ep.22 鉢巻の英雄 (中)
上下で終わらせるつもりだったのに。
あ、これから魔剣戦記は定期更新になります。
曜日時間はこの日時。毎週日曜日夜九時です。
英雄たちは、夢を見る。
エル・アリアノーズ戦記 第二章より抜粋
西の山脈へと出かける数日前のこと。
竜基は書庫を訪れ、様々な文献を漁っていた。
最近は時間が空くと、必ずと言っていいほど訪れるようになっていたこともあって、どこにどんな本があるのかさえ分かるようになってきていた。
調べるのは、主にこの世界のことや、伝説の日ノ本の国に関する記述。そして、地球との関連性や、魔剣戦記について関係のありそうなこと全て。
「……ない、よなぁ」
日ノ本の国については、いくつか文献らしきものを見つけたは良いが、どれもこれもが伝説の国扱い。まるで地球で言うレムリアやムーのような伝説大陸にされていた。
仮説として立てたのは“ここが地球の数千年後の世界説”だったが、それすらも矛盾を孕んでいてにっちもさっちもいかない状況。
そこそこ広い書庫ではあったものの、竜基はその殆どを調べ終えてしまっていた。
「こりゃ、王都に行って調べるしかないかなぁ」
ため息が漏れる。日ノ本の国の具体的な記述は無し。この世界は、名前がワンダースフィアだということが分かっただけ。魔剣戦記からのトリップの時に聞こえた「ようこそ、ワンダースフィアへ」という文言と一致はするものの、何のピースも埋まらない状況だった。
一番解せないのは、やはり魔剣戦記というゲームが地球にあったことだが、理解しようとしても今は材料が足りず無駄でしかない。
ましてや自分が存在する時系列まで決められたのだから、とても人の手に負える所業ではないとさえ思う。
……自分が気を失っているだけで、ゲームの世界にダイブでもしているのではないかとも思ったが、思い切り血が出たわけだし、相当痛かった記憶もある。それに今居る仲間たちのことをゲームのNPCなどという安い存在にしたくもなかったし、見えなかった。
「結局、謎だらけか……」
手に取っていた本を棚に戻す。窓枠の外を見れば、陽が沈もうとしていた・
そろそろ仕事に戻るべきだろうと、書庫の出口へと向かおうとして、その扉が開いた。
「ん?」
「おお! 軍師か!」
一番書庫が似合わない男がそこに居た。
「なんつー顔してんだ。“顔面の真横を魔剣の突風が貫いてったことに気付いたライカ”みたいだぞ」
「うちの妹分に何してくれてるんですかねぇ!?」
「修行だ修行! 心配要らん!」
屈託なく笑うガイアスに、竜基は頭を抱えるしかなかった。戦闘は自分の本分ではないのだし、ライカの教育は確かにガイアスに頼んではあったが、思った以上にデンジャラスなことをしているものだと嘆息する。
「……とにかく。珍しいな、ガイアスが書庫に来るなんて」
「む、そうだな。だがだいたい三十日に一日は来るようにしているぞ。初心に帰ることは大事なのだ!」
「初心?」
疑問を口にする竜基の横を通り過ぎ、慣れた様子でとある本棚の前まで歩いていった。
確かそこは絵本や物語ばかりで、竜基自身は殆ど流し読みで終えた箇所だったという記憶があった。
あとを追ってみると、ガイアスはしたり顔で一冊の本を抜いた。絵本だ。それもボロボロで擦り切れ、紙は少々やけてしまって変色しているものだった。
「……これは?」
「まあ、表紙を見てみるといい」
見れば、黒髪の青年が腕を組み、崖の上で太陽を睨んでいる絵であった。白い鉢巻が、彼の額に靡いている。
どことなくガイアスを思わせるこの主人公らしき青年を見て、竜基は顔を上げた。
「この本はな。俺の原点であり、強くありたいと思った切欠であり、そして未だに夢見る目標なのだ!」
読んだ覚えがなかった。
適当に流していたせいかも分からないが、それはともかくとして、ページを開いた。
鉢巻をした少年は、やはり主人公であったらしい。農民の出であった彼は、魔剣の一つ“バグナウ”を用いて、己の拳一つで悪から仲間を守り切り、兄弟の契りを交わしたその国の王子と共に、国を救う為奮闘していく英雄譚だった。
「……なるほどな。お前らしい、原点だ」
「だろう。俺はな、軍師。ヒーローになりたいんだ。大切な誰かを救い、守り、そして共に戦っていく。そんな熱い生き方に憧れた。憧れたからこそ、強くなりたい。この英雄を超えたい。英雄として祭り上げられなくとも、己が守るべき人達の中で、英雄でありたい。そう、子供の頃に誓ったことを今も胸に刻んだままだ」
「……そう、か」
拳を胸に当ててそう吐露するガイアスに、竜基は一つ頷いた。
自分にはない、強さを持った男だと思った。
安さが無かった。自分が参謀になりたいと思っていた頃とは違う。強い熱意と覚悟、そして意志。ガイアスの夢はその全てが揃って一つの信念となっていた。
「なあガイアス」
「んむ? なんだそんな悲壮な顔をして。馬乗りになられて顔面の真横に魔剣を突き刺されたライカのような表情だぞ」
「お前は俺の妹分をなんだと思ってるんだッ!?」
とりあえずこの男の訓練プログラムには後で文句を入れることを心の中で決めてから、竜基はガイアスに向き直った。
「……死ぬなよ」
「おう!!」
思うことは色々とあったが、この一言に全てを凝縮させていた。
ガイアスは、いつものように親指を突きだして高らかに笑った。
「エリザ様。あの女はどうするのですか?」
豪奢な廊下を歩くエリザの横から、付き添う従者の言葉が届いた。
あの女、とは十中八九が商人エイコウのことであろうとはエリザも分かっていた。白いレースショートグローブで髪を払い、小さく笑みを見せる。
「どうって? 商人さんにさせることなんてそんなに多くないと思うけれど」
「……商売でもさせる気ですか?」
訝しげに問う、貴族然とした青年――ルー。純粋な思考を持つ彼に、エリザは肩を竦めて答えた。
「当然じゃない。他に利用価値が無いわけではないけれど、情報を無理に吐かせるよりもずっと効果的に扱えるわ」
「……しかし公式では処刑されたことになっています。そんな状態で表沙汰に出来るのですか?」
「ふふ。表沙汰ねぇ。お母様が気に食わなくて処刑した人間なんて、腐るほど居るじゃない。そんな中の一人を住民が覚えている方がおかしな話よ。それに――」
「まだ、何か?」
「――ミモザ皇后の栄光なんて、他の地方に行き渡ると思う? この王城の権威は随分前に失墜してる。そんな中でだれだれが死んだ、なんて話が他の地方に大大的に回るはずもない。人相書きだって乏しいし」
「……失墜させた、の間違いでしょう? まあ、分かりました。要はエイコウを使った商売は他の地方と、ということですね?」
「ん~、ちょっと違うわ」
「……そう、ですか」
あからさまに残念そうな顔をするルーに、エリザは温かいものを抱く。こんな純朴な青年を使って、自分がしていることに思うこともある。だが、それ以上にエリザは、この国を崩壊させたかった。
「商売相手は、北アッシアよ」
「……エイコウと懇意にしているとの話ですが」
「そう。そしてあそこの金銭事情上、今頃前領主の持っていた宝石類の採掘でもしているんじゃないかしら?」
「……あぁ、よく、覚えています」
「でしょうね。貴方が散々に拷問したんだもの」
「それほどでも」
「褒めてないわよ? ……ま、そんな訳だから……」
もし宝石類を見つけていたとして。
懇意にしている相手から、散々に買い叩かれたり、買ってさえもらえなかったらどんな気持ちでしょうね。
「……たまにエリザ様が恐ろしく感じます」
「そぅ? ま、あんな辺鄙な土地で他に商人の伝手も無ければ……賢者といえどどうしようもないでしょうよ」
楽しくなってきたわ。
そう呟いて、エリザは玉座の間の扉を開いた。
桟道を抜けるには、この部隊と言えど二列で行軍するしかないだろう。それほどに細く、そして危険な道だった。
何と言っても、左手には岩壁が合迫り、右手は完全に崖。踏み外したらこの世とおさらば出来る仕様となっている。
そもそもこの道を鉱石込みで通ることさえ不安なのだ。これ以上の問題は起きて欲しくない、というのが竜基の本音だった。
しかしながら、そんな彼を常に悩ませる事案がただ一つ。
鉱山夫が必死で逃げた形跡のある、炭鉱だった。未だに何から逃げてきたのか分かっていないのだ。分かっているのはこんな高い道を渡っていてなお、襲われたということだけ。桟道を崩さないよう慎重に歩きながら、竜基は様々なことに思考を割いていた。
「……りゅぅきぃ……」
「あーはいはい。下見ないの」
この桟道は随分と高いところまで登り道が続く。地面が滑らかになっている点では荷車でも通ることが出来るよう配慮されているのだろうが、如何せん危険だ。
だからといってこの岩場に柵を作る訳にもいかない。桟道を整備するために必要な装備など、今は持っていないのだ。万が一切り崩れでもしたら笑えない。
ということで……青い顔をして竜基に抱き着いているライカのことを、悪くは言えなかった。
真後ろの兵士が四人がかりで魔剣“大斧”を担いでくれているおかげで、ライカは竜基にしがみつくことが出来ていた。
ガイアスがしんがりを務めている今、竜基の護衛はライカの筈なのだが……まだまだ年端もいかない少女、ましてや度を越えた高所に怯えているような子を任務に就かせるほど、竜基は人から軍師にはなれていなかった。
「前途多難だなぁ」
遠い目をして、呟いた。
滝を確認した竜基たち一行は、直後から桟道への進軍を開始した。
いくらガイアスが居るとはいえど、夜を西アッシアで過ごせるほどの安心材料は揃っていなかったというのも一つの理由。
他にも、他地方の情勢が気になる今にシムラだけに内政を任せる訳にもいかず、心配しているだろう王女の為にも、兵士含め人員を失いたくなかったのだ。
そういう訳で、とりあえず鉱石採掘を続行できる状態かだけを確かめて帰投しようという結論に至っていた。
鉱石採掘が出来るようになれば、竜基の中では経済構想が出来ている。状況としては上々。やはり西の山脈に目をつけた自分に狂いは無かったのだと、一人口元を緩ませていた。
「ぐ、軍師!!」
「どうした?」
唐突に、声。背後を振り向くと同時に、多くの兵士達の絶望に染まった表情が目に入る。
なんだと思ってもう一度前方を見て、息を呑んだ。
「ワイバーン……! ワイバーンの群れです!!」
その数、三十を超えた竜の軍勢が桟道の上空から竜基達を取り囲んでいた。
お願い! 死なないでガイアス! アンタが死んだら(ry
次回、西の山脈編ラスト。ご期待ください。




