ep.40 逆襲の予兆
あの戦争から一週間が経とうとしていた。
村長たちを労い、彼らはしばらくの間逗留していたが、やはりと言うべきか長い時間は居ることが出来なかった。
村の水路が完成し、すでに完全な要塞化がされているという話に竜基はもちろん食いついた。しかしながら、生まれ変わったあの村を拝むのは、ずいぶん先になりそうだ。
とにもかくにも、戦争の後始末が忙しい。だんだんと歩けるようになってきたとはいえ、ヒナゲシに重いものを持たせるわけにもいかず、グリアッドがサポートに入る形で職務を回していた。
竜基はと言えば、閉鎖していた街を開き、そして流通を良くすることに全力を注いでいて、クサカはひたすら軍事帳簿をつけることだけでも大忙し。
ガイアスの隊でも当然死人は出たこともあり、ライカ共々治安の確保と同時に募兵にも回っていた。
それにしても。
王都からの動きがない。
一度一万五千の兵士で、怒濤のごとく叩きつぶそうとしておきながら失敗したのだ。当分表だった動きが出来ないのも事実にしろ、逆になにもないというのも不審だった。
「ファリン・・・・・・は、居ないんだったな」
ふと言い掛けて、ぽつりとコボす。あの優秀な隠密は今頃なにをしているのだろうかと。
現在この部屋に自分以外の姿がなくて良かったと思う。何せファリンの不在は伝えていないのだ。
なんだか周囲の人間をだますようではあるが、隠密が消された状況などどうあってもリークさせたくはない。
とにかく、今は様々な動きに関しての手数が必要だった。
そして、打倒王都の動きは強まりつつあった。
竜基の長い間の手回しが、ようやく実を結びつつあるのだ。
ここは、応接室。
もうじき、主と客人が到着する頃だ。
乾いたノックの音に振り向けば、そこには銀髪の美しい自らの主の姿。堂々と、王女モードで竜基の待つ部屋へと入ってきた。
「とうとう、形になるのね」
「お疲れさま、アリサ。・・・・・・あの戦いがなければ、もう少し早くに実現したのだけどなぁ」
「それを言っても仕方がないのはわかってることでしょ? とにかく、やるべきことをやるだけよ」
「・・・・・・そりゃそうだな」
アリサの背後には、クサカが控えている。護衛ということだろう。今回招く客人は、竜基が根回しをして共闘を取り付けた人物だ。
つまり、少なくとも彼に対しては、「国に対して反骨の意志あり」と見せることになる。
「旗揚げも近いわね」
「もう少し、状況を整えたかったんだがな・・・・・・予想以上に王都の動きが早かった。これは俺の失策だ」
「また自分を責めて。村長に叩き直されたんでしょ? しっかりしなさい」
「ちょ、お前どこでそれを」
不敵な笑みを浮かべる主に、竜基は思わず動揺した。
何でもかんでも見抜く少女だとは思っていたが、まさか村長との会話まで見破られているとは思わなかったのだ。
「妬けるわね。自分の部下のケアを、他人に任せてしまうなんて」
「これからのアリサに期待するよ」
「うるさぃ」
肩を竦めた。アリサのちょっとした感情の変化が、王女モードの時にも多く現れるようになったのは、きっと竜基とクサカを信用しているから。それでいて大事な場面ではポーカーフェイスを崩すことすらしないのだから、成長したものだと竜基も思う。
訓練の為と称して散々囲碁で煽った男のせりふではない。
「で、城の状況はどうなの?」
「順調に回復している。元々収穫も終わったあとだったんだ。出費と兵士の消耗以外の痛手は、今回はあまりない。形としては、防御側の完全勝利ではあったからな」
「竜基は納得いってなくても、ね」
「ま、そういうことだ」
赤い斧の集団がくるまで城に一兵たりとも進入を許さなかったクサカの功績だ。
竜基は、その点で自分が役立たずだったと考えてしまっていたのだ。それも、村長との話のおかげもあってプラスに働いているからアリサは放置している。
「兵士・・・・・・ね。旗揚げすれば、義勇兵が集まると考えている私は甘いのかしら」
「情報をうまく使って、きちんといくつか成果をあげないと難しいだろうな。・・・・・・だがまあ、それすらもうまく行くかも知れないんだが」
何故うまく行くのか。その理由を求めて思考を走らせたアリサは、一つの答えに行き着いた。
ふと顔をあげて、竜基をみる。
「それが・・・・・・今回会うあの人なの?」
「まー・・・・・・間接的な要因ではあるが、間違ってない。彼がいることで、かなり情勢は変わると言ってもいいのだからな」
「・・・・・・ええっと名前は確かーー」
いい掛けたアリサを、ノックの音が遮った。
続いて響く兵士の声に、竜基は笑みを浮かべて応対する。
「エツナン地方領主代行 シャルル・ド・メルホア様がご到着されました」
「どうぞ、お入りください」
兵士に案内されて入ってきたのは、長い金髪の青年だった。アリサを見るなり、膝をついて臣下の礼を取る。
首元で一束にまとめられた髪が地面に付いてしまわないかと若干気になった竜基だったが、今はそんな場合ではないと思い黙ってアリサの一歩後ろに下がった。
「ようこそ、北アッシアへ」
「ご機嫌麗しゅう、アリサ王女殿下」
顔を上げた青年は、紛れもなく美形。整った顔立ちは生まれの良さを思わせ、そして気品のこもった雰囲気がアリサと二人でずいぶんと似合う。
だが。
目の下にどす黒く塗りたくられたようなクマと、若干の顔の肉の足りなさから、よほどの重労働に晒されているのだと一目で分かった。
アリサが、せっつくように竜基を一べつした。うまく取りはからえということだろうと察して、もう一度前へでるとシャルルに向かって一礼する。
一瞬誰だか分からなかった様子だが、すぐに気づいたようでシャルルも頭を下げた。
「お待ちしていました、シャルルさん」
「これは・・・・・・リューキ殿! 貴方のおかげで、エツナン地方の政策は順調そのものです! いやはやなんとお礼を言っていいか」
「いえ、それには及びませんよ。でしょう? シャルルさん」
「・・・・・・ははは、貴方も面白い人だ。僕にはメリットしかないのですよ?」
何か腹に一物を抱えたような会話に、アリサは控えているクサカをみた。すると耳元で囁くように、クサカはこの会話の筋をつぶやく。
「要するに、じゃ。あのシャルルという男の経営が傾いていたところに、竜基の奴が手を貸したのじゃよ。そのお陰ということじゃろうが、かなり安定したエツナン地方は、北アッシアに恩がある。・・・・・・同じようなことを、竜基はいくつもやっておる」
「いやそれは知ってたけど・・・・・・何でシャルルはだいたいを理解しているような口を?」
「それは、単純にシャルル殿が聡いのと・・・・・・同じく王都に恨みがあるから、たやすく察することが出来たのじゃろうな」
クサカの弁に、若干のわだかまりを残しながらも納得するアリサ。
そんな二人に、竜基は振り返って笑う。
「まあ立ち話も何ですし、座りましょうか」
何かを宿した竜基の瞳に、アリサも小さくうなづいた。
自らが助けた村の人々に救われた。天才軍師はそれを良しとせず、己の居たらなさを悔いてさらに戦う。
アリサ王女の、北アッシアの頭脳と呼ばれた男の反撃は、これから始まる。
エル・アリアノーズ戦記の中でももっとも人気のある、アッシア王国激動編。
この歴史に残る戦いに関しての記録は、次のページから始めることにしよう。
ここまでの歯車が出揃い、そして絡みあって音を奏でていく様はまるでオルゴールのようでとても興味深い。
これだから、歴史学者はやめられないのだ。
魔剣戦記の時代を描く中でも欠かせない導入部分、エル・アリアノーズ戦記。その考察を、もう少しだけ続けてから、"魔剣戦記"の章へと移ろう。
魔剣戦記は、大陸歴200年からという、区切りのいいタイミングだから、というのもあるのだが。
エル・アリアノーズ戦記 第二章あとがきより抜粋
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