ep.19 鳴動
北アッシアの地は、いつしか王都とは別の形で栄えるようになっていた。民は富み、北の大地にありながら地は肥え始めた。王都の間者がそのまま居着いてしまったという話も、あったほどに。……そう、既にアリサ王女排斥の足音は迫っていた。
エル・アリアノーズ戦記 第一章より抜粋
「ルー! ルーはどこ!?」
「ここに居ります」
ミモザが自室でわめき散らしていると、一人の貴族然とした青年が現れた。扉を開き、静かに歩み寄る。
そんな彼に、詰め寄るミモザ。不快感に彼が眉をひそめたことになど、気づいた様子も無かった。
「レザム卿をあの女に差し向ければどうにかなると言ったのに、どうしてリッカルドが怒るのよ! そもそも早く報告に来なさいな! 今まで何をしていたの!?」
「いえ……私は命じられたことをしただけですので」
「お黙り!」
ヒステリックに責任転嫁を展開するミモザに、内心辟易しつつも頷くルー。
彼が面倒臭そうなそぶりを一切見せないことに、影を薄くしていたメイドは尊敬の視線を送る。
「いいわ! 今から人民をかき集めなさい! 北アッシアに密偵も放つの! そして適当な指揮官に口実を与えて北アッシアを攻めなさい!」
「……」
いくらなんでも無理があるだろう、とルーは言いかけて止めた。この女に何を言おうとも意味がないのは分かり切っていたことである。それに、別にルーは目の前の皇后に忠誠を誓った覚えもない。
「返事は!?」
「そうですね……兵士の徴募には何かとお金がかかりますが……」
「そんなものワタクシがどうにかします! 貴方はワタクシの言うとおり動けばいいの!」
「……はい」
頭を垂れたルーは、優雅に一転しミモザの部屋を後にした。
「ふふ、これであの女狐を駆逐できる……ようやく、ようやくよ……」
「というわけで、軍資金は調達できそうですね」
「流石ね。というかお母様が愚か過ぎて笑っちゃうわ」
先の出来事より数刻後。ルーと呼ばれた青年は別の女性に臣下の礼を取っていた。
先ほどの香水臭い絢爛な部屋とは違い、華やかながらも可愛らしさを兼ね備えた一室。桃色を基調としたこの部屋の、はたまた桃色のドレスに身を包んだ主は、ルーの前で柔らかに微笑んでいた。
「生かさず殺さずの生活をさせている民草を使って戦を考えるなんて。バカもここに極まれり、と言ったところかしら。それで? アリサの動向は?」
「はい……密偵の報告ですと、城塞は堅固に、そして不可思議な兵器らしきものの他、複雑怪奇な造りの城壁を所有しているとのことです」
「複雑怪奇?」
「なんでも、正面から城門が見えない造りになっているとか。内から城門を開いた場合、両脇に抜けることはできても正面には壁があり、突撃には向かない不可思議な造りだと聞いております」
ルーの報告に、少女はそのクルクルとカールした長髪をなじる。
どうしてそう言った造りにしたのか。おそらくは“賢者”の仕業であろう。だとすれば何か意図があるはず。……何故自分たちが城内から突撃できる可能性を棄てたのか。そこまでしてそんな造りにするメリットは――
「なるほど。寡兵での突撃は愚策と考えた上で、敵軍に衝車などの攻城兵器を使わせないためね」
「……! 流石はエリザ様。そういうことでしたか……」
「流石なのは私ではないわ。誰にでも思いつきそうで思いつかないことを実行する……賢人の条件と言っても過言ではないそれを、目に見える形でやってのけている。……うふふ、面白いじゃない」
「どうなさいますか?」
「どうもしないわよ」
エリザと呼ばれた翡翠髪の第一王女は、フリルのついた扇を誇らしげに開くと口元を歪ませる。
「どうあがこうと、最後に笑うのは私なんだから」
「不肖、このルー・サザーランド。お供いたします」
「頼もしいわ」
跪いたルーを満足げに見下ろしながら、エリザは呟いた。
「アリサなんかに幸せを与えるものですか」
荒野。一言で言えば、荒野だった。
目を凝らせば地平線上に申し訳程度の木々が見えるくらいで、辺り一面、黒く固い土で埋め尽くされていた。
時刻は昼過ぎだったのが、もう既に暮れかけている。今までだって決して明るくはなかったのだ。日が沈んでは何も見えないだろう。
「リューキぃ。まだかかるのかぁ?」
「いや、もうすぐだ……ほら、見えてきた」
そんな中を、数十人で西へ西へと進む集団があった。黒髪の少年を筆頭とした、武装兵団である。
少年の隣には、冗談のようなサイズの斧を担いだ童女が一人。そしてすぐ後ろには、全員が長い道程で疲れ果てている中一人だけ悠々と歩く鉢巻の男。
「おう、いい運動になるな!」
「昨日からずっと歩きっぱなしで平然としてるお前が凄いよ……」
ふと竜基が背後を見れば、腕をしっかりと振り、汗を流しながらも必ず踵から土につけるといった歩き方をするガイアス。
「……競歩とか。もう人間じゃないよコイツ。今朝俺が起きた時も元気に筋トレしてたし」
「む? 競歩とはこの歩き方の名前か? 中々筋肉にクルものがあって有効活用しているぞ!」
「もうやだこのバカ」
西の山脈。鉱石の発掘場所がここにあると信じて、竜基達はここまでやってきていたのだった。
その後もしばらく進んだ一行。山が目前になってきたところで兵士たちに休憩の合図を出し、竜基も一人、目の前に姿を現した山を見上げる。
「……なるほど。地図通りに来てみたが当たりかもしれないな。明らかに人の入った形跡がある。それに――」
「馬車の跡があるな」
「……ガイアスか。あぁ、これは車輪の跡だろう。鉱石を運んだものと考えれば不思議じゃない。妙に道も整備された痕跡があったことも考えれば、もし鉱石が無かったとしても人が居た事に間違いはないはずだ」
竜基が城で調べたところ、どうにもこのアッシアにはしばしば鉱山が見られるらしい。金山の他にも、宝石の出る鉱山が。珍しいことに、様々な宝石が同じ山から取れることもあるという。地球でも例がないわけではないが、非常に稀有で、またこれからアッシア地方を導いていくというのなら有難いことに違いない。
「だが……問題は襲撃か」
竜基は辺りを見回して、ポツリと呟いた。
ガイアスとライカのおかげで一度も被害を蒙ったことはなかったが、この山脈に到るまでに、何度かハグレの獣に遭遇している。どれもこれもが凶暴で、様子を伺うことなく襲ってきたことがあった。
そして、獣に限らず盗賊も出没した。魔剣使い二枚の前に無力ではあったものの、今回だからこそできた芸当であることが、妙に不安を掻き立てる。
「……」
その場にしゃがみこみ、車輪の跡を眺めてみる。
松明という手段はある。これなら夜であろうと昼であろうと、獣は避けたがる習性があるのは間違いない。だが、それでは盗賊に対しての手段がない。
馬車に鉱石を乗せるというのなら、どの程度の兵力が必要か。また、西の山脈に居るという恐ろしい獣たちについては未知数だ。不安要素は尽きることがない。
「……まあ、それ以前にこの山で鉱石が手に入るのかすら分かっていないんだけどな」
山のふもとでは、既に野営の準備が始まっていた。
シムラはリハビリの真っ最中であった。
足でバランスを取ることすらままならなかったところから、既に何とか歩行が可能になるまで回復している。竜基が見ていれば驚いたであろうこの回復速度は、この世界の人々にとっては普遍的なものであるらしく、以前ライカが怪我をして完治するまでの経過に関して、竜基は色々な意味で狼狽していた。
「……っく。こんなもの……ムカつく。動けよ僕の足。ばーかばーか」
ふらつき、自らの足に罵声を浴びせながらも、竜基が作っていったリハビリセットで歩行を続けるシムラ。彼女の両サイドに設置された手摺をしっかりと掴みながら、彼女は前へ前へと進んでいく。
その姿を、部屋の隅に用意された椅子から見る一人の姿があった。
菫色の簡易ドレスに身を包んだ、白銀の髪が良く似合う少女。普段は勝ち気な彼女は、神妙な表情で、リハビリを続けるシムラを見据えていた。
「……私も頑張らないといけないわね」
しばらくシムラという人間と付き合ってみて分かったことがある。たかだか数週間ではあったが、それほどの時間があれば人となりを把握する程度造作もない。
アリサが思ったのは、シムラは臆病であるということだった。誰かが手を引かなければ、決して自分から前に出ることはない。それは停滞を好む性質に在るからではなく、ただただ怖いから。前へ進むということが、自分の周りにどういう影響を与えてしまうのか。
竜基とは正反対の人間であった。彼の場合は、自らが行動しなければという義務感がとても強く、そしてやり終えて後悔する事が多いのでどちらが良いともいえないが。
そんな彼女が、前へ進もうとしている。微温湯からの脱出を、自らの意思で行っている。
「……また一つ、強くなったわ。わが軍は」
グリアッドも、あの日から修練に励むようになった。相変わらず昼寝はするし、何故かこの前はお気に入りスポットを竜基に自慢していたけれど。それでも、今までのように慢心を抱えることはない。竜基やライカとの出会いは、グリアッドの心に何かを灯したのだろう。
ガイアスはいつものように根性気力覇気熱意とうるさいが、暑苦しさが以前よりさらに増し、かつ武力も底上げされたとのことだ。ライカと常に修練を積んでいることが、かなりプラスに働いていると言っていいだろう。
そしてクサカ。ある意味一番活き活きとしている。一手に担っていた内政から解放され、その分自らの得意分野である軍事に集中できるのだ。御蔭で北アッシアの軍事力はさらに増強されること間違いなし。竜基と共同で軍需物資に関しての念入りな打ち合わせも重ね、軍は見る見る強くなっていく。
ここでこのシムラが戦線に加われば、竜基の負担が減り、新たな視点からこの領土を見直すことも出来る。
豊かで優しい国を作る為の材料が、次々揃いつつある今を、アリサは誇らしく感じていた。
「王女サマ、ずっと見られてるとやりにくいんだけど。暇なの?」
「ひまっ!? わ、私だってやることいっぱいあるんだから! 間違っても暇なんかじゃないし! むしろ忙しいし!」
気づけばジト目でこちらを見つめるサイドテールの少女。
どうにも、上手く歩けずにフラストレーションがたまっているらしく、アリサに向ける瞳も尋常ではないくらいに死んでいる。
「じゃあなんでずっとここに居るのさ。働きなよ。さっきグリアッドですら竹簡持って走ってたよ? ああそれともアレか。王女様だから優雅に紅茶でも傾けてんの?」
「紅茶なんてどこにもないけど!? い、今はこれからに関しての戦略を練っていただけで――」
「竜基のヤツにやらせたほうがいいに決まってるじゃんそんなの。後それ成果でないとただの無職だよね。ああ無職=王女か。そうだよねふんぞり返ってればいいだけだもんね王女様とか」
「うぅぅぅ!!」
すっきりしたのか、アリサを鼻で笑ってからリハビリへと戻るシムラ。
アリサはといえばもはや涙目である。「わたし王女様なのに」という言葉が頭から離れず、どうしてここまでやり込められなければいけないのかという感情が先に立つ。
もっとも、シムラに口で勝てるのは現状竜基のみ。且つ、アリサが休憩がてらシムラの様子を見に来たのは間違いなかったので、暇という言葉に言い返せなかった時点でアリサの負けであったのだが。
額に汗を流しながら、一歩一歩進むシムラの背後で、幽鬼のように立ち上がる影。
シムラが気づいて振り向くと、髪で瞳が見えないアリサがすぐ近くにまで来ていた。
「……なにさ」
上手く歩けないことに、再度苛立ちが溜まっていたシムラ。そんな彼女が支えにしている手すりのような器具に、アリサの視線は注がれていた。
「ちょ、待て王女サマまさか」
嫌な予感がしたシムラは、口元をひくつかせながら言葉を紡ごうとして
「……ちぇい」
「きゃあああ!?」
アリサが器具の付け根にローキックを入れた。
崩れ落ちる器具とシムラ。
「ばーかばーか!」
罵声を残して走り去るアリサ。
「うがあああああ! あんの王女サマ次会ったら覚えてろおおおお!!」
……外の廊下を通り過ぎようとしたクサカが、いつものことか、とため息を吐いた。
北アッシア城の、平和な日常がそこにあった。
「ちぇい!」
大斧を振りかぶったライカが、掛け声と共に岩を切り崩した。
「根性の欠片もない声だったな!」
「……あたしもなんでこんなへなちょこな声出したのかわっかんねー」
首を傾げるライカと、横で大笑いするガイアスを差し置き、竜基は切り崩された岩の奥へと足を踏み入れた。
山を攻略に掛かること二日目。人の入ったような跡を追ってきた一行の目に留まったのは一つの洞穴であった。
そのまま突入するのは憚られた為、日を改めた今日に進行開始となったのである。
松明の灯りを頼りに入ってみれば、やはりこの洞窟には人の手が加わっていることがわかり、竜基は喜び勇んで突入したのであった。
「それにしても、進みにくい道だな。リューキ、これ人が作った道なんだろー?」
「ん? 基盤のしっかりしているところを掘るからな、そりゃ直線ってわけにはいかないんだよ」
どれほど奥へと進んだだろうか。手前の方には、竜基が命じて既に灯りの設置が始まっている。
「……紅玉石の類が見つかればベストなんだがな。それにしたって、間違いなく――」
唐突にしゃがみこんだ竜基に、ライカとガイアスの歩みも止まる。
振り返った彼は、満面の笑みで呟いた。
「ここは当たりだってことだ」
そう言った彼の手には、小さく筋の入った翡翠の原石があった。
「! ということはやはりここが前領主の宝石があった場所ということか!」
妙に声が反響するこの洞窟内で、ガイアスは楽しげにそう言った。
鷹揚に頷いた竜基は、まだ闇に染まった奥方を見据える。
この先に行き止まりがあるとすれば、そこから掘り出していると見て間違いない。無造作に転がっていたこの原石は、おそらく運搬途中に落としたものだ。
……しかし。
足元に目をやった。先ほど拾い上げたものに負けず劣らず、多くの原石が転がっている。ほんの微量しか宝石は混じっていないとはいえ……これはいくらなんでも。
「散らばりすぎじゃないか……?」
まるで何かから大慌てで逃げてきたかのような……。
「おい、リューキ……」
「ん?」
思案する竜基の服の裾を、ライカが引っ張った。顔を見れば、とても訝しげ。
「軍師よ。先ほど、この奥に行き止まりがあって、おそらくそこが採掘地点だ。そう言ったな?」
「あ、ああ」
「ならば、おかしい」
「何がさ」
「風を微量に感じる」
「っ!?」
ガイアスも、何かを察知したような表情で奥をみつめていた。
しかし、風を感じるなどと言われては竜基も疑問符しか生まれてこない。なぜならば、風を感じるということはつまり行き止まりではないということ。風の通り抜けるべき風穴が、間違いなくこの先にあるということだからだ。
「ちょっと待て。じゃあこの先には通り抜ける道があって……その先には? 散らばった宝石を運んできた採掘元はどこにある? ……それに、何か嫌な予感がするんだが」
言いながら竜基は口元に手をあて、後ろの二人に顔を向けた。
「兵士を纏めて、進軍しよう。一旦戻るぞ。大急ぎだ」
「「了解!」」
「ふざけるなYO!!」
突然の罵声にも、驚く者は居ない。
荘厳な一室の中央で、上座に食ってかかる女性の姿があった。両腕を後方に縛られ、鞭か何かで打たれたのか、肌の露出された部分には痛々しい痣の跡が見受けられる。それでも尚、彼女の瞳は上座を睨み据え、力強い意思は吹き消されることもない。
「善良な民衆への商売が許されず、それでいて逆らえば持ちうる武器と財産の全てを押収! 貴様らはとうとうそこまで落ちぶれたのかYO!」
「仕方ないでしょう? お前は元々あの女狐にまで商売をしていた。なのにワタクシには売らないというのだから」
王の間。そこには現在十数名の臣と、玉座に腰かける壮年の男。そして、玉座の隣に立つ煌びやかな衣装の女。
怒りに任せ前へ進もうとする商人の前には、数名の兵士による槍が突きだされて身動きもとれない。
壮年の王は、虚ろな瞳で商人を見つめていた。
代わりに言葉を紡ぐのは、女性――ミモザ皇后。
「ちょうど良かったのよ。軍資金と物資が足りなくて。でも……ワタクシに売らないというからこうなるの」
良いザマね。そう言ってミモザは高らかに笑った。
「エイコウ、と言ったかしら。王族に逆らえばどうなるのか、思い知ったでしょう?」
「……こんの……っ……」
憎々しげにミモザを睨み据える商人。その瞳が気に食わないのか、ミモザは一気に表情を不機嫌なものへと戻す。
「なぁんて反抗的な態度かしら! ワタクシに! この皇后に逆らうだけでも罪悪だと言うのに! 徳の高い相手を敬うことも知らないで! 女狐にまで商売をして! 許し難いわ!」
何を言われようとも、商人――エイコウの態度は変わらなかった。
王都に辿りついたエイコウは、生かさず殺さずの生活を強いられる民たちを見て絶望した。そしてタダ同然の価格で、食糧を売り始めたのである。
おそらくすぐに貴族の耳に入ったのだろう。同じ値段で自分たちにも売れ、という、丸々と太った貴族たちの命令を、しかしエイコウは鼻であしらった。
『帰りなYO。貴様らに売るモノなんて、荷物運びの馬の糞すらもないYO』
ちょうどその時、エイコウは小さな物乞いの少女に食べ物を分け与えている最中であった。
貴族たちは少女をゴミのように扱いほっぽり出した後、怒り狂って自分たちへの物品を要求し始めたのだ。
宙を舞った少女を、抱きかかえようとエイコウは駆け出しかけ、「聞いているのか」と貴族に腕を掴まれ、少女は頭から墜落して事切れた。
次の瞬間、その貴族の腕は無く。
事が表沙汰になる前に逃走しようとしたエイコウ一行は、目の前に現れたルーと名乗る男の前に為す術もなく捕えられた。
王都の惨状を見た後で、諸悪の根源とも言われるミモザ皇后に対してエイコウが取った態度は、当然といえば当然のモノだった。
「ワタシは売る相手を選ぶ商人! 利と義、その双方の道に生きる商人! 貴様らにいくら金を積まれようと、ワタシは何も売らないし、貴様らの手にワタシの物資が渡ったところで、それを貴様らのモノだとは認めない! 他の誰が貴様らの道理を踏みにじる様を認めようとも、諦めようとも! ワタシだけは認めないし諦めない!」
「このっ……! 女狐にまで商品を売っておいて、ワタクシをそこまで愚弄するの! 打ち首にしておしまい! お前が何といおうと、もうお前の物資はワタクシがいただいたの! ワタクシのものなの!!」
顔を真っ赤に染めたミモザが、ヒステリックの如く叫んだ。
槍を首筋に押し当てられ、エイコウは両腕を抱え込まれてなおミモザを睨む。
「女狐ェ? アリサ様は立派なお方だ! 淘汰され、侮蔑されてなお彼女の周りには輝かしい、美しい人々が集まっている! そうだYO! 貴様らなんぞアリサ様の軍が! リューキが! ライカが! すぐに蹂躙するだろうYO!」
「うるさいうるさいうるさい! あの女狐の名前を呼ぶな! ワタクシの唯一の汚点! あんの女狐の母親さえ居なければワタクシは! ワタクシはぁ!」
叫び過ぎたのかミモザの周りにはいつの間にか彼女を案じる臣下が集まり始めていた。
倒れかけるミモザを見て、エイコウは満足気に笑った。玉座の間から強制退場させられようとしている自分はきっと、今から処刑される。そう分かっていても自ずと笑みが零れてしまう。
きっと、分かっているからだ。
アリサ、リューキ。彼らの前に、コイツらが敵うはずなどないと。だからこそ、自分の生涯に悔いはあろうと、まだ諦めは着く。
玉座の間の扉が閉じられ、とっとと歩け、と蹴り飛ばされた。
鞭で打たれ過ぎたこの体は中々言うことを聞いてくれない。絢爛さが過ぎる廊下のカーペットは、なるほど高いものを使っているのか、柔らかかった。
「待ちたまえ」
と、頭上から声。顔を上げれば、そこには自分を捕えた貴族の男、ルーが居た。
「お前は……!」
地べたを這いずるエイコウなど気にも留めない様子で、ルーは近衛兵たちに話しかける。
「この女の処刑は待っておけ、とのお達しだ。牢獄に入れておけ」
「え!? し、しかしミモザ皇后陛下が……」
「ほう……?」
顎に手をやったルーは、近衛兵を見据えて言った。
「エリザ王女殿下からのご命令だ。その女の処刑は保留にし、地下のもっとも厳重な警備の牢獄に入れておけ。……なぁに。ミモザ皇后には死んだと伝えれば構わんだろう」
「は、はっ!」
エイコウは、近衛兵二人に抱え上げられ、ずるずると引き摺られていく。彼女が目にしたルーという男は、随分と楽しげな笑みを浮かべていた。
「リューキが助けた子は目を覚ましたのか……そろそろ、リューキが北アッシアで腕を振るってる頃だろうYO……」
最深部、と呼ばれる牢獄で、エイコウは格子を見つめながら様々なことを考えていた。
仲間は今頃どうなっているのだろうか。
ルーという男の意図は何なのか。
食糧を分け与えた民草たちは、今日を生き抜くことが出来たのだろうか。
アリサ達は、順調にこの国を立て直す準備をしているのだろうか。
ここまで酷い国を、優しく豊かに出来るのだろうか。
考え出せばキリがなく、時間と決別したようなこの暗がりでも、何とか気を狂わせることなく過ごすことが出来ていた。
最深部というだけあって、太陽の光も一切届かず何もできない状況だ。灯りは、どうにか最深部の入り口、鉄の扉の方にちらちらと松明らしきものが見えるのみ。
食糧もまともなものは期待できないだろう。何にせよ、絶望的な状況だ。
だが不思議と不安は無かった。殺されさえしなければ、いずれアリサ達がこの国をひっくり返す。それだけは確信できていたからだろう。
「力になってあげたいけど……どうすることも出来ないYO」
一つ、小さくため息を吐いた。
心残りがあるとすれば、それだけ。力にはなれそうにない。
脱出を考えない方向で行くとすれば、アリサが悲願を達成する力添えは出来ないということ。これに関してだけはどうにか出来ないものかと、糸口を探していた。
周囲を見てみた。牢獄は、自分の居場所を含めて四つ。右隣と、廊下を挟んで反対に二つ。正面の牢獄には、誰かが入っている気配はなく、そして斜向かいは……骨。
「oh」
見なければ良かった。
自殺でもしたのかと一瞬考えたが、腐臭がしないところを見るとアレはただの脅しだろう。大方、閉じ込められてなお被害を出すような輩が過去に居たのか、どうか。
隣など、壁越しで分かるはずもなく。
さて、隣人が居れば少しは話も出来るわけだが。
壁でも叩いてみようか。
「YO! YO! 隣人君! いるか居ないか隣人君! キミとワタシとトーキング! I want to talking! 洒落た何かも出せやしない! 牢獄なんだ仕方がない! だが話がしたくてたまらない! さぁ生きているなら話そうZE! OK Let’s dance!」
……。
反応なし。
「隣人は死んでいるのか寝ているのか、はたまた居ないのか。さてどれなんだYO」
「いませんね」
「Oh……最悪の展開じゃないかYO。これじゃ話し相手も見つからない」
「……あれ? 普段は驚かれるのに軽く流された」
「ふふ、ボケはワタシの本分だYO。誰にも譲れないYO」
振り返れば、少女が居た。どこから入ってきたか、なんて野暮なことは聞けないが、最深部、なんて呼ばれるレベルの牢獄に侵入できる時点で大そうなものであることは間違いない。にっこり笑って、エイコウはその少女を見据えた。
「参ったな……。それにしても、酷いと思いません? 確かに僕は隠密専門ではありますけれど、最近牢獄への侵入ばかりなんですよ。どれもこれも先輩が悪いんです」
暗くて分かりにくいが、どちらかと言えばトーンの軽い色をしているであろう髪を掻きながら、少女は屈託なく笑った。
「キミのようなgirl 背徳感ある こんな牢獄 何の用がある? OK Let’s dance!」
「踊りませんし、僕男です」
「Oh! 男の娘だYO。本物だYO。売り出せるYO」
「喜ばしくない考えをお持ちなようで……っと違う。エイコウさん、であってますね?」
呆れたような少女改め少年は、身元確認のような要領でエイコウと瞳を合わせた。
呆れの中にも真剣そうな力を秘めた少年に、どうにもアリサと似たような強さを感じる。
そうでなくても今は打開策が一つも生まれない状況。
今更マイナスに振れることもないだろうと、エイコウは頷いた。
「良かった合ってて。まあ、こんな変な人貴女以外に居ても困りますが……ああ安心してください。エイコウさんの御仲間の無事は確認しています。流石にこの段階で外に出すことはできませんでしたが、ひとまずその連絡は受け取ってください」
「……良かったYO。安心はしたYO」
ふ、と小さな笑みを漏らすエイコウ。そんな彼女の様子に、少年も穏やかな笑みを浮かべた。
「まあ、貴女にはやって欲しいことがあるので脱出させますがね。雇った変装屋が貴女の影武者になってくれるのでばれることはまずないでしょう。無気力にここで佇んで居ればいいだけですし、金も良いのですぐに了承してくれましたよ……何ですかその目は。貴女ほどぶっ飛んでませんよ」
ケラケラと笑う少年に、若干引いたエイコウだった。
その視線に気づいた少年は、失礼な言葉を吐いてから、はっと気づいたように彼女を見据えて。
「そういえば、自己紹介まだでしたよね?」
「YO」
「その頷き方はどうかと……まあいいや」
軽く咳払いをした少年は、エイコウに向かって微笑みかける。
「僕の名前はケスティマ。流れの戦闘者集団黒き三爪の一人です。アッシア王国潰しに来ました」
「……ごめん聞いて無かったYO」
「かっこつけたのに台無しっ!!」




