ep.21 鉢巻の英雄 (上)
西アッシア地方と当時呼称されていた地は、現在は多くの魔獣が棲息していた跡地として観光スポットにもなっている。記録では魔獣という恐ろしい生物は魔剣使いが二人がかりで倒すほど獰猛かつ凶暴であったらしく、西アッシア地方は魔獣が消え去るまでずっと魔境として扱われていたのだろうことがうかがえる。
エル・アリアノーズ戦記 注釈より
『ふぅ、終わったぁ』
『終わったのならさっさと渡しなよ、僕の仕事が夜まで続いたらどうするのさ』
『ん? ああごめん。これは仕事じゃないんだ。というより俺の仕事は終わってます。ざまぁ』
『こんの……ッ! ……じゃあ何してたのさ』
『いや。気になるところがいくつかあってまとめてた。……なぁシムラ。もし、自分の知ってる歴史と、現実が食い違ってたらお前はどうする?』
『は?』
『そうだな例えば。う~ん、自分が知っている以上に王女様は明るく元気で、歴史には居なかったはずの部下がいて、とか』
『そんなの、よくあることじゃないの? 余り重要じゃない部下は書かれないし、時代にもよるでしょ』
『……重要じゃない部下、か。じゃあさ。歴史上には居なかったはずの部下っていうのが――』
『――大陸で五指に入る実力と言われた人以上の、魔剣使いだったら?』
その日の仕事を終えたシムラは、もはや日課の一部となってしまった月見をしながら、一週間ほど前に上司とした会話を思い出していた。
彼がどんな歴史書を引っ張りだしてきたのかは分からないが、大方彼のことだから、凄いことをしているんだろうなと漠然と考える。
例えば、歴史書の一部から推測して、凄い魔剣使いがいたのではないか、と仮説を立てた……とか。
シムラにとっては竜基の考察や歴史など至極どうでもいいことではあったが。
ふと、すんなり納得のいく答えが頭の中に出てきて後でドヤ顔で竜基に言ってやろうと考えていた。
酒が苦手という理由で拝借してきた木の実のジュースを口に運びながら、満月を見やる。
「どんなに強かったとしても、歴史に残るのは転換点。……その人は結局、何の功績も立てられないまま死んじゃったんじゃない?」
誰のことだか何て知らないけど。
事実他人事だと考えて、シムラは飲み干してしまった木の実のジュースの御代わりに、食堂へと向かったのだった。
西アッシアでの旅は、驚くほど順調だった。
人外魔境として怖れられるこの西アッシアは、続々と獣が現れる。ライカと竜基が共に戦ったあの盗賊狩りで見たような獣より、さらに一回り大きく凶暴そうな獣たちが次々に獲物を狙って出没する。それは巨躯の角付クマや、古代壁画に出てきそうな怪鳥や、おぞましい姿をした巨大蜘蛛等と様々。
どのような生態系の上にこの化け物が森に揃っているのかと、竜基は首を傾げていた。
傾げている余裕があった。
ライカと出会った夜に盗賊たちを全て殺戮した魔狼よりも恐ろしい魔獣たちを前にして、竜基は至極冷静で居られたのだ。
と、いうのも。
「ガッハッハ! 根性が足りん出直してこーい!」
蜘蛛が顎を叩かれて空のかなたまで吹き飛び。
「お? 俺と取っ組み合いをする気か! いい情熱だ、だがまだまだ未熟だァ! 修行してこーい!」
クマが森の奥まで木々をなぎ倒してログアウト。
「フハハハ! 空を飛ぶことが貴様の特権だと思うなよ! 油断! それはお前を地に落とす理由となる!」
低所とはいえ飛んでいたはずの怪鳥が上から殴り落とされ地面にクレーターを作る。
「……いい運動になるな! 軍師!」
振り向いて眩しい白い歯を見せるこの魔剣使いは、ライカ以上に規格外だった。
「おめー相変わらずつえーな」
「ハッハッハ! ライカのように災害を作ることなど出来ん! 俺はお前というライバルを見つけたことで、さらに対軍技を身に付けなければと思っているほどだ!」
「……まだ強くなるのかよ」
「当然だ! ライカ! キミも対人戦で俺に勝てるよう修行だ! さあこの怪鳥を斃せ!」
「しゅぎょーしゅぎょーっておめーはいつも……え、怪鳥? きゃあああ!?」
女の子らしい悲鳴だと思ってほんわかするのもつかの間。瞬きする間に頭から真っ二つにされた焼き鳥が出来上がる。ライカもライカで規格外には変わりない。
もう、見慣れた。竜基含む一般兵士たちは、この異常な強さを持つコンビを何とも言えない含んだ顔で眺めていた。
「いやあ、いい汗をかいたら、水浴びがしたくなってきたな。なぁ軍師、山の上から見た時に、綺麗な滝があっただろう。あそこに行きたい」
「行きたいってお前な……いやまあ、それも有りか」
ふと考えれば、あの滝は異常なほどの輝きに満ちていた。もしかすると、川底に鉱石が埋まっている可能性もある。
仕方ないから行くか、と言おうとして地中から巨大なアナコンダのような怪物が出てきたがモグラたたきのようにガイアスに殴られて一撃で葬り去られていて何も言えなかった。
「今のは中々不意打ちのようで良かったが、お前自身に慢心があった! これからはもっと精進するようにしろ!」
昇天した巨大アナコンダの前で、腕を組んで説教する男の姿は中々にシュールだった。
ガイアス・ベルザークという男は、風の魔剣使いとして元はならず者を率いていた所謂山賊だ。
魔剣を手に入れた経緯はアリサですら聞けていないというから、竜基も踏み込むことはしていないが、彼自身が過去に引き摺られている雰囲気も無いのでわざわざ聞く必要もないと考えている。
とにかくこの男は熱いものが好きだ。食事から人間から展開から、とにかく熱いものが好きで、何よりそういう熱いことに憧れる節が見受けられる。
アリサの配下に入った理由も、国を変えたいという彼女の望みが熱く胸に響いたらしく、それで、とのこと。
戦闘技術に関してはアリサ軍随一。対人戦では無敗の実績を誇るが、その戦い全てにおいて魔剣の力を使っていないのだそうだ。
戦闘技術のエキスパートで、尚且つ魔剣を持って戦える。
クサカやグリアッドと同様に、竜基は北アッシア城に来てから、ガイアスの調査をここまで終えていた。
そして。
――竜基の記憶には居ない、魔剣使い。
ライカという少女は、魔剣の力もあって大陸で五指に入る魔剣使い、という設定だった。それすらも凌ぐ、現アリサ軍の最高戦力。
この世界がゲームと食い違う一つの要素に過ぎないのかそれとも――
大陸暦200年以前に死んでいるはずの存在なのか。
後者の可能性を考えて、竜基は小さく身震いした。
自らの前を、大股で歩く男。鉢巻が風に靡く、熱く頼もしい武将。
この大きな背中が、今はたまらなく不安を募らせる。
「このもう少し先だったなッ!」
「ああ、間違いない。皆、少し行けば滝がある。そこで休憩を取ろう!」
クルリと振り返ったガイアスに頷き、竜基は部下たちに声を掛ける。
ガイアスが居るとはいえ何度か兵士たちも窮地に晒されたのだ、自らの力が及びそうにない相手と何度も出くわすというのは、精神的にクるものがある。
安堵しているものが多数だった。
そのまま一行は進む。と同時に現れた、かの盗賊退治の時にも利用した魔狼の巨大サイズ。ガイアスが数撃でどこかへと吹き飛ばした。
「西アッシアでも通用する魔剣使いっていったい」
「俺の魔剣の属性は風だ。一定量の魔力を収縮して風の起点として一発!! これでどんな相手も吹き飛ばす!」
「なるほど、分からん」
こんな魔境を無傷で突破できているのは、一重にガイアスの御蔭だろう。となると、鉱石をどこで手に入れるかによって様々な弊害がある。
竜基の思考はあちこちに飛び、考えるべきことが多い現状にため息を一つ。
とりあえず今回の目的を果たす為には、一旦滝の傍で休憩した後、戻る必要がありそうだ。
「滝に鉱石がなさそうなら、そのまま崖沿いに歩いて最初の岩場まで戻る。今回の調査はそれで仕舞いにしよう」
「鉱石が無ければ?」
「間違いなく存在はすると思うんだがな……ここで野営は危険だ。戻るしかないだろう」
とりあえず、どの程度西アッシアに脅威があるのかを調べる為、進軍を開始したは良いが。いくらなんでも、魔剣に頼らなければ進めないような場所から鉱石を引っ張りだしてきた可能性は薄い。こう考えられただけ収穫だと考えて、竜基は撤退を決めた。
何かから逃げるように鉱石が落ちていた炭鉱。塞いでいた岩。鉱石を得る為に掘り続けていたら穴が開いてしまったとでも言うのだろうか。
「あの炭鉱自体の採掘を全て終えてしまった。とは考えにくいんだよな。なら岩で塞いだあとにも鉱山採掘は続けられたはずだ。別の場所からも掘ることはできただろう……おそらくあれは通路とみて間違いないはずなんだが……」
「リューキ! リューキ!」
「ん?」
なんで無視するんだ、とでも言いたげに上目遣いで睨んでくるライカ。気づけば滝の近くまで来ていたのだ。思考に没頭して周囲の警戒を怠るなど軍師失格だ、と自戒しつつ、不思議なほどに輝く滝の前まで辿りついた。
「……これは」
「きれーだよな! これなんか好きだ!」
轟轟と水を叩き落とし続ける滝壺の近く。流れる川の前まで来た一行。ガイアスに周囲の警戒を頼み、休憩の命令を下したあと、ライカと二人で滝壺まで歩いてきていた。
竜基が驚いたのは、滝そのもの。錦のように美しく輝いていたのは、太陽に照らされてのことももちろんあろうが、それだけではなかったのだ。
水が流れる、その裏。滝壁にはいくつもの色が露出していた。
赤、青、翠。滝壁はまるでボーリングでもしたかのように地層をくっきりと表しており、そのところどころに数々の“色”が埋まっていた。
「……やっぱりあったのか」
通常同じところには現れない、別種の宝石。おそらくルビーとサファイアと見受けられる石は、環境によって色が変わる同じ石だ。この滝の裏では、別環境が同居していたことになる。とても珍しい採掘スポットだ。地球にも無いわけではなかったが、自軍の近くにこんなものがあるという時点で、竜基にとっては僥倖以外の何物でもなかった。
「採掘は出来そうだな。滝が厳しいとはいえ、この壁の中にこれほどの宝石が埋まっていると考えられるだけで素晴らしい」
こんこん、と滝近くの岩壁をノックする竜基。一つ目的が達成され、楽しげな竜基を見てライカも笑う。
「やったな! で、どーやって運ぶんだ!? アレか!?」
「そこが問題……アレって?」
ライカが嬉々として指を差す方角を見やる。竜基達の居る岩壁沿いに、滝の岩壁を削って造られたらしき細い道の上り口が――
「桟道?」
不安定ながらも、人工の形跡が見受けられる道。壁を削ったり、岩を切り崩したりして無理やり作る桟道のようなものが、ここにもあった。
「……そういう、ことか」
納得した竜基。この桟道が続く岩壁は、壁の高いところを進んであの岩場へと続いているらしいことが分かる。
高所なら西アッシアの魔獣に襲われるリスクが激減する。先ほどガイアスが倒した怪鳥も、地上種らしく高い高度は保てない魔獣だ。だとすれば、制空権の取れる魔獣が居ない以上、桟道を通れば襲われる心配は殆どない。
……もっとも、殆ど、というだけで襲われることはあったのだろう。かなり危ない橋ならぬ桟道を渡っていたことには違いない。死人も出ているはずだ。
「……帰りはこの桟道を通って帰ろうか。使えるかどうかの調査代わりにもなる」
ライカが頷いたことを確認して、竜基は休憩している兵士たちのところへと戻る。
何故、鉱山夫たちが必死で逃げた跡があったのか……その問いが、すぐに明かされるとも知らずに。




