ep.35 赤い斧
「五千の兵士に対して、戦えるこちらの兵力は七百数十。さて、どう足掻いてみようか」
喚声とともに押し迫る、恐るべき新鋭の軍勢。総攻撃を仕掛けてきたと言っていいだろうこの状況で、しかし竜基の出来ることはすでに限られている。
ただただ、作戦に沿った指令を出すこと、それだけだ。
「大丈夫、よね?」
「・・・・・・ああ、きっとな」
竜基の渋い表情をのぞき込んだのか、アリサは思案げな顔で櫓の外をみた。危険な前線からは一歩離れたところにあるこの場所は、城壁の上にありながらも矢の飛来しない位置にある、いわば指令所のような箇所。試験的な試みで制作したものではあったが、今のところはうまく機能していると考えていいだろう。
竜基としても、いろいろと考えるところはある。食料も乏しく突貫してくるかと思われていた敵軍は、本当に王都からここまでの距離の間に多くの村からものを奪ったのだろう、意外と余裕のありそうな雰囲気だった。
「こうなると、食料の焼き討ちも期待できないもんなぁ」
「リューキって火計好きよね」
「やりやすい」
「ライカも居るし、確かにね」
戦況を睨む。
今のところは、ちゃんと籍車が稼動していることもあり危なげない守城を見せている。クサカが適切な指令をだし、調達ルートにも気を使っているのが大きい。
ガイアス、ライカの二人はまだ林に潜伏させているが、そろそろ突入させるべきであろう。城にかかりっきりになっていると、どうしても注意は散漫になる。そこを少数精鋭で叩けるというのは、ゲームの魔剣戦記特有の戦法の一つであった。
「相手の横っぱらに、両サイドから突入させて、そのまま直進、布を引き裂くように分断してしまえ」
竜基の命令に頷いた側近の兵士は、櫓の見張り台にまで走っていって、ドラを鳴らし始めた。
合図を送ってからしばらくして、両斜め後方から姿を現した二つの小隊。
派手な大斧を担いだ少女と、鉢巻たなびく青年をそれぞれ先頭としたその十人足らずの部隊は、バラバラな方向から攻城中の敵軍へとつっこんだ。
「ッツ、密度が濃いな。突破は無理か・・・・・・?」
「まさか、魔剣対策じゃないでしょうね」
「魔剣対策にしては拙い。ただ単純に、思ったりよりも警戒がしっかりしていただけだ・・・・・・リッカルドとは段違いに戦慣れしているじゃないか」
竜基の忌々しげな視線の先にあるのは、ガイアスとライカが突貫した軍勢の極地戦が展開されている光景。
背後からの突進に備えた布陣で、硬く突入を阻まれていた。ガイアスの風の魔剣で吹き飛ばすという手荒い戦法をとってはいるが、ライカサイドは上手く炎を活かし切れずに苦戦しているようだ。
「ッツ! 背後から突くべきだったか!」
「どういうこと?」
「あの陣型・・・・・・」
指さす方向には敵軍。形的には、城へ先端が突き刺さった星のような見た目。
両サイドのへこみに、ライカとガイアスが突っ込んでいるのが分かる。
「司令部が、サイドとの連絡をとりやすい中央後方にある。どちらかと言えば背部に硬い守りをしているように見えるけれどあれはブラフだったんだ。きっとこっちが魔剣使いを繰り出さないから、伏兵が居ると考えたのだろうけど・・・・・・やられた。サイドから綻びを見いだす戦法を、こっちが取ると読まれていた!」
「っていうことは?」
「グリアッドに、なんとかしてもらうしかないな」
「・・・・・・ねえ」
「ん?」
「グリアッドに、何を頼んだの?」
見上げるアリサの表情は不安。背後に控えるヒナゲシも訝しげな視線を送る中、竜基は小さく肩を竦めて。
極めてなんでもない風を装って、軽く口を開いた。
「魔剣使いはやはり野に伏せていたか」
将校はその自慢の髭をなでると、一人そう呟いて鼻を鳴らした。戦況の報告にきた兵士の言に頷き、これからの展望に思いを巡らせる。
現状、ごり押しでも何とかなる戦況にはなってきている。魔剣使いを封じるには少々拙い手段を取ったことはわかっているが、三千の兵も居ればこの城は落ちるだろう。やっかいな兵器も、こちらからの投石で破壊は可能。何なら井欄を組んでいけば、相手の司令部も崩すことができるのではないかとも考えられる。さすがにその手段に勝算は余りないので、行わないが。
むしろあの司令部の位置は、その井欄戦法を誘っているようにも見えるからだ。
「さって、どうしたものか」
魔剣使い。右翼から攻めあがっている風の魔剣使いに対しても、こちらの陸上兵器を寄せて壁とすることで阻むことはできているし、炎の魔剣使いと、この平野の相性は最悪。本来の力の十分の一も発揮できないよう、兵士で肉壁をつくっているのだから心配はいらない。
「とりあえずは様子見をしてみようか」
敵兵の数は七百程度。だとすれば、魔剣使いをつかった戦法以外に有効打を打てるような伏兵はもう無い。夜間にさえ気を配れば、この戦で負けることはないだろう。
「ご注進! ご注進!」
「どうした!」
通されてきた金髪の兵士。兵装はこの軍とは違う、王都正規兵のもの。何事かと立ち上がると、兵士は膝をついて頭を垂れた。だいぶあわててきたのだろう、汗の垂れる量も尋常ではない。
「エツナン領主代行シャルル・ド・メルホアが謀反!! 反旗を翻し王都へと進軍中!! 至急退却をとのご命令です!」
「なんだと!?」
シャルル・ド・メルホアと言えば、王都に召還されたエツナン領主シャオリーの弟に当たる人物だ。
もしや、シャオリーに何かが起こり、それが謀反のきっかけとなったか。
将校はそう思考を巡らせると、顎に手を当てて空をみあげた。
この城を落とす時間と、退却までの時間。しかし命令は至急戻られたしとのこと。
「ご命令は、何方からだ?」
「ミモザ王后陛下からのご命令でございます」
「・・・・・・そうか」
エリザ王女からの命令であれば急務だったが、ミモザ王后相手であれば、心配はないかもしれない、と思い立つ。
なぜならミモザ王后は戦のいの字もわからない人間で、保身には全力であるからである。
今回も、エリザ王女からすれば何ともない事態かもしれない。そう考えるとこの城を落としてから行きたいという欲が生まれる。
「反逆と取られ兼ねない、か・・・・・・」
「お早めのお支度を!」
兵士の言葉に、将校は一つ頷く。
ふと妙な思考が生まれてしまったが、いくら何でもミモザ王后に対する不敬と取られてしまってはかなわない。
ならば、退却するべきか。
「使者ご苦労であった」
「はっ」
もし、本物の使者であればの話だが。
「まあ、待て」
「こ、これは・・・・・・?」
合図を出して取り囲む。訳が分からない、とばかりに困惑するその金髪の男に、将校は笑いかけた。
「ミモザ王后様からの、ご使者だそうだが」
「そうですが」
「その鎧は、リッカルド王太子様直属の王都兵の鎧だ」
「っ!」
「そして、ミモザ王后様は慎重な方でな。こういった場合の指令には、ルー・マッサード騎士長直下の隠密を使うことがほとんどなのだよ」
歯噛みする金髪に、将校の機嫌はさらに良くなる。この男、あきらめるのが早すぎだ。カマをかけられていたとしたらどうするつもりだったのか。未熟な。
既に兵士たちは金髪に槍を構え、いつでも殺せる状態としている。
「さて、何か申し開きはあるか? 無ければ、死んでもらう。まあ大方アリサ王女の手の者であろうが・・・・・・詰めが甘すぎて笑いがでるわ!」
「クソが・・・・・・」
「殺せ!!」
将校の合図で、槍が引かれる。総員で、男ーーグリアッドを刺し殺そうと
「ご注進!! ご注進!!」
「今度は何だ!!」
転がるように駆けてきた兵士は、今度は間違いなくこの軍の兵士だった。何事かといらだちを露わにする将校に、兵士のふるえる口が開く。
「背後から謎の部隊が接触!! 切り崩されています!!」
「なにぃ!?」
まさに殺されようとしていたグリアッドも目を見開いた。そんな命令は聞いていない。
将校はといえば、突然の事態に舌打ちを一つカマして兵士を睨んだ。
「旗印は!?」
「は、は・・・・・・見たこともない旗です! お、斧! 赤い斧が描かれています!」
「赤い、斧・・・・・・!?」
知らない。
そんな、領は知らない。
どこだ!!
「だめ・・・・・・か・・・・・・」
「どうするのさ竜基」
「いや、ヒナゲシにはアリサをつれて逃げてもらう。もう、この城は無理だ」
「そんなことっ!!」
悔しげに拳を打ちつける竜基を、信じられないものを見たような瞳で見つめる二人。しかしながら、これはグリアッドと決めたこと。
アリサを守る。
グリアッドが発って数刻しても戻らなければ、作戦は失敗。退く様子も一向に見えない。
ならば死力を尽くした戦いをするよりない。
そこに。危険な場所に、アリサはおけない。
それは、死地にグリアッドが赴く時に竜基と交わした、たった一つの約束だった。
「でも、それじゃ・・・・・・!」
「アリサさえ生きていれば、再興はある!! 主の義務だ受け入れろ!!」
「リューキ、貴方はどうするの!!」
「指令官は、俺に委譲しろ。この戦いは、俺の失態が招いたものだ」
「いい加減にしてよ! そ、それじゃ貴方は!」
死ぬつもりなの!?
アリサはそこまで言って、後悔したように口を閉ざした。
竜基はそんなところまで考えていない。どうにかしてここから形勢を上手いところまで持っていくことしか考えていなかった。
生き死になど、今は考えられない。とにかく、アリサを守ることだけ。
「・・・・・・あれは?」
ヒナゲシの気の抜けたような声が届いたのは、そんな時のことだった。
赤い斧の旗印。
それが視認できたのは竜基たちのいる本陣でもすぐのことだった。
「なっ・・・・・・いや、新手かと思ったら、敵の背後を突いただと!?」
「・・・・・・み、味方・・・・・・?」
やはり即席の策ではだめだったかと、グリアッドを救出するために別動隊すら展開しようかとも考えていたところにあった、この状況。
絶望的と思われた矢先の、謎の部隊。
「・・・・・・ん!?」
「どうしたのリューキ?」
困惑の中にあって、何かに気がついた竜基を、アリサはあわてて振り向いた。
なにが起きているのかわからないという事態は、最小限にしたいのは人間の心理として当然のこと。
「赤い、斧といえば。誰が思いつく?」
「ら、ライカだけれど」
「・・・・・・それを、旗印にするような人を。俺は一人だけ、知っている」
呆然と、いつの間にか櫓に身を乗り出して、食い入るように竜基は外を見つめた。
その先で戦う、赤い斧を旗印とした部隊。兵力は、五百程度だろうか。
しかしながら、充実した装備らしく、背後から突いたこともあって敵部隊は混乱のど真ん中へと陥れられている。
「・・・・・・ライカは、赤い斧を持った男に拾われて、あの斧を受け継いだそうだ」
「・・・・・・」
「赤い斧の男は、己を迎え入れてくれた村に恩義を感じて、その村に逗留していたそうだ」
「・・・・・・」
「その村の用心棒として生き抜いたガルーダという男と。その娘同然だったライカという少女」
「・・・・・・」
「いったい、誰が旗印に持ってこようとするんだろうな」
「まさか・・・・・・」
竜基とアリサの見つめる先。
赤い斧を旗印とした部隊が、竜基にはとても眩しく見えた。
目には、涙がたまっていた。
「助けに、来ましたぞおおおおおおお!!! 村を救ってくれた賢者様を!! ライカを!! 王女様を!! 今度は儂らがお守りするんじゃああああ!!!!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」
旗を振る男のそばで叫ぶ、老人の言葉が。
周囲で戦う、普段は鋤や鍬をふるっているだろう男たちの鬨の声が。
距離がずっと離れているはずの、竜基の耳にまで。
響き渡った。




