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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 最終章
46/81

ep.44 戦記の足音

「シャルルさん……だっけ?」

「ん? ああ」


 いつも通りの執務室。棚に竹簡を仕舞いながら、ヒナゲシはふと思ったことを口にした。

 今日来訪した、一人の青年。金髪の優男ではあったが、彼も領主の一人らしいとのことだった。

 だからこそ気にかかっていた懸念。領主というものに良い思い出のないヒナゲシだからこそ、脳内に警鳴する鐘の音色。


「あの人は信頼できる人なの?」

「そうだな……」


 デスクチェアに腰掛けた竜基が、ぐっと伸びをしつつ天井を見上げていた。こういう時の竜基は何かを思案しているか、脳内で曖昧に固まっている言葉を整理している時だ。毎日毎日一番長い時間を共にしていると、自然とそういうことにも気づくことができるようになっていく。


「まあ、俺が一番声をかけやすかった相手、ってのがしっくり来るかな」

「っていうと?」

「兄貴が王城に幽閉されているという事実。その兄貴が善政を敷いていた話は商人経由で良く耳にするし、加えてシャルルが領主代行を行っている時に、一時的に領土は悲惨な状況になった」

「それ、だめじゃん」

「一時的に、だ。そのときは王都から代官が派遣されていたようでな。それを追い出すと、これまた良き政治が行われているという話が浮かんできた。……まあつまり、推測で『シャルルは堅物で鼻つまみ者の善政者』というのが見えてくる」

「……うん? なんで?」

「王都にとって美味くないから代官が派遣されたんだろ。そんで、代官をシャルルは"追い出した"。ってことは、代官とやらは王都側の人間ってことが見えてくる。追い出したシャルルは、間違いなく王都を良く思っていない」

「……あー、何となく分かった。でもよく調べたね」

「……ファリンが、居た頃だったからな」

「……そっか」


 あの少女がいったい何者なのか。それを知るヒナゲシではないが、一度竜基に問いただしても曖昧な反応しか返ってこなかった。疑問に拍車がかかりつつも、ヒナゲシもその諜報能力だけは認めていた。


「死んだわけじゃ、ないよね……?」

「重傷で、看病されている、と手紙がきたそうだ。村長の言うことだから、まず信じたい」

「あの村長か……あれもあれで何者なんだよ……」


 長時間の業務で痛んだらしい背中をこんこんとたたきながら、竜基は墨壷に筆をつっこむ。


「……それを、考えていても仕方ないさ」

「いつものネガティブらしくないね」

「俺お前にどんな風に思われてんの!?」


 目を丸くしながら勢い余って墨壷を倒す。

 大事な書類にインクがかからないように慌てて竹簡をデスクから払う姿には、自虐らしいことは何も見えない。


「……諜報ってのはさ、かなり危険が伴うんだよ。でも、どんなことになろうともアイツなら大丈夫じゃないかって、俺は信頼してるのかもしれないな」

「よっ、名軍師」

「なんだ、感情論で物事を進めるクソ参謀とでも言いたいのかこのやろう」


 布にインクを吸わせて、竜基のデスクはことなきを得た。多少ほっとした色を見せながら、竜基の瞳は半眼になりヒナゲシをにらむ。


「……まあ、多少あるかもね。もうちょっと気丈じゃないと、この先やっていけないかもとは思ってるし」

「……精神的に弱い、ってのは、言われなくてももう自覚してるよ。……俺は呉用よりも詰めが甘い」

「呉用って誰それ」

「知らなくていい。俺の生きていた場所での名軍師の一人だ。……ポカの方が有名だけど」

「え」


 梁山泊の英雄たちのように、自分たちも奮闘できるのだろうか。

 そんなことに、ふと思いを馳せる。


「……でも、竜基のそれ、僕は嫌いじゃないよ」

「……ん?」

「戦場にあった優しさ。……それで救われた人も、居るんだよ?」

「ヒナゲシ……」


 ほとんど歩けるようになった彼女の足。やけどの痕がどこまで残っているのかなんて、竜基には分からないが。

 その二本の足で、ヒナゲシは竜基の前に歩みでる。


「キミも僕も、まだまだ16歳でしょう。僕らより年上の人たちはいっぱい居る世の中だ。まだまだ、発展途上でいいんだよ。……だから、今持ってる竜基の強さを、忘れないで」

「……」

「なんてね。僕に言えるのも、感情論だよ。クソ副官で悪かったね」


 ちろりと舌を出したヒナゲシに、一瞬竜基は呆けて。思わず、小さく笑う。


「……ああ、ありがとう」


 いつも自分は周りに助けられてばかりだ。

 でも、クソ参謀も悪くない。もう二度と……失わないで済むのなら。クソ参謀も、悪くない。


「ふふん、まあそうやって笑えるなら成長したんじゃない? 僕が副官になったばかりの頃にこんなこと言ったら、真っ赤な顔で否定してたと思うし」

「いやそれは……どうだろう」


 成長、しているのだろうか。

 思わず自分の手を見つめて、ふと気づいた。筆を握り続けたせいで出来たタコが、一年以上この世界に居る証。


「がんばらないと、いけないな」

「そりゃね。頑張れ竜基」


 ヒナゲシはお目当ての竹簡を見つけたのか、地面に転がるそれを拾い上げると自らのデスクに戻った。

 そして筆をとりながら、ふと気づいたように指をたてる。


「そういえばさ、シャルルさんとはどんな話をしたの?」

「談義が終わったあと、アリサに加えて彼にも檄文を書いてもらうことにしたよ。各地の領主に告げる、王都との戦いへの呼び掛けをね」

「……それ、なんだけどさ」

「ん?」

「王都への反逆ってことは、謀反でしょ? わざわざ逆賊の汚名を被る必要、ある?」

「…………あ、そういえば、そうだな。確かに、大きなことだこれは」

「何を今更言ってるのかな。そんなこと、一番最初に気づくべきはキミじゃないか。これはまだ間に合う事案だからいいけど、本当に大事なことをこうしてポカしてはいないだろうね?」

「……」

「視線が泳いでるんだよアホ軍師」

「俺はアリサ軍の諸葛亮になりたかったんだが、どうやら呉用にすらなれなさそうだ。いいとこ韓信か、いやそれすらも危ういかも。韓信? ん? 韓信って、は?」

「おまえなにいってんの?」


 全部中国史に名を残す名軍師である。竜基の脳内にある格付けがずいぶんと失礼な発言を誘っていた。

とどめに韓信は武官である。

「クソだ。クソ軍師だ」

「突然のネガティブモードに僕はどうしていいのか分からないけれど……まあ今回は励ます必要ないか。意味不明だし」


 肩を竦めるヒナゲシの視線は、とても冷たかった。

 一通りふざけたところで、竜基も一つ呼吸を入れて彼女に視線を戻す。

 論点を戻せば、ヒナゲシが口にした「逆賊とならずに義を示す方法」を実行しなければいけないということだった。

 アリサを頂点にいただくなら、なおさらの話。


「大義名分を得る以上、下克上ではなく、ということか」

「まあそういうこと。ていうか本当に考えてなかったの?」

「いや、いずれアリサに話すつもりでは居たんだが、タイミングを考えていたらいつの間にか忘れていた」

「あほ」

「分かってます。ごめんなさい」


 とにかくこの件に関しては、シャルルの居る間に……檄文が書きあがる前に、終わらせるべきだった。














 夕暮れ時の、アリサの部屋。普段のように窓から空を眺めるようなことはせず、今日の彼女はデスクに腰掛けて一人腕を組んでいた。

 目の前に広がる白い布に、どう墨を落とすのか。その一点において、しばらく微動だにすることなく悩んでいるのだった。


「う~ん……」


 唸る声も高く、筆の先を口元にやって眼前の白を見つめる。どういう文を書くべきか。そもそも、どうこの状況を打破し、王都を奪還するのか。

 信頼する軍師一人に任せていいものではない。しかしながら、上手い文章が浮かばない。檄文というのは、人々を決起させる力がなければならないのだ。


「私に……そんな力があるのかな……」


 弱気が顔を覗かせた。一人だからこそ、思ってしまう。

 今ここにガイアスやグリアッドが居ればまた違ったのであろうが、業務に奔走する彼らを呼び止めるわけにもいかなかった。あのグリアッドが、睡眠そっちのけで働いている。そのことだけでも、意識改革につながったのだろう。


『この前の戦い、僕はあ~ちゃんを守れなかった』


 そんなことを、言っていた。

 あの眠たげな瞳を真剣なものに変え、真摯に訴えた彼に対して今更なにかを言うまでもない。アリサは泰然として、彼の前に居なければならないのだ。

 今の彼に、弱い自分は見せられない。


 小気味良いノックの音。

 返事をすれば、開かれた扉の先に居たのは。


「邪魔するよ」

「よう、お嬢」


 竜基とクサカ。北アッシアの中枢を担う二人だった。

 どやどやと入ってきた二人の緊張感のなさと言ったら、自分がこうして一生懸命物事を考えるのがバカらしくなるくらいで、ついアリサも笑みを浮かべてしまう。


「どうしたの、二人揃ってなんて珍しい」

「単純に、竜基の奴が話したいことがあるそうでな」

「俺、もうクサカには言ったはずなんだがな」


 後頭部を掻きつつ、竜基はデスクを挟んだ正面のアリサに向き直った。そしてちらりと彼女の前にある白い布をみて、息を吐く。


「……な、なななによ! 書けないんだからしょうがないでしょ!」

「ああいや、単純にまだ書いてなくて良かったと思っただけだよ。大丈夫」

「そ、そう」


 こほん、と咳払いをして、アリサは赤くなった顔を背けた。この王女様と言えど、やはり初めての檄文は難しいかと、竜基も無理な問題を任せたことに反省の念を抱く。


「まあ、それはそれとして、だ。大事な話があるからこそ、俺はクサカをしょっぴいてここまで来たわけだ。少し、時間を割いてくれ」

「……まあ、書類仕事以外には暇な領主でしかないし……かまわないのだけれど」

「……檄文の内容が、これでは薄い上に義が乏しい」

「……どういうこと?」


 首を傾げるアリサと、早く言えとせっつくクサカの視線が竜基に集まる。

 なんだか締まらない最高会議の場に呆れるも、これが北アッシアなのだから仕方がない。


「大義名分。まあつまり、檄文に呼応して立ち上がるための要素が、力以外にも足りない部分があるってことだよ」

「もったいぶらずに早く言え」

「ああっと、まあそう言うなよクサカ」

「ちょっと興奮してるんじゃよ、儂もな」


 何のことだろう、とアリサは思う。どうにも今のクサカには落ち着きがない。普段の威厳あふれる姿よりも、どこか王宮時代の暴れん坊を思い出させるそんなイメージだ。

 眼前の白い布に書こうとしていた、民を助けたいと思う高潔な精神以上になにが必要なのだろうか。

 その為に決起することの、どこに大義が足りないのだろうか。


「……クサカが、そんなにせっつくなんてね」

「儂にとっては、念願が叶う光明のようじゃて」

「……えっ」


 クサカの念願。

 それは、昔からよく聞かされていたように思う。

 彼はアリサの為に死ぬと言った。もっと言うなれば、アリサの王道の為に、死すと。

 彼の念願、彼の夢はとても簡単で、それはつまり……


 せっつく視線が、ついに竜基の口を動かした。

 締まらないなあと肩を竦めつつも、真剣な眼差しがアリサを射抜く。








「建国。北アッシアを独立させ、アッシア王国に替わる新たな国を立ち上げたい。王女としてではなく、対等な国家の女王として、アッシアと向き合う覚悟はあるか、アリサ」







 ……アリサが、王冠を手にすることだ。



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