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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 2
17/81

ep.15 群雄は王女の下に

 北アッシアに、英雄が集結した。

 圧倒的なカリスマと、強い意志を持ったアリサ王女の下に馳せ参じた勇者たち。誰もが彼女を尊敬し、畏怖した。そして、強い絆を持った。なればこそ、この革命は成功したのだろう。しかし、この段階では未だ、勇名を誇ったアリサ家臣団は完成していない。なぜならこの場にもう一人、加わるべき人間が出揃っていなかったからだ。


                 エル・アリアノーズ戦記 第一章より抜粋









「じゃあ、お別れか」

「寂しくなるのぅ、本当に」

「ぐす……えぐ……」


 小さな跳ね橋の前。要塞と化した村の前で、殆どの村人が集まっていた。

 時は昼下がり。出立準備を整えた、村の英雄たちを見送る騒ぎである。


 黒髪の少年は、恥ずかしそうに後頭部を掻きながら一人一人と握手を交わし、赤髪の少女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、隣の少年の脇腹で拭いていた。


「……ライカ、ちゃんと挨拶っておおおおい!? 俺の服! 俺の服!」

「うっせー!! ひぐっ、えぐ……もう会えねーかもなんだぞ……」


 ガヤガヤと騒がしい村人たちの瞳は、温かな物に包まれていた。

 ここまで豊かな村になったのは、この二人の御蔭。そう考えるだけで、感慨深いものがあった。


「……会えないわけではない。またライカがこの村に遊びに来ること、待っているよ?」

村長(そんぢょぉ)……ぜってー、ぜってー会いにくるぅ……」


 背負った大斧に似つかわしくない、幼い表情。恥じらいなどなく、目いっぱいに悲しさを前面に出した、涙をあふれさせた顔。

 そんなライカを、微笑ましく思いながらも、頭を撫でて村長は諭す。


「あ、村長。コレ、設計図です。水路が出来れば、俺の構想は全て完成なんで……まあ最終形態完成をこの目で見れそうにないのは残念ですけど……よろしくっす」

「うむ……キミの計画、必ず成功させよう」


 笑い合った二人。


「じゃ、失礼します」

「……ばいばい、みんな」


 手を振るライカと竜基に、村人の爆発的な声が届く。


「元気でな~!!」

「いつでも帰ってきなさいよぉ~!」

「国でも頑張れ~!!」

「ばいばいお姉ちゃああああん!!」

「達者でなああああ!」


 千切れんばかりに手を振り続ける竜基の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。


「リューキ?」

「……なんか、いいもんだな。こういうの」

「……そだな」


 大きめのリュックもどきを背負った竜基は、だんだんと小さくなる村人たちを見つめながら、ポツリと呟いた。

 ライカも、村人たちの先頭で微笑む村長を眺めながら、賛同する。

 この村で過ごした一年間は、大きなものだった。

 学ぶことも沢山あった。


 だからこそ、これからの自分はこの経験を活かさねばならない。



 竜基とライカの二人組が、世に出る数日前のことだった。













「YO! YO!」


 身の丈ほどもあるブレードを、女は振り回していた。

 山川合い迫った道で、山賊どもが襲い掛かってきたのである。

 隊商として、最優先で護るべきは商品。その志は、彼女以外も同じだった。


 エイコウ率いる隊商ダンサーズは、山賊相手に大立ち回りを演じていた。


「これでもう何度目DA!?」

「分からないNE! でも倒すしかないNE!」

「ああもう! うんざりだZO!」


「くそ!? 何だコイツら! 本当に商人か!?」

「うわ!? お、俺のサーベルが断ち切られた!?」

「木々を跳び移る商人なんか聞いたことねぇぞ!?」


 途中から山賊がだんだんと戦意を喪失するのはいつものこと。

 逃げる敵を追うこともせず、しばらく経って戦闘が全て終わると、エイコウは点呼に移った。


「みんな、無事かYO?」


 点呼の結果、ほぼ全員生存。商品への損害もゼロ。

 盗賊たちが火矢を使ってこなかったことも幸いした。不意打ちで矢を射かけられた人間もほぼ軽傷で済み、当たり所が悪かった数名を除く全員が無傷だった。


 荷物を丁寧にまとめ始めるエイコウたち。

 ちらばった地図を集めていた彼女は、ふと気づいた。ここいらはアッシア王国中枢近く。王都から遠くない場所であると。


 改めて地面に転がった山賊の死体を見れば。

 サーベル以外に彼らが持っていた武器は殆どが農具。鉄なんて使っていない、木製のもの。ボロ布を纏い、死体の頬はこけていた。


「こいつらも元農民ってことかYO……」


 このエイコウ隊商が山賊に狙われたのは、今回が初めてではなかった。

 竜基やアリサたちと別れてからしばらく。アッシア王都に向けて行商を行うにつれて、日に日に増えていったように思う。もう数えるのも面倒だった。

 そして、追い払った山賊の殆どが、農民の面影を強く残していた。


「リーダー、コイツらも埋めるZE?」

「そうしてくれYO……こいつらは悪くないYO」


 ため息を一つ。

 せっせと埋葬作業に移るメンバーを横目で見ながら、エイコウは思う。

 アリサの領土では、あまり山賊の影は見られなかった。だというのに王都に近づくほど増えていく、食うに困った人々。

 王都へ行くのはやめて、グルッテルバニアへ帰ろうかと思ったことも、少なくなかった。だが、行商人としてのプライドがそれを許さない。


「……アリサ様、リューキ」


 空を見上げた。

 嫌に湿気を感じる晴天。

 東方に視線を移せば、雨雲がすぐ近くまで迫っている。

 今日は雨の対策をせねばならないな、と考えつつ。


「……豊かで優しい国、期待してるYO」


 決して届かないメッセージ。されど、呟かずにはいられなかった。














 その日は曇天であった。

 竜基とライカが北アッシア城に到着した日、城内は噂で持ちきり。ライカのことは伏せられていたが、“北アッシアを救った天才軍師”は、既に知る人ぞ知る存在へと昇華していた。当然尾ひれ背びれの付いた酷い誇張であったものの、竜基自身の耳に入るまでには少々時間がかかっていたので、その時点で糾弾できるはずもなく。


 曰く、アリサ王女の美しさに見惚れ、その才を振るった森の賢者。

 曰く、神算鬼謀即ちナグモ・リューキ。

 曰く、六千の兵を鎧袖一触に退ける、生ける兵法書。


 などなど、話題は酒場や井戸端で持ちきりとなっていた。


 まさか自分がそんな噂になっているとは知らない竜基は、北アッシア城内部を軽い散歩がてら、ライカと共に内門を目指して進んでいた。


「リューキリューキ! あれ食いたいあれ!」

「ライカ、さっき串焼きと甘味と雑穀食っといてまだ食うの!? ってまた串焼き!?」

「ばーか、タレがちげーんだよタレが!」

「知るか! 村長から貰ったお小遣いを今日だけで尽きさせるつもりかお前!」


 村長が旅費として竜基に渡した資金はかなりの金額に上ったので、当然今日だけで尽きるほどではないのだが、このままいけば本当に数日で無くなってしまいそうな勢いであった。


 だが、それにしてもと竜基は思う。

 周りを見渡せば、賑わった街並み。全員が笑顔、とまでは当然いかないが、それでも沢山の人々が暮らしていられる城内。

 これが、アリサの手腕だと考えるだけで、竜基の口から笑みが零れた。


「……それにしても凄いな」

「もぐもぐ……何がだリューキ?」

「いつ買ったの!? しかも五本!?」


 呟きに返答が聞こえたので、そちらを見れば。

 指の間という間に串を挟んで齧り付く相方の姿。頬には散々にタレを付けてしまっている。

 竜基はため息を一つ吐いて、彼女の頬を布で拭った。


「ん……ありがと。で、何がすげーんだ?」

「いや、アリサの手腕でこの街が賑わってるんだと思ってさ」

「あ、アレ食いたい!」

「聞けよ人の話……ってまた串焼き!?」


 もしかして城主のアリサも串焼きが好きなのか? と妙な邪推をしつつ、駆けだしたライカを竜基は追いかける。

 ……やはりというべきか、露店が多かった。しっかりと店を構えているのは、だいたいが大きなものを扱う店。ライカがさっきから口にしている串焼きや、麺系統といった食糧品はどうしても屋台になっていることが多い。


(その辺は、俺が頑張るか)


 アリサがどんなに頑張ったとしても、竜基の目には問題がチラつく。

 こんな風に一つの通りがにぎわいすぎてしまうと、裏路地にはどうしても目がいかないし、何より警備が行き届くかどうか不安が付きまとう。区画整理は最初の課題であろう。


 ライカが一つの露店に入ったのを目にして、竜基は走るのをやめた。

 街並みをしっかり観察しながら、歩き続ける。


 この街での問題点は、まず火災に関する注意が薄いこと。木造、それもしっかりとした木を組んでいない、そして藁ぶき屋根の家が多い以上は、その警戒が十分に必要だ。行く行くはレンガや瓦が出来ればいいが、そんなものを安定して生産するまでにどれほどの時間とコストがかかるかと思うと目の前が眩む。


 だからこそ、家の間の間隔を考えたり、火気への注意を促すことが必要だ。

 とはいえ、人口が増え続けているらしいこの街で、等間隔に家を建てるのも至難の業。アリサも頭を悩ませていることだろうことは容易に考えられる。


 続いて、人民の雰囲気。

 この街に逃げてきた、と感じさせる人間が非常に多いことが気にかかる。この街は本当に過ごしやすい街なのだろうが、面倒な人間まで住まわせる必要はない。

 戸籍を作る、なんてことまでできればいいのだろうが……さてどうするか。

 まずは簡単な入城時の人格検査から始めようか。


 様々な問題点が、街を見るだけで浮上する。

 メモ帳がないことは悔やまれるが、しっかり記憶しておこうと肝に銘じた。


「リューキ! あたしここの串焼きが一番好きだ!」


 露店の暖簾を潜ると、そこには嬉しそうに串焼きを頬張るライカの姿。

 串を咥えたままこちらを振り向く彼女は微笑ましいが、いい加減食べるのをやめてくれないと、竜基の方が満腹になってしまいそうだった。


 やれやれ、と嘆息し、竜基はポケットから財布を取り出す。


「あ~、そうね。お金は?」

「このおっちゃんが奢ってくれた!」

「は?」


 ライカが指差すは、彼女の奥で串焼きを頬張る一人の男。随分と大柄で、見れば彼の皿には呆れるほど串が散らかっていた。いったい何本食べたのか……竜基は考えるのを辞めた。


「すみません、コイツの保護者です。お支払いいただくのは申し訳ないんで、俺払いますから」


 ポン、とライカの頭に手を乗せて、竜基は言った。完全な子供扱いに、むっとした表情で竜基を見上げるライカだったが、今は竜基が彼女を気に掛ける様子はない。


 椅子に腰かけたままクルリと振り返った大男は、朗らかに笑って竜基の手を止めた。


「構わんよ。こんな可愛いお嬢ちゃんのためなら、儂はいくらでも奢ってやる」

「え……?」

「何を驚いた顔をしとるんだ?」

「リューキ?」


 その男は、黒髪だった。


「あの……」


 その男は、虎のような雄々しい体躯を持っていた。


「……なんじゃ?」

「どーしたんだ、声震えてんぞ?」


 首を傾げたその男は、父親の友人に良く似ていた。


「草鹿……さん?」


 ライカに指摘された通り、震える声で呟いた。

 そして、彼はその名前に反応した。


「んむ? 知っとるのか。お前さん……待てよ? どこかで見たと思えば、賢者様かい」


 反応した、だけだった。

 瞬間竜基の脳内に、アリサの言葉がフラッシュバックする。


『クサカ、記憶ないのよ』


 そう。

 目の前の男には記憶がないらしい。

 分かっていた。分かっていたが、竜基には堪えた。


「……俺を覚えては、いないんですよね?」

「む? ……待て。どういう意味だソレは」


 ため息交じりに呟いた言葉は、クサカにも聞こえたようだった。

 そして、意外にもしっかりと言葉尻に食いついてきた。それは自分が記憶喪失だと自覚しているからなのか。


 だが、そんなこと、今の竜基には関係なかった。

 地球に帰るための、たった一つの手がかりが本当の意味で消え去った瞬間だったのだ。

 何故記憶を失っているのかなど分からないし、アリサを疑っていたわけでもない。

 それでも目の前の男から直接記憶喪失だと聞かされたこのどうしようもない絶望感は、酷く竜基の胸に響く。


「……昔の儂を知っているのかお主は。……だがそれにしてはちと若い気もするが」

「貴方は俺の父の友人でしたから」


 意気消沈した様子の竜基は、端的に呟いた。

 自分が帰れないこともそうだが、この目の前の御仁が自分を覚えていないことも心に傷を作る理由の一つであった。


 いつも父親と一緒に酔って帰ってきては竜基の家で吐いたことも。

 じゃれあった挙句使っていないテレビの角に頭ぶつけたことも。

 一緒に遊びに来た奥さん相手にデレデレして鬱陶しかったことも。


 全て、忘れているのかと思うと、悲しくなる。


 だが、竜基の心中など、目の前の男には分からない。


「そう、か。今度時間がある時にゆっくり話そう……儂はそろそろいかねばならぬからの」

「え……?」


 クサカはそう言って立ち上がった。

 その言葉に竜基はやっと反応する。

 何故か。当然、クサカが自身の記憶にあまり執着していないように感じられたからに決まっている。

 今の今まで記憶を取り戻すことが出来なかった自分の前に、昔の自分を知る人間が現れた。だというのにも拘わらず、それを後回しにするなど……あまり記憶に必死ではないと考えてもおかしくはない。

 見上げたクサカの表情は、酷く淡泊なものだった。


「貴方は記憶を取り戻したいとは思わないんですか!?」

「そこまで、思わんな」

「なぜ!?」


 竜基は彼に記憶を取り戻して欲しかった。

 神隠しがつまりはこのゲームの世界へ誘われるという仮定が現実になった以上、彼にも帰る家があるはず。だというのに。

 湧き上がる感情を抑えきることが出来ない自分への叱咤など、今の竜基はそれこそ後回しにしていた。


 興奮状態でクサカに食ってかかろうとする竜基を、クサカは留めた。

 そして、彼の瞳を、慈愛の目で見つめる。


「儂はの。今の生活に満足している。お嬢の許で奮闘する日々に愛着がある。今更元の記憶を取り戻しても……儂の生きる道は変わらんよ」

「……でもっ」

「お嬢の為に死す」


 なおも食い下がろうとする竜基を、言葉を被せて黙らせるクサカ。

 その言葉は、喧騒溢れるこの通りにも、酷く響いた。


「……儂が立てた、唯一の誓い。記憶など、儂はどうでもいい」

「……」

「分からない、と言いたげな表情じゃが。まあ、いずれ分かる時がこよう」


 ニッ、と屈託なく笑ったクサカは、今度こそ踵を返して去っていく。

 その笑顔が、どうしようもなく地球で竜基が目にしたものとダブって、余計に腹立たしかった。


「……なんでだよ」


 竜基は、今でも帰りたいと思っている。

 もちろん、いつになるかは分からないし、急ぐ必要も感じてはいない。

 だが最後には帰りたい。その意思は変わっていなかった。


『記憶など、儂はどうでもいい』


 ……あの言葉を思いだし、下唇を噛んだ。

 父親である龍平との思い出も。自分との思い出も。何より、草鹿を一番心配していた奥さんとの思い出も、どうでもいいと言い切った彼を、竜基は許すことが出来なかった。


 もう草鹿ではないのだと。彼は、アリサ配下のクサカなのだと。そう思わせるには十分だった。


「……クソ……」

「リューキ?」

「……どしたライカ?」


 ふと見れば、心配そうな表情をした少女が、竜基を見上げていた。

 我に返る。

 彼女を置いてけぼりにして、今までクサカと対話していたのだ。そして、最終的に竜基が怒りを露わにするという状況。確かに、優しい彼女が不安げな表情をするに値する。


「……すまん、心配かけたな」

「ううん。いい。……けどさリューキ」

「ん?」


 視界に入ったライカの串焼きは、とうに冷めてしまっていた。彼女は、きっとクサカと竜基の論争をずっと見ていたのだろう。一番美味いと自ら評した、好物を無視してまで。


「もしなんかあったら、いつでもそーだん乗るから」

「はは、ライカは優しいな」

「うっせ」


 思い返すと、いつも彼女に助けられている。

 心の支えになってくれている。

 竜基の心の中で、どうにかして彼女に礼をしたいという感情が大きくなっていた。

 目に見えるもので、ずっと残るもので、……絆を感じられるもので。

 いつか何か礼が出来たらいい。


「……とりあえず今はアリサのところに行かないとな。色々考え込むのはそれからだ」

「リューキも、なんだかんだ精神強くなったな。初めて会った時とはエラい違いだ」

「それは言ってくれるなよ」


 素直な賞賛の視線が、竜基にとっては少々かゆかった。

 初めて彼女と出会った時に、感極まって泣き出してしまったのは、今でも黒歴史である。

 だが、精神が強くなったというのは、確かに自覚があった。この世界で過ごした一年余り。様々なことを乗り越えてきた自分は、必要以上に精神をぶれさせることも無くなってきたように思えた。

 もっとも、今のように抑えきれず暴走してしまうのは相変わらずだが。


「んじゃ、内門はこっちっておっちゃんが言ってたからいこーぜ」

「了解」


 大斧を担ぎ直したライカと共に、竜基は再度歩き出した。


「リューキ! アレ美味そう!」

「いい加減にしてくれ!!」














 内門。城の中でも城下町と本丸を隔てる境界。

 この北アッシア城は大きな城ではないにしても、やはり内門だけは風格を感じられた。

 それは、アリサというカリスマ溢れる城主が存在しているからか、それとも純粋に竜基が“生きた城”を初めて見るからか。


「……にしても」

「良く来たわねリューキ!」

「わざわざ内門の外で待ってるとか、アリサ暇なの?」


 竜基とライカは、内門を目視できる位置にまで近づいて、内門前に妙な人だかりを見た。何事だろうかと慌てて来てみれば、人気の領主が内門前に佇んでいたのだから開いた口が塞がらない。幸い、相変わらずというべきかグリアッドが後ろについていたので不安も薄れはするのだが、警戒心の無さに嘆息する。


 人垣に割って入った竜基達の視界に入ったのは、柔和な笑顔を振りまく、銀髪の可憐な王女の姿だった。


「久しぶりに会ったのに、失礼ね。まあいいわ、入って」


 憮然とした表情で踵を返すと同時に、後ろ手で竜基たちを呼び寄せるアリサ。人だかりを相手にするので疲れていたのかは分からないが、若干不機嫌である。そんな顔も相まって、後ろ手を振るってジェスチャーする姿は中々様になっているのだが……。


「内門、閉まってるよあ~ちゃん」

「うそっ!?」


 いつもカッコつけるのが苦手な、締まらない少女である。


「相変わらずそうで何よりだアリサ」

「何よぅ……このタイミングでその物言いは完全にバカにしてるわよね?」

「アホの子万歳だよね~」

「誰がアホの子よ!?」

「……」

「そ、その目辞めてくれないかしらライカ?」


 呆れた表情の竜基。

 若干涙目で抗議するアリサを、微笑ましい目で見つめるグリアッド。

 それとは別に、黙って侮蔑の視線をぶつける幼女が一人。


「……だっせー」

「ぐは!?」

「あ、あ~ちゃん大ダメージ」


 最終的に視線すら合わせなくなったライカに、項垂れるアリサ。

 こんな主従で大丈夫かと思わなくもない竜基だったが、このアットホームな雰囲気は嫌いになれなかった。


 ほどなくして内門が開く。と同時に憤懣やるかたない様子で、頬と耳を赤くしながらノシノシと門内へ入っていくアリサ。この奥は城の中庭へと繋がっている。


「誰よ門閉めたのは!!」


 羞恥に顔を真っ赤に染めたアリサが、内門を潜った辺りで周りを見回しつつ怒鳴る。

 中庭に響くアリサの声に、何事かと使用人たちが一瞬目を見張るものの。何故か、いつものことか、とでも言うように各々庭仕事などに戻っていく。

 「いいのかおい」と何度目か分からないため息を吐いた竜基を余所に事態は進み、門の上の方から高らかな笑い声が聞こえてきた。


「ハッハッハ! 俺だ!」

「根性バカかっ!?」


 その声に、先ほどとは打って変わった妙にテンションの高い様子でライカが周囲を見回す。初対面から因縁のあった二人だから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、嬉々として大斧を構えるのはやめて欲しいと思う竜基だった。


「ここだ!」


 壁内通路から飛び降りてきたのだろう、茶髪と白い鉢巻を靡かせた所謂細マッチョの男。根性バカことガイアスは、腰に手をあて胸を張って高らかに笑う。


「ハッハッハ! 内門が開いていたのでな! ちょうどいいから俺が一人で閉めてみた!」

「……待ちなさい。あれ普通兵士が五人がかりで、しかも仕掛けを使って開閉するものなんだけど」

「気にしたら負けだあ~ちゃん」


 額に手をやり空を仰ぐアリサを、宥めるグリアッド。

 間違っても主従のやりとりではないこの光景に、一人立ち尽くすのはもちろん竜基である。

 本当にカリスマがあるのか。実際に見た後だというのに疑ってしまうのは、現在発動されている彼女のカリスマ(笑)のせいなのか否か。


「いい運動になった! 開けたのも俺一人だ!」

「もういや……つかれた」

「あ~ちゃん、頑張って!?」

「おい根性バカ! たたかえ!」


 中庭は今やお祭り騒ぎだった。

 銀髪の少女は放心したように動かないし、金髪の青年は必死でそのポンコツ少女を直そうと斜め四十五度から叩いたりと様々試みているし、茶髪根性と赤髪幼女は既に格闘戦を始めている。

 

「なんだこれ」


 取り残された稀代の軍師(笑)は、そう呟くしかなかった。


「どうしてこうなった」

「さあの。参謀……リューキといったか?」

「んあ? クサカ(・・・)さんか」


 茫然としていた彼の背後に、大柄な男が立っていた。振り返る竜基に、男は笑いかける。


「ようこそ、北アッシアへ」

「……俺、重大な選択肢を誤ったかもしれん」


 北アッシアの英雄たち、初めての集結。

 当然、こんなふざけたものであったとは、今後誰も予想出来ないのだろう。














ザザザ……





Nowloading,,,another wars of evil blades







 流れの戦闘者と名乗っていた彼らは、実に様々な依頼を受けていたとされる。

 他の文献に残っている中で言うならば、グルッテルバニアの皇族から小さな農民の少女の依頼まで。この時点で、金銭的な考えで依頼をこなしていたのではないということは分かっていた。彼らを正義と考える時、どんな依頼を受けたかというのが重要なものになってくるのだが、その中でまずは、その小さな農民の少女の依頼、というのを取り上げたいと思う。様々な文献でも語られる、“メルホアの災難”にまつわる話だ。


        考察 “黒き三爪”にみる正義 第一章より抜粋




















 ミナという少女に連れられて、三人は荷馬車ごと村へと入った。


 リューヘイはまずこの村に入って辺りを見回した。


 始めに男が居ない。

 家屋はまだしっかりと立っているものの、ところどころに要修繕の穴や軋みが見られる。

 次いで畑が荒れ始めていた。このまま放っておけばこの土は使い物にならなくなる。

 そして村に活気がない。

 村へ無関係の旅人が入ったというのに、興味の視線も殆ど感じない。


 総じて、分かったことがいくつか。


 まず、男手が足りなくなって、そこまでの時間は経っていないこと。

 次いで、だいぶ乱暴な手口で男共が連れて行かれたこと。

 そして……殆ど諦めていること。


「……子供ってのは、そういう意味でも純粋だよな」


 リューヘイの手を掴んで突き進むこの少女を、少々彼は尊敬し始めていた。

 こんな空気の中で一人、父を助けることに希望を持っている。


 だとすれば、報いなければならないな。そう、リューヘイは一人心を決めた。



 そんな風にして、ミナの母が居るという家まで案内してもらった時のことだった。


「あ~……その馬殺したり荷馬車盗ったりしたら殺しますね」


 ケスティマが、荷馬車を預かろうとした女性を睨みつけた。

 びくっと肩を震わせた熟年の女性。


 ケスティマは人の本性を見抜く。


 リューヘイは数年の付き合いで、彼のその慧眼を疑うことはなくなっていた。

 と言っても、わざわざケスティマが睨んだ相手を猶更怯えさせる必要はない、と考えた彼はその会話を無視してミナに付いていく。


「……ええのん? 放っておいて」

「ケスティマが居れば問題ないだろう」


 不安げに、リューヘイに顔を近づけて呟いたヴェルデ。

 リューヘイは入口の方を一瞥して、首を振った。

 ヴェルデも追うように視線をむければ、ケスティマはその場に居座るようだった。荷馬車の上に寝転がっている。


「ま、話を聞くぐらい俺とヴェルデでも出来るだろう?」

「そら、そうやけど」


 ケスティマとの間に言葉を交わすこともなく、いつの間にか彼を見張りとした二人。

 とはいえ、ケスティマもおそらくこうなることを予測していたのだろうことは、ヴェルデとリューヘイも分かっていた。この三人の間には既に、会話など必要ないほど仕事に対しての意思疎通は図られているのだった。


「こっちです!」

「ん。邪魔をする」

「お邪魔します~」


 一つのあばら家。そこに居たのは、もう若くない女性だった。何かをかまどで煮込んでいるところを見ると、おそらく先ほどミナが持ってきていた草を使うのだろう。

 ミナはそのまま女性の方へと駆け寄り、リューヘイとヴェルデは家の目の前で彼女らを待っていた。


「ママ! パパの話を聞きたいって人が! 強い人が来たんだよ!」

「え?」


 女性はどうやら、ミナの母だったようだ。薄々予想はついていたものの、ちゃんと母親が存在したことにヴェルデは一人ため息を吐いていた。

 彼女には、暗い過去があるから。

 そんなこととはいざ知らず、母親らしき人物は戸口で待たされている二人組を一瞥すると、慌ててこちらへと駆け寄ってきた。


「む、娘が何か失礼なことを?」

「ああいや、心配ない。彼女が助けてくれと言った。だから俺たちが助けることにした。それだけだ」

「兄ちゃん、ソレ説明になってへん……」


 淡々と返すリューヘイに、ヴェルデは頭を抱えた。

 そんな性格だと分かってはいても、ヴェルデはやはりケスティマを連れてくるべきだったのではないかと思ってしまう。

 リューヘイというのはそういう男だった。

 だが、その母親の方は何か理解したようで。


「……それは……申し訳ありませんが無理な話なのです」

「ママ!?」


 そして丁寧に頭を下げた。

 驚いたのはミナという少女である。父親を助けたいという思いは彼女と同じだったはずなのに、こうして助けてくれようとする人たちを断ろうとする母親。意味が分からなかった。

 リューヘイとヴェルデはといえば、まあ仕方ないよな、と言った表情で二人とも顔を見合わせていた。

 この母親は単に、見ず知らずの自分たちを心配して言っているのだろうと。


「……事情だけでも、聴かせてもらえないか? 俺はリューヘイという。流れの旅人だが、戦闘術の心得はある」

「ウチはヴェルデ言います。よろしくお願いします」

「……そ、それは……」


 頭を下げた状態だった母親は、困惑したように二人を見た。

 このご時世に、名も知らぬ小さな子供の頼みをこうも頑なに聞こうとする人間が居るなど、思えなかったのだ。

 それに、下手をすれば……下手をしなくともこの目の前の人たちが殺される可能性がある。

 もちろん、信用も無い。いきなり現れた人間など、何をするかも分からない。


 目を合わせた。


 鋭く、強い眼光。柔らかな中にも、何かを憎んで止まない瞳。

 二組の視線が、母親を貫いていた。

 とても、一般人とは思えない視線が。


「……分かりました。お話するだけ、いたしましょう」


 何もないところですが、お上がり下さい。


 母親はそれだけ言うと、丁寧に座を進めた。羽毛も何もないただの布きれではあったが、二人も特に気にすることは無かった。これより酷い寝床で寝たことなど、数えきれないのだから。


 ミナの母親を正面に、リューヘイとヴェルデは腰かけた。

 ミナ自身は、大事な話だからということで既に外へと出されている。

 子供には聞かせ難い話なのだろう。


「さっそくだが、お願いしよう」


 胡坐をかいたリューヘイは、その眼光でミナの母親を捉えた。


「はい……」


 一つ頷いた母親は、ポツポツと語りだした。

 情報の乏しいただの村であったからか、断片的な部分しか分からなかったが。

 彼女の話を要約すれば、つまりはこういうことだった。


 ここエツナン地方の領主であったシャオリ―・オル・メルホアは、十年前ほどに赴任してきたばかりだったそうだ。なんでも、王への諫言が元で怒りに触れ、この地へ左遷された優秀な人間だったという。村を一つ一つ回っては、的確な指示を下して土地をしっかりと育てていった。


 ところが数年前、原因は分からないがシャオリ―は王都へ再度向かうこととなった。

 残されたのはシャオリ―の弟君であるシャルル。彼は兄には及ばずとも、しっかりと兄の教え通りに善政を敷いており、シャオリ―ほどとはいかないが支持もあったそうだ。


 ……二年前までは。


 その頃に、急に税率が上がったのだという。

 反発した者達は皆連れていかれた。

 混乱も多かったが、それでも領主の言葉というのは絶対。

 シャルル様は何を考えているのかと、農民たちは怒りを覚えながらも渋々従った。


 暴政は続いた。

 シャルル様の側近と名乗ったウェルネスという大柄な男が、今度はシャルル様が金山を発見されたから、と様々な村から男衆を集め、何やら始めたらしい。

 北方に見つけた金山を掘らせているのだとか。



「……領主様に逆らうなど、悪いことは言いませんからおやめください」

「……」


 目を閉じ、ゆっくり話を聞いていたリューヘイ。

 拳を握りしめ、怒りを隠そうともしないヴェルデ。


「シャルルという男の善政は、本当だったのか?」

「はい……間違いなく。あの方も何度も村を訪ねてくれました」


 ふむ、と一息ついたリューヘイは、一言礼を言って立ち上がった。


「どこ行くん? 兄ちゃん」

「領主館に決まってるだろう。……その話を全て信じるならば、ウェルネスという男がクサい」

「……そう、やね。よし、分かったで。領主館、行ったろうやないの」

「ちょ、お二方!?」


 慌てて二人を引き留めに掛かる母親だったが、リューヘイは振り向いて笑う。


「ミナにも言ったが……俺達は強い。それに今からは様子見に行くだけだ。何も心配はいらない」

「せやで。ウチらはメルトルムとグルッテルバニアでは有名な流れの戦闘者なんよ」


 二人して、袖を捲る。

 彼らの肩に入っていたのは、黒い三本傷のような刺青。


「この刺青は、“黒き三爪”の証」

「グルッテルバニア王族お墨付きの戦闘者集団やから、安心しいや」


 刺青を初めて見る様子の母親は、しばし彼らの肩を見つめていたが。

 やがて我に返ると、それでも危険だと食い下がった。

 しかしながら、そんなものに取り合うほど彼らは自分に自信が無いわけもなく。

 仕方がないと呟いたヴェルデは、笑って言った。


「こー見えて王族の五人や六人殺してる。今更領主を一人やったところで、罪状に何の変わりもない」

「な……」


 絶句する母親を置いて、彼らはあばら家を後にした。

「さぁ行くで~」と高らかに叫んだあの小さな背中。それを無言で後頭部から叩く広い背中。彼女は、見送った二つの背中に一体どれだけの罪があるのかと、しばしの間呆けていた。








「あ、えと……」

「ん? ああミナか」


 荷馬車に乗り込みケスティマを叩き起こそうとしたリューヘイの服を、小さくつまむ少女。振り向けば、彼らをこの村に引き入れたミナであった。


「……安心しろ。必ず親父を助けてやる」

「うん!」


 どうやらそれだけが心配だったのだろう。

 嬉しそうに、彼女は駆け戻っていった。


「見返りもなさそうなお仕事やけど、何や気合入るなぁ」

「……金が入ってもくだらない仕事より、俺達にはずっと似合ってるだろう」

「そら、違いないわ」


 少女の後ろ姿を見送っていたヴェルデとともにリューヘイは笑い、とりあえず寝こけているバカ女男を起こそうと荷馬車に乗り込んだ。

















「だから! 起こし方がおかしいでしょう!? 寝てるところを荷馬車から突き落すとかバカですか!?」

「気配に気づかないお前が悪い」

「横暴!? 殺気も何もないのに先輩みたいな廃スペック気配遮断相手にどうしろと!?」


 御者台から繰り出される大声を軽く流して、リューヘイは牧草の中に寝転がっていた。

 もうしばらく北へ行けばエツナンの領主館だと、近くの村人に聞いた。

 その村も現状は大して変わらなかったし、そこで聞いた話も、ミナの母親から聞いた現状と同じだった。

 どうせ王都に向かう予定だったので、いずれにせよ領主館のそばを通るのだ。軽い寄り道だと思えばいいと、ミナの母親と同じように自分たちを引き留めた村の人たちにそう言って、今現在荷馬車に揺られて北へ北へと向かっていた。


「……エツナンの領主館に近い場所から狙われたのか?」

「分からへんけど……多分そうやと思うよ? わざわざ遠いところから狙う意味とか無いし」

「……」


 二つも同じ証言があれば、だいたいの筋は間違っていないのだろうことは分かる。

 だからこそ、考えるべきだとリューヘイは思った。


 もうすぐ夕刻。「今日も野営かな~お腹すいた~」などと要らぬ歌を歌うヴェルデを放っておいて、リューヘイの思考は加速する。

 すっと立ち上がり、リューヘイは様々な情報を整理し始めた。


 まず、シャオリ―という男が本当に善政を敷くような男であれば、自身の領での異変に気づき帰ってくることが普通である。いくら王都に用があったからといって、四年も五年も空けるのは国としても領としても間違っている。

 次に、シャルルという弟の方の変貌。村を巡回するほど領を大切にしていた男が、二年前に突然、というのはおかしすぎる。

 最後に、ウェルネスという男の存在。

 これは……分からない。いつからその男が居たのかすら、村人の中に知る者は居なかった。たかが村人なので当然といえば当然だが、二年前に初めて見たというのだからクサすぎる。


 ということは、ウェルネスという男と領主代理シャルルに何かあったと考えるべきだろう。

 問題は、帰って来ない領主シャオリ―。


「……情報が足りないか」

「……兄ちゃん。考える時に体術放つクセ辞められへんの?」

「ん?」


 ジト目でこちらを見るヴェルデ。リューヘイが視線を落とせば、いつの間にか自分は謎の体術を放っていた。バク転のような空中回転蹴り。


「……何でだろうな。だが一つ分かる」

「何が?」

「これは実戦向きではない」

「せやろな」


 呆れた、とばかりに嘆息し、ヴェルデはまたもお腹が空いたと歌い始める。

 リューヘイにとってはその方がうるさかったのだが、そういえば何故自分が実戦向きではない体術をやっているのかと気になった。

 その気になれば、実践的な体術を組むことなど造作もないというのに。


「……誰かが、やってた気がするんだよな」

「兄ちゃん?」

「いや、なんでもない」


 ふ、と小さく笑ってから、どこか懐かしくも思う、その役立たずな体術を再開した。



話が進まないっ!!

なので次からも結構スパン短く投稿。


前回と今回は、ただ単にアリサや竜基の成長を垣間見せる話になってしまったような。あと「YO!YO!」

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