ep.17 時は緩やかに進む
活動報告にて、いただきもののライカの挿絵を掲載しております! 是非ご覧ください!
アッシア王国内部は荒れていた。アリサ王女の判断は正しかったのだ。渦中に居る人物とはいえ、辺境に居るというだけで飛び火を免れることが出来ていた。王家の内部には思いが渦巻き、外部では陰謀が溢れた。国は、迫る時代の波に気付くことすらできていなかった。
エル・アリアノーズ戦記 第一章より抜粋
「母上!」
突然の怒声に、ミモザは振り向いた。見ればこの豪奢な装飾のされた一室の入り口から、一人の少年がズカズカ足を踏み鳴らして近づいて来る。
吊り上った瞳は母親譲り。整った顔でありながら、不機嫌さをいつも隠そうともしない彼は、リッカルドという名の少年であった。
「あぁら、どうしたのリッカルド?」
「どうしたのではありません! アリサにレザム卿を差し向けたのは貴女でしょう!?」
憤懣やるかたないといった表情で、リッカルドは怒鳴る。目の前で一人ゆったりとハーブティーを啜る母親の、やることが信じられなかったからだ。向き合った、眉目秀麗な翡翠の髪の二人。不機嫌そうな表情も同じとあって、親子だとすぐに分かる。
「えぇ、失敗したけれど。早くあの忌々しい女を……」
「だから! 何故いつもいつも短絡的なのですか!」
ミモザとリッカルドの間を分かつデスクが揺れた。震源は叩きつけたリッカルドの手。不快そうにカップを下ろしたミモザは、彼を睨む。
「ワタクシがどうしようと勝手でしょう? あの女……ワタクシを騙して北アッシアへ向かったのも許せないし……何よりも存在がいらだたしいのよ」
「だからと言ってすぐに近くの領主を使うなど……」
リッカルドは両手をデスクに付いて項垂れた。母親だから黙ってはいたが、些かこの女は感情に任せて行動する節が散見される。それが許される立場ではないし、今回に関しては同族殺しの未遂である。
「……アリサが運良く撃退したから良いものの。もしこれでアリサが殺されていたら、余計面倒なことになるのが分かりませんか!?」
「お説教は聞き飽きたわリッカルド。ワタクシはあの薄汚い女……あのマリア・コンドーの娘というだけで生かしておきたくないの」
「母上!」
口角泡を飛ばして怒鳴るリッカルドを、鬱陶しそうに手で払うミモザ。
ミモザとマリアは、同じ男を夫に持った関係であるから、良好でないのは仕方ないにしても。マリアが帰らぬ人となった途端にアリサを殺そうとする姿勢を、リッカルドはいつもうんざりしながら留めていた。
「うるさいわね……貴方がいつまでもあの女を殺さないから、仕方なくワタクシが手を煩わせているというのに」
「余計なお世話です。貴女にことを任せてロクなことになった試しがありません」
「フンっ! お腹が空いたから甘いものを食べるの。出て行ってちょうだい」
憎々しげに口元を震わせるミモザに、再度嘆息したリッカルドは背を向けて歩き出した。自らの母親に聞こえないように、小さく呟く。
「そうやってすぐ逃げる……これだから馬鹿は嫌いだ……」
いらだたしげに勢いよく扉を閉め、リッカルドは母親の部屋を後にした。
王宮内。別の一室では、一人の見目麗しい少女と貴族然とした風格を醸し出した男が、裸で抱き合っていた。
「ふ~ん……じゃあ、バカはバカ同士で揉めてるってことね……?」
「そうですね。考えなしにレザム卿を吹っかけたバカを、レザム卿の敗北を運だと考えるバカが糾弾しておりました」
「アハハ、それ、言っちゃダメよ?」
「もちろんです」
色っぽく、顔を近づけた少女が男の唇に人差し指を当てた。
朝の寝室には、メイドの姿も無い。否、少女が誰にも入らないよう達しを出していた。
「でも……アリサにはブレーンが付いたのね……。辺境にそんな賢者が居るなんて、私でも最近知ったというのに。ズルいわ。それに、情報にあった魔剣使いらしき風の剣士……英雄譚みたいに仲間なんか集めちゃって、ヒロインでも気取るつもりかしらあの女」
「分かりませんが……北アッシアには今後も注意が必要かと」
「うふふ、分かっているわ。いざとなったらあっさり潰して見せる。辺境の賢者なんかより、絶対私の方が頭良いんだから」
ペロリと、自分の指を舐める少女。艶やかな翡翠の髪を流し、目の前の男に絡ませる。
白く華奢な手を男の頬に当て、ニコリと微笑んだ。
「今日も面白いお話をありがと……もっと、しよ?」
「仰せのままに……姫殿下」
「あん……」
王女の寝室に、嬌声が響く。
「……あ~、死ぬ」
俺はバカか。一両日中にこの地方を把握するってのも厳しかったのに、何ノリに任せてアリサとデートしてんだよ。御蔭で完全に徹夜じゃないか。
デスクに突っ伏していると、いつの間にか背中の辺りがぽかぽかと暖かくなっていた。気づかぬうちに日が昇ってきていたのかと思うだけで、色々と切ない気持ちになる。
今更寝たりできないしなぁ。さてどうしようか。
意識的に力を入れないと働かない頭を、酷使する。
まずは状況を整理しよう。
この北アッシア地方は、西に山脈、北は海に囲まれている。山脈を越えた先には、「西アッシア地方」という名前の、領主も居なければ人も殆ど住んで居ないらしい人外魔境が広がっているそうだ。その関係で、西の山脈もきわめて危険な場所のようだ。
南にはサイエン地方。元レザム卿の領土だ。……殺されたらしいなレザム卿。いったい何のために殺したのかは分からないが、アリサ曰く、彼を動かしたバックが居たらしいことは把握できたとのこと。レザムを殺した上でどんな嫌がらせをしてくるのか……考えるだけで苛立たしいな。証拠を揃えられない以上、後手に回るのは絶対だ。
東はアリサが友好関係を結んでいるらしき侯爵の領土。ただこちらは土地が良くないらしく、困窮していると聞く。救済措置が必要かも知れないが、とりあえず下調べは必須条件だ。
そんな感じの東西南北を持つこの北アッシア地方だが、気候が悪くないのは幸いだな。
意外にも、思ったより農業は上手くいっているようだ。アリサが、持ち帰った俺の土産をすぐに広げたらしい。そこらへんテキパキしてるのが凄いところだよ。
問題は、資金源に乏しいことと情報に疎いこと、人材不足に魔獣への対応。他にも細かいことを挙げれば、城の改築も必要だし、他の領土へのネットワークも無い。資材も揃えなければならないし、時間も足りない。
問題多い。どうしようもないほど多い。城の中だけでもやらなければならないことが多いのに、問題点が多くてうまく手に付かなそうだ。
とにかく、一歩一歩進めていくしかなさそうだけどな。……俺が全て任されているわけだし……期待には応えなければならない。
「あ~……」
大きく伸びをすると、小さく背中が鳴った。向こうに居る時は音が鳴ることなど無かったんだが。
運動が必要か。だからといって……。
『オラァ! 根性だして走れぇ! 後ろから炎が追ってきているぞぉ!!』
『『『『『『ぎゃああああああああ逃げろおおおおおおお!』』』』』』
『うりゃうりゃうりゃうりゃああ! アハハ楽しーなコレ!!』
……窓の外に見える地獄絵図には、混ざりたくないよなぁ。
兵士鍛えるのを任されているとはいえ……アイツらやりすぎじゃないのか? いや、本職の軍人たれと考えればあれくらい普通なのかも知れないが……でも、ねぇ?
訓練場の中を縦横無尽に駆け巡る火の玉を眺めてため息を吐く。
兵士の練度には、心配しなくて良さそうだ。
「と、さて。今後やることを纏めてから、食事でも摂りに行きますか」
白紙の巻物と筆を執り、再度デスクに向かう。
いい加減腹が減りすぎて少々痛くなってきていたが、先にこれからやることを纏めてしまおう。
この巻物は、アリサに提出する書類だ。
今後一週間の予定を、人員別に書き連ねていく。
もちろんコレは俺の案であり、この後にアリサが目を通して様々改変したのちに、おそらく今日の夜にでも全員に通達がいくはずだ。
まず、アリサ本人。
書類仕事で大変そうだが仕方がない。彼女の負担を減らすためにも、少し今は頑張ってもらう。
まず、担当部署を変更。俺やクサカに回す仕事を選び出し、彼女が判を押すだけで良いものを選別。主に軍事報告は全てクサカに。内政系統は一度全て俺に回す。その点でアリサと今後協議していく必要があるものはさらに区分けして、書類仕事の効率化を図る。
続いて彼女自身のスキルアップ。時間を一定に割いてもらい、俺が地球で得たものを出来るだけ伝えていこう。これから変遷する事態を考えれば、彼女に何かを教えられるのはきっと今だけだ。
次。グリアッドとクサカ。
そもそもグリアッド寝るな。仕事しろ。
とはいえ、彼一人に強要させるような仕事も少ないので、今後はアリサとクサカ、俺を繋ぐラインを補助してもらう。仕事の繋がりは絶対に出来る。そこをスムーズにする役目を担ってもらえれば、何一つ問題はないだろう。
クサカに関しては、先ほども考えた通り軍部を統括してもらう。……打算もある。敢えて地球でやっていたようなことをさせることで、記憶を一部でも取り戻してくれれば、というものが。望みは薄いが、仕事の方面ではしっかりやってくれるだろう。あの草鹿ならば。
続いてガイアスとライカ。
訓練場で暴れてくれればそれでいい。
なんてことも考えたが、ガイアスはアレでしっかりと兵士たちを見ている。彼らもガイアスを慕っている節が見受けられるし、ここに関しては問題ない。後は、俺が開発した兵器(現時点でも数個、守城兵器を部隊に試験提供してある)を運用・レポートしてもらうのと、訓練時にも効率的な部隊運用を心掛けてくれれば文句はない。
ライカにしろガイアスにしろ、個人的な鍛練は怠っていないようだし、頼もしい限りだ。ライカには、ガイアスに付いてしっかりと部隊長としての経験を積んでほしいところである。
最後に、俺。
西の山脈に行きたいのはやまやまだが、それにはまず最低限安定させるべき“この城”がある。西の山脈を最優先に、とは言った。だが資金源を得られるかどうかも未知数な今、最悪の場合に備える必要がある。いわば今は、西の山脈に行くための準備だ。
改革に向けての下拵えと、運営の効率化。そしてアリサ陣営全員の底上げを俺がやる必要がある。まずは現時点でのルーチンを完成させ、さらに足りない施設を設立、平民への政策。やることは多い。
……こんなものか。農業が盛んなのだから美味い料理屋を沢山作って人口を増やしたり、魔獣が多いことを考え、酪農も出来るのではないかなどと夢想してはいるものの。そんなものは後だ後!!
夢、広がるんだよなぁ。
だがまあ、とにかく書き終わったのだから食事にするとしようか。
立ち上がったことでまた背中が鳴ったことに不快感を覚えながらも、俺は自分の城をあとにした。
「ふ~ん、なるほどね。私の負担を減らして、空いた時間で視察や考察にあたれということ?」
城内、上官用の小さな食堂。
対面には、我らが領主アリサ。先ほど手渡した書類から視線をそらさず、呟く。
俺はといえば胃に入れば何でもいいから早く食べたい、という意向に沿った麺を啜っていた。ふむ、そばの作り方など知らないが、この麺はあまり美味くないな。油と塩だけ使った、混ぜそばの劣化版というか。地球でやってたラーメンのつけ麺でも広めれば、きっと大ブレイク間違いないな。
……北アッシアグルメ革命。うん、これも楽しそうだ。
「リューキ、聞いてるの?」
「んあ? 北アッシアグルメ革命について考えていた」
「なにそれたのしそう」
だろ?
まずは調味料か。俺は製法には全く詳しくないからなぁ。醤油の作り方くらい学んどくんだった。……いや、異世界に飛ばされるなど考えもしない方が普通だけど。
……待てよ? この麺のつゆは敢えてこってり。そう! 串焼きのタレを使ったつけ麺を考案すれば……!
「……じゃなくって!! 今後のことを考えなさい! グルメ革命は後でいいの!」
「つけ麺のつゆに串焼きのタレを代用するのはどうだろうか」
「会話をしてくれないかしら!?」
だって、夢広がりまくりなんだもんよ。
で、何の話だったか……ああそうだ。アリサの時間の使い方だったな。
見れば、我らがお嬢様は顔を紅潮させてお怒りのご様子。からかって悪かった。
「まあそうだな。アリサと俺とで、これからどんどん改革はしていくつもりだが……俺の方はきっと報告書に目を通すだけでしんどい。アリサの方が余裕出来るようにするから、街やこの地方の人から沢山話を聞いて、“いい領主”であってくれ」
「なるほどね。私が象徴になればいいと?」
「十四歳の女の子でありながら、どの地方よりも善政を敷き、民の声にも耳を傾ける優しい領主様。アリサの場合見た目も可愛いから良い偶像的存在にもなれるしな」
「あらありがと。……ちょっと嬉しいわ。けれど何というか釈然としないわね」
「容姿を売りにするからか? 女の子扱いが不満か?」
「う~ん……良く分からない」
何でかしらね?
そう言って肩を竦めるアリサ。俺としてはこんなもやもやが残るっていうのが一番嫌いなんだけどな。抽象的な表現ってのは、難しい。
……でもきっと彼女のことだから、自分の力量だけで認めてもらいたいという思いがあるのだろう。付加価値で自分の容姿や年齢が絡むのが気に入らないのだ。
そういう真っ直ぐなところが、きっと俺達を惹きつける。
「いいわ」
「何が?」
「これよ。リューキの案でいきましょう」
麺を啜り終わって顔を上げると、アリサが俺の巻物を指差していた。
全面的に許可が下りたのか。もう少しごねると思っていたのだが。主に、彼女の仕事が少ないことについて。
「私も学ぶことが多いのでしょうし……きっとそのあたりも汲んでのこの案よね? なら文句はないわ」
「はは、思った以上に見透かされていたらしい。参謀失格だな」
「あら……嘘つきね。私が反対すれば、この文面の裏をきっちり説明するつもりだったくせに」
ヘソを曲げたアリサがそっぽを向く。なるほど、そこまで読んだ上での賛成か。
まあ平たく言えば、彼女の時間を大幅に開けたのは“勉強しろ”という意味合いを含んでいる。俺やクサカが行う仕事の確認だけをさせるのも、そういうことだ。でなければ、しっかりと君主も加わって協議をするのが当たり前。
「いつでも質問は受けるし、俺やクサカの仕事を見に来ても構わないよ」
「もとよりそのつもりだわ。リューキなんか見返してやる」
べーっと舌を出すあたり、俺と二人だけだからなのか遠慮が見えない。
でもまぁ俺としても……見返してくれた方がありがたい。なんだかんだで俺は、今の今まで彼女の底は計り知れていないのだから。
「じゃあ、夕食の席で今後の予定は私から説明するわ。西の山脈に関しての話は、リューキからね」
「了解したよ。……さて、そしたら俺はひと段落したこともあるし……昼下がりまで少し仮眠でも――」
「あ、リューキ」
「……このタイミングで呼びかけるとは、俺を寝させない何かがあると察するがアリサ?」
「うふふ。正解」
腰を浮かせかけた俺を止めるアリサ。この状況には、俺もジト目を禁じ得ない。というか何か楽しげなアリサが気に食わない。
俺だって寝たいんだ。よほど火急でない限りは、睡眠時間を削るに値しないからな?
「……聞くだけ聞くが、よっぽどのことじゃなければ俺寝るからな? いいか、寝るからな?」
「副官、欲しくない?」
「詳しく聞こうか」
あっさりだった。
欲しいよ副官。主に仕事量的な面で。
座り直してさらに丁寧に向き直った俺を、満足そうな笑みとともに見つめるところは気に食わないが……この際仕方ないからアリサの意向に従うか。決して、決してこの会話に敗北したわけではないからな。
「ふふっ、リューキってたまに面白いわね」
「余計なお世話だ。……で、どういうことソレ?」
「昨日話さなかったかしら? 一人、文官候補が居るって」
「ああ、そういえば」
言ってた気がする。その時はもっと大事な話があったから聞き流したけれど。
大事な話といえば、科挙もどきもやりたいな。教育が先か。
「たぶんリューキも面識ある子だと思うのだけど、会ってみる気はある?」
「俺が面識ある……文官候補?」
村長?
俺の脳内で好々爺とした爺さんが手を振っている。
「……きっと、貴方の脳内に居る人物とは違うわよ」
「何で俺の脳内が分かるんだよ」
「……今回はなんとなくね。本当に」
妙な表情をしてアリサは言う。本当になんとなく当てられて、自分でも不思議らしい。
とはいえ、村長以外に俺が面識あるような人間は居ない気がする。友達少ないとかじゃなくてさ。いや少ないけど。
「……とりあえず会ってみるさ。副官は欲しいし」
「そう? ならこの場所に行きなさい」
すっと鍵を手渡された。『さんかいおくのへや』……アリサの字だ。ひらがな表記が腹立つな一々。第二王女が丸文字とか、可愛いけど教育係出てこい。可愛いけど。
って、待てこら。
「なんで“鍵”を渡されるんだよおかしいだろ」
「え? だって――」
ニコリと笑って、肩を竦めるアリサ。
途端に、一人の少女が浮かび上がる。
「――リューキが拾った、サイエン地方の捕虜だもの。その子」
「……随分なヤツを副官にしようとしてるのな、お前」
「ライカ……は下手すれば相手を斬り殺すから、クサカを護衛に付けるわ」
「しかも攻撃してくる可能性あんのかよ」
寝とけば良かった。
俺は切にそう思った。
「儂とリューキの初めての共同作業だの」
「気持ち悪いからそういう言い方するな頼むから」
背筋に寒気が走った。
俺とクサカは、『さんかいおくのへや』の前に居た。先ほどのアリサの発言のせいで、どうしても凶暴な猛獣でも中に居るのではないかと思ってしまうが……もし中に居るのがあの少女だとすれば……
『生き……たい……』
……クソ。十五日近く前だっていうのに、さっきのこと以上に鮮明に思い出せちまう。
火炎地獄。ぐしゃぐしゃに歪んだ顔。思わず出してしまった、手。
「どうしたリューキ?」
「何でもないさ。……ああ、なんでもない」
「……ノックしようとしている手が、震えていてもか?」
「……はは。本当だ」
おいおい吹っ切ったはずだろう。アリサと一緒に来ると決めた時に覚悟したはずだろう。ふざけんな俺。
「のう、リューキ」
「ん?」
「何も、今全てを覚悟する必要はないじゃろ」
「……そんなの、今更だ」
隣のクサカを一瞥だけして、拳が白くなるほど握りしめて、俺は、扉を叩いた。
心なしか、扉の発した音が強い。そして何故か、手の甲が痛かった。
『どうぞ』
「……ふぅ。……失礼」
扉を、開く。鍵は、ポケットに仕舞った。
殺風景な部屋だった。白く、簡素。
そして、何よりも目を惹いた黒。それが彼女の髪であることに、すぐに気が付いた。
「あの……?」
「ああすまない。俺は竜基だ。初めまして」
「あ、うん。初めまして」
……何が初めましてだ、白々しい。
自分の薄汚い面に舌打ちしつつ、彼女を見る。黒髪は、右の側頭部に括ってあった。サイドテール、というヤツだろうか。寝巻に身を包んだ姿は酷く、弱弱しかった。
「僕は、シムラって言うんだ。よろしく」
「シムラ、ね」
さてと。間違いなく、彼女は俺が手を伸ばした少女だ。それだけで、何とも言えない感覚がある。
「俺のこと、覚えてる?」
「……もしかして、僕を拾い上げてくれた人?」
「……」
拾い上げてくれた人、か。
「何で、拾い上げちゃったんだろうな?」
「え……?」
「本当ならさ。俺は今、キミのその言葉に甘えて、騙してでも、キミを利用した方が良いのかもしれない」
唯一、殺風景な中にあって色のついた、窓に近づく。
そこから見る風景は俺の部屋のものとはだいぶ違った。
「……どういうことかな?」
「ま、そんなこと俺には出来ないんだよ。だから最初に言っておく。火計を実行……いや、企画実行したのは、この俺だ」
「っ!?」
視線を合わせた。途端にビクリと震えるシムラ。
俯いた彼女の口元から、辛うじて聞こえた。
どうして、と。
「……六千対五百と村人。……俺はあの村に命を救われてな。恩を感じてた。だから、六千の兵士に蹂躙させるわけにはいかなかった」
「……っ」
「誰も殺されたくなかった。大事な人たちを。俺に夢を語った少女と、その部下を」
だから、その分敵を殺しまくった。
そう言葉を括って彼女を見ると。
面白いくらいに憎悪の籠った瞳でこちらを見つめていた。
……そりゃそうだよな。当然だ。
そもそも戦争なんて、憎しみしか生まないもんだよ。本当に。
窓の外に目を移す。
「俺は元々、命のやり取りとは無縁のところに居てさ。だから、こういう考え方をしてしまう。味方を守りたい。知り合いを誰一人殺されたくない。この世の中にあって、考えられない思想だよ。そのために俺は君らを散々な目に遭わせた。謝罪はしない。しても、意味がない」
日本人だから。現代人だから。
そんな、甘ったれた考えで、俺は六千人を全滅に追い込んだ。
今の俺がどんな考えで居ようと、過去は変えられない。俺はあの時、そういう考えを持っていた。
日本人特有の、とまでは言わないが、この世界の人には考えられないだろう。だからこそ、彼女のどんな罵倒も受けるつもりでいた。
……だが、いつまで経っても彼女から何も言ってくる気配はなかった。
不思議に思った俺が彼女に視線を戻すと。
先ほどと変わらず俺を睨み据えていた。……だが、何故か先ほどよりも、憎しみは幾何か減っているような気がした。逆に、困惑が垣間見える。
「……この前、王女様が来たよ」
「アリサが? ……大方、様子見ってところかな」
「どうしてこんな状況を王女が静観してるのかって、散々に言った。王女様のクセにって」
「……それで?」
「謝罪はしないって。キミと同じこと言ったよ。あとその側近に、王女のこと何も知らないのに喚くなって理不尽なこと言われた」
「……あ~、まあな。アリサの立場は色々と複雑で、今頑張ってる最中なんだよ。……俺としても、それを邪魔させるわけにはいかなかった。グリアッドはアレだ、アリサのこと大好きだからな」
俯く彼女。
俺への憎しみ籠った声は変わらない。それを当然だと俺も思うし、仕方ないと諦めていたんだが……もっと罵声を浴びせられるものだと思ったんだけどな。
……アリサが何か言ったのか? んで考える時間を与えて……本命は俺からの説得?
……さすがに考えすぎか。
「俺に対して、思うことはないのか?」
「ありすぎてもう何が何だか。一つ言えるのは……僕はお前を許さない」
「そか」
何か、変に悟っているのかとも思ったが違うらしい。怒りはあれど、俺にただぶつける気にはならない、とそういうことか。
これはアリサが何かやったと見て間違いはないな。
ここまで彼女が冷静になるまで、いったいどのくらいの時間を費やしたというのだろうか。
「けど、俺は許されなくても構わない。お前と同じように大切なものがあって、俺は自分の大事なものを守れたことを誇りに思う。他にやり方が無かったとか、そういう後悔はもうやめた」
言葉が途切れた。
ただただ、昼のコトリの囀りが聞こえるのみ。
それはそれで心地の良いものだったが、隔絶されたこの部屋の空気は重かった。
「……僕には、分かんない」
ポツリと呟かれた言葉に、自然と俺の視線も動く。
「……?」
「分かんないよ! キミの言ってることは理解できる……けど、ギースさんが死んで! 皆が死んで! どうすればいいのか分かんないよ!!」
「……理解、出来るのかよ」
「出来るよ! 僕だってギースさんが助けられるなら皆殺すもん! だけど……だけどさ……」
奪われる側になると、納得できないよな。
当然だ。
……だが、戦争上等のこの世界で、俺のくだらないエゴを理解するような人間が居るとはな。……アリサは母親がおそらく日本出身だから、あまり考えはしなかったが。でも彼女はいざとなれば小を切り捨てる。本当の意味で考えを共有できるような人間はいなかったはずだった。
「……優しくて、お父さんみたいな人だった。……殺される理由なんて、無かった」
「それが戦争だよ」
「僕……戦争なんて許せないよ」
許せる人間がこの世にどれほど居るのか。
俺は少なくともそんな人間とは仲良くできそうも――。
そこまで考えて、地球での自分を思い出して苦笑した。
智謀を振るいたい一心で、そういえば『戦争起きないかな』などと夢想した記憶がある。冗談じゃないな。今思い出すと。
「……そうだな。許せない」
「……あんなことしといてよくも言えるね」
「だが……今の俺は、味方を守ったと胸を張って言える。これも不変のことだよ」
「……」
抑えきれない感情が、ピリピリと俺を突き刺すようだった。
「ねぇ」
「ん?」
しばらく経って、ポツリと彼女が呟いた。
外に意識を向けていた俺が振り向くと、先ほどと体勢を全く変えていないシムラが居る。
「……僕、どうすればいいのかな。もう、誰も居ないんだよ。一緒に笑ったり泣いたりした、部隊のメンバーは誰も残ってない。また、一人ぼっちだ」
「また?」
「……そこは関係ないでしょ?」
睨まれた。彼女の深いところなのかも知れないが、俺は生憎と優しい人間ではないので、つい声に出してしまう。
「じゃあ言うなよ」
「……うるさい。でも、もう僕は何もすることなんかない。ここに居させてもらってる間、ずっと考えていたけれど。やっぱり、何も出来ない」
……。
「お前さ。窓の外見た事ある?」
「あるよ。何だか皆、楽しそうだ」
街並みが、遠くに見える。内門を越えた向こうが、三階のここからは良く見える。
「ま、お前らはアレを蹂躙しようとしていたわけだが」
「……」
「シムラ。アレ守ってみたいと思わない?」
「え?」
キョトンとした表情。相変わらず俺に向けられる感情は良いモノではなさそうだが、恨みを街の人たちにぶつけるほど腐った根性をしているわけでもなさそうだ。
「……村を守りたいから、俺は戦った。今度は、守るべき対象がこの地方全体に広がった。大変ではあるけれど、誇りを持って仕事が出来る。どんなに辛くても、頑張っていられる」
現に今俺一睡もしてないから早く寝たいんだよ。
そう笑って肩を竦めた。
「この街を。この地方を。そうやって頑張って続けていって、うちの王女様はこの国を救うつもりで居らっしゃる。そのためにわざわざ自ら出向いて俺をスカウトするくらいに、必死で頑張ってるんだ。……だから、お前が言ったように、ここには楽しそうな街がある」
今、何もないならちょうどいい。
「全てを奪われた元凶に向かって、『考えは理解できる』なんて言うくらいだ。その時点でそうとう凄いヤツだってことは分かるし……なんか頭も良さそうだ。俺のことならいくら恨んでくれても構わないから、この街の為にちょっと頑張ってみる気はないか?」
「……」
ま、即決できるような話じゃないわな。
だが、最後まで俺の話を聞いてくれたこと。きっと、真摯に考えてくれていると考えていい。でなきゃ喚くなり寝るなりするはずだ。
ずっと俺のことを睨んでいるくらいだ。それなりに、どんな感情であれ、持ってくれているのだろう。
「……ちょっと、考えてみてくれよ。……もしアレなら、仕事の内容とか、今の街並みとか、見せてやってもいいからさ」
踵を返す。視線を合わせるなり俯いた彼女を見つめてから、俺は扉の方へ向かった。
……クサカお前、ずっと扉の前に張り付いてたんだな。ベッドから動けないヤツ相手に、どう護衛するのかと思ったら。
ひょっとして、俺がちゃんとコイツと会えるかっていうアリサの計らいか?
……考えすぎるのも良くないな。やめておこう。
とりあえず最初に背中を押してくれたことだけには、心の中だけで礼を言っておく。
「……ねぇ」
「うん?」
扉に手をかけた俺を、後ろから呼び止める声。
「……明日も、来てよ」
「ただでさえ少ない睡眠時間削って会いに来るよ。俺は忙しいんだ」
「言い方ムカつく」
振り返れば、彼女は窓の方に視線を向けたままだった。別に、視線を合わせろとは言わないが。……それでも、俺との会話に何かの意味を見出してくれたのだとすれば、それは素直に嬉しいことだと考えよう。
最後に「じゃあな」とだけ言って、振り返らずに扉を閉めた。
「……気障野郎じゃの」
「……今顔真っ赤なの分かってて言ってるだろこの老いぼれ」
「老いぼれ!?」
……ここまで恥ずかしいのはいつ振りだろうか。妙に気取るのは早急に解決したい俺の悪い癖だよホントに!!
「さて、じゃあ軍議を始めましょうか」
「待てコラ。酒入った状況で何言ってやがる」
夕食の席。アリサも同席しての円卓というのでまず嫌な予感はしていたのだが、食事の途中で彼女は訳の分からないことを言い始めた。
「改めて紹介するわ。軍師リューキと、魔剣使いのライカよ」
「ごり押し!? ……まあ、よろしく」
グリアッドやらガイアスから、「知ってるぞ~」とのヤジ。これが軍議とかマジふざけんな。ライカに到っては紹介に対して片手を振るだけ。フォークを止めるそぶりすら見せない。何だコレ。
クサカは酒飲んでるし。
「まずは皆。明日からの予定だけど……ちょっと変更点多いから気をつけてね」
食卓の中心に、俺が書いた巻物を広げるアリサ。
ちょ、ライカ汁飛ぶから今麺類食い始めんなよ!!
「……あ~ちゃんの負担が減るね~。でも僕の仕事増えるのはどういうこと?」
「俺は鍛えていればいいんだな!! さすが軍師! 分かりやすくていい!」
「軍部は儂の受け持ちか。それ以外がリューキに回るなら、何とかなるかの」
「言いたい放題だなお前ら……」
頑張って書いたにも拘わらず、感想なんてそんなもの。
くそう。
「で、リューキ。西の山脈へ行く話はどうするのよ?」
「あ~、そっか」
はいはい注目~、と手を打つと、何気に皆ちゃんとこちらを見てくれる。約一名顔が赤いのが非常に腹の立つことではあるが。
「一週間くらいでこの形を定着させて、さっさと西の山脈の方に行こうと思う。連れて行くのはガイアスの部隊とライカ。魔剣使い二枚と兵士が三十だな。その間に何かが起こったら伝達はグリアッドの仕事だ。留守の警備はクサカに任せる」
「西の山脈で何するんだよリューキ」
「……タレついてるぞライカ。……資金源の調達に行くんだよ。……ま、それだけじゃないんだが」
初めて言う俺の言葉に、首を傾げたのはアリサ。
どういうこと? と半ば睨むように視線を合わせてくる。まあ、言ってなかったから当然か。
「……あわよくば、これだけでかなり腐った国を傾けられるってことだよ」
ま、今は取らぬ狸の何とやら。深くは語らないけどな。
ニヤニヤ笑う俺の服に、ライカが顔を擦りつけていた。
「だから俺の服で拭くんじゃありません! ああ!? 白いのに! めっちゃタレついてんじゃん! おおおおい!?」
ザザザ……
Nowloading,,,another wars of evil blades,,,
そも正義とは何か。悪を断ち切ることなのか。それとも悪を更生させることなのか。黒き三爪の取った道はその内前者であった。それは、どの戦いにおいても彼らの行動理念として一切変わっていない。
このことがこの時代の正義観として悪即斬が挙げられる、第一要因であると言えよう。
考察 “黒き三爪”にみる正義 第一章より抜粋
ヴェルデとリューヘイの二人は、夕刻に差し掛かる頃にとある山へと到着していた。
地図が正しければ、ここが件の金山らしい。
まずは様子見をと、ひっそり山を登り始めた。
「……ほんまにここなん? 死体の一つも居らへんやん」
「さっき哨戒がいただろう。山の入り口にも数体作ってきたはずだが?」
「そういうのとちゃう。村人が仰山連れ去られたっちゅうのに、脱走試みた死体の一つすらあらへん」
「……」
「村の男衆って、力だけは自慢やろ普通。やったらタイミング合わせて逃げるくらい、出来へんもんかな」
「ま、調べてみれば分かるだろう」
けもの道を伝うように歩きながら、小声で行われる会話。
退屈そうにキョロキョロ周りを見渡すヴェルデとは違い、リューヘイの表情は硬い。
確かにヴェルデの言うとおり、今まで死体を見た覚えは無かった。だがこの辺りはすでにアッシア地方。北部ほど危険な獣は少ないものの、それでもこんな鬱蒼とした森には猛獣が居てもおかしくはないのだから、死体なんてご馳走があれば喰らってしまうだろう。
だから、死体が居ない分には問題ない。
リューヘイの表情が浮かない理由は、夕刻にも拘わらずこの山がやけに静かであることにあった。
ヴェルデの言うとおり、本当にここが金山なのか怪しくなってくる。
哨戒も居たので罠でない限り確かなはず。それに、罠にかけるほどの軍隊が来るという情報も無い。
だとすればこの山で間違いはないはずなのだが。
「……やけど、人の気配はある」
「そうだな。とりあえず、上の方に居るようだ。まだ中腹にも辿りついていないのだし、さっさと登るとしよう」
「せやね」
極力音を立てず、されどもなるべく早く。器用な走り方で、彼らは獣道を駆け抜けていった。
§
「さってと。シャルルさんにはああ言ったものの。今から追いつくには時間がかかりそうだなぁ」
馬車から馬を一頭外し、その背に乗って荒野を駆ける一つの影。
オレンジの髪をなびかせた、少女のような容姿を持つ少年ケスティマである。
独り言をぶつぶつと繰り返していたのだが、その内容は先ほど領主館で行っていた会話についてだった。
「……ウェルネスの持っていた書類はとりあえず見つけたけど。確かにコレは本物みたいなんだよね」
握っている紙は、シャルルの口から出てきた今回の元凶ウェルネスの辞令。
王の命令というのも、彼が貴族であるというのも、確かなものであった。これ以上の証拠はない。偽造の線を考えていたケスティマだったが、嫌な方向に当てが外れた。
「これがもし本当だとしたら……マズイよね……」
もうすぐ夕刻。先に向かった仲間が徒歩だったことを考えても、ウェルネスと彼らの接触前にケスティマが合流するのは難しそうだった。
村人たちが金山で働かされているなら、いくらリューヘイでも土砂崩れを起こしたりすることはないだろうが……それでもケスティマは不安であった。
リューヘイはやること為すことが過激なのだ。
策など二の次。とりあえず強行突破が可能なら、作戦はそれを土台に組み立てられる。
魔剣使いである面と、優秀な参謀としての面。
二面を併せ持つ恐ろしい化け物であり、なおかつ力の使い方が荒いのである。
例えば、こんなことがあった。
ある村で受けた依頼に、山賊退治があったのである。
山間の林にアジトを作っていた彼らを、ケスティマはどう攻略しようか考えていた。
彼らの戦力は百を数え、一方こちらはたった三名。
どうやっても無理なのではないかと考えたヴェルデとケスティマの二人であったが、リューヘイだけは違った。
二人が頭を悩ませる中、彼はぽこぽこと案を出してくる。
セオリー通りなら夜中に奇襲を仕掛けて同士討ち狙いや、急襲して混乱したところを丁寧に殲滅。果ては焼き討ちなんかも良いかもしれない。
立て板に水。
頭を捻ればいくつかは出てきたかも知れないが、有効無効を考えなければ実に二十を超えた作戦が、現場に向かう途中の少ない時間だけで出てきたのだ。
彼を根っからの武官だと考えていたヴェルデとケスティマは、その才に驚くほか無かった。
だが、さらに唖然とする事態が待っていた。
様々な作戦を立てておきながら、最終的にリューヘイが取った手段は。
林を挟む両側の山腹を魔剣で切り崩し、その土砂崩れから逃れた人間を余すことなく狩るだけ、という実に手荒い手法であった。
この作戦で一番危なかったのは、山賊に少女の人質が居たことだった。もちろん、依頼には彼女の救出も含まれていた。
だというのに、リューヘイの考えは「山賊皆殺しにするついでに見つかるだろう」という何とも恐ろしい発想。
そして見事に少女だけをちゃっかり救ってきたのだから文句も言えない。
「……なんだかんだで先輩に任せておけばいい気もするけど。それでもあの人のやり方は一々不安なんだよな」
馬上でケスティマは呟いた。
リューヘイに対する不安はたった一つ。
どの作戦にも、“万が一”が必ず付いて回るのだ。
そしてその不安要素を、リューヘイはいつもギリギリでこなす。
彼の力量として考えればいいのだが、それでもケスティマはいつも不安を追い払うことが出来なかった。
自分にもヴェルデくらい楽観視できる思考回路があれば、と何度考えたか分からない。
「とりあえず急ごう。今日も絶対危ない場面があるはずだし」
一人頷き、ケスティマは馬体を蹴った。
§
ウェルネスは、現在採掘をさせている金山を訪れていた。
命令通り、部下たちは近くの村々から男衆を連れて来て働かせているようだ。
満足のいく状況に、大きく頷く。心なしか、表情もほころんでいた。
どんな悪政をしようと、責任は全てシャルルにある。
彼が存在する限り、自分が泥を被ることはない。シャルル、そしてその兄シャオリ―と繋がりのある貴族はことごとくバラバラな地方に左遷されており、この領の隣も国王派の貴族であるから突かれる心配もなかった。
素晴らしい。
昨年度の収益も多く、ウェルネスの私腹も随分と肥えていた。
さらにシャルルの金庫から見つけた金山の情報。これを見つけた時のウェルネスは思わずあらんばかりに口角を吊り上げた。
「ウェルネス様、ここが採掘現場です」
「ほぉう……」
見れば、山の中腹に出来た大きな洞穴が目の前に。
中から出てくるのは奴隷のように働かされている、体調の芳しくなさそうな農民たちと、鞭を振り回す自分の部下たち。
時折居る、麻袋を担いだ男。袋の中には、土に紛れて何かが小さく光っているのがちらりと見える。
「これは良い」
満足そうに笑みを見せるウェルネスに、隣の腹心も楽しそうだ。
それこそ、この金山の底はまだ見えないのだ。これからどれほどの利益が生まれるか分からない。考えるだけで、愉快だった。
機嫌の良かったウェルネスは、近くに居た部下を捕まえて命令を下す。
「私が直々に慰労の言葉をかけてやろう。全員を洞窟前に集めよ」
「はい」
その部下は一言だけ頷くと、次々に連絡を回していく。
しばらく経って、ウェルネスの立つ大岩の前には、沢山の鉱夫が集合した。その瞳には、怒り、恨み、悲壮が映っていた。果てに何も映して居ない者も居たが、概ね好意的な視線は無い、ということだけは分かった。
だからといって、ウェルネスの表情は変わらない。
この件の恨みをシャルルに押し付ける作業をするだけなのだから。
「皆の者、よくシャルル様の命に従い集まってくれた。これでエツナン地方は益々豊かになる」
俸禄が増えることを分かっている自身の部下たちは、打算的ながらもウェルネスの言葉をしっかりと聞いている。
反対に鉱夫たちの表情はすぐれない。当然だろう。シャルルは二年前までとても良い政治を行っていたのだから。
やはりシャルルが、という失望と、怒り。そして困惑が、ウェルネスの瞳には良く映った。
だが、二年経った今でもシャルルに完全な怒りが向いていないことだけが納得いかない。
もしシャルルに怒りが向いてしまえば、首を切って自分が領主になるというのに。
自分がシャルルを倒した英雄となり、今より少しだけ税を下げれば問題なく愉快な政治が行える。
だがそれには、まだまだ先が長いようだ。
一番の問題はやはり、シャルルが表舞台に立っていないことだろう。これだけはどうにかしなければならない目下の課題であった。
「シャルル様の役に立つことを光栄に思ってくれたまえ皆の者」
朗々とスピーチを行うウェルネス。
あっという間に時は経ち、気が付くと日が沈む時間にまでなっていた。
「ふむ、ではそろそろ私は失礼しよう。これもエツナン地方の為。頑張ってくれたまえ!」
ゆっくりと大岩から姿を消すと同時。
部下たちが、ウェルネスのスピーチのせいで遅れた時間を取り戻そうとさらに鞭を振り始めた。
「お疲れ様です。では、帰りましょうか」
「そうだな。うん」
身支度を整えると、十数人の部下を連れだって下山の為の馬を連れて来させる。
獣道が多いこの山だが、しっかりとした道を一つ整備させているので、下山に苦戦することはない。
ウェルネスはのんびりと馬に跨ると、洞窟前の広場を後にした。
§
「……行ったな」
「せやね」
黒き三本傷の刺青を持つ男女が、山の中腹にある木の上から眼下の様子を眺めていた。
今の今まで朗々とスピーチをしていた中年の男が部下を連れだって下山していくのを確認して、ひらりと木から飛び降りる。
着地した場所は草陰。少々草の音を鳴らしたものの、気づいた人間は居ないようだ。
「拉致された人間の寝泊まりしている場所は、ここから少し離れたところか。とりあえず、ミナの父親という男を探すか?」
「この人数の中!? ちょいちょい思うねんけど兄ちゃんたまにアホやね!?」
小声で怒鳴るという器用な真似。ツッコミに回る人間は大概こういった技能を持っているのかとリューヘイは一人学習していた。
彼より少し遅れて飛び降りたヴェルデは、小さくため息を吐いて言葉を続ける。
「で、兄ちゃんどないするん? 兄ちゃんの魔剣じゃ村人巻き込むやろ」
「おいおい、俺はそんな不器用じゃないんだがな。当然俺の魔剣であの鞭持った野郎共を駆逐するから、ヴェルデは村人の先導だ」
「……無茶せんでな?」
無理だと分かっていつつも、言わずにはいられない。
リューヘイの魔剣は危険である。彼の魔剣の扱いがどれほど上手かろうと、万が一村人を巻き込んだらという配慮がどこにも見当たらないのだ。
だがヴェルデの心中など気にした様子もなく、リューヘイは合図を送る。
「分かったから行け。ミナの父親探しだ」
「えぇ!? ウチ!? ウチが一人でやるんソレ!?」
「うるっさい」
「……人使いまで荒いんやこのリーダー……」
ぶつくさ文句を垂れた次の瞬間にはヴェルデは姿を消していた。おそらく、村人たちを先導して逃がすつもりだろう。
だが、本当に逃がすつもりならまずは障害を絶たねばならない。
「……やるか」
リューヘイは、蓑に包んだ黒い太刀を取り出した。
鯉口を切る。
ゆっくりと抜いたその太刀は、刀身も漆黒に染まり上がった、どこか面妖な雰囲気を発する剣。伝説の日ノ本の国で扱われるという“太刀”に魔力が合わさった代物。
「“変幻自在”」
一言だけ呟いたリューヘイの姿は、草陰から瞬く間に掻き消えた。
§
広場の大きさは、かなりの物である。山の中腹を切り崩して作ったものだから当然といえば当然だが、優に数百の人間が野営できるサイズだった。
そこで現在、奴隷のように働かされる一人の男が居た。
「ほら! もっと働け!」
「あぐ!?」
目の前が霞んでいた。ロクに睡眠もとれていないなか、大量の岩石を担いで何十往復もしているのだから仕方がない。
そんな中で、岩石の入った麻袋を下ろした途端に打たれた鞭。
故郷に残してきてしまった娘を思いながら、ぐらりと体が傾くのを感じる。
もう、限界だった。
体のあちこちどころか、全身が悲鳴を上げている。寝かせろ、寝かせろ。腹が減った、節々が痛い……もういっそ、永眠らせろ。
過酷な状況。どんなに頑張ろうと、救いは無い。
だからこそ、もう永眠りたいという思いがあった。
辛い、痛い、苦しい。
癒しが欲しい。娘に会いたい。最後で、いいから。
シャラン、と鈴の音のような音がした。
大きな音ではなかった。耳元にそっと聞こえるような、優しい音色。
だが、周囲に居た全員がその音に気が付いた。
なぜなら、全員の耳元でその音が鳴ったからだ。
「なんd……っ!?」
「ぎゃ!?」
「ぐぇ……」
「……!?」
何事かと思った。それこそ、霞んだ目が少しは光を取り戻すほどに。
茫然と周りを見れば、周りで鞭を振るっていたり、村人に蹴りを入れていたはずの男たちの、体のどこかしらから血が吹きだし、首が飛び、悲惨な死体となって転がっている。
ちらりと見えたのは、黒くうねる蔦のようなもの。
「っしゃあああああ!!!」
近くの岩が爆砕した。近くの大木が倒壊した。切り崩して作った地面が割けた。
凄まじい轟音。
それは次々と視界に入る障害物を壊していく。
黒くうねる、蔦とともに。
威勢のいい声が聞こえた。
そちらを見れば、その黒く長い蔦のような物の先端を掴んだ男が跳躍していた。
彼が腕を振るうと同時。
遠くの方で悲鳴が聞こえる。
あの黒い蔦が、うねり狂いながら正確に領兵どもだけを殺していく。
まるで生きているようだった。
「“変幻自在”! 踊れ俺の生ける剣!!」
「貴様何者だ! ……ぎゃあああ!?」
「侵入者だ! 侵入者が……っ!」
騒ぐ兵士を次々と、生きた黒き蔦が襲う。
既にその先端は見えない。おそらく、洞窟の中にまで侵入しているのだろう。
何事かと混乱する男の前に、ひらりと青年が飛び降りた。
黒い蔦のような物を纏いながら、くるりと振り返る。
「ミナって子の親父を探してるんだが、知らないか?」
「……は?」
「いやだから人探しだよ。ミナって女の子に頼まれたので、俺達は父親ついでにここで働かされてる人たちを助けにきた」
「つ、ついでって……」
唖然とした。
何が何だか分からないが、一つだけ分かった。この男は、おかしい。
ただの人探しの為に、領主の兵士を殺戮する様が。ここで働かされていた、絶望の淵にある人々の救出をついでと言ってのける様が。
「知らないなら構わない。緑の髪の女を見つけたらそいつに従え。俺の仲間だ」
「あ、ああ……」
タジタジになりながら頷いた次の瞬間には、黒い蔦を残したまま男は消えた。
蔦も、しばらくして主を追うようにスルスルとどこかへ走るように去っていく。
「な、なんだったんだ……それにミナって……もしかしてミナ? え? 彼が探してたのは俺か……?」
ミナという一児の父だと告げることも、忘れていた。
§
「あ~あ。兄ちゃん派手やなぁ。っちゅうかなんであれで村人に掠りもせぇへんの? おかしいやろ」
リューヘイの魔剣、黒い太刀が躍るように敵兵を駆逐していく様を眺めながら、ヴェルデは呟いた。
ちょうど、切りかかってくる敵兵を一突きで返り討ちにしつつ、村人たちに現状を話し、今現在大暴れしている黒い“生きた”太刀の説明をしてさっさと下山をしてもらっていた最中である。
体力が限界に迫っている人だけは残り、自力で帰れるなら帰りなさい。
道が分からないなら周りに同郷の人間を探せ。怪我は手当する。
などなど、てきぱきと指示を出す。
若干、ヴェルデの故郷のなまりについていけない人も居て四苦八苦したが、それでも最後はなんとかなった。頑張ってリューヘイたちのような話し方に直している途中ではあるものの、やはり中々抜けないものだ。
それよりも、リューヘイの暴れっぷりである。
彼の“変幻自在”は、黒い太刀をどこまでも伸ばし、そして自分の意思によってグネグネとうねらせながら自在な攻撃を繰り出す太刀だ。
まるで生きた黒い大蛇のように、死角の無い攻撃を繰り出す鞭のような武器。
メルトルムやグルッテルバニアでも、一、二を争う恐ろしい魔剣である。これを扱うには相当の技量が必要になるはずなのだが、リューヘイはそれをいとも簡単に操っていた。
魔力も半端ではないようで、本気になれば二、三里(だいたい830~1240M)まで伸ばした上で敵や障害物を粉砕することも可能。
リューヘイとこの魔剣の組み合わせという悪質なまでの最強タッグは、未だに負けを喫したことがないのだ。
「……ここまで来よると敵兵が哀れやな」
本日もご機嫌に踊る黒き魔剣。
大地を駆け抜けるように突っ切る太刀の先端は、土煙を起こしつつ敵兵を舞い上げる。
「……っと、はいはいこっちやで~! あっちは黒くてヤバい大蛇が居るんや、放っとき!」
取り残された村人が居るらしく、心配そうな工夫たちをさっさか逃がすヴェルデ。どんなに心配しても、リューヘイに限って村人を傷つけたりはしないだろう。
そう考えていたからだった。
「あの」
「ん? なんやオジサマ」
「緑の髪の女性……貴方があの青年の仲間の方で?」
「せやけど……お礼とかならええで? ウチらはミナちゃん言う女の子のおとんを探しとるだけやから。……ウチはどちらかというとあんさんたち助けたかった気持ちもあるけど」
「あ、そのミナの父親、だと思うんだ」
「なんやて!?」
さっきからずっと探していた人間が、自分から出てきてくれるとは僥倖。
嘘を吐く理由も無し。そう考えたヴェルデは、とりあえず軽い本人確認だけして、後でミナの元へと送ろうかと考えていた。
「どこの村のミナちゃんや?」
「ここからしばらく……南に歩いて数日の、国境近い村なんだが」
「ほんまらしいな。ええでオジサマ。ウチらが送るさかい、ここに居ってや」
「あの」
何かを言いかけた男を、ヴェルデは止めた。誘導が終わっていないから後にしてくれと。
「分かった。なら手伝おう。俺も、キミらに救われっぱなしじゃ仕方がない」
「かっこええな、オジサマ」
「……本当に、ありがとう」
不意打ちで頭を下げられたヴェルデは、照れくさそうに鼻の下を擦った。
§
ウェルネスが異変に気付いたのは、下山しきる目前だった。
凄まじい轟音、どこかしこから降ってくる、大小の岩、倒木。
おまけに揺れる足元。
何が起きているのかと、山の方を振り向こうとしたその時。今度は山に向けて駆けてくる一つの騎影が視界に入った。
「何者か!」
ウェルネスの出した大声に、周囲に居た護衛の部下たちも警戒心をあらわにする。
だが、その騎馬はだんだんと姿を露わにしながらも止まる様子は見せなかった。
それどころか。
「ぐぎゃ!?」
「うぐ……!?」
まず最初に、両翼を固めていた騎兵二人が落馬した。
ひゅん、と風を切るような妙な音がしたと思ったら、自分の乗る馬の周りに居た兵士たちが次々に倒れ伏していく。見れば全員美しいまでに正確に、投げナイフによって喉を貫かれていた。
「何者かと聞いている! 止まれ! ええい、殺せお前たち!!」
明らかに自分を狙っているのは分かった。そして相手は投げナイフの名人である。
だとすれば捕まえて尋問など考えず、自分の身の安全を優先するべきだ。
ウェルネスの命によって、さらに数人の部下が迫り来る騎馬に突貫する。だが、それも馬から随分と離れた場所で射止められたらしい。バタバタと倒れていく。
気が付けば、ウェルネスと腹心の部下だけとなっていた。
「……っ到着! ウェルネスはお前で間違いないね?」
「ひっ……ち、ちがう! ウェルネスは隣のこの男だ!」
「ウェルネス様!?」
「だ、黙れウェルネスはコイツだ!」
「面倒臭い」
「ぎゃ!?」
鬱陶しくなったケスティマは、副官らしき男にナイフを投擲。
そしてそのまま、ウェルネスを睨み据えた。
「……語るに落ち過ぎでしょ」
漫才のようなやり取りに半ば呆れた少年は、副官とウェルネスの上下関係が見えた段階で副官を必要無し、と判断した。
裏でやっていた政策も何も、過去となった今は知っていれば問題ない。副官が優秀で先導していようが、吐くだけなら知っていれば誰でも出来る。
急所を外していようが、気絶するには十分だったようで。副官はぐったりと馬に跨った状態で動かなくなった。
そしてこれは、ウェルネスへの脅しとして何よりも効果的だった。
オレンジの髪は宵闇に紛れて暗くトーンを落とし、それでも少女的な見た目は変わらない。ウェルネスは目の前の男か女か分からない子供を、戦々恐々とした瞳で見つめていた。
「安心しなよ。殺しはしないから。僕は、ウェルネスという男に質問があるだけなんだ」
「質……問?」
恐怖がまだ残り、ひねり出すようにして声を紡ぐウェルネス。
少年――ケスティマは、それに鷹揚に頷いた。
「そうそう。まずは……シャルルを閉じ込めたのはお前だよね?」
「……ちが」
否定しようとした瞬間にナイフが耳元をかすめた。
「嘘は良くないな。僕は知ってることも混ぜるからね? 嘘を吐いたら次は――刺す」
「……っ!?」
楽しそうに投げナイフを弄ぶケスティマ。
二つ目ね、と見せた笑みは、悪魔の微笑とも錯覚させるようなものだった。
彼は懐を探って一枚の紙を取り出す。
「この証書は、本物?」
「ほ、本物だ! 印鑑も国王陛下のもので間違いない!」
「……まぁ、そうだろうね」
面倒くさいことになった。と一つため息を吐いて、彼は続ける。
「この領を実質仕切っているのは、お前?」
「……そ、そうだ。シャルル様を幽閉して私が」
「トップはお前、と。うん、そろそろ時間だね」
ケスティマが一人頷いたことに、ウェルネスは一つ安堵のため息を吐いた。
「逃がして、くれるのか?」
「まさか」
肩を竦めて、ケスティマはウェルネスのさらに後方へと目を向ける。
「仲間が帰ってきたからさ。あとの尋問は領主館でだよ」
「ケスティマご苦労さん」
「先輩がウェルネスまで殺してなくて良かったよ」
ウェルネスにバレないよう、獣道から次々村人を帰していた黒き三爪の残る二人は、一人の男を担いで下山して来ていた。
「馬は空けましたので、さっさと乗ってください。ウェルネスとその副官を連行しますよ」
「お、サンキュー」
「気が利くやんかケスティマ」
最初にケスティマが殺した二人。彼らが騎乗していた馬に、事もなげに跨ったリューヘイとヴェルデ。リューヘイは担いでいた男を下ろし、騎乗すると改めて男を後ろに乗せた。
「……その人は?」
「依頼のブツ」
「物扱いは酷くないか……?」
痩せこけてなければ男前だったであろう男は、鞍に跨った目の前の青年に愚痴を吐く。
そんなことを気にした様子もなく、リューヘイは馬体を蹴った。
「ほら、行くぞ」
「……だが、本当に、ありがとう。またミナに会えるんだな……」
「下山中から数えて通算何十回目だその台詞」
ため息を吐くリューヘイとは裏腹に、ヴェルデがオジサマと呼ぶその男は、心底安堵した様子で。
ウェルネスを連行して領主館に到着する間に、すっかり寝入ってしまっていた。
「馬上で寝られるヤツを初めて見た」
「よっぽど疲れてたんよ……」
ウェルネスを差し置いて、リューヘイとヴェルデは小さく苦笑を漏らしていた。
§
領主館に到着した黒き三爪は、まずミナの父親を適当な部屋に寝かせて。
それから、ウェルネスを連れて地下の牢獄まで来ていた。
「……どこまでが本当なんだい?」
「全部に決まっている」
オリの中と外で交わされる会話。シャルルとリューヘイの二人である。
今回のことの顛末を、リューヘイは彼に話していた。
自分たちは一人の女の子の依頼でここまで世話を焼いたこと。
領主館に居座っていたウェルネスの私兵は壊滅状態にしたこと。
そしてケスティマがウェルネスを捕えたこと。
ついでに、金山の炭鉱付近が凹凸だらけで使い物にならなくなったこと。
「……ついでの話が凄く気になるけど、それはもういいか。まずは、本当にありがとう。で、ウェルネス卿」
「……なんでしょう」
「貴様はなんということをしてくれたんだ……!」
深々とリューヘイに頭を下げたのち、ケスティマにナイフを突きつけられて怯えているウェルネスへと視線を移すシャルル。
「貴様が王と兄上からの命令でここに補助として来たという話は……嘘だったのか!?」
ついっとナイフの角度が変わる。言わねば切る、と言っているようなケスティマの動きに、ウェルネスは震える口を開いた。
「う、うそでは……王の命令というのも本当……ただ、シャオリ―殿は……」
「……兄上がどうした」
「シャオリ―様は王城の地下に幽閉されていて……知らないのです。国王陛下から、言われたのです……シャオリ―殿と王からの命令ということで……シャルル殿の元へ行き……税を徴収しろ、と……」
ピクリと反応したのは、リューヘイだった。
「ちょっと待て。ではアッシアの王にはどのくらい納税していた?」
「……四割を、私が。三割を、王の下に……」
「……はは」
「ひぅ!?」
ウェルネスが悲鳴を上げたのも無理はなかった。リューヘイの笑みは、ただの笑みではなかった。殺意に塗り固められた、偽物の笑み。その裏でどんな感情が渦巻いているかなど、考えたくもない。
「……ウェルネス」
「は、はい!」
「……死にたくなければ答えろ」
睨み据えるリューヘイに、コクコクと赤べこのように頷く。
視線を外さず、彼はウェルネスに問いかけた。
「王は直々にお前にそう言ったのか? シャルルを閉じ込めるというアイディアも王なのか?」
「はいっ……シャオリ―殿の諫言がよほど頭に来たらしく……シャオリ―殿の領から税をふんだくる手段として……」
「良く、分かった」
大きく、頷いた。
ウェルネスは、所詮傀儡。
そのことを理解したリューヘイは、そのまま廊下の壁に寄りかかって目を閉じた。
「シャルルさん」
「ケスティマくん?」
「この男は簀巻きにして執務室に転がしておきます。一応捕まっていた村人に話は通してあって、数日中には領民がシャルルさんを助けに来ますから安心してください」
「そうか……本当に世話をかけるな」
ヴェルデが、全ての話を通してあった。
感謝の念を絶やさない村人たちに、礼は数日中に領主館を攻め、シャルル様を助けることで支払え、と。
シャルルが捕えられていたことに憤慨した村人たちにこの提案は最高のものであった。
何せ善政が戻ってきて自分たちの怒りのやり場も出来る。一石二鳥どころではない。
「……ケスティマ君」
「なんでしょうか?」
「もう一つ、頼まれてくれないだろうか」
本当に申し訳なさそうに、シャルルは言葉を選んで呟いた。
そんな彼に、ケスティマは優しい笑みを見せて頷いた。
「シャオリ―さんの救出ですね。受けましょう」
「……はは、御見通しか。だが、本当にありがとう」
「いいですよね先輩」
「……ま、いいだろ」
片目を開けたリューヘイが了承したのを見て、ケスティマはシャルルに視線を移した。
「じゃあ、礼は何がいいか?」
「……礼はいいです。どうせ、僕らもうこの領出ますし」
いつの間にかヴェルデがウェルネスを昏倒させており、足蹴にする様子を眺めながらケスティマは肩を竦めた。
シャルルはその言葉に目を瞬かせる。
「いや、そんなことでは俺としてのメンツも無いし、何より申し訳なさで一杯だ!」
「……じゃあ」
「な、なんだい?」
「もし、僕らの立場が危なくなったら、一度でいいから助けてくださいね」
にこやかに、ケスティマは笑った。
言葉の意味をかみ砕いて。シャルルは、大きく頷く。
「いいだろう。エツナン領主代行として、俺が全身全霊をかけてキミたちを庇う。それが、俺からの礼だ」
「ありがとうございます。では、いきましょうか」
ケスティマの言葉に、残る二人も頷いて。
気絶したウェルネスともども、地下牢から姿を消した。
「……黒き三爪。必ず恩は返す。何度だって、キミらを守ると誓おう」
シャルルは、見慣れた殺風景な天井を見据えて、力強く頷いた。
§
「……ミナちゃん、喜んでたなぁ」
「ヴェルデ、なんかだらしないよ顔が」
「やかましいわ!」
それは、小さな荷馬車だった。
見渡す限り平原の、その間を細い糸のように通る街道を、小さな荷馬車が走っていた。
二頭立ての馬車を、少女とも少年ともつかぬ子供が御している。
その馬たちが引く荷車の中には、彼らの食するための牧草と、埋もれるように二人の人間が寝転がっていた。
苦笑するケスティマは、御者としての仕事に戻る。
リューヘイは一人、ぼうっと空を眺めていた。
「兄ちゃん、どうしたん?」
「ん? 今回の件で、あのグルッテルバニアの皇女の依頼を受ける気になってな」
「あ、せや! 結局ウチ聞いてへん!!」
ポンと手を打つヴェルデ。
「アッシアの悪政は、あのグルッテルバニアの皇女は許せないそうだ」
「……なんや言うてたね。その人、敵であろうと悪を許さない~って聖人みたいな人やって」
「ああ……ま、今回のことで、上層部が腐ってることは分かっただろう?」
「……国王が悪政の頂点……酷い話や」
ウェルネスはあの後、処刑された。当然であろう。あのような人間を生かしておく道理がない。リューヘイが殺さなかっただけでも、ヴェルデは驚きだった。
彼の言うには、諸悪の根源を殺す必要があるから、ウェルネスは領民の怒りに譲るとのこと。どちらにせよ殺すことは決まっていたようだ。
シャルルが返り咲き、このエツナン地方は少々浮ついた雰囲気があった。
ミナも父親との再会に涙ながらのお礼を言っており、なんだか気恥ずかしくなったケスティマはさっさと荷馬車へ戻り。礼に淡泊なリューヘイも、さっさと村を後にしようと言いだし、結局ヴェルデがミナに構いきりになって、一日だけ逗留した後に村を後にした。
「まぁ、だから依頼は受けるさ」
「やから、何よ依頼って」
焦れたヴェルデが、イラついたようにリューヘイの脇腹を突く。
彼女の脳天に拳を叩きこんだリューヘイは、遠くを見つめて。
晴天を見上げながら、呟いた。
「当代アッシア王家――国王、皇后、王太子、第一王女、第二王女の殺害だ」
大仕事やね~、と、ヴェルデは愉快そうに笑った。
another wars of evil blades,,,
Sideout...




