ep.16 アリサ王女の悩みごと。
アリサ王女の優れた点の一つとして挙げられる有名なものとして、人材活用がある。適材適所というだけでなく、采配に関してもその才能が光る。北アッシア地方の領主をしていた時が良い例で、新参のリューキに内政を一手に任せ、その為に子飼いの部下を使わせるという思いきった策に出た。この采配が功を奏し、北アッシアの地はさらに栄えたのだから、彼女の慧眼は凄まじいものがあるといえよう。
エル・アリアノーズ戦記 第一章より抜粋
『明日の夜に、改めて皆で集まりましょう。それまでにリューキはこの地方の内情を出来るだけ頭に入れておいて。これからの皆の政治的な動きは、貴方に一任するわ』
先ほど別れる時に、アリサはこうのたまった。
……一両日中にこの地方の内情を理解しろ? 死ねと?
『りゅーきのしろ』と扉に可愛らしい文字で描かれた一室の前で、俺は立ち尽くしていた。なんだこのふざけた部屋名。語尾に可愛らしくデフォルメされたアリサの顔がニコニコしているのもフラストレーションを溜める原因である。
「……入るしかないか」
ふぅ、とため息。
幸いこの部屋とアリサの執務室はかなり近い。文句ならいくらでも言いに行けるのだから、まずはこの限られた時間で状況把握に努めるのが賢明だ。
扉を開く。特有の微風とともに、覚悟を決めた俺が見たのは足の踏み場もない竹簡ジャングルとそれに埋もれたデスクやら書物巻物が入りきらずに溢れだした後であろう決壊したダムのような戸棚の数々。
「アリサあああああああああああああああああああああああ!!」
我慢する理由は無かった。
「……うぅ」
「それはそっちだ。これは何だ?」
「……今月分の軍事人件費」
「じゃこっちだな。この巻物は……あぁこれまでの累積か。ほらアリサ、とっとと持ってけ」
「わたし、りょうしゅさまなのに」
執務室で一仕事終えて清々しそうに窓枠に体を預けていたアリサの首根っこを引っ掴んで持ってきた。グリアッドも、「いってらっしゃい。後の単純作業は僕がやっておくよ。昼寝も終わったし」と言っていたからきっと大丈夫だろう。
「……ダメね、ここも入りきらないわ」
「じゃあ近くに積んでおくか。その辺は俺が整理するとして……なんでこんな魔界を押し付けたんだよ。というかここ何の部屋だったんだよ」
一通り整理が付いて、やっとこさ歩けるようになった俺の城という名の政務室。既に昼近かったが、今日は昼を返上して作業することになりそうだ。
デスクに都合よく二つの椅子があったので、アリサと俺で腰かける。
「……元々、全部の業務が終わったあとの書類を保管したり、使わなくなった資料を置く部屋だったのよ。どうせリューキは業務の前にこの地方の内情を知る必要があったから、『やっちゃえ☆』って感じで部屋ごとリューキにパスしました」
「何が『やっちゃえ☆』だ。『りゅーきのしろ』といいはっちゃけ過ぎだろお前」
「あ、あはは……実はやっぱり嬉しかったから浮かれてたかも知れないわ」
バツが悪そうに頬を掻くアリサ。
コイツなんだかんだ言ってさっき拉致してきた時も妙に抵抗なかったと思ったら、自覚はあったのか。
にしてもなぁ。今日のアリサは、内門前まで迎えに来たことと言い少々幼く見える。……年相応と言ったほうがいいのか、なんというか。
「まぁとにかく、これで今までの業務形態やら土地の情報が分かるなら構わないか。わざわざくだらない茶番させるなよ」
「……む」
嘆息する俺に、何やら不服そうな表情のアリサ。だから、今日はいったいどうした。
普段のカリスマはどこへ行った。
「……って言ったくせに」
「あん?」
「なんでもないわよ。さて、今日は貴方の仕事ぶりを見せてもらうためにわざわざ時間を空けてるんだから、居させてよね」
若干不機嫌になりつつも、腕組みをしてここに居座る態勢。……ん? この引っ掛かる違和感は何だ?
「わざわざ時間を空けた?」
「えぇ。リューキが来る日のために、コツコツ仕事量を増やして半日分空けたのよ。流石に今日しか出来ないことは朝の内にやったけれど」
「そうか」
なら納得……待て。
「だったらここの整理くらいやっといてくれても」
そう言うと、さらにアリサの表情が曇る。コイツ、何で今日こんなに表情豊かなんだ?
「……いいじゃない、別に」
ぷいっと背かれた。可愛いんだが、ねぇ。
今は火急の時なんだ。さっさと力を付けて、アリサの目指すようにこの国をどうにかしなければいけない時。グリアッドはもちろん、クサカやガイアス、ライカだって今日から調練に参加しているというのに。
そう思って俺が次に言った言葉が、この部屋の雰囲気をガラリと変えた。
「良くないだろ。仕事が滞るようなことなんだ。アリサに限ってはわざわざ言わなくても分かってると思っていたが……今日はらしくないぞ」
「……そ」
アリサがそう言った途端、空気がすっと俺を呑みこむ感覚。
少々身構えてしまうが、どこか安心するような、そんなイメージ。
「じゃあ、今日はリューキの仕事ぶりを見て、私も学ぶ必要がありそうね」
「仕事ぶりというよりは今日は勉強の仕方、だけどな。これに関しては俺からじゃなくてもアリサの方が上手いかも知れないぞ?」
「そうかしら? でも貴方の技量は分からないもの。しっかり見学させてもらうわ」
「ならまあ、いいか」
そう、この感じだ。
仕事、まあ今回に限っては学習だが、そう言ったことがしやすい形。
見ればアリサは、いつものように毅然として微笑んでいた。
よし、とりあえずはこの地方の過去をしっかり学ぶとしよう。いざとなったら隣には答えてくれる、頼りになるヤツが居る。
まずは……組織図か。
「この形態をとっているのはいつから? アリサをトップに据えて、割としっかりできてるけど」
「一月半前、かしらね。ただ、やっぱりこれでも量は多いわ。もう少し効率良くやりたいものね……」
ふむ。確かに、文官が圧倒的に人員不足なのは否めない。そもそも平民の識字率は低いだろうし、計算なんてもっての他だろう。と考えると貴族か何かから引っ張ってきたいが、立ち位置的に愚策中の愚策。
科挙もどきの一つも出来やしない。
「……じゃあとりあえず、全般を請け負うのは変わりないか。次は……土地か。西の山脈以外は別の地方に面してるわけだし、防衛策はやっぱり必要だな。それから特産も無いから……交易もエイコウさんあってこそなんだよなぁ。俺だけじゃ今は何もできそうにないか」
「……十分凄いわよ」
「何が?」
「どうやったら書物次々流し読みしてそんなに必要な情報だけ得られるわけ?」
「あ~……速読だよ。フォトリード」
「ふぉ、ふぉとり?」
次の書物に伸ばした手を止め、瞳をぱちくりさせるアリサを見る。
そんなに早かったか。自分ではあまり気づかないが……。
「慣れで速く読める人ってのは、大抵が“字”じゃなくて“単語”ないし“文”を一つの集合体として見てるんだ。だから、必然的に瞳で一つ一つを追う必要がなくなる。これは分かる?」
「う~ん……要は文字じゃなくて……一つの意味ごとに区分けして読んでるってこと?」
「理解が早くて助かるよ。読むのが速い人は、別に瞳で文字を追う速度が速いんじゃなくて、瞬間的に情報をインプットできる量が多いんだ」
「……続けて」
「脳内に一瞬で送り込める情報量を増やしてるんだよ。文字じゃなくて単語や文を纏めて送って処理して……って繰り返してると、例えば縦書きの書物を読むときに、瞳を縦に送る必要が無くなる」
「あ、分かった。一行を一瞬で理解しちゃうってことね」
「そう。んで、俺がやってるのはそれの上位版。フォトリード」
「……フォトって、どういう意味だっけ?」
あ~……そっか。こっちの世界じゃ英語は方言の一種程度にしか思われていないんだっけか。
日ノ本言葉が共通語のこの世界において、英語の地位は方言と同様のレベル。だから単語で理解することぐらいは“知識がある人なら出来る”し、好んで多用する人も多い。
ちなみにこの情報は、その“好んで多用する”エイコウさんのソースだから間違いないだろう。エイコウさん自身、英語を使う集落で育ったこともあるらしいし。
……俺としては、アメリカ人かイギリス人か……どこの人かは分からないが、英語をこの世界に持ち込んだ人間が居るのではないかと睨んでいるが。だいぶ昔に。
根拠は『この世界に来るときに年代設定ができたこと』なのだが、まあ仮説にすぎない。
それよりもフォトリードの話だ。
「簡単に言えば、絵だと思ってくれればいいさ」
「絵?」
「俺の場合、この書物を開いた時に“視界に入った全て”を処理してるってだけのこと」
「はぁ!?」
「その文章全体を“絵”として見ることで、脳内でそういう風に処理させてんだ。一緒だろ? ぱっと見て、どんな絵なのか分かるじゃないか」
「いやいやいやいや!?」
正確には写真なのだが……概念説明するのも面倒だしな。
瞳に映ったものを全て写真のように脳内に送り込んで処理する、というのがフォトリードである。
と、目の前には何やら慌てふためいた様子のアリサ。
「ちょちょちょちょっと待って! それは絵だから出来ることでしょ!?」
「慣れれば誰だって出来るよ。というより、人間は元々それが出来るものなんだ」
「……?」
「生まれながらにして視界に入る情報を処理できるようになってるのに、読み書きの教育ってのは、わざわざ本に書かれた一字一字を順番に読ませる練習をさせるんだ。だから、難しいことのように思えてしまう」
「じゃあ、私にも出来る?」
「もちろん」
いつの間にかフォトリードを教える会になってしまった。とにかく、今日のところはしっかり情報を覚えないといけないってのに。
……だが将来的に考えてもアリサが速読できるようになるのはありがたいな。
できればこういう風に市井の人間にも読み書き算術教えていきたいが……今は時間がないだろうな。
「……アリサ」
「どうしたの?」
「現在におけるこの地方の民の……一日の過ごし方とかレポートに出せる?」
「いいけど、どうするのよ」
「仕事を短縮できれば、教育が出来るかもしれないだろうからな。文官の即席調達だ」
実際、農民が教育を受けられるようになったのは一重に余暇が生まれたからだ。金銭的な理由ももちろんあったが、一番は“家の仕事”が減ったから。ならば、俺の持っている知識を使って強制的に暇を作ることが出来れば、すぐにでも勉学をさせることが出来ると考えた。
そんな俺の意図を理解したのだろうアリサは、顎に手をやってしばし考えていたが……何やら、ふと思い出したように指を立てた。
「そのレポートはまとめておいてあげる。それとは別に、一つ思いついたことがあるのだけれど」
「どうした?」
「一人……即席で文官に出来ると睨んでるんだけど、教育してみない?」
「……は?」
事もなげにそう言ったアリサに、呆ける俺。
「別に今じゃなくていいわ。というより時間がないし」
「まぁ、そりゃな。空いた時にでも呼んでくれ」
「そうするわ」
さて、後は何があったか。
農業的な開発は……俺がアリサに“土産”として渡した農具は効果を発揮しているし。
まずは本当に資金調達だな。
「資金調達がしたい。切実に」
「……そうね。私も考えていたのだけど、本当に辺境よ、ここ」
「辺境だからこそ出来ることだってあるさ」
アリサに無理やり小分けさせた竹簡の山。その一つに、この地方の領内事情が書かれたものがあったはずだ……と、これこれ。
立ち上がった俺は、アリサの視線を受けながら竹簡の山の近くへと歩み寄った。山の一つに手を突っ込み、ガラガラと山を崩す。後ろで「ああ、せっかく……!」と戦々恐々顔面蒼白のアリサが可愛い。
「とと、これだ」
「ねぇ楽しい? 私いぢめて楽しい?」
「何のことかな。おっとっと」
わざとらしく、トドメに山の中へ倒れ込んでやろうとしたが、さすがに涙目になったので辞めた。いじめよくない。
俺が取りだした竹簡に描かれていたのは、この地方の収入内訳。だいたいが農作物か魔獣の毛皮など。……何か違和感はあるものの、まあ今はいい。
自給自足は、食糧に関しては問題なさそうだ。大陸北方のアッシアで、さらにわざわざ“北”と名づけられた地方ではあったが……西の山脈から来る風が比較的温暖で、なおかつ標高が低いこの領土は、米を作ることはできなくとも、大麦や雑穀には困らない。
だが、逆に大きな問題としてのしかかるのはこの地方の魔獣が脅威であること。
土壌が悪くないのに思うように栄えない理由の多くを、魔獣が占めている。
人里を襲うようなことは滅多にないが、畑はよく被害に遭っている。
「……やっぱりあれか。魔獣たちの食糧事情は良くないということか」
「何の話?」
「魔獣といえど、危険を冒して人里を荒らしに来るってことはな。森や山に食糧が少ないって考えていいはずなんだ。娯楽……も否定は出来ないが」
「なるほど……でもどうするの? わざわざ魔獣の為にリンゴの木でも植えにいく?」
「あはは、面白いなソレ」
というよりも食物連鎖のピラミッドが、山の中で崩れているのかも知れない。
どこの部分が削れているのかは分からないが……先代のここの領主もクズだったわけだ。何をやっていたとしてもおかしくは……ん?
「アリサ。一つさっきから引っ掛かってるんだが、いいか?」
「何よ?」
「こんな農作物が殆どの収入源で、よくここまで持ち直したな? どう考えてもこの発展度との計算が合わないんだけどどういうこと?」
「あ~……言ってなかったわね」
そういえば。と人差し指を唇に当てて、天井を見上げたアリサ。俺に言ってないことでもあったのだろうか。まあ確かに合流して一日目なわけだし、仕方がないことではあるが。
「前領主が隠し持っていた財産を押収した時にね。随分とどっしりした、大きな金庫があったのよ」
手を広げたサイズを見るに、だいたいここの本棚くらいの大きさはありそうだな。
「どうしても開けられないのを、捕まった領主がニヤニヤして『絶対に開けられるもんか』って言ったから――」
「から?」
「――ガイアスが魔剣で扉を吹き飛ばした」
「うぉい」
「驚いてたわよ~。ま、当然私の部下に魔剣使いが居るなんて知らなかったでしょうし。ガイアスとグリアッドが幕下に加わったの、私が旅している途中のことだったから」
その時のことでも思い出したのか、クスクス可愛らしい笑みを見せて彼女は続ける。
「で、そこから出てきたのが未加工の宝石」
「宝石!?」
「そうよ。どうやったのかは知らないけど、それも結構な量だったわ」
「……お前、まさかとは思うが」
「ちゃんと市民に還元しました」
「やっぱりか!? それちゃんと報告と一緒に提出しなきゃだめだろ!」
「いやよ」
「『いやよ』っておい!」
……この発展はアレか。その宝石の原石を資金源にした結果か。だが、逆に言えば“たったそれだけで”ここまでに成長させた彼女の手腕を褒めるべきか。
おそらく、この話は箝口令が敷かれているんだろう。だから当然、知られていない。
「前領主は?」
「知らないわ。更迭した後のことなんか。国王がどんなことするかなんて分かるわけないじゃない」
「そりゃそっか」
まっとうな処分が下されるかさえ分からないというのは、色々と問題な気がしないでもないが……腐っているなら仕方ない。
さて、それよりもその宝石がどこから手に入ったかだ。正直、この話の予想が無かったといえばウソになる。
主な収入源が作物である以上、ここまでの発展度を見せるために使った資金源は単発であった可能性は高かったからだ。
そして、俺は宝石の産出元に一つ心当たりがあった。
「西の山脈……見に行く価値はありそうだな」
「まさか、そこが調達元ってこと?」
「あぁ。それも内密に行われていた事業だったろうから……書類の類は残ってないんじゃないか?」
「もちろん、彼の残した書類には全部目を通したはず」
俺の問いかけに、頷くアリサ。
だが、気になるのは……。
「西の山脈はそんなに危険なのか?」
「かなり、と言ったところかしら。山脈を越えた先にあるのは、『西アッシア地方』とは名ばかりの人外魔境。それこそ、夜獣の森レベルの魔物が昼夜問わず徘徊しているわ……というより、あの森に生息している魔獣の殆どが山を越えてきた連中じゃないかしら」
「なんてこったい」
……もしあの山脈が宝石を産出するのであれば、ずっと前から国の手で発掘作業が行われていてもおかしくない。だというのに、辺境の領主が内密に宝石を手に出来た理由は何だったのか。
疑問は解消されたものの、余計に事態は悪化した。
……まあここまで全て推測ではあったが……それ以外に宝石を手に入れる手段など限られているからな。
贅沢の為に購入したのなら、宝石や延べ棒が妥当だし。そもそも未加工の原石が欲しいなんて訳の分からんヤツが居るとも思えん。
この地方の北はそのまま崖になって海に繋がっているし……東は平原だ。やはり出土するとしたら西の山脈だろうからな。……いや、この辺り地層を徹底的に調べた形跡もありそうだが、それだったら先にグリアッド辺りが見つけていてもおかしくない。
「ま、調べてみる価値はあるだろ」
「そうね」
戦術級兵器のどちらを連れて行くか。根性か妹分かだが。この際危険なら両方連れていくのも悪くないな。
「行くなら俺自身の目で見たい。この件最優先でも構わないか?」
「そうね……資金源が出来なければ、正直これ以上の発展は難しいし」
西の山脈を見に行くということで話は決まったな。
粗方の情報は読み取れたし、もう少し竹簡から詳しいデータを読み取る必要がありそうだ。
しばらく経って夕刻。アリサに一言だけ声をかけた竜基は、厠へ行って用を足して戻ってきた。すると廊下に影が一つ。西日に照らされて一瞬誰なのか分からなかったが、あの身長と雰囲気で、すぐに特定できた。
「やぁリューキ。どうだいあ~ちゃんとの勉強会は」
「何言ってんだよ。仕事任せて悪かったな」
い~よい~よ、と手を軽く振るグリアッド。
廊下に人影はなく、この場に居るのは竜基と彼のみ。
彼らの間には、『りゅーきのしろ』と描かれた扉が一つ。
「仕事はいいけど、ちゃんとあ~ちゃんをリラックスさせてあげてよ? やっぱり最近忙しさで張りつめてたみたいだしさ」
「え?」
「いつどんな話をしたのかは知らないけど、あ~ちゃんがリューキに向ける目は、あの戦いの日からちょっと変わった。もちろんプライベートの時だけだけど、リューキにだけは年相応の雰囲気を出している気がする」
ちょっと悔しいよね~。
言って朗らかに笑うグリアッド。
対する竜基は、あの日のことを思い出していた。
『お前は十四歳の女の子である以前に周りを纏める王になりたいっつったよな? だったら……せめて俺の前でぐらい、逆にしといてくれ』
そう言った。
と、ふと思い出す。今日、アリサがやってきた時のことを。
『わたし、りょうしゅさまなのに』
『あ、あはは……実はやっぱり嬉しかったから浮かれてたかも知れないわ』
“りゅーきのしろ”
『……む』『……いいじゃない、別に』
思い返せば、本当に年相応の振る舞いだった。
それが、逆に違和感として残るくらいには。
竜基が顔を上げると、普段同様ににこやかな笑みのグリアッド。
だが、雰囲気がおかしい。
「ねぇリューキ。その表情はいったいどういうことかな?」
「は? 表情?」
「そうだよ。“そういえばそうだったな”ってその表情」
「まさか、忘れてたってわけじゃないよね?」
ぶわっと生暖かい風が竜基を突き抜けた。
同時に首元に突きつけられた短剣と、いつの間にか眼前に現れた近衛剣士。
「な……」
「ねぇリューキ。あ~ちゃんはとても楽しみにしてたんだよ。あの子に何を言ったかは知らないけどさ。それは確かにあ~ちゃんの心を救ったらしい」
普段は薄くしか見られない彼の瞳が、開かれる。映るのは、目の前に居る竜基自身。
「リューキ……もしあ~ちゃんを救った言葉が、その場限りのでまかせだったとしたら……」
「今すぐ死ね」
「……っ」
グリアッドの瞳に映った自分が、無残に引き裂かれる幻覚を見た。
殺される、とそう思う。
この感覚は、純粋に、殺気。
だが、竜基とて散々な修羅場を潜ったばかり。今更たった一人を前に、それも知人相手に引けを取るようなことはしなかった。
「……んなわけ、ないだろ」
絞り出した言葉は本心。殺気にまみれグリアッドの瞳を、真正面から見返す。
す、とその場の空気が和らいだ。
「そか、なら良いけど」
「……グリアッドの狂気を垣間見たよ全く」
「あはは、これは親愛の情だよ」
いつの間にか彼の手から短剣は消えており、半歩飛び退いたグリアッドには、いつものような眠たげな印象を抱く。
竜基の睨んだような眼にも、グリアッドは肩を竦めることで答える。
「まあでも、本当だよ。リューキがあの問いに肯定で答えていたり、黙った場合は……惨たらしく殺してただろうね」
「……だろーな」
それほどまでに本気の殺気であったことぐらい、竜基も理解していた。
そして、目の前の男を怒らせた理由も、分からないはずもない。
「……グリアッド」
「ん~?」
竜基の脳内に浮かぶのは、一人の少女。年相応の振る舞いを見せた、素直な少女。
彼女を、竜基は一度振り払った。その程度の自覚はあった。
『らしくないぞ?』
何がらしくない、だ。と心中で吐き捨てる。それほどまでに彼女を知っていたわけでもないのに。自分の主観で見た彼女の人物像だけで、勝手に彼女の骨子を作りあげてしまった愚かな行為。
あれが、彼女の本来の姿だというのに。自分の都合の良いように合わせさせてしまった。少し前に、あれだけの大言壮語を吐いたにも拘わらず。
「ありがとう、とは言っておく」
「やっぱ死ぬの?」
「死なないよ!?」
右手に短剣を出現させるグリアッドを押しとどめ、竜基は自分の城の扉へ手を掛ける。
「色々とな。反省点もあるってだけ。お前の敬愛するあ~ちゃんは、今だけ任しといてくれ」
「まあ、いいけどさ。僕は昼寝しに行くから。良いポイントがあるんだよ」
「今度教えてよ」
竜基の言葉にグリアッドは笑みだけで答え、のんびりと去っていった。
彼の姿を見送ってから、竜基は扉に掛けた手に力を送る。
彼女は、窓の外を眺めていた。
「お待たせ」
「遅かったじゃない」
くるりと振り返った彼女は、いつも通りに毅然とした笑みを湛えていた。
まぁそうだろうな、と竜基は一人頷く。
「“りゅーきのしろ”改めて見たけど、センスあるな」
「う……今言うそれ?」
仕方なしに、まずアリサの雰囲気という壁をぶち壊す竜基。
そして、唐突に頭を下げた。
「すまんかった!」
「な、何がよ?」
たじろぐアリサに、向き直る。
真っ直ぐに、真剣に彼女を射抜く瞳。いきなりの謝罪と言い、わけの分からない状況に陥った彼女は思わず目を合わせてしまう。
そんなところに、竜基は笑って誘いをかけた。
「今日、時間あるんだろ? 良かったらお忍びで、街にでも市場調査に出かけませんか?」
「え? え?」
すっと手を差し伸べる竜基に、アリサは困惑を隠せない。いったい何をされているのかさえも掴めない状況。竜基は苦笑して、さらに追い打ちをかける。
「デートしようぜって誘いだよ。恥ずかしいから言わせんな。ほら早く行くぞ」
「ちょ、待ちなさいっ!」
強引に彼女の手を掴み、竜基は夕暮の街へと駆け出した。
街娘に扮し、銀髪をすっぽり隠せるキャップを被ったアリサを連れて、竜基は歩いていた。街の喧騒は中々のものだ。この夕暮時で、やはり引き込み競争も熱を持っている。
「活気あふれてるなぁ」
「ちょ……リューキ……じゃなくてリュウ」
「どしたあ~ちゃん」
「貴方からあ~ちゃんと呼ばれるのも違和感あるけど……私この状況が理解できない」
竜基はリュウ、アリサはあ~ちゃんと呼称することで周りを誤魔化しつつ、串焼き片手に街を闊歩。竜基は、アリサの問いに指を立てて答える。
「あれだよ。二人で街並みを見て、問題点とか指摘しながら今後に役立てるってヤツ」
「……なるほど、それはそうね」
「ってのは建前で」
「え?」
「ま、一種の罪滅ぼしだ、行くぞ!」
「ちょ、え!? 待ってってば!」
手はつないだまま。竜基が駆け出せば、当然アリサも一緒に動かないとつんのめってしまう。そんな二人を、周りを歩いていた人々は微笑ましそうに見つめていた。
「らっしゃい! お、いいね若いねお二人さん! サービスで、二つで一つの値段にしてやろう!」
「ありがとう親父さん」
甘味処を訪れた二人。アリサを座らせた竜基は、正面で団子を待った。
「それにしても、この街は食文化が良いね」
「あ、ありがと。でも、急に出てくるから驚いちゃったじゃない。それに、罪滅ぼしって?」
首を傾げるアリサに、竜基は頬杖をついて答えた。苦笑と合わせて、若干視線を泳がせながら。
「あ~……あれだ。やっぱ仕事中だったしさ。いくら二人だったとはいえ……な」
「……あ~」
アリサも合点がいったらしい。だが、内容が「アリサが年相応の振る舞いをしたこと」と「それをふいにしたこと」に関する話題である。どちらも何とも気まずくなって、頬を染めて視線を逸らした。
「ほいよお二人さん。なんだい? 睦言の途中だったかい?」
「む、むつごっ!?」
「冗談はよしてくださいよ。こっちは国家機密を話しているんですから」
肩を竦めた竜基に、店主は笑いながら去っていく。対するアリサの表情は真っ赤になっていた。
「よ、よく簡単に流せるわね……?」
「いやまあ、ポーカーフェイスは慣れてますから」
「……さっき頬赤かったくせに」
「マジで?」
目を丸くする竜基。自分が心を開いた相手に対しては、酷くガードが緩くなる自分の弱点を、竜基は自覚していた。
「それより、リュウ」
「ん?」
「さっきの謝罪、ちゃんと聞きたいわ」
「げっほ!?」
団子を口に運んでいたところに、耳に飛び込んできたアリサの言葉。
思わずむせて、彼女を見れば。
両ひじをつき、顔をその手に乗せた状態のアリサ。若干、頬が赤いのも相まって、酷く愛らしく見えてしまう。
「……おまえな」
「いいじゃない、別に」
小さな笑み。
普段は見せないような、年相応でいたずらっ子な微笑みに、竜基も口元が緩む。
「さっきは子供っぽいあ~ちゃんを受け止められなくてごめんなさい」
「んなっ!? だ、誰が子供っぽいのよ!」
「目の前に居るだろ。何が『逆にしといてくれって言ったくせに』だ」
「聞こえてたの~~~!?」
カマをかけただけである。竜基なりに、アリサが最初の方に呟いた『……って言ったくせに』という言葉を推理したのだ。
「ぅぅぅ……」
ポンコツと化したアリサが、顔を両手に埋めて唸っていた。
竜基は彼女を眺めながら、一息つく。
とりあえずは、何とかなった、と。
ああやって振り払ってしまった手前、もしかしたらもう自分を信じてくれないのではないかという不安はあった。
竜基としても、その状況は嬉しくない。
グリアッドが言ったように、彼女にはリラックスできる居場所が必要なのだ。君主として以前に、一人の女の子として。
十四歳という若さで大望を抱いた少女。彼女を支えていこうと思った以上、全力でありたかった。
「あ~ちゃん……いや、アリサ」
「何よぅ……」
ちょこんと瞳だけを、埋めていた手から露出させ。
「これからも、よろしくな」
「うっさい……ば~~か」
アリサはその潤んだ紅玉の瞳で竜基を睨んだ。
この可愛らしくもたくましい少女を、これからもしっかり支えていこう。
そうしっかりと再度自覚した、竜基だった。
ザザザ……
Nowloading,,,another wars of evil blades
“メルホアの災難”の詳細に関しては、様々な見方があり真実がどれかは怪しいものだ。だが、それでも黒き三爪が通したい信念がそこにあったのだとはうかがえる。
なぜなら、メルホアの災難というこの事件は、アッシア王国の悪政が生んだ悲劇そのものだったのだから。
考察 “黒き三爪”に見る正義 第一章より抜粋
キャンプを張った、その日の夜。
リューヘイ特製のスープを囲い、三人は暗い夜を暖かく過ごしていた。
一本道の街道は軍隊が通ることも見越しているのか、比較的広く作られてはいるものの。どこかしこが荒れた形跡や、途中途中に邪魔な物が転がっているところからして、あまり整備された様子は無かった。
「……この国、荒れ放題なんやね」
「村の様子と、この辺を見るとな、そう思うのも仕方がないかも知れん」
縛っていた緑の髪をさらりと払い、セミロングの長さになったソレを優しく撫でながらヴェルデは呟いた。
街道沿いに開けた場所での野営。パチパチと火の爆ぜる音と、この春前の時期にしか鳴かない小さな虫の声を聴きながらの、いつもの野宿の中。
ヴェルデの表情は沈鬱だった。
無理もないか、とリューヘイは思う。
ヴェルデという少女は、村を焼かれた暗い過去を持つ、義の心に満ちた子供だった。
だからこそ、こうして荒廃した風景を見る度に、小さく憎悪の炎が灯ることも知っていた。
リューヘイは、ふ、と笑みを作った。別に、彼女は同情を求めているわけではない。
それ以上に、自分のような人間を救うことに必死なのだ。だからこそ、彼女に必要なのは賛同ではなく希望。
「俺達が、一人一人救っていくんだろう?」
「兄ちゃん……」
ポン、と頭に手を乗せた。焚火に当てられてなのか、心なし潤んだ瞳が、リューヘイを見つめる。
その目の奥には、小さな依存と……駆り立てられるような正義の心が見えていた。
「……で、いい加減話しません?」
「……えぇ感じやったのに」
「おい」
ため息交じりにスープをすする、もう一人。
ケスティマが面倒臭そうにヴェルデとリューヘイの会話を傍観していた。
「先輩、ここから北に行けば、くだんの金山らしいです。領主館は目の前ですが、金山にミナという少女の父親捜索へ向かう方がいいでしょう」
「全員で行く必要もないか」
「そう言うと思ってました」
リューヘイの返答に、肩を竦めるケスティマ。
いつものように、ヴェルデを置き去りに作戦会議は進んでいく。
「先輩とヴェルデで金山に向かってください。そこで誰かしらを探すなり、悪を絶つなりまぁやりたい放題やるでしょう? 僕はその間に領主館に出向いてそのシャルルという男を尋問します」
「……妥当だな。俺達にとっては、シャルルという男や他の人間がどうなっていようと、正直どうでもいい。ミナに親父を返すことが最優先だ」
「せやね。無理やり民を連れて行くなんちゅうことがある時点で、何の感慨も湧かへん」
リューヘイ達にとっては、依頼を出した少女の願いが最優先。
そこに報酬が無かろうとも、名も知らぬ人間に助けを求めるような少女を見捨てるような人道は歩んでいなかった。
「なら、そうしましょう」
まったりとケスティマが頷いて。
その夜の作戦会議は終了した。
何故だ。どうしてこうなった。
シャルル・ド・メルホアは頭を抱えて蹲っていた。
本来の主である兄に任されたこの土地。より豊かなものにしようと苦労しながらも、充実した毎日を過ごしていたはずだった。
もとより、シャルルには王都の内情など詳しく分からない。そういうことは兄に任せ、せめて自分にもできる領地の経営で役に立とうとしていたのに。
「……何故、なんだ」
シャルル・ド・メルホアは頭を抱えていた。
ここは領主館。エツナン地方の土地を総括する、この地方の中枢であるべき場所。
シャルルは、その領主館の地下の牢獄に幽閉されていた。
ため息を吐く。
触れてみれば、兄と同じ金の髪は既に痛んで乾いている。腰を落ち着けるところは冷たい石でしかない。冬であれば軽く凍死できるだろう。
「……俺は、兄上に土地を託されたはずなのに。どうして……っ」
数年前にエツナン地方を後にした兄の姿は、しばらく見ていない。
だが去り際に託された言葉だけは、鮮明に思い返すことができた。
『シャルル、しばらく領地経営は任せます』
なんでも卒なくこなすあの兄に、自分は憧れていた。
だからこそ、何か一つでも。たった一つでも、頼られたことに歓喜した。
そして同時に、兄の想像以上のことをして見せようと意気込んでいたはずだった。
「……なんてことだ」
冷たいオリの中。人の姿すら殆ど見えないし、昼と夜の区別すらあいまいなこの場所。
少々眠いのと、牢番の姿が無いことから夜なのだと、辛うじて理解はできていた。
後悔の念は募る。どうしてこんなことになってしまったのだろうかと。
だが、未だに彼は理解できないのだった。
何故、王都から派遣されてきた貴族に、こんな目に遭わされなければいけないのか。
「……はぁ」
もう一つ、大きくため息を吐いた。
だが、胸の靄は晴れるばかりか、余計に重くなったように感じる。
皆もそうなのだろうかと、近くに閉じ込められているであろう自身の家臣たちの方を見たは良いものの。至近距離でしか人の姿を伺えない以上はどうしようもなかった。
あれからどのくらい経ったのだろうか。
分からない。
シャルルは一人、頭を抱えて蹲っていた。
「シャルルさんって、貴方ですか?」
だからこそ、突然聞こえた声に勢いよく反応した。
飯当番はこんな風に言葉をかけてくることなど無い。
だとすればいったい誰なのか。
顔を上げた時、眼前に居たのは……少女? であった。
「御嬢ちゃん……どうしてここ痛たたたた!?」
「誰がお嬢ちゃんですか。僕は男です」
「男!?」
小声での会話。よくよく見れば、このオレンジ色の髪をした子どもは確かに男でも通用しそうな顔であった。中性的、という表現が一番正しいだろうか。
……だが今はそんなことどうでもいい。耳を引っ張られるのは、割と痛い。
「って。どうしてこんなところにっていうか完全に牢の中入ってきてるじゃないか! なんで!? どうやった!?」
「うるさいなぁ……」
後頭部を掻く、その少年。そんな声も、アルトボイスの心地良い声色で、女性かどうか惑わせる一端ではあるのだが。
今その話を引っ張るよりも、シャルルはこの訳の分からない状況に戸惑っていた。
「どうやったって、普通に鍵ですけど」
「は!?」
ポケットから彼が取り出したのは、どう見ても鍵にしては形がいびつな代物だった。
針金を重ねてねじっていたら出来ました、とでも言われれば頷けるほどの。
「針金を重ねてねじっていたら出来ました」
「あ~、そうかそうか……ってええええええ!?」
「要するに不法侵入ってヤツですよ」
事もなげにそう肩を竦める少年。シャルルは、彼の認識を不思議な子供から謎の子供へと昇華させた。
と、この肌寒い牢獄である。
大声を出せば響くので、シャルルは自分の出した音で周りに気付かれやしないかと慌てて周囲を見回す。……暗くてあまり何も見えない。
「……見えないですよね? まあいずれにせよ僕が昏倒させておいたので大丈夫です」
「……キミはいったい?」
今更ながら、シャルルは呟いた。
先ほどからの奇天烈な言動。彼を動揺させるには十分すぎる代物で、名乗らせることすら忘れていた。
「あぁ、僕はケスティマと言います。先輩の命令でシャルルという人に会いに来ました」
次いでにこの領主館の中とか、今の現状とか粗方調べさせていただきましたが。と続けた少年は、にこやかに言葉を続けた。
で、シャルルさんは貴方ですよね? と半ば確信したように楽しそうな表情で問いかけてくる。
「……いや、まあ名前は分かったんだよ。分かったんだけど違うよね? もっとこう、暗殺者ですとか言ってもらった方がまだ動揺が収まったよ……」
「暗殺者ですよ?」
「えええええええええ!?」
「……動揺してるじゃないですか」
どこから出したか、器用に小型のナイフを取り出して手元で弄び始めるケスティマ。
シャルルは先ほどからの心臓に悪い事実の連発に、やっと対応を見せ始める。
「……っと、じゃあ俺を殺しに?」
「う~ん……悪だったら殺していいよ、と先輩に言われたんですが。領主館に侵入して、あちこち探してみてもシャルルって人居ないじゃないですかぁ。で、聞いてみたら二年前から牢獄にぶち込められてるって。……だから殺しませんよ」
「あ、そ、そう……」
「僕って暗殺専門なんで、こういう役多いんですよ~」
面倒臭そうに欠伸をかましながら、クルクルとナイフで遊ぶケスティマ少年。
だが、シャルルはひとまず落ち着くことが出来た。わざわざここまで自分を探しにきて、さらに自分の敵ではないことが分かったのだ。もしかすると、脱出の手伝いをしてくれるかもしれない、そんな希望が胸に宿る。
「なぁ……」
「あ、そうそう」
シャルルが脱出の旨を口にしようとした時だった。
ピン、と人差し指を立てたケスティマが、何かを思い出したようにケスティマを見つめた。
「わざわざシャルルさんを探してた理由なんですけどね?」
「……殺すんじゃなくて?」
「いやまぁ、悪人っぽかったらそうだったんですけど。質問というか、経緯を聞いてこいと言われたんですよ」
「経緯?」
問い返すシャルルに、ケスティマは嬉しそうに頷いた。
「えぇ。頼めます?」
暗い牢獄の中、シャルルは考えた。
このエツナンの内情を、もしケスティマが密偵か何かだった場合に話してしまうのは愚中の愚だ。
エツナン地方はメルトルムとの境界にある。今はメルトルムも財政に余裕がなく、攻め込まれるようなことはないだろうが。それでも、エツナンの内情を知られてしまうのはまずい。
だが。
逆に、今現在頼れるのも目の前の少年一人である。
ウェルネスという男が二年間何をやっていたのかなど分からないが、それが恨みを買って、領主である自分相手に暗殺者が雇われたのだとしたら……この地方の現状は最悪ということになる。
……それは、自分が兄との約束を破ることに他ならない。
「……答えられる範囲でなら」
「ま、そんなもんでしょうね」
押し殺すような声で呟いた、シャルルに対して。ケスティマは何でもないことのように笑った。その選択が当然だと、そう言っているような気がした。
「じゃあ一つ目。二年前から閉じ込められてるんですよね?」
「……どうだろう。あまり時間の感覚が分からなくなってる。ただ閉じ込められたのが195年の春であったことは間違いない」
「……二年弱、か。じゃあ次は……。金山を見つけたって本当?」
「本当だ。けど人員の確保も出来なかったし、まだ着手していない案件だよ」
金山の話題が、まさか少年から出てくるとは思わなかった。
この件は割と内密に進められていたはずで、それを知る人も少なければ、資料も自分の部屋の金庫にしまっていたはずなのだから。
……だがウェルネスという男がシャルルの金庫を壊したというのなら、そのことが表に出ているのも頷けるか。そう、無理やり自分を納得させた。
「……なるほど。次はウェルネスという男について。何者?」
「彼は王都から派遣されてきた貴族だと聞いた。服装は上等な物だったし、何より兄上の頼みで、国王陛下がこの領地経営の助っ人として呼んだというから信じたんだ。……ちゃんと、国王の印もあったし、疑うような物は無かったから」
「……まあ、さっき見てきたけど立ち居振る舞いもちゃんと貴族だったね。国王の印は本当に本物でした?」
問い詰めるように顔を近づけるケスティマに、シャルルは一瞬不安になったものの、記憶を辿って頷いた。
あの印は、ちゃんと本物だったと。
そこまで質問を繰りかえして、ケスティマはしばし黙した。
どうしたのかと問いかけるよりも先に、すっと立ち上がる。
「情報提供ありがとでしたー。何か、思ってたよりも面倒な話になりそうだね」
「え。行くのかい?」
ぺこり、と頭を下げるケスティマをシャルルは引き留める。
この場から脱走して、自分も一刻も早く外に出たい。今の状況を知りたいのだ。
そんな瞳の意思を理解したのか、ケスティマはすっと力を抜いた。
座るようなことはもうしなかったが、帰りはしなさそうな雰囲気にシャルルは息を吐く。
「……今のエツナンは、どうなってる?」
「まあ、良くはないですね~。領主が発見した金山を掘るために、あちこちの村から男衆を引っ張り出して強制従業させてます」
「なんだって!?」
思っていたよりも悪い状況だった。
民心も離れ、来年の収穫も見込めなくなる。ウェルネスはなんてことをしてくれたのだと沸々怒りがこみ上げる。
「ちなみに税率は七割」
「ななわりゃ!?」
……。
「……噛まなくてもいいでしょう」
「うぉっほん……あ~。七割だって!? どんな悪政を敷いているんだあの男は!」
「ちなみに名義は貴方です」
「……なるほどな」
ケスティマの言葉に、シャルルは一つ納得した。
ウェルネスはシャルルの名前を使い悪政を敷いて、私腹を肥やしながらも矛先をシャルルに向けさせたままなのだろう。
何がしたいのか。
シャルル自身が嵌められたことは分かっても、彼の悪政が長続きするとも思えない。
ここまでの暴政が、許されるはずもないのだ。
「……首になるのはシャルルさんですからねぇ」
「ウェルネスめ……」
再度出したのか、ナイフで遊び始めるケスティマ。
その上手い技をぼうっと眺めながら、シャルルは途方に暮れた。
牢獄に居た自分は、知らずのうちに民を苦しめ続けていたのだと。
「……ケスティマ君」
ポツリと、そんなシャルルの口から言葉が漏れた。
同時にケスティマのナイフがピタリと停止する。
シャルルに向き直ったケスティマの表情は、どこか嬉しげだった。
「なんでしょう? あ、さり気に僕の名前呼んでくれたの初めてだったりします?」
「いやまぁ、それはおいておこうよ。それより、僕を外に出してくれないか?」
「出てどうするんです?」
「現状を知るんだ。そして兄上に連絡を取る」
「……あ~、却下」
「ええええええええ!?」
鬱陶しそうに手で払う仕草をするケスティマ。
向き直った彼は、いいですか? とシャルルに向けて指を立てた。
「シャルルさんに出てもらうには、都合が悪い点がいくつかあるんですよ」
「……なんだい?」
「まず、シャルルさんが閉じ込められていたという事実が薄れます。それだったら、僕らが全て片付けるまで待ってくれた方が早い。助けに来た人たちが、『あの善良な領主は幽閉されていただけなんだ。悪いのはやっぱりウェルネスだったんだ』となる必要がある」
「……ふむ」
「あとは……巻き込まれない為ですね」
「巻き込まれない?」
思わず、問い返した。
ケスティマの雰囲気が変わったからだ。
今の彼は、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
「……先に聞いておきます。善良な貴方の仲間は、全てここに居ますか?」
「ああ。それは間違いない。俺の家臣団は皆地下牢だ」
「では次に。あの金山に思い入れは?」
「思い入れ……? いや、特に。でもかなり有用であることは間違いない」
シャルルの返答に、ケスティマは一つ嘆息した。
その吐息にいったい何が含まれているのかなどシャルルには知る由も無かったが、嫌な予感だけがひしひしと感じられる。
そう思った時には彼は口を開いていた。後悔するとも知らずに。
「そのため息は?」
「あ~、うん。実は今、ウェルネスたちは金山に出向いてるんですよ」
「ふむ」
額に手を当てながら、ケスティマはポツポツ語り出す。
「で、僕ら“黒き三爪”ていう流れの戦闘者集団でして」
「……もしかしてメルトルムで噂の?」
「知ってるんですか。光栄ですね」
ほら。
そう袖を捲り上げたケスティマの肩には、刺青の黒い三本傷が堂々と存在を主張していた。
シャルルも、聞いたことがあった。黒き三爪。流れの戦闘者集団。
明日の糧にも困るくせして、気に入らない依頼は突っぱねる。だが受けた依頼は尽く遂行し、三つの国の王族を皆殺しにしたという噂まである連中。
何が目的かは分からないが、敵に回してはいけない人間たちであること程度に、シャルルは彼らを記憶していた。
「……キミたちが本当にそうだとするなら、俺を助けてくれるのは有難いんだけど?」
「あ~……知らないですか」
「何を?」
シャルルの素直な賞賛を、もどかしそうに受け取ったケスティマ。どうも、気に入らないというよりは申し訳ないという印象を受ける。
それが、先ほどから感じるシャルルの嫌な予感を後押ししていた。
そして、それは既に爆発寸前だった。
「僕らのリーダー……悪即斬がモットーなんですよ」
「ウェルネスが悪だと思ったら即殺すってことか?」
「ええ」
……なんというか、過激だな。
そう結論づけて、シャルルは一つため息を吐いた。
さすがにこの件に関しては自分の元に連れてきて裏を吐かせたいものだが。
そんな思考に沈んでいたから、ケスティマがもう一つ指を立てていることに気が付かなかった。
「んで、そういう制裁段階に入ると……リーダー単体のせいで山の一つや二つ崩壊します」
「はああ!?」
ガバッと起き上がったシャルルは勢いよくケスティマの胸倉をつかむと猛然と前後に振り始める。
「それはつまり発見した金山が消し飛ぶということだよな!? 俺達が苦心してやっとのことで見つけた財源だよ!? ちょ、どうすんの!? ケスティマくん早く行って止めてよ!!」
「……止め、られたら」
「止めろよ!!」
そこまで言って、シャルルは我に返った。
なんだかんだで目の前の少年は恩人である。何をしているのだと、自嘲した。
「……まあでも、それで民が助かるのなら構わないさ。いや、出来ればやめてほしいけど」
「……領民思いなんですね」
「そりゃ、父上や兄上の教えだからね」
そこらへんはしっかりしないと。
一人頷くシャルルに、ケスティマは小さく笑った。
自分の町の領主も、こんな人だったら良かったのにな、と思いを故郷に馳せながら。
「さて、じゃあ僕は止めにいきます」
「頼んだ。うん、何か間違ってる気がしなくもないけど……他の人たちにウェルネス一味は任せて、キミには金山を守って欲しい」
冗談のような会話。
ケスティマは、善処しますとだけ肩を竦めて言ってから、さっと見惚れるような素早い動きで牢から消え去った。
「……それにしても、閉じ込められて何もできなかったのか、俺は。……兄上は無事だろうか」
呟いた言葉を聞く者は、この場には誰も居なかった。
※注意※
今回登場した“フォトリード”に関する話における注意点です。
この竜基の説明に登場するフォトリード(登録商標に付き名前を少々変えております)は、本物に似て非なるものです。普通は絵のように本を見て読書する方法でもありませんし、はっきり言えば竜基だから出来る人外の業です(記入の必要性を感じていなかったので描写してませんが、竜基君のIQはチート染みてます)。
速読に関しての彼の説明も、彼自身の見解であり、実際に“速読法”として成り立っているものとは別です。
以下、本物の説明に入りますので、興味がなければ読み飛ばしてくださっても結構です。
速読……訓練によって得られる、“必要でない情報を無意識に省く”ことによって速度を高める読書法(例外あり)。
フォトリード……“フォト”の意味は瞳をフォトフォーカスのように使うことから。前準備→予習→フォトリード→復習→活性化の五工程を踏む、速読とは全く別の読書法。
もちろん、竜基のように一回“フォトリード”をしただけで全てを読み取ってなどいません。
これからのアリサちゃんの訓練は地獄となることでしょう。
竜基「慣れれば誰だってできるよ。ソースは俺」
※ただし教育が云々の話は本当。視界に入るものを処理する力を、元々人間は備えています。
フォトリードという明記は、“本物の呼び方”が登録商標に引っ掛かるために修正したものです。正式名称とは違うのでご了承ください。




