ep.13 共通ルート アリサ#1
共通ルート アリサ#1
・“仕官の誘い”を受けた状態で“夜獣の森の戦い”にてサイエン軍を壊滅させることが必須条件 その上で黒髪の少女を“助ける”を選択すると発生 シナリオスチル有 必須条件を誤ると今後アリサ軍への従軍が不可能になる。
※共通ルートのフラグは全て回収します。ルート分岐後はヒロイン全てのエンディングを用意。
アリサ様は、優しいお方でした。
みんなのために心を癒し、いけないことを許す。
そして、全て自分の中に背負っておりました。
ですが、賢者様は違いました。
「せめて、自分のしたことは背負わせてくれませんか?」
そう言って、朗らかに笑ったのです。
その言葉に、アリサ様は小さく涙を落としました。
いくら優しく強いアリサ様といえど、賢者様の温かい言葉は胸に沁みたのです。
今まで頑張ってきたことは無駄ではなかったのだと。
分かって貰えたのだと。
「ありがとうございます、賢者様」
今までずっと必死で戦ってきたアリサ様。たった一人で一生懸命頑張ってきたアリサ様。
それを認めて、初めて救いの手を差し伸べてくれたのは、賢者様でした。
童話 ありささま より抜粋
村はお祭り騒ぎだった。
エイコウの隊商から振舞われた酒と食料。
様々な箇所で組まれた木々が、煌々と燃え盛っている。
上は満天の星空。
やんややんやと手を打つ兵士や村人たちは、この完璧なまでの勝利に酔いしれていた。
「彼女は?」
「酷いやけどね……今は医師に診せてるわ。気持ちよさそうに眠っているし、死ぬことはないんじゃない?」
「……そか」
そんな中で二人。アリサと竜基は静かに夜空を眺めていた。
喧騒からは少し離れ、畑の柵に並んで腰かけて。
護衛の心配はない。どこかでNINJAが見ているはずだ。
アリサとしては何とも言えない状況ではあったが、竜基は何の不安もなく安心している。
言葉を一つ交わしてから、少しの時が過ぎた。
中央の方では、ガイアスとライカの剣舞で盛り上がっているらしい。
勢い余って魔剣の力を使わないかと不安になり、アリサはガイアスに、竜基はライカに対して、小さくため息を吐いた。
それは同時のことで。
顔を見合わせて、微笑む。だがその微笑みは、どちらもぎこちのないものだった。
沈黙。
アリサはその短い銀髪を弄っているし、竜基は赤くはれた自分の手を、ただ茫然と見つめた。
だが、そうこうしているうちに時は過ぎるもので。
焦れたのだろう。
とうとう竜基は口を開いた。
「後悔……してんだよ俺。確かに勝った。村を守った。賞賛された。こんなに、嬉しいことは無いはずだ。……なのに、さ。後悔、してるんだ」
「ふぅん……」
興味深げに竜基を促すアリサ。こういう時の相槌がとても上手いのも、彼女を彼女足らしめるカリスマの一つなのかもしれない。
現に、竜基は次々と言葉を紡ぐことが出来る。胸の痛みと共に、鬱屈とした感情を吐き出しながら。
「凄い軍師ってのはさ」
言葉が、響く。村の外れとはいえ宴の真っ最中であるはずなのに、その言葉は小さくともアリサに響いた。
「戦わずして、勝つんだよ。いつの間にか、どんな状況からでも王手を突きつける。鮮やかに、美しくさ。俺は、そんな人たちに憧れた」
アリサは無言。柵に腰かけたことで浮いた足をぶらつかせながら、竜基を待つ。
「俺も、そうなれると思った。その大戦略を外から見て凄いと思ったし、戦略面が足りていない戦を見ると、こうすればよかったのにと批評家みたいに騒いだりした」
地球での、様々なことを思い出す。多くの戦いがあった歴史。自身が操ったゲームの世界。
「ここをこうすればいい。こうなるようにしよう。これは凄い。……その一つの戦略に対して、一日考えたこともざらだった」
「でもさ……現実に俺がやると、後から後から悔やまれることが沢山出てくるんだよ」
「虐殺する必要は無かったんじゃないか。夜まで森に閉じ込めるだけで良かったんじゃないか。……逃走しても、良かったんじゃないか」
「色んなことを考えた。この戦も、もし傍から見ていたら俺はどう思っていたんだろう、とか。時間をかけて、たっぷり熟考したと思う」
「そのあとで、ここで俺の行った所業に対して喚くんだろうよ。もっと人道的なやり方があった、とかさ。……あぁ。逆に、今の俺に文句を言うかも知れないな。六千人殺して守ったのにうじうじすんな、とか」
有り得るな、あの時の自分なら。
そう、小さく自嘲する。
でも。
言葉を切った竜基の感情が、押し流される。
「けれど時間は足りないし、この短時間で起きたことに対する処理法は、これだけしか思いつかなかった……! 本当に、何が軍師になりたい、だよ……。何が、任せろだよ……」
「俺は飢えた人々を潰す方法しか考えられなかった。……あの子は言ったよ、「生きたい」って。そう必死で願った人々の先を絶ったのは……間違いなくこの俺だ」
「分かってたはずなのに、俺はその子に手を伸ばしちまったんだ……こんなの、偽善にもなりはしないってのに。この穢れた手は、彼女の意志を嘲笑いながら英雄気取りで救い上げた」
反吐が出る、と、竜基は吐き捨てた。
「もし俺がきちんと地理や人事を把握していれば。もし俺がもっと前から力を付けていれば。……こんなことにはならなかったはずなんだ……何が軍師だ。何が子房だ。笑わせる」
「俺は……! 一度や二度の盗賊退治で浮かれてたんだ……。いつものように傍から見てるような感覚で、好き放題弄って、ミスったらミスったでしょうがないって投げ出して……その頃の自分と、同じように……」
「俺に掛かればどんな戦だってなんとでもなると思ったんだ。だから様々な前準備を怠った。まさかこの、国境に面していない辺境の土地が、正規軍なんかに攻められると思わなくて……村の開発ばかりに感けて……はは、笑えよ。エイコウなんて逸材がいるのに、俺は何の情報も調べようとしなかったんだぜ? 自分の作りたいものや、自分の創造したいもののことばかり考えてさ。……元の世界にだって帰れるかも分からないのに……」
最後の呟きは、アリサに聞こえないようにしていた。
だが、心の奥底から繰り出したこの声は本物だった。
本物の、嘆きだった。
そして、いきなり後頭部に鈍痛を感じたかと思えば地面に叩きつけられていた。
「っ!?」
「しゃきっとしなさいこのバカ!!」
「……?」
顔を上げれば、腕を振り抜いた状態で、柵に腰かけているアリサ。
頭を叩かれて地面に転がったのだと気づいたのは、すぐのことだった。
「泣き言なんて、言ってる場合なの? 貴方は私に献策して、この国を作り直すことに協力してくれるんじゃないの? 私は覚悟を決めてる、どんな犠牲もいとわないって」
見れば、彼女は涙を浮かべていた。
彼女の涙に、どんなものが含まれているのかなど……竜基には分からない。
けれど。自分が寄りかかろうとしてしまった相手は、またしても年下の女の子だった。
「泣き言なんて言わせないし、許さない。私がこの国の頂点に立つまで、絶対に許さない。どんな虐殺でもしなさい。どんな悪辣な手段でも使いなさい! それが貴方の仕事よ!」
「そんなこと……」
「忘れたの?」
口元を手で隠し、涙目になりながらも口調は毅然と。そして頬は口角を持ち上げ、凛々しく。彼女は、笑った。
「貴方の主はこの私よ? 私が、貴方の今回の虐殺は許す。だから、誇りなさい」
「……んなバカなことが」
ひらりと柵から飛び降りたアリサ。
何かを言いかける竜基の口を、彼女は自分の人差し指で塞ぐ。
「いい加減、うじうじされるのは嫌なのよ私だって。貴方が殺した六千人、なんて言ったけどね? 広義では、北アッシアの五百の寡兵が下した六千のサイエン軍よ?」
「……」
「貴方は、この戦果を使って私を上手く盛り立てることだけを考えなさい。それだけで、十分よ」
そう、彼女はニコリと微笑んだ。
その笑みには、人を包み込むような包容力があって。竜基はしばし、呆けてしまった。
この少女は。
この少女はいったい何者なのかと。
いつの間にか、なんでもかんでも全て、心が彼女の侵入を許す。俺がどんな人間かなど、一目で見抜いたのではないか、というほどに。
出会った時もそう。
軍議の時も、そして、今も。
全て彼女と居る時は、とても居心地がいい。
全てのことが、許される。
それはなんて、幸せなことなのだろう、と。
だが、竜基は考えた。
考えるだけの、頭があった。
己の愚かさに気付いた直後の彼の頭は、整然としていて。
すぐに、答えを導いた。
「……俺のやった全てを、お前が背負う気でいるのか?」
「……」
言葉にこそ出さなかったが。倒れた彼の目の前にしゃがみこむ彼女の、その綺麗なラインを描いた眉が、ピクリと動いたような気がした。
そして、そのことで竜基は語気を強める。
「冗談じゃないぞ。確かに俺は、アリサに任されて指揮をした。けれど、その結果で虐殺が起こったとしたら、それは俺の責任で」
そこまで吐いたところでアリサの様子に気付いた竜基。
彼女のここまで怒りに染まった形相を見るのは、初めてだった。
「ふざけないで!!」
瞠目する竜基。
ふざけないで? それを言いたいのはこちらだと。
だが、そんな竜基の感情もお構いなしに、アリサは続ける。
再度溢れてきた涙を、必死に耐えながら。
「ふざけないで……! 貴方がどう言おうが、この件の責任は全て私にあるの! それが分からない軍師じゃないでしょうが……」
「……それは」
納得いかない、と言いかける竜基だったが、どう考えてもアリサの弁が正しいことぐらい、竜基は分かっていた。
だが、分かっていても抑えきれない感情があった。
この自分の仕出かした虐殺が、もし目の前の少女の背にのしかかるというのなら。
「……」
だが。言葉には出なかった。出す言葉も、無かった。
なまじ先ほどと違って頭が回っているのが、憎らしい。
慌てて目を擦ったアリサは、毅然とした表情に戻り、立ち上がる。
「……なぁ、アリサ」
「……ぁによ?」
そんな彼女の後を追うように腰を上げた竜基は、未だに背筋を張った彼女を見つめて言った。
責任を負うことは出来ない。今回の件に関して、竜基は既に無力だった。
だが、彼は。彼は軍師である以前に、人間で、日本人だった。
その矜持が、今のこの状態を。何よりも自分を、このままでは許せなかった。
「……いつも、そうやって来たのか?」
「どういう意味?」
「グリアッドやガイアスに、他にもメンバーが居るとは思う。……そいつら全員に、こうやって救いの手を差し伸べて。全部自分が背負って。そうやって、生きてきたのか?」
「それが君主の義務でしょう?」
「あぁ、そうだ。でもな? 俺はやっぱり我慢できないんだ。理屈じゃない。軍師になりたいと考える人間にあってはならない感情論。それが、今の俺を許しちゃくれないんだ」
「……だから、何よ」
訝しげに、竜基を射抜く紅玉の瞳。夜に映える銀の髪。
その全てが、竜基には、酷く窮屈そうに。重たそうに見えた。
「俺は、軍師である前にとある平和な国で育ったただの一少年だった」
「……」
「そのただの一少年である部分が、きっと今の自分を許せていない。油断していたこと、情報収集を怠ったこと、天狗になっていたこと、そして、虐殺」
指折り数えてから、竜基は彼女の瞳を真正面から見据えた。
「俺の一少年である部分が。感情が。この全てを許してはいけないと糾弾する。だから、俺は今回の自分の過ちを赦すつもりはない」
けどな?
「その部分は、もう一つ叫んでるんだよ。俺には、もう一つ罪があるって」
アリサを睨む。
「十四歳の女の子に、全てを背負わせて何をしているんだって」
アリサの表情が、小さく動いた。
拳を握りしめて、竜基は続ける。
「こんな風に励ましてもらって。寄りかかって。それでアリサの軍が整っているのだとしたら、俺はそんなの認めない。認めてやるかよ……そんなもん」
震える口で、竜基は言った。言い切った。
その口上に対するアリサの対応は、冷めた視線だった。
「……リューキは、私をか弱い女の子としてしか見てないの?」
だが、そんなこと竜基は織り込み済み。
「むしろ、それだけならどんなによかったか」
ため息を吐く。彼女の、その気丈で気高い、その姿勢に。
「……え?」
「十四歳の女の子でしかないはずなのに、年上である配下をこんなにも上手く扱える。こんなにも優しく包み込む。……んなヤツ、初めて見たわ」
「……そんなこと、無いわよ」
「あるよ。だからこそ、俺の心が問い詰めるんだ。何をしているんだと」
首を傾げるアリサに、自分の心の内を吐露していく竜基。
「全てを背負える器がある。立場にある。だが、それだけなんだよ。たったそれだけの理由で、アリサに責任を丸投げしてしまった。そして、そんな俺の心まで癒してくれた。そんなんで、自分を許せるはずがない」
「……」
「立場とか、器とか。そんなちっぽけな理由で俺の罪を背負わせるしかない自分が許せないんだよ!!」
この世界に来て。竜基は、知人に初めて怒声を放った。
いきなりの大声。ましてや竜基のような冷静な人間が放つそれに、アリサは一瞬呆ける。何故、この男は君主である自分に寄りかかることを良しとしないのか。
どこかが、自分の周りに集まる人間と違っていた。
「助けになってやる。そう言って俺はアリサに力を貸したはずなのに。逆に俺が助けられるっていうのはどんな御笑い種だ」
「なあ、アリサ」
何かが違う、この少年は。呆けた状態で考えていたアリサの目前に、いつの間にか竜基が居て。彼は、ポンと両肩に手を置いた。
「お前が全て抱え込むなんて、やっぱり許せないんだよ。どうにもならないことだって、分かってるけど。一少年としての俺が、絶対に許したくないんだ」
「……どうしろって言うのよ」
ジト目で竜基を見つめるアリサ。
だが、その次に放った竜基の言葉は、そのアリサの表情を崩すに足るものだった。
「俺にも、背負わせてくれよ。今回の件は、お前が、お前自身の国の民を殺したんだぞ」
アリサが、アリサの国の人間を皆殺しにした。
責任を背負うということは、つまりはそういうこと。
アリサという、アッシア王国の王女が、国の民草を皆殺しにした。
「分かってるわよ……」
分かっている、つもりだった。
だが、どうしても他人に言われると来るものがある。
胃液が逆流しそうになる不快感。
なまじ気を許していた者に言われたからこその、心に刺さる何かの感覚。
五百程度の部下を揃えるにも腐心し、駆けずり回って部下を集め。睡眠時間など無いも同然の状態で北アッシアの為に奔走した日々。
優しい国を作ろうとした。豊かな国を作ろうとした。
全て自分を殺し、相手に合わせ、自分の矜持まで否定して培った努力。
そして、その結果。初めての行いが、国民の虐殺。
分かっていた。
それが必要な犠牲であることも。
交渉の余地など、無力な自分にはないことも。
骸の山を築いてでも、進んでいかなければならないことも。
だが。
実際目にした時の、あの言いようのない感覚。脳内が掻き乱され、胸の内に鉛が押しかかり、トドメに脳髄を穿たれるようなあの地獄のような光景。
吐き気、などという軽いものではなかった。
だが、アリサは割り切るしかなかったのだ。これが最善で、自分は自分の守るべき民を守ったのだと。
殺した民も、守るべきものであったとしても。
辛かった。
部下の前で笑顔で振舞うのも。
戦勝祝いに、顔を出すことさえ。
そして、何食わぬ顔で部下を叱りつけるのも。
全てが、辛かった。
十四まで、生きてきた。
こうやって周りの全てを背負って生きてきた。
それが当然だと思ったから。
国を変えるには、そのくらいのことをしないとダメだと思ったから。
覚悟、していたから。
なのに。
なのに何故今、こんなことを言われてしまうのだろう。
「分かって……るわよ……私が……私の、……国民を殺し、たの、わか、てる」
涙が、もう堪えられなかった。ぽろぽろと零れ落ちる。
「どうして……わた、し、悪くない……腐った国……直、そって……思ってるだ、けなのに……」
力が無かった。権力も無かった。持っていたのは、志一つ。
それでもどうにかできると思っていた。
現に、北アッシアの内政は良くできたと思う。
なのに。なのに、たった六千の侵攻も手易く凌げないような、未だに弱者である自分。
悔しかった。辛かった。申し訳なかった。
けれど、全て自分のすべきことに対する必要な犠牲だと割り切った。
自分の目指すものに、間違いはないと信じていたから。
「……なのに……!」
しゃくり上げる。目の前の男のせいだ。
十四歳の女の子だった自分など、とうに捨てたはずだったのに。
何故今になって思い出させた。辛いじゃないか。
彼も、十六の男の子だから?
そんなの関係ない。自分は十四の女の子である以前に、周りを纏める王になるべきなんだ。
そう、叫んだ。泣きじゃくった。
「だから、さ」
「……な、によ?」
「俺にも背負わせろって。お前は十四歳の女の子である以前に周りを纏める王になりたいっつったよな? だったら……せめて俺の前でぐらい、逆にしといてくれ」
「ふぇ?」
やや、あって。
潤んだ紅の瞳で斜め上を見上げれば、後頭部を掻きながらそっぽを向く少年の姿。
「……人を殺す意味……ってさ。俺は分からないんだよ。結局。その前に、自分の命が危ないから殺す。それしか無かったから」
ぽつりと呟いた、竜基の独白。
「今でも分かりはしない。どんなに理屈をこねたとして。俺にはとうてい、理解できそうもないんだ」
「……」
「出会った時、俺はアリサに覚悟を聞いた。俺はその時、鳥肌が立ったよ。この少女は、自分と違って覚悟を決めている、と」
「分からない。けれど、俺もとりあえず、覚悟ぐらいは決めるべきじゃないかと思うんだよ。意味なんて考える前に、現実俺達は既に殺したんだ。それを背負う覚悟くらいは、もう持つべきなんじゃないかって」
「それを教えてくれたのは、アリサだ」
「俺はアリサについていくよ。もう足を引っ張ったりしない。絶対に。だから、俺にも罪を背負わせてくれないか? そうすればきっと、いつか見えると思うんだ。その意味が」
――一緒に、探してくれないか?
そう、竜基は小さく問うた。
その表情は、どこか吹っ切れたようで。
アリサの目には、とても美しく映った。
「リューキ……」
夜空を見上げた。
満天の星空。
「ねぇ、リューキ」
「ん?」
「きっと……私にも出来るよね?」
「当然だろ。お前が背負う、皆が居る。何より、俺がちゃんと凌いでやる。この使い勝手の悪い頭を使ってな」
「……そ、か」
小さな夜の、小さな会話。
その言葉の群れは、確かに彼らの絆を深めたのだった。
ポツリ、ポツリ。
夜空を見上げる二人の間で交わされる、小さな言葉。
「やっぱり私も人の子ね……こんなことで泣いちゃうなんて」
「人の子だろう。お前の母親は人間のはずだ」
「……どうかな。あの人、リューキみたいな人だったから……」
「え?」
未だに上から視線を下ろさないアリサに、竜基は問いかけた。
どういう意味か、と。
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
「ん? ああ川な」
「そう……お母様が言ってたのよ。賢者が釣りをしていたら、自分の用くらい待ちなさいって」
「……っ?」
周の文王の逸話。この世界にもあったのかと、竜基は驚く。
そして思い出した。
彼女の不自然な言動を。
「……我が子房」
「え? 何よ急に」
「……その言葉も、アリサの母親か?」
「え、えぇ……。昔の偉い人が、仕えた軍師に言った言葉だって。子房さんって変な名前の人から取ったみたい。お母様はあの伝説の日ノ本の国の出身なんだって言ってたわ。強ち、嘘だという証拠も無いけどね」
……なんだって?
伝説の、日ノ本の国?
……日本?
「……リューキ?」
「え、ああいや。その伝説の国ってなんだ?」
混乱が怒涛のように押し寄せてきた。
意味が分からない。何故こんな事態になっているのか。
そんな竜基の内心など知る由もないアリサは、首を傾げながら説明する。
「リューキってやっぱり変な人ね。日ノ本の国って言うのは、今あるこの“日ノ本言葉”を生んだとされる国。どこにあるのかなんて、分からないけれど」
「……おいおいマジかよ」
そういえば、銀髪やら赤髪やらが跋扈している割にここの人間たちの話す言葉は日本語だった。
そんな初歩的なミスに気が付かなかったことに、新たな落胆を見せる竜基。
そしてさらに。そこから来た、と吹聴していたアリサの母親が知っていた、短歌やら我が子房やら文王の逸話。
……鍵の一つにはなるかも知れないな。そう、竜基は考えた。
「……なぁ、アリサ」
「今度はなによ、真剣な顔して」
「俺みたいな人間っていうのはどういうことだ?」
「そうね……まず名前が変だったわ」
「ほう?」
抑えきれない動揺を、どうにかして隠しつつ。
竜基はアリサの言葉を待つ。
「マリア・コンドー……っていうのが旧姓ね。マリア・ル・コンドー・アッシアになったから」
近藤真里亜……か?
まさかまさかという思考が竜基の中で渦巻いて止まない。
「アリサ、驚きの事実を話そうか」
「何よもったいぶって」
顔面から血の気が失せるのを感じながら、竜基は口を開いた。
「俺、日ノ本の国の出身」
「え?」
仮説にしか過ぎないが、まず間違いないとみて良いだろう。
これからどうするかを考えつつ、アリサを見据える。
言葉の意味をかみ砕いていたアリサは次第に顔を驚愕に染めた。
「ええええ!? ……でもそのブンオウとか、子房とか知ってたか……我ながら失態ね……え? でも本当に!?」
「……おそらくその人の名前は近藤真里亜。どこの誰とは知らないが、多分俺と同じ場所の出身だ。下手すれば俺と同じように、気が付いたらここに居た、って感じかも知れない」
「……思い当る節はありすぎるわね。気が付いたらここに居た、か。リューキ」
くるっとアリサが振り返った。
その際に髪やら何やらが揺れるのはご愛嬌。
「なるべく早く北アッシアに来なさい。その水路工事が終わったらでいいから」
「そうだな……調べたいことも増えた。水路の方は設計図だけ渡してすぐ向かうよ」
「ええ、クサカも貴方に会いたがっているらしいわ」
……さらなる、爆弾だった。
竜基の目は、これ以上ないくらいに見開かれる。
「草鹿って言ったか!? 今!!」
「な、何よ今度は!!」
「どんな人だその人は!!」
肩を掴まれてがくがくに揺さぶられるアリサ。
なんで私はこんな扱いをされているのだろうと思案するが、そんなことよりも止めて貰うことの方が先である。
「え、えと……身長は竜基よりもかなり高いし大柄よ、ちょ、放しなさい喋りにくい!!」
「げぱ!?」
ドン、と両手で竜基を突き飛ばす。
一息ついたところで、アリサは指を立てた。
「何を慌てているのかは分からないけど……。そうね、髪はかなり短い、貴方と同じ黒い髪よ。強面だけど優しいわ」
指折り数えるアリサ。
そしてその全てが、竜基の知る草鹿陸将とかみ合っていく。
いや、かみ合っていた。
「歳は今年で六十一ね。ホントあの人元気よ」
「……六十、一?」
「何よ」
草鹿陸将の年齢は、竜基の父親と同年代だったはずだ。だとすれば五十前後。
おかしい。
疑問に思う竜基だったが、もしかしたらという仮説が一つある。
『天下統一に一番近い貴方に問います。次回のプレイがあるとしたら、何年から始めますか?』
あの時聞こえた、女の声。
あれの設定次第だとするのならば、説明は着く。
「アリサ、その人、俺に何て言ってた?」
「……別に? 新たな軍師に期待しているとだけ」
「え? お、俺のこと知っている様子は?」
自分を指して問い詰める竜基。その表情にアリサは何やら合点がいったらしい。
「もしかしてクサカの知り合いなの? リューキ!?」
「そ、そうだよ! 多分だけど、間違いない!! 覚えてなかったか!?」
慌てて問いかける。
だが、アリサはキョトンとした顔で――
「だとしたら、助かるわね。世間は狭いわ」
「……え?」
――竜基にとっては最大となる、爆弾を落とすのだった。
「クサカ、記憶ないのよ」
Next stage now loading...