは数秒の思考時間も掛けなかったし掛ける必要もなかった。



 しかしそれを口にするよりも先に、竜基の言葉が紡がれてアリサは顔を上げた。


「クサカは、いくつの時に王宮に拾われたと言っていた?」

「推定年齢20歳、だったかしらね」

「……そういうことなんだろうな」

「一人で納得しないでよ」

「ああ、悪い」


 悪い、と思っているのだろうか。

 それよりも先に、アリサの視線は竜基の拳に誘われる。彼の震える手のひらは、なにを意味しているのか全くわからなかった。


「この前ヒナゲシと、ここで口論になったんだ」


 その声も、不必要なくらいに震えていた。まるで泣きそうなくらいに、単なる言葉が感情に包まれて吐き出される。


 彩るのは後悔か、寂寥か、無力さか……それとも……


「ちょうど、ヒナゲシ、って名前を付けた時。そのときも俺はここで、ファリンからの報告にあった名前に対しての、複雑な思いのやり場が無くてさ」

「……」

「ファリンが王都に偵察に行った時だ。他にもう一人居た折侯の主が、"リューヘイ"という名前らしい。そう聞いた時の俺の動揺は、それはもうスゴかったよ」


 空は朱に染まり、もうすぐその日も落ちようとしていた。そんな光に反射された瞳は日光を直視出来るはずもなく、その瞼を閉じて竜基はため息を吐いた。


 やるせない。


 それがきっと、彼の心の内を圧迫する負の感情。

 聞いてはいけないと思いつつ、しかし聞かずにはいられない。薄々の察しがつきながら、アリサはそれでもその言葉を口にした。



「……リューヘイは、竜基の何なの?」

「……俺の、親父だ」

「あの若さで?」

「それが、クサカの話と繋がってくる」


 首を傾げるアリサに、畳み掛けるように。

 竜基は自分の中でわだかまりを作る、自分でも分からないような謎をぶつける。


「最後に日の本の国で会ったクサカの年齢は、50近かったはずだ」

「……どういうこと?」

「俺にも分からないよ、そんなこと……」


 20歳で記憶喪失になり、アッシア王国を放浪していたクサカ。その後は王宮に勤め、50と言えばちょうどアリサを支える唯一の家臣であった頃のことだ。


 その時期に、何故日の本の国で竜基と会えるというのか。


「ここで一つの仮説ができあがる」

「なによ」

「伝説の日の本の国からこの世界に来る時に、年齢(・・)が(・)ず(・)れ(・)る(・)」

「どういう意味よ、それ」

「分かるかよ……ちくしょう……」


 その仮説がもし正しかったとして、どうしろと言うのだ。竜基にそんなこと分かるはずもないというのに。


「ってことはリューヘイは……」

「年齢が若返ってるんじゃ……ないかな……」


 そこまで考えて、竜基は嘆息した。そのため息の重さに、アリサが気づくことはない。

 いつしか彼の握られた拳は軋んだ音すら立てて、竜基はまた空を見上げて呟いた。


「この世界に来るには……ある特殊条件が存在するんじゃないかと……思うんだ……」


 クサカと竜基。そして、賢く頼もしいヒナゲシ。

 誰もが、おそらく出来る……ないし日の本の国では出来たこと。


 それは、ゲーム"魔剣戦記"のクリア。


「条件? この世界に来る、条件ってこと?」

「そう。それは能動的にやる必要があって、やろうと思わなければこの世界に来ることは無い」

「……」

「親父は……きっと……」


 一筋の涙が、空を睨む竜基の瞳からこぼれた。

 その理由が、今のアリサには分かる。これだけの情報を提示されれば、嫌でも分かる。


「リューキは来るつもりなんて、無かったって言ってたわね」

「……あぁ」

「ってことは、なにも言わずにこの世界に来た」

「……そうだ」

「……お父様は貴方を心配して、記憶を失うリスクを背負ってまで貴方を探しに、同じ条件を突破した」

「……俺は……悔しいんだ……」


 リューヘイと出会った時の竜基の動揺も頷ける話だ。


「残酷な話、だったのね」

「……」


 悔しい、と竜基は言った。

 彼の心を蝕む感情はやるせなさだとアリサは思った。


 だが、どちらも違う。

 アリサは気付いた。彼の感情に。


 竜基の無念を加速させる、彼の心を蝕む一番の原因は間違いなく、親愛の情だった。


 歪んだ形で現れてしまった、胸の苦しみ。

 自分の無力さが、引き起こしてしまったという自責。

 それはすべて、父親に対する親愛の情があればこそ。


 すべての負の感情に混ざりあい心中の混沌を生み出す最大の毒となってしまっている、本来なら美しい感情。


「残酷な……話ね……」


 豊かで優しい国を作る。

 その思いが彼女の根本にあればこそ、"愛"というものが引き起こす悲劇に胸の痛みが募る。


「そうだな……残酷な……話だ……」


 竜基の言葉に潜む空虚。

 それが彼の弱さで、竜基にはない強さを持つ少女がここに居る。


「で、どうするの?」

「は?」


 一頻りの時間。

 心の内をかき乱す感情を押さえることに必死だった竜基は、突然のアリサの言葉に声を失う。

 どうするの、と言われても、なにを言っていいのか分からない。


「なにを驚いているの? 打開策を示しなさい」

「……え? ちょ、え?」

「え、じゃないでしょ。貴方のお父様が記憶を失って、そしてこうして私たちのところに来た。私たちはどうするべきなの?」


 記憶をどうやって取り戻すか。

 それが分からないなら手元に置いておくか。

 それを考えるのが、貴方の仕事でしょう。


「……アリサ」

「全く。貴方の心の弱さくらい把握済みよ。どれだけ私に後悔させたと思ってるの」


 腰に手を当てて、いかにも怒っていますとばかりに頬を膨らませるアリサ。

 突然の豹変に動揺を隠せない竜基だが、彼女の言っていることに間違いなど一つもない。


「……まだ、記憶を取り戻す手段は分からない。それが出来たらクサカやヒナゲシにとっくに使ってる。だから……」

「だから?」

「いつでも記憶を戻せるように手元に置いておく。それが最善だ。親父は元々スゴく強い人だったから、戦力になるし、記憶を失っても頭の良い人には変わりない」


 いつの間にか、竜基の表情からも憑き物がとれたかのように、精彩が徐々に戻ってきていた。

 そんな彼に、少しアリサも頬を緩ませる。


「うん。私の言葉で立ち直ってくれて、結構だわ」

「……なんだそりゃ」

「……別に何でもない」


 ぷい、と顔を背けたアリサの真意を、竜基がつかめるはずもない。

 単純に、彼女は気にしていただけだ。


 あの、前回の戦で自分以上に竜基を立ち直らせてみせた、一人の老人。


 自分の配下だと言うのに、なにも出来なかった自分。


 自信が少し、無くなっていたところだった。


「さて、じゃあリューヘイに関してはそういう方向で行きましょう。ほら、そうと決まったらしっかり頑張りなさい。貴方の仕事よ」

「俺!?」

「当たり前でしょう。ほら行きなさい」

「えええ!?」


 ぺし、ぺし、と背中を叩かれ押され、竜基は半ば無理矢理バルコニーから退場させられた。

 すぐに自分も戻ろうとして、アリサは少し立ち止まる。


「……ふふ」


 小さく、笑みがこぼれた。




 だって、初めて竜基をしっかり励ますことが出来たから。

















 ファリンに案内された部屋で、一つの謝罪を受けた。


『リン、というのは偽名で、本当の名前はファリンです』


 特に気にしていることでもなく、隠密が名前を偽るのは当然だろう、と返したところ。


『隠密ではなく、NINJAです』


 とわりかしむすっとした表情で言われて何も言えなくなったのはさっきのこと。


 そのファリンは竜基の護衛だと言って掻き消え、リューヘイとヴェルデは二人、質素とは言え綺麗な部屋に通されていた。


「なんや、こう……思ってたんと違う」


 ソファに腰掛け、ヴェルデはぼうっと言葉を口にした。


 仕方のないことではある。

 どうにもやりにくいというか、偵察しに来たは良いが、することがないのだ。


 街の整備は完璧で、景観も美しく民は笑顔だ。

 領主の善政も、人々が口にするくらいには徹底されている。おまけに配下も有能な者が多いらしく、中でも先ほど一悶着あった"ガイアス"と"リューキ"の二人は有名なようだった。


 ガイアスは魔剣使いで、仲間を守る為に300匹のワイバーンを討伐し、代償に片目を失ったとまで言われているこの地方の英雄らしい。

 いささかの誇張はあるのではと思い、それとなく兵士に聞いて見たところ「300は居なかった」と、尾鰭背鰭がついているのは数字だけ。


 おまけに街の警備中も人気者らしく、ガイアスが巡回に来ると道行く人々みんなが笑顔で挨拶を交わすほどだと言う。


 そして、リューキ。

 曰く"最高の軍師"。曰く、"北アッシアの頭脳"。曰く"歩く兵法書"。曰く"若き天才"。

 誰も彼もが誉めそやす、この街のブレーン的な存在らしい。


 何でも、少女一人と彼だけで村を盗賊から救ったとか、この街の整備や財政管理はすべて彼が行っているものだとか。


 武のガイアス、文のリューキという二枚看板が、一番おおきな北アッシアの武器だと言うことか。


「それだけではないから、分からん」


 リューヘイは、ヴェルデを一瞥してから、サイドテーブル付きのイスに腰掛けた。

 置かれたジュースも、毒味させてから飲んだがとても美味いものだった。


「それだけやないって?」

「もう一人、魔剣使いが居て。リューキとやらと共に軍事を一手に担う男が居て、有能な護衛がアリサ王女にはついて居て、なおかつリューキにはもう一人そこそこ有名な文官がついている……それでファリンを隠密として置いている。人材的にはずいぶんなものだ」

「まあ、せやね」

「だと言うのに、愚かにもお家騒動を起こしているというこの状況が分からん」

「……でも、見えて来たんやないの?」

「なに?」


 いつの間にかソファに転がり、ヴェルデは言った。

 その瞳は、ふざけた体勢とは裏腹に真剣なもの。


「アリサ王女がこういう状況なら、単なるお家騒動で戦争を起こそうとしてるんやない。何か腹に一物ある」


 そうでなければ、傑物が揃ってこんなところに居る理由にならへん。


 そこまで続けて、リューヘイに笑い掛けた。


「ま、決定権は兄ちゃんやし、加えてケスティマも居らん今や。しばらく様子見してもええんとちゃうか?」


 そのヴェルデの言葉に応答することはなく、リューヘイは顎に手を当ててふと思う。

 問題はあといくつか。

 リューキという少年の、意味ありげな自分への反応。そして、アリサ王女の真意。


「リューキって子が、何や兄ちゃんのこと見て驚いてたなあ」

「分からん」

「あと兄ちゃん」

「何だ?」

「その変な体術放つの止めて」

「……うるさい。癖だ」

「そいから兄ちゃん」

「何だ何度も」

「お客さんや」


 妙に役立たずな体術を放つリューヘイに、瞳を驚いたように広げた少年が、扉の前に立っていた。


「親父が……役立たずだと言ったんだろうが……」


 その呟きは、誰にも聞こえることはなく。

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