ep.37 酔えぬ美酒(前)
魔剣使いの持つ力には、限界があるとされている。
その実体は、魔剣使いのみが持つ魔力という疑似分泌物のようなものだと考えられており、今でも確かなことは分かっていない。
判明しているのは、過去の文献を読む限りだと魔力は自然回復に頼る必要があったことと、魔力無しでは魔剣使いは何も出来ない、ということであった。
黒き三爪に見る正義より抜粋
「敵の西南西ががら空きか。だがそんなことは関係ない。ライカは左翼前方の攻城部隊を叩かせる。クサカはそのまま城の防御線を維持、ガイアスが要だ! どうにかして突破口を開け!」
叫ぶ竜基の声に従ってドラが鳴らされる。思惑通り、敵の陣形は崩れかけながらも左翼を削って後方へあてる方向にシフトした。五百の農民兵はどのように動くのか、それは竜基の支配下にあるわけではないから分からない。だがあの村長が指揮を取っているのだ。竜基のことを一番見て、一番理解していたあの村長が。
村が奪われようと、村の人々の命を最大限に守って見せた、あの男が。
ならば心配は要らない。竜基は、後方に目を走らせながら指を振る。
「後方! 必ず赤い斧の部隊は後方を突き破る! ガイアス隊はその時がチャンスだ、一斉に敵の中軍へ流れ込め!」
村長の指揮下にある部隊は上手く錐行陣の形を取って後方の部隊に突貫を仕掛けている。敵左翼から流れ込む援軍に一瞬虚を取られては居るが、そこは竜基の策を働かせる場面。
ここで負けたら男じゃない……!
竜基は拳を握りしめた。やっと互角の戦いに持ち直すことが出来たのだ。仲間の力を、そして、過去の人々の力を借りて。
ならば、ここでは負けられない。絶対に負けられない。
乾く唇を舐め、緊張を押し潰して声を荒げていく。
「敵軍はもうじき左翼の攻撃の甘さに疑心暗鬼となるはずだ! ライカ隊はその時には前方を引っ叩いているだろう! 敵陣の形が崩れ乱れるまで!! 攻撃の手を緩めるな!!」
「っく!! 大丈夫かよ村長!!」
突撃という戦法は、かなりのリスクを伴う行動だ。
もちろん攻撃によるリターンは大きい。自軍は勢いを追い風にして敵軍を蹴散らすことが出来るのだ。速度のあると無しとでは、やはり攻撃力に大きな差が出てくると言えるだろう。
加えて、士気。
自分たちが攻撃をしているのだという思いは、想定以上の成果を叩き出す。勝ちを取りに行くという意思こそが、士気を高める一つの重要なファクターなのだ。
しかし、その反面、勢いが殺された場合に限らず、大きなリスクが生じる。それこそが、現在村長率いる赤い斧の義勇軍が陥っている状況そのものだった。
「クソが! 死ね!」
「ああああ!! トォカああああ!!」
倒れ逝く仲間に絶叫を挙げる暇さえも、殆どない。
敵陣に突入するということはつまり、三方を敵に取り囲まれるということと等号で結ばれているのだ。
「どっから矢が飛んでくるのかわがんねぇよぉ!!」
「気を強く持て!! 儂らの目的を忘れるな!!」
「「「「「おおお!!!!」」」」」
目の前に現れた敵を次々に切り捨てながら、村長は叫ぶ。まだまだ現役。ライカの養父ガルーダを助けた時の力を、もう一度……!
竜基が村を救ったあの時のことを、村長は今でも後悔していた。
なぜならば、自分の力がたったの少しも及ばない無力さを痛感させられたからである。
あの村に生まれ、今までずっと頂点に立ってきた自分が。ガルーダという魔剣使いにさえ手を差し伸べることが出来た自分が。あっという間に村人を人質に取られて敗北した屈辱。
老骨となってから、どこか諦めている部分があった。若い力を眩しく感じてしまう時があった。
だからといって、自らの村を奪われること、それをまざまざ見過ごしてしまった自分が何より許せなかった。
「儂もまだまだ若いのぉ!!!」
剣を振る。
竜基やライカ、そして多くの村人たち。
彼らには見せられない姿があった。みっともなく吐き気を催し、守るべき村人を、そして仲間を失った自分を殺したくもなった。
だが、それは村長としてのメンツが許さない。こんな自分でも村人はついてきてくれる。ならばそれを、その感情を裏切る訳にはいかなかったのだ。
「恩を返せずして何が男かぁ!! そうじゃろうお主らああ!!」
この五百の兵には、あの日敗北して捕まり、奴隷のように扱われた男が居た。
あの日、目の前で娘を犯され、精神を壊された男が居た。
あの日、情けなく命乞いをして犬の真似事をしてしまった男が居た。
あの日、勇敢に立ち向かうも片腕を切り落とされて膝を屈した男が居た。
「俺達にとってあの賢者様がどんな存在か思い出せ!!!」
「そうだ!! 俺達を救ってくれたあの方を、今度は俺達が!!」
「待ってろよライカ!! おっちゃんが助けてやるからなぁ!!!」
五百の兵には、あの日を知らず、流民として明日の糧にもありつけない状況にあった家族が居た。
狼に襲われ、命からがらあの村で命をとりとめた者が居た。
噂に憧れ、あの村の賢者を訪ねてきた者が居た。
「あの村を作った方を! 見捨てちゃおけねぇ!!」
「俺らが飢え死にしなかったのは、あの方のおかげなんじゃ!!」
「賢者様を、お助けしろおおおおお!!」
彼らにとって、この戦はまさしく聖戦であった。
あの賢者が窮地にある。
村をいつも明るく彩っていたあの少女が絶望の淵にある。
それで立ち上がらずして、何が男か。
その想いが、彼らを突き動かす原動力。
「そうじゃ!! 負けるな!!」
だからこそ、村長は口元を緩めた。
この猛者共の中に居るからこそ、自分は今は、精一杯に戦える。
村長としての心と、男としての魂。
メンツなど気にすることはないのだ。戦え。
あの賢者を、幼き勇者を守るために。
「っくそ!! どれだけ倒せばいいんだ!」
「気を張れい! 5倍以上の兵が居るんだ!!」
戦う意思は薄れない。
しかし、やはりというべきか後方からの突貫とはいえ、この数相手は限界があった。中軍を目の前にして、カバーしに来た左翼の兵士が行く手を阻みだしたのだ。
「ぐわ!?」
「ぎゃっ!!」
飛来する矢を剣で弾くことなど、農民兵に出来ることではない。
それもあって次々と数を減らしていく。
「退却しますか!?」
「いや! 押しとおる!!」
「しかし!」
「儂らが頑張っておるからこそ! リューキは攻撃策を練ることが出来る! その儂らから瓦解してどうするのじゃ! 援軍が聞いて呆れるわ!」
「……! 分かりました! お前ら気合入れてつっこめえええ!!」
握り拳を振るい、剣を前に差し向ける。たった一頭の騎馬が嘶き、村長は先陣を切って駆けぬける。
「この老骨! 貴様らに殺されるほどのタマではないわ!!」
沈みかけていた士気を奮い立たせ、赤い斧の軍は再び昂る感情とともに動き出した。
「村……長……?」
上がりかけていた息を整えながら、斧を振るう少女は呟いた。
燃え盛る火炎に、昨日ほどの猛威は無い。何せ環境が劣悪だ。人の脂などで焼き尽くせるほど、この敵軍は少なくない。
「村長だぁ……!」
薄れかけていた覇気とともに、ライカの瞳に輝きが戻る。
厳しい戦いだった。
どんなに炎を振るおうと、敵の防御は引き裂けない。何よりライカの炎自体が爆発的な力を得るに至らなかったのだ。
殆ど、斧の周辺だけと言ってもいい。
これは、昨日の戦いで使い過ぎた魔力が回復していないのと、この燃料皆無の環境という二つの原因があった。
だが、言い訳などしていられなかったのだ。
ここでへこたれれば、大好きな兄貴分がどうなるか分からない。
好きか嫌いかは良く分からないが、いつも周りに居る皆が居なくなるかもしれない。
そう思うと、必死になって負けられなかったのだ。
「村長、助けにきてくれたのか……」
下唇を噛み、緩む涙腺を抑えつけて斧を振るう。確かに聞こえた、「ライカを守れ」という声。
なんであの距離から聞こえるのかなど分からない。分からなくていい。
嬉しかった。この絶望にあって、温かい家族が手を差し伸べてくれたこの事実そのものが。
「まけらんねーな!!」
赤くなった目で、ライカは笑う。
大斧を振りかざし、叫ぶ。
「炎陣舞踊!!」
気力を振り絞った火炎大蛇が、前方の敵兵を蹴散らした。
「ご注進!! ご注進!! 前方に炎の魔剣使いが出現! 蹴散らされています!」
「前方!? 何故だ! 左翼からの連絡は!!」
「左翼からは状況良好、後方も抑えることが出来ている、とだけ」
「ふざけるな!! 左翼に気を配っていた意味がないだろう!!」
後方に左翼兵を送る代わりに、左翼の動向を逐一気にして異変があったら声をかけろと言っていたのにも拘わらずこの体たらく。手柄を独占したい気持ちやら何やらという、余裕に感けた発想が左翼兵に起こったことは間違いない。
それにしても最悪だ。前方が攻撃に回っているからこそ体裁を為していたこの互角の戦いが崩れ始めようとしている。
いや、目前にまで崩壊の足音が迫っている。
「っくそ!! 前方に中軍をあげろ! 我々で城を落とす! 右翼はどうしてる!!」
「それが!! 風の魔剣使いの猛攻に、とうとう右翼が崩されました!!」
「何ぃ!?」
最悪だ。悪いことは続く。
風の魔剣使いに対してはかなり気を遣って右翼で押さえさせていたというのに。
「風の魔剣使いには隠し玉があったらしく、先ほどその技を使われて一網打尽に……!」
「くそ! 左翼に気を取られ過ぎた矢先にそれか!!」
なんという波状作戦。互角だと思っていたこの戦いは、いつの間にかこちらが崩れるまでの時間稼ぎにすり替わっていたというのか。
「……これは……拙い……!」
完全に陥落させられたと言っていい状況になっていることに歯噛みする。してやられた。
「後方に反転!! 退却するぞ!!」
「え!? 退却ですか!?」
「ここから持ち直せるわけがないだろう!! 後方に反転だ!」
「それは余りにもリスクが高すぎます! せめて右方に! 東に直進を!」
「西は人が居ないとはいえ突き当り。山脈に逃げたところで意味はない。だが東は魔剣使いが居るだろうが!! 兵を失っても、お前や俺が死ぬ訳にはいかないんだよ!!」
「は、はっ!」
舌打ち混じりに怒鳴りつける。
そうこう言っている間にも、軍は崩落し始めているのだ。
予想以上に後方からの伏兵に頑張られてしまったのと、思考誘導の罠にかけられたのが敗因と言えるだろう。
「っつ、今度は負けない。覚えていやがれ北アッシアァ……!」
馬首を翻し、剣を振る。後方に向かって突撃。腹いせに伏兵の連中は一掃してくれる!
「っし!!」
腕を振り上げ、竜基はガッツポーズを取った。敵軍が反転、退却を始めたのだ。その状況に、アリサは目を剥いて声をあげた。
「え、まだかなりの兵が残っているのに!」
「あの将校、戦慣れしているのかもしれないな。負けたと思ってすぐに引き始めたんだろう。……だが、この状況だと赤い斧の軍の被害が大きくなるな。……フェイクにしてはリスクが高すぎるし、あの退却は素直なものと受け取っていいはず。よし、クサカに伝えろ! 追撃だ!! 挟撃してしまえ!」
不利を感じてさっと引く。並の将校に出来ることではないのではとも思ったが、竜基はとにかくここで義勇軍を潰す訳にはいかないと考えた。
罠でないことは、敵の陣がある場所との距離を考えてもすぐに分かることだ。なればこそ、ここで壊滅的打撃を与えることが第一だった。
「うわわ……ガイアスだよねあれ。魔剣使い怖いなぁ」
ヒナゲシの言葉に、合わせて目を向ければ。いち早く義勇軍の危機を察知したか、ガイアスの巻き起こす突風が敵の中軍を引き裂いていた。
「ガイアス倒れないといいけれど。あれだけの力を、昨日の今日で出して大丈夫かしら」
「アイツなら根性でとか何とか言いそうだが、とりあえずこの戦が終わったら寝かせる必要がありそうだ」
竜基の呆れ混じりの言葉に、アリサとヒナゲシも頷いた。




