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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 2
22/81

ep.20 動き出す闇、国の西果て、副官少女の胸の内

ヒロインのキャラの話が良く上がるのですが。


家庭的

儚げ

関西弁

ショートヘア


内二つ以上が該当する子だけは絶対に出しません。

理由は単純。嫁と被るから。

「わたしで大丈夫なのかな……ちょっと不安だよ」

「安心しろ。あんな態度取ってるが、竜基のヤツはお前のことを高く買ってる」

「……うん……」

「……しょぼくれるな。俺だってお前のことを応援しているよ」

「ありがと……クサカさん」

 無骨な手で撫でられたシムラは、照れくさげに微笑んだ。

 と、そこに声がかかる。一部始終を不機嫌そうに見ていた、他ならぬ美貌の俺様軍師。

「ッツ! おい何してる! クサカなんかに抱き着いてんじゃねぇよ!」

「あ、ご、ごめんなさいすぐ行きます!」

 ったく、と舌打ちした竜基は、乱暴に後頭部を掻きながらシムラの頭に手を置いて。

「……俺の部下だろ。どこにも行くんじゃねぇ」

 見れば、いつも自分勝手なシムラの上司は、顔を赤くして目を逸らしていた。

「あ……うん!」

 そんな不器用な優しさに、シムラは少し元気を取り戻したのだった。

 


                 副官少女の上司観察日記 第一章より抜粋





『ひとまず、僕は一度戻ります。そうですね、やってもらいたいことがあるので、それまでにはエイコウさんを助け出しますよ』


 ケスティマと名乗った少年が、姿を消して数時間。エイコウは一人牢獄で胡坐をかきながら、指を鳴らしてビートを刻んでいた。


「SO……」


 ケスティマというあの少年。噂に聞く黒き三爪のメンバーだと名乗った彼がアッシアに居るということを、エイコウはとても不安に思っていた。

 エイコウは名の知れた商人である。情報網も強固で、尚且つ伝達も早く情報には聡い。

 もちろん、黒き三爪の名前は知っていた。


 メルトルムでは有名な犯罪者(・・・)集団。メルトルムの隣国であった、小国の王族を皆殺しにした事件は記憶に鮮明なものだ。

確かにその王族には良い噂はなく、エイコウとしても行商に立ち寄った際に散々な目にあったことはある。物乞いや盗人の量はアッシアのソレと比肩するレベルで、酷い治安だった。

 しかしながら、王族を皆殺しにする必要など、あったのだろうか。立て直しを行った貴族は確かに善人で、メルトルムの力を借りている現在は、良き政治を行えているという話は聞いた。

 革命が成功し、議会制の社会になったその国。黒き三爪は英雄だと讃えられてはいるが、その実、部外者の横入りに過ぎない。

 さらに言うなれば、彼らは独自の価値観に基づき動いているという話だ。大衆の倫理が彼らの正義に敵うかなど分からない。

 エイコウが何が言いたいのかと言えば。


「良くなった、というのは、結果論なんだYO……」


 彼ら黒き三爪が関わって、良くなった国もある。領土もある。村もある。だが、その影に敵味方問わずいくつの屍が転がったのかは分からない。自らの思う正義、自らの思う平和の為に、殺さなくても済む人間までも根絶やしにした……そんな事実もある彼らに対し、エイコウは不安を拭うことが出来なかった。


「……とはいえ」


 今回に限っては、感謝以外にないというのも確か。命あっての物種、とまでは言わずとも、エイコウも商人である。利に生きる者が、利無きに死ぬのは無念以外の何物でもなかった。


「今回ばかりは、感謝だYO……」

「何に感謝すると言うのかしら?」


 ふと、頭上から鈴の音のような声色。エイコウが顔を上げると、格子越しには少女が居た。


 ふわり、と肩までかかった翡翠の髪が揺れた。桃色のドレスと均整のとれたカラーリングは、エイコウといえども唸るレベルのコーディネート。口元を隠して嫋やかな笑みを見せながら、彼女は静かにエイコウを見下ろしていた。

 美しいと可愛らしいの中間、というくらいにしか、エイコウは表現することが出来なかった。大人になり掛けの年頃だろうか。花のように笑う彼女に、エイコウは。


 感情を向けることさえしなかった。


「お前があの男の主かYO」

「……あらあら。ルー、随分嫌われてしまったのね」

「そのようなことは」

「っ!」


 いつからそこに居たのだろう。少女の背後に一人佇む男に、驚愕の視線を向ける。男の方はと言えば、特に何の感慨も抱いていない瞳を一度エイコウに向けたきり、目を合わせることは無かった。


「さて、エイコウさん」


 クルリと振り向いた少女は、また一段と笑みを深めて、口を開いた。


「私はエリザ。エリザ・ラ・フォリア・アッシア。このアッシア王国の第一王女をしているの。よろしくね」

「……お前の主は第一王女かYO。妃との間に隠し事とは、穏やかじゃないYO」


 ルーを一度睨みつけたエイコウだったが、全くと言っていいほど反応は無かった。

 食ってかかる必要もない。エイコウは、その第一王女に目を向けた。

 ……アリサの、姉に当たる人間に。


「とりあえず、命を救われたことに関しては礼を言うYO……ありがとう」

「別に、貴女の為じゃないわ。お礼だけは受け取っておこうかしら」


 さらりと言葉を流して、エリザはルーに何かを呟く。同時に、ルーは霧のように掻き消えた。


「……!」

「驚いた? 貴女と少し話したかったから、少し野暮用を命じただけよ」


 悪戯が成功したかのような、楽しげな表情。

 エリザは、アリサとは違うカリスマを持っていた。

 人の目を奪う、蠱惑的なカリスマ。女王と呼んで差し支えない、泰然とした態度。常に余裕を持った、雅な姿勢。


「ところで、エイコウさん」

「……なんだYO」

「私に付く気はないかしら?」

「は?」


 驚いて目を見つめれば、相変わらず楽しげに揺らいでいた。絶対的な自信と、興味に満ちたその瞳。

 何が原動力になっているのかなど分からない。だが、エイコウは人の下に付くつもりなど無かった。


「悪いけど「一応、私が命を救ってあげたのだけれど」……」


 言葉を被せるように呟いた、エリザの顔を見れば。人差し指を立てて、愉快気な笑みを崩さないまま、エイコウを見下した瞳を向けていた。


「それじゃ、ちょっと卑怯だと思う?」

「……」


 無言で睨みつける。エリザはどこ吹く風と言った風体で、その不快な見下ろし方を辞めることも無かった。


「……そういえば」


 こみ上げる笑いをこらえきれないのだろうか、エリザの目はまたも、エイコウの瞳を射抜く。


「隊商の人たちも、私の手中にあるってコト……知ってるわよね?」

「……」


 隊商のメンバーの顔が浮かぶ。仲良くやってきた仲間。それが全て捕えられているこの状況。……だが、エイコウにはまだ、まだ隠し通せる手札があった。自らの影武者がどこまでやってくれるかは分からないが、脱出の目途が立っている。今さえ。今さえ凌げれば。


「……むぅ。これでもダメなのね?」


 その言葉は、どこかアリサと重なった。可愛らしく、それでいて、支えてあげたくなる一種のカリスマ。……しかし、声のトーンが違う。絶対的に違う。エイコウは反射で顔をもう一度エリザへと向け――そこで答えを知った。


「なら仕方がないから……貴女のカードを棄てさせてあげるわ」


 唐突にエリザの真後ろに、ルーが現れた。

 何かを小脇に抱え、エリザの前へと出る。


「野暮用、ご苦労様」


 冥い笑顔を見せるエリザの足元に転がったのは、オレンジの髪をした、ボロ雑巾だった。


「っ!?」


 黒き三爪と思って安心していた自分が悪かったのか。動揺を隠せないエイコウに、エリザは嗤う。


「あらあら、そんなに驚かなくてもいいじゃない。この地下牢に入った鼠の捕縛を頼んだだけよ? ……鼠退治なんて、野暮用でしょ?」

「……何者だYO」


 辛うじて漏れた声で、エイコウは紡いだ。目の前に居座るこの二人組には、いったい何が見えているのか。それすらが恐ろしく、エイコウは思わず体を震わせる。

 目の前に転がった人間だったモノ。息はまだあるだろうが、体中が危険信号という名の悲鳴を上げている状態の……少年。両手両足はあらぬ方向へとねじ曲がり、ご丁寧に背骨も逆折よろしくコンパクトにへし折られている。


 あの黒き三爪の一人が、ここまで見事に片付けられるものなのか。

 見れば、ルーという男は全くの無傷。抵抗すら許されなかったという証。


「……何者だYO! お前ら!」

「……あらあら、最初に名乗ったでしょう? ――ただの、第一王女ですわ」


 蠱惑的で、残虐な女王の前に、商人エイコウは、膝を屈した。



















 炭鉱内を、進軍する集団があった。

 数人に一人は松明を持っているおかげか、酷く明るい洞窟という奇妙な状況に、竜基は少し笑みをこぼした。


「昨日とはまるで違う明るさだな」


 一夜明けて。雲一つない晴天を確認し、竜基は進軍を決行した。目的は、洞窟の向こう。炭鉱を抜けた先に何があるのか。

 幸い魔剣使いが二人も居るこの状況以上に安全な進軍も無く、不安を多く残しながらも、気丈な心構えで進むことが出来ていた。


 どのくらい進んだだろうか。午前、それも日が昇ってからすぐという早い時間に炭鉱へ入ったのだ。もうじき昼ごろになるであろうこの時間、そろそろ出口が見えてきてもおかしくはない。


「皆! 石を拾うのは良いが、戦闘出来る程度にしておかねば自分が死ぬことになるぞ!」


 振り返り、竜基はそう声をあげた。

 顔を前に向ければ、出口らしき風と光の入り口がある。人が二人は同時に出られそうな穴に、少々の安堵をしつつ、ライカとガイアスに目を向けた。


「悪いが、二人で先行してくれ。ここからは、魔剣使いが頼みだ」

「俺の根性に任せろ!!」

「リューキに頼られんなら、いくらでもいーぜ!」


 笑顔を見せる二人に頷き、竜基は道を譲った。不安げな兵士たちを背に、魔剣使いを見送る。


 慎重に顔を覗かせたガイアスが、クリアリングとばかりに魔剣を振るった。

 轟音。木々がなぎ倒されるかのような凄まじいざわめきの後で、ガイアスは明るみの中へと躍り出る。

 そして竜基達の方を振り返ると、屈託ない豪快な笑いと共に口を開いた。


「なんか、良い感じの場所だ! 軍師も出て来いよ!!」


 続いてライカも外へと続く。竜基は彼女に手を引かれて、明るみに目を眩ませながらも、周りを見渡した。


「……ここは」


 まず目に入ったのは、遠くに見える滝だった。晴天の空に反射して、錦織が流れているのではないかと思わせるほど美しさを醸し出している。眼下には森が広がり、季節も幸いしたのか、深緑が広がる壮大な景観を見せていた。

 ふと足元に視線を落とせば、自分たちの居る場所は、山を抜けたところにある岩場だと分かる。人工的なものは何一つ見えないが、絶景の見える素晴らしいスポットとして作用していた。


「これは凄いな。ガイアスが良い感じの場所、と言ったのも頷ける」


 大自然。

 竜基が日本に居た頃はまず見ることのできなかった自然の美しさが、まるで濃縮されたかのように広がっていた。

 しばらく、兵士たちも自分たちも、この素晴らしき世界の中に浸っていた。


 だが、ライカの一言で現実へと引き戻される。


「すっげー。な、リューキリューキ! ここはどこなんだ!?」

「……どこだよ」

「「「「「「「ええ!?」」」」」」」


 ライカどころか、ガイアス以外の全員がツッコミを入れた。目玉が飛び出たのは幻視だと思いたい。そう一人自己完結して、竜基は兵士たちに向き直った。


「とりあえず、西の山脈を西にぶち抜いたのは覚えているかい? 諸君」


 皆が竜基に注目した。この時点で、察しの付いた者も居たようで、ちらほら蒼白に染まった顔が見受けられる。


「ここが、人外魔境西アッシア地方……だな、下手すりゃ。うん」

「うぇええええええ!?」

「ほう、ここが」


 ライカは、あの夜獣の森の記憶がよみがえったのか、大慌てで竜基を見やった。ガイアスはと言えば、楽しげに大自然を睨みつける。

 他にも兵士たちがそれぞれの反応を見せていた。彼らの顔色を見つつ、竜基は一人思考する。


 よくよく考えれば、人の手が加わっていないことを見ても、西の山脈を東から突っ込んだことを見ても、西アッシアに辿りつくことは分かっていたことだ。ここからどうするか、だが、事実まだ西アッシアであるかどうかは分からない。

 ……あんな風に逃げた形跡があることや、洞窟の途中にあった、ライカが叩き切った大きな岩の存在を考えると、もうこれは西アッシアと考えていいのだろうが、だがそうすると……。


「何から、逃げてたんだろうな。鉱夫たちは」


















 いくつかある執務室は、それぞれが担当ごとに分けられている。

 城の四階にある執務室では、クサカがその腕を振るっていた。


「兵士の育成は順調じゃな」


 竹簡を眺めつつ、一人呟いた。どうしてか自分はこういった軍事方面に長けている。そう感じるのは今に始まったことではない。記憶が始まったその時から、武には自信があり、そして軍部の知識も、昔から知っていたかのようにすぐ吸収することが出来ていた。

 おそらくは記憶喪失以前の自分も、そちらの方面で努力していたのだろう。今は持ち合わせていない記憶に関しての問答は、自分の中で何度も繰り返してきたことだった。


 しかし。


『……草鹿さん!?』


 自分を知っていた、若き軍師の存在。

 記憶に関しての思考には決着がつき、アリサの為に死すと決めた今になって現れた、過去を知る者。

 ……冷静に考えてみれば、年齢的にもつながるはずはなく、自分が記憶を失う前に彼が生きていたなどということにはならない。そのはずだというのに、どうしても彼の知る“草鹿”という男の存在が胸の奥でざわめいている。もしかしたらその男が自分なのではないか。

 現実、そんなはずはないと分かってはいても。草鹿という人間がまるで自らの心の中に住んでいるかのように叫ぶ。

『お前は俺だ』

 いったい、どういうことなのだろうか。何故なのだろうか。

 そんなことは分からないが、理屈ではなく心が、この意味の分からない叫びを無視することすら許さない。


「……帰ってきたら、聞いてみるかの」


 アリサの為に死す。それは不変のことだ。

 だが、心の叫びに恐怖し、彼の知る草鹿を突っぱねたのも事実。

 腹を割って話す必要がありそうだ。

 そう、自分の中で結論付けた。


「ちょっと入りま~す。返事とかい~です」

「ふむ?」


 扉が、木製の蝶番ならではの軋みを鳴らしながら開いた。顔を見せたのは、竜基の副官であるシムラ。なんだかんだで出会ってから仲が良く、度々シムラのリハビリに付き合う時に軍事に関しての勉強を教えては居たのだが……。


「シムラの嬢ちゃん! 歩けるようになったのか!」

「まぁ、竜基が作った補助ありきだけどさ」


 素直に喜びを見せ、両手を広げて歓迎するクサカに、照れくさくなったのかシムラは視線をそらしながら、ポツリと呟いた。

 両足で自分を支えられるようになってから、という条件付きで手渡されたのは、竜基お手製の松葉杖であった。この器具の御蔭もあって、廊下を歩くことは出来るまでに復活している。あとはちゃんと歩けるようになるまで、秒読み状態であることもシムラの原動力の一つだった。


「そうかそうか! ハッハッハ、いやあ何よりじゃ!」

「まあ、これでやっとアイツに借りを返せるしいいかなってくらいだけど」

「ハッハッハ!」


 結局副官を買って出て、既に仕事をこなせるまでになっている。西の山脈へ行っている間の仕事くらいは、シムラもこなすことが出来るくらいに成長した。サイエンの現状は気になるものの、今は『この街を守ってみないか』と言っていた竜基の言葉に従って奮闘している。

 グリアッドも彼女の事を認め始め、城内の士気は格段に上がっていた。


「でさ」


 ポツリと、シムラが呟いた。彼女らしくない、不安げな表情。サイドテールに結んだ髪も、自信なさげにしょげている。


「僕は竜基のヤツに言われて、頑張ってはいるつもりだよ? けど……上手くやれてるのかなって不安になるんだ。アイツが僕を副官にしたのは、同情とか、そういうものなんじゃないかって。誰でも良くて……」


「で、でも、それでもいいんだ。アイツに助けられたことには感謝してる。未だに許してはいないけど、けど仕事もくれて生活できてる。良い人もいっぱいいる。……でもこれで、役立たずだって思われてたら、さ……足だって、満足には動かせないし」


 俯き、表情の見えない小さな少女。いつかのアリサの方が、まだ存在は大きく見えた。

 不安に押し潰されそうな弱さは、どこにでも居る……否、こんな殺伐とした今の時代ではすぐに淘汰されてしまいそうな赤子と同じ。


 弱い少女だが、クサカはそれでも嫌いにはなれなかった。何故か、居もしない娘のような、そんな気がして。お嬢はお嬢だ。自分が仕えるべき、若き支配者。それとは違う、自分のか弱い娘。


「……ふぇ?」


 ポン、と頭に手を乗せた。そのまま掴めてしまいそうなほど小さな頭。幼いアリサにもよくやっていた。自分の巌のような手と比べて、なんとも儚い華奢な体で、彼女も戦っている。

 周りに毒を吐くことが多く、気丈に振舞っては居ても。それでも、弱さはある。この少女は特に、大切な父親代わりを失くしていて……記憶も無いと聞いた。自分と同じ。あの不安は、同じく記憶を失った者にしか分からない。体の一部ならぬ、心の半分以上が欠損してしまったかのような空虚。


 この少女も、アリサ同様辛い道を歩んでいるのかと思うと、どうしてもこうして、頭を撫でてやりたくなってしまった。


「……くすぐったい」

「そうか」


 辞めるつもりはない。丁寧に撫でることなど、不器用な自分には出来ないが。それでもこの無骨なてのひらで、少しでも不安を拭えれば。


 精神的に、彼女はまだ幼い。竜基と同じ年とは思えないほどの、か弱い心。まるで、平和で美しい天界から、こんな殺伐とした人間界に落とされてしまったかのような。


「……大丈夫だ」

「……え?」


 自分が体を張って守ってやる。そう思う相手が、また増えた。

 グリアッドやガイアスが、アリサに忠誠を誓った時も。

 ライカが、右も左も分からぬままやってきた時も、そう思った。


『仲間だから、じゃねーか?』


 屈託なく、赤の少女は言っていた。間違いない。仲間、だからだ。


「お前さんはもう仲間だ。間違いない。儂が守ってやる。大丈夫だ」

「……ありがと、クサカ」


 こんなになるまで放置していた竜基を叱らねばな、とため息を吐いて、ふと思った。


 自分が心に誓う瞬間が、クサカにはいつもあったはず。

『コイツを守ってやろう』そう思う瞬間が、必ずあった。

今まで仲間だと思ってきた相手のことを思い返して。

一人かけていて。


 だが、よくよく考えれば、仲間には違いない。もちろん守りたいと思っていた。

 いつ、守ってやろうと思った?


 竜基を守ろうと、いつ誓った?


「クサカ?」

「あ、ああすまんすまん。全く、リューキのヤツにはキチンと言っておくからの! ちゃんと部下の慰撫をしろと!」

「え、い、いいよそんなの!」


 顔を赤くして頭を振るシムラ。黒いサイドテールも、恥ずかしげに振れる。

 さすがに同い年程度の男に慰められるというのは、シムラのプライドが許さないのかと、年ごろらしいいじらしさにクサカが笑みを深めていると。ふと、シムラが顔を上げた。


「そういえば、さ。皆アイツのことリューキって言うけど、なんで?」

「竜基って言うのが難しいから、リューキだそうだ」


 確か、ライカがそう言っていたと記憶している。


「難しい? クサカ普通に言えてるけど」

「……そういえば、そうじゃの」

「まいっか」


 くるりと反転して、シムラはクサカから離れた。

 そして笑顔で振り返ると、ウィンクと共に指を二本立てて。


「なんか愚痴聞いてもらっちゃっただけになったけど、ありがと! すっきりしたよ!」

「あ、ああ」


 また来るね、と言い残すと、松葉杖を握って部屋を出て行った。


「竜基。……言いにくい、か? お嬢に聞いてみるとするかの」


 シムラはとてもすっきりしていたようではあった。

 だがクサカにとっては、凄まじく悶々とした日であった。













 シムラは執務室で仕事をこなしていた。

 自分に割り当てられた席は、竜基のデスクの斜め前。ちょうど扉から入ってきて右手に彼女のデスクはある。

 竹簡に情報を書き込んでは、乾かして纏めて竜基のデスクへ積んでいく。帰って来た時にどんな顔をするだろうか、と口元を緩ませると、実に仕事が捗る。


「竜基、山でこけてたりしないかな。こけろ」


 書簡の山。未記入の物と間違ってはいけないので、タイトルよろしく、巻物に名前を書いていくことも忘れない。次の仕事で無くしたりだとか、竜基に要求された時に自分がめんどくさい目に遭うことだけは避けたい。


「……宝石とかパクって来ないかな。そうしたら足の完治祝いせびってやる」


 また、竜基の居ない間に、兵士を動員して棚の再整理をさせておいた。軍事に詳しくとも、事務系統には不慣れという歪な知識を持つ彼は、索引順に並べておく方が楽だということを分かっていないらしい。同じ事業ごとに纏めるより、年代別・事業別・担当者別に区分けした方が探しやすい。思いついたら手元に来るような、便利な仕様ではないのだから。


「そういえば、竜基とアリサってイイ仲なのかな? ……なんか腹立つなそれ。考えんのやめよ」


 それから、数字の書き方がわかりにくいので直させた。どう考えてもグラフに纏めた方が分かりやすい。自分が昔父代わりのところでやっていた形式に全てを統一させた。数値換算も、シムラ自身がやった方が速度は格段に速いのだ。


「ふふん、僕がやった方が早い。竜基帰ってきたらからかってやる。いっつもいっつも口だけは回るんだから」


 副官として、やれることは次々にこなしているはずだ。様々な事業を興した竜基にはかなわずとも、改革出来るところは全て改革し、より円滑な工程に。効率の良い作業に変えることが出来たはず。これならば文句の一つも言われないどころか、褒められて然るべきだと胸を張って言えることだろう。


「……アイツ、どのくらい時間かかるんだろう。たかが登山にあんまり時間掛けるなよ」


 竜基に教えられたレベルから、格段に効率は上がり、事務仕事も少なくなっている。竜基が一日がかりでこなしていた仕事を、半日あればこなせるレベルにまで引き上げた。だが、この功績がどのくらいのモノなのか、シムラには分からない。


「さっさと帰ってきて僕を讃えやがれあのやろー」


 事務仕事に関しては自信があった。副官として拾われた以上、やれることはやってやると思った。けれど、それが基準に達していなかったら?

 不安が募る。これでもまだ足りないかも知れない。

 シムラには、竜基の背中が大きすぎた。

 天才軍師と呼ばれ、同程度の年齢ながらも次々と北アッシアを発展させていく稀代の軍師。それに比べて、自分はどうなのだろうか。サイエン地方の苦難さえも救えなかった自分が、不安だった。


「……別に、竜基が居るから北アッシアは大丈夫だけど」


 ……それでも、自分が必要なかったら。そう思うと、少し胸が閊える。

 でも、それよりも辛いことが、一つ。


「……竜基め。何でこんなに僕を悩ませるんだ。全部アイツが悪いんだ」


 ギースが殺されたことを許すつもりなど無い。だが、竜基の守っている世界、努力する竜基や他の将を見ていると、胸が痛む。

 一生懸命作りあげている街を、破壊しようとしたのは自分だと。自分たちなんだと。

 感情でも、理屈でも、自分たちが一方的に悪かったのではないかと思う自分が居る。


 ……どうして、あの時ギースさんたちと一緒に北アッシアに来なかったのかな


 勿論、無理だ。そんなこと分かってる。あの状況から、どうやって。

 ……そこで、天才軍師の名に八つ当たりしてしまう。

 天才軍師ならあの状況から僕たちを助けることだってできたはずだ。ギースさんや、部隊の皆だって死ななくて良かったはずだ。悪いのはサイエン領主だけだったはずなんだ。


「……僕、嫌なヤツだ」


 小さな、吐息を一つ。結局は、自分の力が足りなかったのだと。無力な自分の責任を、何かの為に努力している人――力を頑張って付けている人に丸投げしているのだと。


 心無いそういう叫びが、いつも竜基に突き刺さっていることを、知らない訳ではなかった。今の街でも、もっと、もっとと欲をかく人は多く居る。自分は最低限のことだけをして暮らしているだけなのに、人の為に貢献しようと努力している人を、それが当然だとばかりに汚い欲の唾を飛ばす。


「……僕は、そんな人たちからアイツを守ろう」


 許さない。竜基を許してしまったら、父親代わりの人達まで悪人にしてしまうような気がして。どうしてもその一線だけは、今は譲れない。

 けれど。


 竜基が努力していること、頑張っていることは分かっているし、自分もそれに感化されてしまった。

 なら守ろう。自分が守るべき相手は、副官として守るべき相手は、アイツなんだ。


「……早く帰って来い。シムラちゃんが頑張って支えてやってるんだぞぅ」


 必要無いかもしれない。もしかしたら、実力は足りていないかもしれない。

 それでも、構わない。クサカが、グリアッドが、そしてアリサが認めてくれた。

 なら、そんな自分を誇って、ちゃんと守ろう。竜基という、自分を助けてくれた上司をこれからずっと。しっかり支えていこう。


 気が付いたら暗くなっていた。

松葉杖の力を借りて、立ち上がる。

 業務は粗方終了した。自分が効率を良くした結果なのだと、誰にも見せないしたり顔をして――ふと、吹き抜けの窓へ近づいた。


 満月が、空に浮かんでいた。美しくも、儚い。太陽ほど恩恵は無いけれど、それでも、夜に頑張る人達を照らしていた。


 下枠に手を乗せ、体重を預ける。ここから見る夜の景色は、シムラのお気に入りであった。松明がちらちらと揺れる以外、真っ暗で何も見えないけれど。

 それでも、月が大きく、優しく輝いている。


「……ギースさん」


 ポツリと、呟いた言の葉は、何故か小さく、それでいて透き通っていて。


「僕、良い女にはなれないかも。だけどね。いい部下には、なれそうだよ。実力はまだ……足りないかもだけどさ」


 儚げに笑うシムラの横顔は、誰から見ても美しかっただろう。


「おいバカ上司。聞こえるか」


 トーンが明るくなった。竜基のことを考えると、彼のせいなのか自然と茶化し口調になってしまう。父への敬愛と、上司への憧憬。形や態度は全く違えど、シムラにとっては二人とも、越えるべき、憧れるべき人への素直な心。


「これからシムラちゃんがしっかりサポートしてやるんだから、怠けさせないぞ。……お前が頑張ってること、僕は分かってる。だから僕が、支えてやる。覚悟しとけ!」


 誰も居ない、暗い一室の窓枠。だからこそ月が彼女を照らしていて、その彼女の姿勢が、態度が、優しく輝いていた。


 その姿は、太陽の居ぬ間の世界を支える、月のようだった。


なんか唐突にラブコメ的な何かを書きたくなった。

誰ヒロインがいいかな。いや、魔剣戦記内のキャラでやるけど。

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