ep.34 掴んだ藁は
敵を知り己を知れば、百戦危うからず。
ならば、敵を知らず、己を知るだけであれば何というか。
それはただの、殻に引きこもった亀と同義だ。
竜基の手記より抜粋
新手の王都軍が、五千。
その一報を受けた執務室は一瞬静まり返った。その沈黙が、竜基にとっては痛い。この戦いにおいての戦略は、殆ど打ってしまった後なのだから。
駆けてきたことで上がっていた息を整えつつ、執務室の面々を見渡す。全員が全員、表情を硬くしていることが分かった。
こんな時こそ、自分が自信満々に作戦を披露するべきなのだ。それは分かっている。だが、たったそれだけの余裕すら今は持ち合わせがない。内心の焦燥を悟られないようにするだけで精一杯だった。
徐々に小さくなっていく竜基の喘息以外に音の無かった執務室に、ポツリと、アルトボイスが落ちる。
見れば、アリサが小さく下を向き、一人頷いていた。
「……胸騒ぎは……これだったのね……」
「アリサ?」
「いえ……何か、予感がしたの。この戦には何かが起こるんじゃないか、って。だからそこまで動揺はしてない。大丈夫、今回の戦いもきっと勝てる。……そのために、兵士にも仮眠を取らせたし、魔剣使いの二人もちゃんと睡眠はとって貰ったわ」
「りゅーきぃ……アリサが寝ろ寝ろって、病気みたいに言ってきてうるせーんだ」
「病気!?」
竜基の胸元に抱き着いたままだったライカが、顔だけを離してアリサを見る。心外だとばかりに目を剥く彼女に、竜基は小さく笑みを向けた。
「ありがとうアリサ、助かった」
「何を言ってるの。私が配慮するのは当然。私を助けるのが、貴方の仕事でしょ?」
「そう……だな……」
小さく、肩を竦めて自嘲した。何をやっているんだ、俺の仕事は全軍を纏めることではないだろう、と。
シミュレーションゲームをプレイしていた時とは違う。自分は、助言し、策を献じ、主を支える軍師なのだ。自分の仕事すらこなせていないのに、メンバー全員に気を配ろうなどとのぼせていた。
その点に関しては、目の前で優しく微笑むプロフェッショナルがいるではないか。
むしろ彼女が居たからこそ自分はこの場所に居るのだろう。
……アリサが居たからこそ、自分はここに居ることが出来る。
みんなを守りたいという思いと相反する一つの心が芽生えた瞬間、脳内に一つの策が練りあがった。
・・・・・・だが、これは。これは、前回の焼き討ちよりも実行には移したくなかった。
しかしもう現行で使える手札はない。切れるカードは全て切った。あと切れるものは、
自分の、身だけ。
周りを、見渡す。それぞれが複雑な表情を浮かべて竜基を見つめていた。動揺を悟られてはならない。
この策を、当然のように押し通す以外に、今は方法がない。
「やるしか、ないか」
「何よ急に。……ところでリューキ、この戦い、どうするつもり?」
「……今、案が思いついた。仮眠が取れているのであれば、まだ何とかなるはずだ。草原が使えない以上、平地で五千の兵に立ち向かう訳にはいかない。ならば守城戦だ。今まで使うことの無かった兵器たちに、猛威を振るってもらおう」
指を立てて、全員に聞こえるように竜基は自分の考えを述べていく。
今や竜基の策こそが信頼の的であり、この場に集まったメンバーは全員が彼の口から紡がれる戦いの旋律に耳を傾けていた。
「クサカは守城の要だ。兵器の使い方も網羅しているだろうから、一兵も城に入れないくらいの気概で防戦に当たってくれ」
「了解した。任せておけ」
フン、と鼻を鳴らして腕を組むクサカ。
「ガイアスとライカには、前回と同じように炎と風のタッグでの雷撃戦をお願いしたい。城に気を取られている敵軍の背後を突き、山を麓から切り崩せ」
「おうよ」
「あたし、頑張るからな!」
拳を突き合せるガイアスと、満面の笑みで胸元から見上げてくるライカ。
「ヒナゲシには、アリサの護衛を頼みたい。そして――」
壁際に寄りかかって腕組みしながら竜基を見るヒナゲシは、小さく頷く。
竜基はヒナゲシの反応を受け取ってから、グリアッドに目を向けた。
「……グリアッド。最重要任務だ」
「へぇ。信頼されているのは嬉しいよ?」
「手荒い信頼だ。ありがたく受け取れ」
「そいつぁ……面白そうだ」
眠たげな目を見開いて、グリアッドは獰猛な笑みを浮かべた。
執務室をでたグリアッドを、背後から呼び止める声があった。廊下の中程まで行ったところで足を止めて振り返れば、そこには先ほどまで朗々と作戦を作り出していたアリサ軍の軍師の姿。
あまり、いいとは言えない硬い表情で歩み寄ってくる竜基を見て、グリアッドはいつものように瞼をこすりながら片手をあげた。
「どうかした~?」
「・・・・・・グリアッド、先に言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
「あそこでは言えなかったこと?」
「・・・・・・ああ、そうだ」
神妙に頷く竜基。どうにもただ事ではなさそうなその雰囲気に、グリアッドの目もさらに細まる。
この軍師はどうにも全てを自分で抱えてしまう傾向にあるのだ。部下として、同僚として、たまに心配になることもある。竜基がアリサ軍に合流した当初よりもずっと深く芽生えた仲間意識は、その竜基の様子にあまりよろしくない警鐘をならしていた。
「この作戦、お前が一番危険なんだ」
「分かってるけど? 最重要任務だって言ったのはリューキじゃないか」
「・・・・・・そうじゃ、ないんだ。そうじゃない」
「どうしたっていうんだ。らしくもない」
たまに少し精神的に不安定になるのは、竜基を見ていればよくあること。守りたいと思っているらしきアリサとライカの前では殆ど出さないが、ヒナゲシやグリアッドはよくその姿を見ていた。
しかし、それにしても今回の辛そうな表情は普段の比ではない。何だろうかと問いかけるより先に、竜基はその重そうな口を開いた。
「・・・・・・これは、お前を殺しかねない作戦なんだ」
「いや、そんなの戦争だったら当たり前だよ」
「リスクの度合いがけた違いなんだよ!!」
「だったら立案から練り直しな」
「それを考える余裕も・・・・・・ない・・・・・・」
拳を握りしめ、おそらくは己の力の無さにでも歯噛みしているのであろう竜基。
グリアッドは小さくため息を吐くと、おもむろに竜基の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「がっ・・・・・・!?」
「おい。お前が一番守るべきは誰だよ」
「・・・・・・ぐ・・・・・・」
「全員を守ろうなんて甘っちょろい考えしてんじゃないぞ。お前の力が足りなくて、もしこの作戦が失敗しようものなら、僕の命くらいくれてやる。だが・・・・・・分かってるんだろうな」
「・・・・・・でも・・・・・・」
「だったらもっと力を付けろ! 二度とこんなことをしたくないのなら! お前が必死扱いて戦うしかないんだよ!!」
「・・・・・・グリアッドお前・・・・・・」
「さっきの立案の時みたいに、どんな危険な作戦でもしたり顔で語ってる方が似合ってるよ。・・・・・・まあ今回は、あ~ちゃんにその情けない姿を見せなかっただけ成長したな」
「・・・・・・このやろ・・・・・・」
ぱっと手を離すと同時、竜基は尻餅をついて床に転がった。見下ろすグリアッドをにらみながらも、乱れた胸元を整えながら深呼吸を一つ。
「グリアッド、もう一つ無茶な命令を出す」
「なんだい?」
「向こうの敵将によってはお前の命が本当に危険な作戦だが・・・・・・絶対に生きて帰ってこい。ヒナゲシに今回は任せたが、やっぱりアリサの護衛はお前だよ」
「そりゃ、うれしいね」
己を知るも、敵を知らず。
この五分の状況で行われる、命をベットにした駆け引き。竜基の持つ不安は解消されることなく、まもなく戦端は開かれる。
グリアッドの背中が見えなくなる頃には、戦の足音は目の前にまで差し迫っていた。
王都から航路を使い進軍してきた五千の兵団。明朝に北アッシアに到着するように計算され、機械のように進軍する中で。近くに村があれば問答無用で徴収し、すがりつく腕も蹴りつけて進む。何度か山賊との交戦もあったが、北アッシアから逃げてきたらしき兵士の合流もあり、五千の軍という体裁を崩すことはなかった。
「見えました、北アッシアです」
「焦げたにおいが鼻につくな」
指揮官の嫌悪感を露わにした表情に、側近も肩を竦めた。突撃の準備も、陣形も整えた。
リッカルドのような愚も犯すことはない。
人としてはどうか分からないが、五千の兵の指令官は、軍人としては優秀な部類に入っていた。
竜基が付け入る隙は、掻き消えようとしていた。




