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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 最終章
47/81

ep.45 主従という関係は

 暗がりの一室。

 北アッシアとは距離の離れた、王都の城の高層で一人の女性が夜風に当たりながら物思いに耽っていた。


「……あら、ルー。居たのならちゃんと教えなさい」

「失礼いたしました」


 窓付近に物音。どこから現れたのか窓枠に直立する男は、女性の笑みに答えるように頭を下げた。


「北アッシアの情勢ですが……」

「あのままにしておきなさい。今は手駒を使って、他の領を潰す時期よ」

「……あの商人がいつまで言うことを聞くか分かりませんが」

「言うことを聞かなくなったら殺せばいい。貴方にはそれができるでしょう?」


 滑らかなブロンドの髪を手櫛で弄びながら、女性は歪んだ笑みを見せた。

 宵闇に潜む魔物の姿を彷彿とさせる雰囲気に、ルーは唾を飲み込む。このお方は、なにを考えているのか。そして、なにを見据えているのかと。


「で、何か用があったから来たのでしょう? 私が黄昏るのを邪魔するほどの」

「……こちらを」

「……ふぅん、やるじゃない北アッシア。檄文なんて回すのね」

「その辺りの情報は入ってきていますが……いかがなされますか?」

「あ、あはははははははは!!!」

「……エリザ様?」


 檄文の記されたその布の最後の最後にまで目を通し、唐突にエリザは笑い始めた。その真意が、ルーには読みとれない。


「いいじゃない……思い通りに物語(・・)は進んでる。全て私の手のひらの上だわ。あは、あはははは!」


 一頻り愉快そうに笑い、彼女はルーを視界に収めて言う。


「問題ないわ。建国結構、願ってもないことじゃない」

「……それでは他領も蜂起しませんか?」

「それでいいのよ」

「はっ……?」


 おもしろそうだわ~、と恍惚な表情さえ浮かべて、エリザは布製の檄文を引き裂き粉微塵にちぎり続け、そして何度も何度も高いかかとで踏みにじる。


「思ったよりも建国のタイミングが早かったけれど……それはきっとあの軍師とやらの仕業……ふふ、まだ想定の範囲内よ」

「戴冠式や、その他の繁忙期に狙いをかけて討ち滅ぼせば良いのではないのですか?」

「だめよそれじゃ。それじゃ意味なんてない。なにより、今お父様が突然お亡くなりになってお母様が必死になっているでしょう? お母様に、喜んでもらっては困るのよ」

「はぁ……」


 次々飛び出す言動は、ルーの理解の範疇を大幅に超えていた。自らの主とはいえ、何を言っているのかわからない。

 ……しかし、特に逆らう理由も見あたらない。


「どうすれば良いですか?」

「そうね……まずは小うるさい羽虫の駆除を。最近密偵のたぐいが常に王都をうろちょろしているのは鬱陶しいのよ」

「……わかりました。今度こそ、捕らえます」

「そうしてね」


 従者が消えた方角を一瞥した王女は満足げに空を見上げ、夜の帳が落ちた星の浮かぶ光景を眺めていた。












 ポニーテールというのは、馬の尻尾のように見えるからそう呼ばれるのだと誰かから聞いた気がする。なるほど、そのまんまだなと、リューヘイは前方を駆ける二つの影を追いながら考えていた。

 漆黒の髪の少女と、緑の髪の少女。ポニーテールの長さで言えば、緑髪のヴェルデは腰まである長髪なので、やはり靡き方も派手である。反面、黒髪のリンは動きやすさを重視しているのか、行っても肩胛骨程度の長さ。


「女の髪は面倒だな」


 思わずぽつりと呟くも、その声には若干の息切れが混じっている。


 速すぎるのだ。黒髪の少女が。


 リューヘイの身体能力は異常とも呼べる域にある。そして、ヴェルデという少女の身体能力は一般人の比ではないくらいに高い。リューヘイはおくにしても、ヴェルデのそれは鍛錬の賜物であった。

 だと言うのに、それでも黒髪のあの華奢な少女に追い縋るのが精一杯だった。


「ちょ、リンちゃん待ってぇな!」

「……あるじさまが待ってる……ミーは早くお会いしたいのです……」

「気持ちはわかるって何度も言っとるやろ! 無理! 速い! きつい!」


 うまい! はやい! やすい! のネタだろうか。グルッテルバニアの立ち食い麺屋の謳い文句を改変したボケをかます程度には、まだ余裕があるということか。

 しかしそれでもリンという少女の涼しい表情に比べれば、かなり疲労の色が濃く出ていると言ってもいいだろう。

 結局、彼女についていくことそのものについては了承が出た。それは、リューヘイが魔剣を持たずに向かうという条件付きでのことだったが、別に北アッシアで虐殺を行うような気がないリューヘイには問題のないことだった。

 並の魔剣使いなら、リューヘイは丸腰でも殺すことができる。それは数回の魔剣使いとの戦いで立証済みだった。


「……兄ちゃぁん」

「黙って走れ」

「兄ちゃんまで厳しい!?」


 木々を伝い、道なき道をひたすら疾駆する。リンは最短ルートを知って居るのか、その方向に迷いはない。

 彼女の速度に追いつこうと駆ける。これでこの長距離爆走は三日目に突入していた。毎日ちゃんと休むべき時はしかり休み、野宿の準備にもぬかりはない。


 とにかく、この一度の移動が派手すぎるだけなのだから我慢しろ。それが、リューヘイからヴェルデへのメッセージだった。


「……北アッシアにも魔剣使いは居たか」

「……」


 思い出す。情報では、風と炎の魔剣使いが居ると。

 どの程度のランクなのかリューヘイにはわからないが、何人もの魔剣使いと渡り合ってきたリューヘイにとっては、通称Bランクと呼ばれる程度の魔剣使い相手までなら無手で勝てるとわかっていた。

 アッシア真下の国家オルセイス連盟。魔剣使いが絶対の権力を握るその国では、リューヘイも魔剣使いとしての価値を検査されたことがある。

 この世に未だ三人しかいないEXランク魔剣使い爆誕の瞬間であった。

 そして、活動するうちに噂は流れ、ついたあだ名が大陸最強。呼ばれることに抵抗も何もないしどうでも良いが、自分より強い相手が居ないという現状に何かしらの感慨を抱かないでもなかった。


 しかし今、速度という面で魔剣使いでも何でもない少女に遅れをとっている自分に思わず小さな笑みがこぼれた。


「……負けん」

「勝負してるんとちゃうで兄ちゃん!?」

「あっ」


 一瞬頭一つリューヘイがリンを抜き去った。

 だがすぐに一歩のリードはリンに取られる。その感覚が、初めてで、不思議な、楽しいという感覚だった。

 そして次にリューヘイがリンを追い抜こうとして、振り返ったリンが一言だけぽつりと呟く。


「リューヘイさん、道分かるんですか?」


 おとなしく後ろをついていくことにした。













 北アッシア城は慌ただしい日々を送っていた。

財政に余裕がある今、続々と集まる近辺の領の人間たちを捌きつつある祭典の準備を執り行っていたのだった。


「……アリサ、いいのか?」

「えぇ、問題は無いわ。ただ……名前がね」


 いつものように、主従の会話は穏やかに進む。王都のようなドス黒い雰囲気ではなく、明るく、そして互いを思いやった暖かな空気とともに。


「名前か……そういや、連中もろくなの出してこなかったな」

「ガイアスが"根性同盟"とか言い出した時にはヒナゲシがひっぱたいてたわね……」


 二人が悩んでいるのは、これから建てる国家の根本、精神的支柱ともなりうる、国そのもの。

 国名だった。


「クサカはアリサがよければ何でもみたいな、なんか子煩悩みたいなことを言い出していたし。同じ理由でグリアッドもアリサ至上主義だし。バカはバカだし。ヒナゲシは……」

「あの子もあの子でセンス無かったわよ」

「何て言ってた?」

「独立要塞国家ARISA」

「どこに行こうと言うんだあいつは……」


 額に手を当てて天井を仰ぐ。ヒナゲシなりに真剣に悩んでいたことを知っている竜基ならなおさらだ。自分がもし子供ができることがあったら、名付け親だけはヒナゲシにさせてはいけないと一人決意を新たにした。


「まあ、要塞って言うのは、強ち間違いではないかもね」


 アリサが目を向けた先にあるのは、改築工事が一年を迎えた城の外壁。竜基の設計図を元に、クサカが指導して出来上がりつつある城の防衛線。


「ここまで攻めてこられるとちときついというか、こっちから攻めなければいけない状況にはなってるんだがな」

「それでも、本拠地の守りは重要よ」

「そりゃそうだ」


 はちきれんばかりの人口増加の多くは、王都から逃げて来た下々の民。働き口の斡旋は、ちょうど工事やら鉱山やらで人員不足だった北アッシアにはちょうど良かった。


「……で、名前だけど、ライカは……難しそうね」

「アイツは、『リューキならかっけーのにしてくれるはずだよな!』って目を輝かせて言ってた」

「似てないわよ」

「似せてるつもりもなかったよ」


 国名というのは、一朝一夕に決まるものではないなとため息を吐いた。

 元の世界であれば、それこそ立地条件やルーツ、占いや人名にあやかったものだが……そもそもルーツといえるのはこの銀髪の少女。そういう意味では独立要塞国家ARISAは一応あやかっては居るのだろうが、いくら何でもそれはない。そもそも要塞国家に「豊かで優しい国」が謳えるものなのかも怪しい。


「……難しいな、いろいろ。俺たちだけじゃ案すら生まれないじゃないか」

「う~ん……だからと言って相談するような人が他に居るとしたら……」


 相談できる相手。

 そんな人がこの城に他に居たかをふと竜基は考えて…… 城でなくても良いことに気がついた。そう考えると、場外にまで視野を広げて、竜基やアリサが相談を持ちかけられるような存在は……。



 脳内で好々爺然とした人物がにこやかに手を振っていた。





「「あ、いた」」


 お互いの声が被る。


「とりあえず私、手紙書いてくるわ。招待状兼、みたいな形で」

「そうだな、それがいいかもしれない」


 二人して頷き合い、アリサの邪魔になるから、と竜基は彼女の執務室を後にする。

 日差しの当たる廊下に出て、大きく伸びをして。



 そして、気づいた。何かの気配に。

 まさかと思い振り向き様に胸元に柔らかな衝撃が走る。

 タタラを踏んでそれでも踏ん張った竜基の目下。自分の体に抱きつく一人の少女の存在に……思わず息を飲んだ。


「あっ……あわわわ!」

「っと、何もそんなあわてなくても」


 途端にもう一度突き放されるような感覚とともに、その少女との距離が空けられて。そして彼女は慌てたように片膝をついて頭を垂れた。


「お……おもわず……つい……」

「いや、いいって。それだけ会いたいと思ってくれてたって……ことだろ?」

「ぁぅぅ……」


 突然抱きつかれたのだ。そんなことをされたのは初めてで、何より彼女は頑なに視線を合わせようとしない少女だった。

 だからこそこうして、顔を真っ赤にしながらも真摯に見返してくる彼女が成長したのだと思う。






「お帰り……ファリン」

「……ただいま、戻りました。えと……あるっ……りゅ……りゅーき……さま……」

「無事で、本当に良かった」

「あ、ありがとごじゃ……ぁう……」


 相変わらず、緊張した姿は変わらない。

 それでも、噛んでしまった後の反応が今までと違っていた。


「す、すみません……ぇへ……」



 忍装束の少女が耳まで赤く染めたまま、日溜まりの下に照れ隠しの笑みを見せた。



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