ep.43 気流は渦巻き始め
リューヘイ達の動きが怪しくなってきたちょうどその頃、北アッシア城には一人の客があった。
シャルル・ド・メルホア。
エツナン地方領主代行として、領民の為に尽力している人物だと聞いている。領地で起こった事件に巻き込まれ、一時期幽閉されていたという話も聞き、竜基はそれを利用して援助に回った。
物資的援助を行うのは、様々な事情が重なって不可能だったが、それでも情報という強い支えを送ることで、シャルルに領地を立て直させることに成功したと言える。
結果としてエツナン地方には民の笑顔が戻り、そして感謝の証という形で竜基とシャルルの間に友好関係を築くことができた。
アリサにも当然すべての話が通してあり、表だっては「アリサの援助」ということで手を打っていた。
さて、そんなシャルルを前に、アリサは対談を始める。
双眸を細め、背後の竜基にいつでも発言をするよう確かめてからシャルルと視線を交わした。
「……さて、話を始めましょうか」
「なんなりと。少々は、リューキ殿より聞いております」
「……みたいね。まあ、最初は彼に説明してもらいましょう」
ちらりと背後を見れば、表情筋を動かすそぶりすら見せずうなづく竜基。対座するシャルルとアリサの前に進み出て、二人の反応を確認すると口を開いた。
「……まず、アリサ王女様の今後の方針についてですが。これはもう密書でお送りいたしました通りです」
「……では、本当に……」
神妙な顔つきで竜基を見るシャルルを一瞥。続けて、との主のお達しに、竜基は笑顔で応対した。
「続けましょうか。まず、アッシア王都攻略戦ともなり得る今回にシャルル殿に頼みたいことをまずはお話しいたします」
そうですね、と言葉を続けて、竜基の視線は応接室をしばらく彷徨いた。
さて、ここからである。
北アッシアが潤沢な兵力を抱えていない以上、あのアッシア王都を攻略するには"戦闘外からの干渉"が不可欠であった。
幸い、王都の信は地に墜ち、脱走紛いの夜逃げを行う人民も後を立たない。殆どが見つかり殺されるか労役に回されるかのどちらかだとしても、一縷の希望を夢見て脱走を図るほど、悪辣な政治だということは伺える。
ならば、こちらからの勧告は通用するはず。足りないのは、説得力そのものであった。
「……なるほど、リューキ殿は資金と兵士の他、様々な面で"王都以外"が結託することも必要不可欠だと考えていると」
「然り。打倒王都の連合軍。様々な領土が力を合わせ、王都が孤立していると民が気づけば、自ずと味方は増えるでしょう」
「……」
「どうかされましたか?」
プレゼン途中であった竜基は、シャルルが険しい顔をしていることに気づいた。
特にこの話に難しい点はないはず。あったとしても、これから詰めていくのだから難を示される道理はない。
「……アリサ様、並びにリューキ殿。連合と申されましても、いくつか懸念事項がございます」
「……言ってみて。私が何とかできることかもしれない」
「……我々以外の領。例えば以前領主が死亡したサイエン地方などは……王都直括の領となっております」
「そうね、確かに」
アリサの相づちに、シャルルも言葉を続けていく。
ここは静観ないし思考に時間を割いた方がいいだろうと、竜基も黙って成り行きを見守っていた。
「加えて王都直轄領が近くにある領の領主は、今多くが困窮に苦しんでいるのはご存じでしょうか?」
「……どういうことですか? 我々の調べたところでは、直括領の粗悪な運営以外には特に聞かされておりませんが……」
竜基とて、当然他の領地についての調べはしているつもりだった。シャルルの場所ほど文官外交官が揃っていないこともあって手いっぱいではあったものの、それでも状況は把握しているはずだった。
ぽっと出てきた初耳の情報に、竜基の静観は終わる。
「直轄領。特にサイエンのような辺境ではなく、王都周辺の領土において非常に多い事例としてあがっているのが、悪辣な交易形態です」
「……交易?」
「ええ、簡単に言えば王都の商人ばかりが儲かる政略。それも、他領から奪い取る形で。そのせいで、周囲の領は必需品すらも法外な値段をふっかけられることがあり、それも王都の圧力がかかるものだから渋々取引に応じる。……一月ほど前からそんな商取引が始まり、我々の奮起する力を大幅に削いでいます」
「狙いは、それか……暴動の類も、当然……」
「起きていますね。領主たちのところでは」
「王都は……何がしたいんだ……!!」
困惑が頭を支配する。
確かに商取引でふっかける政略というのは、短期的な臨時徴収のようなもの。
領主たちから金を搾取し、力を削ぐ面では有効と言える。しかしながら、問題はその後ではないのか。
「……自分の国を、何だと思っているんだ……?」
それだった。
一万と五千に分割し、別ルートから進行させ、加えて早朝にダメージを喰らわせる。前回の敵が打った戦略は見事と言わざるを得ないものだった。一万五千が纏めて襲いかかってきたところで、魔剣使いからしてみれば怖くない。加えて一度目の五千でこちらに罠を使わせることで、残りの一万に無傷進軍を許す。
あれほどの知力を使う相手が未来をみていないとは思えなかった。
「エリザ、ってのは、相当なキレ者って話でしたね」
「……そう、ね。間違いなく頭は回るわ。アレに対抗するためにこちらも軍師がほしかったくらいには」
「……」
シャルルの前ともあって敬語は崩さなかったものの、会話の内容はいつもの執務室と同じような思考の渦。
なぜ、そんな乱暴な戦略をとれるのか。
一次的に無力化しても、その殆どは反感としていずれ自らを滅ぼすだけだというのに。
「……シャルル殿」
「え、ええ」
「雌伏の時は、まもなく終わる」
「それは……つまり……北アッシアが動く、と?」
「アリサ様は、その準備を着々と進めておられる。ですから、その旨を信頼できる領主たちに密書として送っていただきたい。金銭での援助なら、できるかもしれない」
シャルルは顎に手をやり、ふと思考した。
金銭での援助。確かにシャルルも援助を受けた身。だがそこまでこの城も大きいわけではない、いったいどこから資金を得ているのだろうか。
「金銭での援助ということですが、あまり無理はさせられません。いったい、どこから……?」
「金山と、商人の物流。それが今の我々の資金源です。北アッシアが小さいながらも発展している理由は、そこなのですよ」
「……金山!!」
シャルルは元々鉱山を保有し、それを資金源にしようと考えていた身だった。どこかの黒髪の男が山ごと粉砕してしまったが、それでも発掘はできる。だからこそ、その資金力は知っていた。
「……いえ、しかしそれでも領地一つ経営するので手いっぱいでは?」
「そのための商人の物流と、市民税。金銭なら、微力の援助はできます」
「……そういえば、かなり賑わっていましたね。街全体がとても明るい」
「問題は、その件の商取引を如何にして潰すか、ですが……」
国取りの頭は当然アリサ・ル・ドール・アッシア。連合軍を組むのにこれほどのトップは居ない。
そう考えて、王都を潰す為に必要なのは力そのものであった。財力を延々吸い上げられてしまったのでは元も子もない。だが、それでもすがらねばならない理由というのがあった。
「……それは、我々の結託を持って解消されるかと」
「……つまり、どういうことでしょうか」
竜基の言葉に、疑問を投げかけるシャルル。連合軍など組むこと自体が当然ながら初めて。
竜基がどのような思考の元にこの問題を解決しようとしているのか、聞いておく必要は当然あった。
「強大なものへの反感というのは、持ってはいてもなかなか着火にはつながらないもの。そこに後ろ盾がつくか着かないかというのは、非常に大きい」
「……我々が彼らの奮起剤になる、ということですか」
「一月前から始まった程度なら、まだ金銭ダメージも少なくてすむ。今のうちに動く必要があると考えます」
「むしろ一月程度であんなダメージを受けているとわかれば、これからずっと従うのも愚だと分かる……なるほど、おっしゃる通りだ」
シャルルと竜基が、顔を見合わせてうなづいた。
じっと会話を聞いていたアリサは時間を図ったように瞳を開く。
「なら私がまず檄文を書き上げましょう。憎き王都を倒す連合軍、その参加を促す告知状を」
「そうですね。ではシャルル殿には、それまでご滞在を願えればと思います。その後、我々の連合軍は立ち上がります」
「……ええ、必ずや王都を倒し、困窮から民を救いましょうぞ」
竜基の言葉に合わせ立ち上がったシャルルは、アリサに深く礼を取った。
これから始まる戦いを予期させる、二つの領の結束をみて竜基は思う。
様々な不確定要素が渦巻く中で、まずは自らが動かねばならないと。
商取引という言葉に、一人の女性を思い出していた。
あの人は今、無事なのだろうか、と。




