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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 2
29/81

ep.27 Eal Areanorth Wars is to be continued

 これから始まるのは戦争。しかしながら、至上の名君と歌われたアリサ王女と、史上最高の天才軍師リューキに迷いはない。寡兵ではあるが、負けはない。

 ここまでに頼もしい司令部も、ワンダースフィア史上では殆どないと言えよう。


                    エル・アリアノーズ戦記より抜粋





 王城内の一室。愛らしいもので飾り立てられた、どこか桃色が強いイメージを見せるこの部屋で、一人の少女が揺り椅子に腰かけて優雅に紅茶を飲んでいた。

 民草への方針は活かさず殺さず。ギリギリの生活の上に立ちながら、それでいて貴族たちは栄耀栄華に溺れた毎日を綴っている。そんな社会の体現とも言うべき姿だった。


 と、唐突に扉を開く音。少女は驚くこともなく、ゆっくりと入口の方へ視線を向けた。そこには、金糸の髪を纏めた、血を分けた兄弟の姿。息を切らせて飛び込んできた彼は、既に王位継承を半ば王より認められているほどの存在であった。その雰囲気は王侯貴族の思い上がったプライドの塊のようなもの。見目麗しい少女とは対照的に、随分と凝り固まった人間の業そのもののような姿だった。


「……リッカルド。部屋に入る時はノックくらいしたらどうなの?」

「そんなことを言っている場合ではないでしょう! 母上をそそのかして何をさせているのですか!!」


 口角泡を飛ばして叫ぶリッカルド。エリザはティーカップをサイドテーブルに置くと、小さくため息を吐いて。ついで、こてんと首を傾げて、バカにしたような笑みを浮かべながら言った。


「何って……徴兵?」

「見ればわかります!! しかしながら王は病床に伏せり、貴族たちに何の示しも無いままに人員を動員するとは……どういうおつもりですか!」

「あらぁ……皇后さまのお許しが出れば、この国では全てまかり通っているのではなくて? ……王様など、いつの時代の権威かしら。あぁそうだわ。しばらく前まで元気だったわね。……何で病床に臥せってなど……誰かが毒でも盛ったのかしら」


 その瞬間、リッカルドの顔が蒼白に染まった。


「ま、まさか姉上……!」

「あら、私を疑うの? いやね」


 手に取った紅茶を一つ含んで、肩を竦める。

 嫌な静寂に包まれた一室で、リッカルドは我慢の限界を迎えていた。


「結局あんな乱暴な臨時徴収と徴兵で、いったい何をしようと言うのですか!!」

「兵を集めたら、することは一つでしょう?」

「……バカにしているのですか。あんな士気の低い兵を使って、何を為さる。メルトルムから食料を強奪するにしたって、あの精強な兵に立ち向かえるほどの力はありません」

「あはははははは!」

「何がおかしいのですか!」


 口元を抑えていながらも、上品さの欠片もない、王女らしくない笑いを、リッカルドは愚弄されたと思い怒鳴り散らす。取り合うつもりもないのだろう。エリザは細まった瞳でリッカルドを見据える。


「バカね。貴方は本当に。お母様と変わりないわ。……そうね。簡単に言えば……姉妹喧嘩? うふふ」

「……この国の中で潰しあって、さらに困窮を招いて、貴女は一体何がしたいのですか……!」

「まぁ、何はともあれ、お母様が許可してくれているのに、貴方に対しての説明の義理なんてあるのかしら?」

「……母上は、心底側室を嫌っていた。その心理を利用するのは簡単なはずだ……だが……だがそれをして何になる……!」

「母上は何でマリア様が嫌いになってのでしょうね。……それも分からないリッカルドには、到底早い話よ」

「バカにして……!」


 馬鹿じゃない。侮蔑の笑みで紅茶を一口。随分と冷めてしまったことに顔を顰めつつ、あぁそうだと一つ手を打った。


「というわけでリッカルド。“逆賊アリサ討伐”の先鋒隊の隊長は、貴方だから」

「ぎゃくぞっ……!? ってちょっと待ってください! 何で僕が!」

「お母様が、手柄は是非貴方にと」

「おのれ……!!」


 渾身の睨み。頬を紅潮させ、拳を震わせながらエリザを睨みつけるも、効果はない。彼女は涼しげな顔のまま、揺り椅子でくつろぐのみだ。


「ほら、早いとこ支度をなさいな。出発まで時間はないわ」

「く、訓練もろくにしていない兵士を差し向けてどうするつもりですか!」

「一万も居るのに?」

「その内幾らが北アッシアまで着いてくると思うのですか!!」

「でも、向こうは千人程度よ?」

「……ああああ! 貴女は! ……どうしても行けというのですね。この国がどうなるのかも分からないというのに」


 くるりと反転したリッカルドは、今後のことと、エリザへの怒りで頭の中を破裂せんばかりに埋め尽くしながら、足音を鳴らして去っていった。

 一人残されたエリザは、窓の外を眺めて呟いた。


「……この国なんて、別にどうとでも」


















 その日、北アッシア城下町は炎に包まれた。

 やっとのことで作りあげてきた街並みは、所詮木造というべきか。ライカが好んでいた串焼き屋も、ガイアスの馴染みの居酒屋も。グリアッドのお気に入りの昼寝スポットであった、あの民家の屋根も。全てが灰へ塵へと帰し、炭焦げた柱と、すこしばかりの骨格を残して崩れていく。

 小さな子の悲鳴や、男の怒号。女の絶叫。阿鼻叫喚の地獄絵図と言わんばかりのこの光景は、あの美しかった北アッシアとは似ても似つかぬこの現状はいったいなんだ。


「……ねぇ……りゅうき……こんな…………こんなの……」


 短剣を抜いている雛罌粟は、既に返り血に染まっていた。握りしめたもう片方の手には、一つのお守り。クサカの、形見。

 あの男は、数万の軍隊の進軍が迫るとみると真っ先に立ち向かっていき、先鋒の将を相手に敢え無く散った。

 あの日温もりを与えてくれたあの男の死は、雛罌粟に取っての強い精神的ダメージになっていた。ギースの、あの死をフラッシュバックさせるようなものだったのだから。


「っちぃ! キリがねー!! リューキ!! リューキぃ! どうにかしてよぅ!! リューキぃ!!」


 喧騒に入り混じって甲高い一つの声。慟哭とも言えるその叫びに、答える者は誰も居ない。リビングデッドのように生気なく迫ってくる、アッシアの兵士達が見えるのみだった。

 絶望という他ないのだろうか。

 ガイアスは一人、隻眼となってからも修練を積んできただけあって戦いの場を鼓舞し続けていた。

 といっても、戦場に残る北アッシア兵など既に三桁を切っている。人の焼ける臭いを充満させたこの城下町で、何を出来るのかなど、現場指揮官にはまだ何も分からなかった。


「軍師いいいい! 根性で起き上がれええええええええええ!」


 ガイアスの声にも、誰も反応さえしない。彼の手持ちとも言える精強な部隊員ですら、息も絶え絶えの状態だった。

 どうすればいいのか分からない。アリサ王女はどこに。グリアッドは。そんな状況で、打開策すら見当たらない。


 北アッシアはその日、陥落した。













 っていう夢を見たんだが」

「不吉以外の何物でもないわね」


 苦虫を噛み潰したような表情で、アリサは言った。

 午前中に余裕が出来た今日は、竜基とアリサの二人でティータイムと洒落込んでいたのである。

 今朝魘されて飛び起きた竜基の話に付き合ううちに、アリサ自身も憂鬱な気分となってしまっていた。

 今日は趣向を変えて、バルコニーでの雑談。対面に座る二人の南には、普段ガイアスたちが訓練をしている演習場が広がっていた。その先には、皆で作りあげた街並みが、燃えることもなく整然と広がっている。


「この景色が壊されるなんて、考えたくもないわ」

「まあ、だからこそ壁やら外やらには気を配ってるんだが……」

「だが?」

「いや何。こういう時の夢ってのは、なんか戦記モノのお話では不吉の前兆だったりするわけよ。だからこう、問題を探そうかと思って」

「……なるほどね。夢で見たような状況にしない為に、ってことか」

「で、思ったのが。まず、現場指揮官のちゃんとしたマニュアル。簡単なものをね。それから、防火対策……なんだけど、まず城の中に相手を入れた時点で、こちらの被害は甚大なんだ。入れないことが第一だね。続いて……いやまあ簡単なんだけど。誰も死なないこと。何故か夢の中でクサカが一騎打ちでも挑んだのか戦死してるんだけど、魔剣使い以外の突貫は許しません」

「いいんじゃないかしら」


 ソーサーにカップを戻して、アリサは頷いた。紅茶、というには余り味の出ないものだが、庶民の間に流通しているこの飲み物は、中々目覚ましにももってこいだ。


「ということは、だ。ちょろっと軍議を開きたいね。ハチャメチャにならないことを祈りながらさ」

「……本格的に動き出すんだもの、皆にもちゃんとやらせるわ」


 椅子を立ったアリサは、大きく一つ伸びをして。

 風にそよぐバルコニーの端まで歩くと、柵に両手をついて空を眺めた。


 後ろに、竜基が立つ。両手を腰に当てて、同じように空を見る。


「これから、始まるのよね。わたしの、夢の実現が」

「ああ。アッシアを塗り替える、優しい国の建立の、第一歩だ」

「楽しく、なるわね」


 髪を耳に掛けて、風にたなびくショートヘアを少し抑える。赤くルビーのように美しい瞳を、横目に移して竜基を見た。

 彼も、背負うモノは全て背負い、何もかもの覚悟を決めていた。

 あの頃の弱さは、お互いもう無くなっている。大きな一つの為に立ち上がる強さは、もう持っている。だからこそ、始まれる。

 戦争、そしてその先にある夢。


「期待しているわ、我が子房」

「お任せを、マイプリンセス」




 似合わないな、とお互い小さく微笑んだ。











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