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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 1
13/81

ep.11 避けられぬ戦いは目前に

 アリサ王女が台頭した理由の一つに挙げられる人材の優秀さだが、これにはもう一つ裏があったとされる。それは、部下同士及びアリサ王女と部下の絆の強さ。お互いに多少の嫉妬や不満はあれど、アッシア王国転覆までの間は特にそれが顕著だった。一歩間違えれば主君としての威厳を失う綱渡りを見事に渡り切ったどころか、部下たちの仕事のし易い環境まで整えた彼女の才覚は、その方面においてもはや疑いの余地はないだろう。


                     エル・アリアノーズ戦記 序章より抜粋





 レザム卿は不機嫌であった。

 糧食が足りなかったからである。

 レザム卿の治めるサイエン地方は、今年、例年稀に見る不作であった。

 元々、痩せた土地ではあまり納税も期待できないのだが、レザム卿は毎年、税率七割を持って美味い食事や贅沢な宴会を繰り返してきた身。今更倹約なぞ出来るはずも無かった。

 今年は、その税率七割ですら、例年の四割もいかない。民草は生かさず殺さずが基本のこの領では農民が餓死しようが何の問題も無かったが、自分の取り分が減るのは我慢ならなかった。


「……これでは今年の孫の生誕祭が出来ないではないか」


 自身がふんだんに贅沢をしている分の予算は減らすことなく、権威を示すパーティー分を確保しようと必死だった。だがこの状況では、それこそ上納分を誤魔化しでもしない限りは予算の確保など出来る筈も無い。

 だが、それも却下だ。なぜなら、既に限界まで上納分をちょろまかしているのだから。


 豪勢な城の、調度品が整った執務室で頭を抱えていたレザム卿のもとに、一人のメイドが転がるようにして慌てふためき入ってきた。


「何かね。ノックもせずとは無礼な」

「し、失礼します。ミミミ、ミモザ皇后のお使いがお見えです!」

「な、なに!?」


 慌てふためくことになったのは、レザム卿もであった。

 ミモザ皇后と言えば、その名の通り皇后陛下。王宮内から殆ど出てこないことで有名で、何かある時は誰かれ構わず呼び出す。

 今回は、それが辺境の領主であるレザム卿であったということだ。


「し、至急支度をする! 王都へ出立の準備をせよ!」

「は、はいい!」


 沫を食ったような慌ただしい光景。

 と、そんな執務室に入室するもう一つの影。


「準備など不要」

「だ、誰だ!?」

「誰だとは失礼な。ミモザ皇后陛下の使い、ルーと申す」


 一人の青年であった。ミモザ皇后陛下の使いと聞いて、レザム卿も目を丸くする。

 このような年若い者を派遣するとは、思っても居なかったのだ。

 だが、そう名乗られた以上は臣下の礼を取らなくては無礼である。

 レザム卿は片膝を着き、うやうやしく頭を垂れた。


「うむ、面を上げよ。ミモザ皇后陛下のお達しである、心して聞くがよい」

「は!」

「お主の領地は今年、不作であるそうだな」

「は、は。さようでございます」


 指摘を受けたレザム卿は、もしや援助を頂けるのでは、と期待の色を表情に映す。だが、その脂ぎった表情に、ミモザの使いは顔を顰めた。


「……もしも糧食が足りないようなら、自分で奪え」

「……へ?」


 見下す冷たい視線。目を合わせたレザム卿は、何を言われているのか理解が出来なかった。この地方は国境に面しているわけでもなければ、内陸であるのだから船団を作りあげることも出来ない。何を言っているのか、とレザム卿は使いに疑惑の目を向けた。

 だが使いはその胡乱げな瞳に、侮蔑の目で返す。この程度の意図も読めないのか、と。


「……数か月前、皇后陛下から密命が出たのを知っておろう? 憎きあの女の土地ならば、他国と思って構わない、と。もちろん、国王陛下は知る由もないが」

「そ、それは! しかし御使い殿……いくら皇后陛下のお達しと言えど、我ら臣下が王女殿下の土地を攻めるなど……!」


 黒い感情が一瞬胸の内に灯った。その密命がある以上、実際に忠誠などカケラも無い穢れた血の女狐などどうでも良いのは確かだった。

 だが体裁上、レザム卿としてはいくらなんでも自分が真っ先に王女から土地を奪うなど出来るはずもない。

 貴族のメンツが、強盗のようなマネを許さなかった。


 しかし、そんな心中をおそらく理解した上で、使いはされど鼻で笑う。


「何を申されるかレザム卿。……皇后陛下が隠匿してくれてこそ、貴様の今があると思え」

「な……!?」

「分かるだろう? 上納金の水増しだよ。発覚していないとでも思ったのか愚か者めが。それに目を瞑ると言っているのだ。その優しさを不意にする気か?」


 使いの侮蔑に満ちた視線が、深みを増した。

 上納金の誤魔化しが気づかれていたこと。そしてそれを盾に、自分にアリサ王女を殺させようとしていることなど、レザム卿もさすがに理解できた。


 元々、あの皇后陛下はアリサ王女……否、その母である市井の娘を憎悪している。なればこそ、殺させようと考えるのは自明の理であった。


「もし……ことに成功(・・)すれば、破格の恩賞を与えよう。何、皇后陛下のおっしゃることであれば、国王陛下も首を縦に振るであろう」


 国王を傀儡としている、とも取れる無礼な台詞。だが、それを指摘する勇気も、覚悟も、レザム卿には無かった。そして。


「成功、とは……やはりアリサ王女殿下を……」

「おっと。それ以上は聞いて居ない」


 ポツリポツリと言葉を零すレザム卿を、使いは制した。


「貴殿には、ご自慢の精鋭部隊六千が居るのだ。あの程度の小城、陥すのは容易だろう?」

「……さようで」


 バカな男だ、と使いはレザム卿を内心で嘲笑った。王族殺しの罪を着せられるとも知らず、自身の手札を褒められただけでこの舞い上がった表情。


(なにが「さようで」だ、豚が)


 だが、当然そのような心は顔に出すこともない。

 使いは大きく頷いて、レザム卿を立ち上がらせた。


「ならばよし。近日中に北アッシアを攻略せよ。貴殿の精鋭六千。これだけの兵力があれば、北アッシア城の高の知れた五百程度の兵くらい、容易に崩せるだろう?」

「は、もちろんにございます」


 自信満々に頷く目の前の男に、使いは人知れず憐憫の視線を向けた。










「なんとしても! なんとしても我が精鋭部隊のメンツにかけて北アッシアを攻略して来い!」

「しかしながら……たった一日分の食糧でどうしろと。夜獣の森を通過する以上、せめて三日分の糧が無ければ士気が無くなってしまいます。それに……軍馬に与える食糧の見積もりがおかしいでしょう。ただでさえやせ細っている馬が過労で死に絶えます」

「そんなことは無い。我が精強なる六千の精鋭は、この程度のこと苦にもせんわ!」

「……その精鋭を、まともに見たことのない貴方が何を言うのですか……」

「ええいうるさい! この私の名誉がかかっているのだ! 我が精鋭部隊が北アッシアの雑兵五百程度に足踏みするなど流言されたらどうする! なんとしても一日で王女を殺せ!」

「……王女を、殺す?」

「むぐっ……そうだ。そして領土を奪い取ればこれからの糧には困らないだろう」

「……分かりました」













 ギースの生まれは良くなかった。

 辺境の農民家に生まれた彼は、病死した母親の分まで家事を手伝い、父親に殴られて育ってきた。

 こんな家、出て行ってやる。そう決心した彼は、父親を殴り殺してわずかな食料を得ることに成功した。

 そう、正面から。自身の力強さに気付いた、十一の冬だった。


 そのまま流浪の民となった。

 様々な村に定住を決める人々に混じり、ギースは暮らした。様々な場所を流れながら。

 時には山賊に襲われた。時には、疫病が流行った。時には水害で家を失った。


 だが、それでもギースは旅を続けた。美味い飯を食える場所を探して。


 そんな時だった。グレン・レザム……現在のレザム卿の父に当たる人物が乗り込んだ馬車が山賊に襲われているのを目撃し、彼は颯爽と飛び込んで貴族を助け出した。

 そしてその場でグレン・レザム卿は彼を褒め称え、自分の食客として家に置招いた。


 軍馬の調練は楽しかった。

 様々なことを馬から学んだ。

 そして、いつの間にか彼は、グレン・レザムの精鋭部隊、その内でも名誉中の名誉である千の騎馬隊……その部隊長を務めるまでになっていた。


 ところが、突然の流行病で恩人グレン・レザムは没する。遺言として残された、ダメな息子を頼む、という言葉が、嫌に胸へと浸み込んだ。


 ダメな息子、現レザム卿は、ギースの目から見ても本当にダメな息子であった。

 グレンの悪口は言いたくなかったが、それでもこの男は筋金入りのダメ息子過ぎた。


 壮年となったギースは、十歳年下のレザム卿を諭すために尽力する。

 だがそれは無駄なことだった。ギースの事を、彼は雇われの傭兵としか見ていなかった。

 ろくに直属部隊である騎馬隊の様子を見ることもなく、それでも自分の自慢の精鋭部隊だと吹聴するレザム卿に、兵たちの恨みは募っていく。

 現に彼の贅沢のせいで、軍馬たちはどんどんと衰弱していた。


 それから数年たった現在。齢三十となったレザム卿は、それより十歳は更けて見えるその容姿を引き摺りつつ、今度は王女を殺せと喚きだした。


 ああ、これはもう、だめだ。


 自分より年上の“精鋭”たちは既に殆どが引退、没していった。

 今ある“精鋭部隊”は、貧民でありながら無理やり駆り立てられ、徴兵された人間たち。

 昔の精強な直属の騎馬隊や、それを含んだ精鋭部隊の姿は、どこにもないというのに。


 何が自慢の精鋭部隊だ。そんなもの、八年前に終わっている。


 ギースは吐き捨てる。

 我慢の、限界だった。


 そして同時に、ギースは好機だと考えた。


 このまま北アッシアに突撃し、見事に勝利を収めてやろう。だがその後、サイエンに帰る理由は無い。

 なぜなら、レザム卿は切り捨てられるからだ。王族殺しの罪を着せられて。


 あの日、使いが現れていたことはギースも知っている。何等かのことを吹き込まれたに違いない。そして、何をトチ狂ったかあのバカ領主は、王女を殺すことで名誉を得られると考えた。……バカバカしい。


 王女を殺し、その上で自分はまた流民の生活を送るのもいい。

 死してグレンに謝りにいくのも悪くない。

 だが、レザム卿を許すことだけは出来なかった。だからと言って、自分が手に懸けるわけにもいかない。


 だから。王女を殺し、自分がどんなに愚かだったかを思い知らせてやる。

 六千の士気の無い兵でも、五百程度なら何とかなる。食糧で釣ればいいだけだ。


 北アッシアは、少なくともサイエンより飢えはしのげるだろう。










「ギースさん?」

「ここから、北アッシアだな?」

「そうだけど……」


 朝からロクに食事もとらず、夕刻に差しかかろうかと言う時間帯。

 強行軍と元々の脆弱さも相まって、既に何十人が倒れたという報告を耳にしていたギースは、一度ここでストップをかけた。

 街道に大きく土煙をまき散らしていた、六千の兵団が次第に停止していく。



「……五百だ。五百の馬を、殺せ」

「ギースさん!?」

「黙れ……一日分も無い食糧。軍馬に満足な食事を与えるとなれば、どう考えても今日中に城を落とすことになるのだぞ。……このまま強行軍を行い、疲れ果てた兵と馬では五百の兵すら落とせないかも知れない。だが、五百だぞ相手は」


 副官に置いた、黒髪の不思議な子供が困惑した表情を崩さない中。ギースは、小さくため息を吐いた。


「五百の兵など、騎馬が居なくても六千の兵で落とせるくらいだ。……この馬だって、俺がこの数年間、やっとの思いで飼葉を買い与えてこれなのだぞ」


 ポンポン、と自身の騎乗する馬匹の横首を撫でるギース。

 副官の表情も硬い。この馬ですら、既に疲労を見せ始めていた。

 一里を数十秒で駆ける軍馬と言っても、それは全速力で当たる時であり、そうでなくとも半日走り続けることは容易ではない。

 そして、満足な食も取れていない馬にとって、これは苦行以外の何物でもなかった。


「五百の騎馬と、六千の兵士。彼らに満足するだけの食糧を渡すだけで限界だ。……それに、もう俺は、あの老いた馬たちを楽にしてやりたい」

「ギースさん……」


 騎兵団として募られたうち、二割はギースを知っている。彼が、亡きレザム卿の父グレンに拾われ、恩義を返してきたことも。

 そして、何よりも馬が好きだということも。


「……分かりました。食糧確保の為です……致し方ありません」

「……歯がゆいな……。北アッシアを制圧したら、きちんと軍馬を世話してやりたい」


 切ない気持ちを押し殺しながら、ギースはそう願う。


 副官の指示でてきぱきと、軍馬の殺傷指示が飛んでいく光景を、ギースは何ともいえない気持ちで眺めていた。


 



 夜獣の森を眼前に、彼らは陣を張る。

 その時視界に一瞬だけ横切った黒い影は、不吉の象徴ではなかろうか、と勘繰りながら。



 夜、副官から連絡が入った。数百の兵が、脱走を始めたと。未遂もかなりの人数に上ったと。

 ギースは、頭を抱えた。
















 城からの援軍計五百名が到着したのは、その日の夕刻のことだった。


「え? いつ連絡行ったんだ?」

「朝の内に早馬を出しておいたわ」

「随分と身軽な部隊だな……」


 早朝に使者を飛ばしたとしても、徒歩で城からこの村へは半日かかる。単純計算でも朝と呼べるような時間帯に出立してきたことは想像に難くない。

 五百、という少数単位にしても、この始動は迅速なものだった。


「我らの根性の為せる業よ!」

「……兵士が可哀そうになるなソレ」


 村長宅。

 五百の兵は村の未開拓地に野営させ、その指揮官であるガイアスという男と竜基は対面していた。

 どうでもいいが、根性だの熱血だの人情だの、暑苦しい男である。

 ずずっとお茶を啜ったアリサは、まず今回の軍議に出席する面々を見渡した。


 己が両腕と呼称する、グリアッドとガイアス。視線を向ければ、眠たげな金髪が呑気に手を振り、茶髪の鉢巻男が目を背けたくなるような眩しい笑みを見せる。


 続いて村組。魔剣使いであるライカと、新たに登用した軍師竜基、そしてこの村の村長。こちらは、それぞれ大斧を磨いたり、ガイアスが持ってきた地図と睨みあったり、村の戦える者をピックアップしたりと自分のすべきことに余念がないようだ。


 そして、隊商代表のエイコウ。胡坐をかきながら、一人指を鳴らしてリズムを刻んでいる。


 何ともクセの強いメンバーだと、アリサは呆れたような頼もしいような複雑な心境だった。


 パン、と手を打つ。全員の視線が彼女に集まった。

 座して卓を囲む面々が一同に上座の自分を見るという光景は、アリサの緊張感を程よく刺激する。

 アリサにとって、初めての自分が指揮する戦である。

 確実に勝とう、と決意を新たにした。


「さ、始めるわよ。現状は、こちらの兵力が……村長、どのくらい集まりそう?」

「ふむ……二百、と言ったところだと思いますぞ。工作兵としてならもう二百は追加できましょう。のう、リューキ」

「なんで工作兵が欲しいこと見抜いてんだ」

「何をするつもりかは知らないがの」


 不敵に口元を歪ませる村長と、苦笑を禁じ得ない竜基。それぞれに視線をやってから、ひとまず彼女の脳内に現在の兵力がインプットされる。

 歩兵五百+二百。工作兵二百(ただしおそらく戦闘に不向きな者)。


「じゃあ次ね。向こうの現状を教えて」

「はいよ~。レザム卿の自称精鋭部隊六千、どうも向こうさん不作もあって兵糧ケチったみたいだね~。野営の準備してたけど、明らかに炊煙が足りないよ。あれじゃ今日明日の食糧も怪しいんじゃないかな? んで肝心の部隊編成は騎兵隊四百余りと、後は輜重やら歩兵が占めるみたいだ。部隊長はギースというレザム卿お抱えの騎士らしいけど……あんまり統率力は無いね。だから、士気も高くない。たかだか五百の兵嬲りに行くだけだから当然かもね~」


 野営場所に自ら斥候として向かっていたグリアッド。

 彼のもたらした情報は、やはりというべきか。強行軍の引き起こす問題を含んでいた。

 まず士気の低さ。そして兵糧難。

 

「というよりも、そもそも我らを攻めるつもりなのか!?」

「間違いないでしょう。この直進ルートは北アッシア城へ一直線。それ以外にこの道を通る必要がないわ。それに、何らかの理由で我が領土へ侵入するつもりなら、先に打診があるのは当然のこと……。それに加えて彼らの食糧事情を考えれば、どう見ても進撃でしょう」

「……むぅ」


 ガイアスの問いは、アリサに一蹴された。

 よくよく考えれば当然である。他人の領土への進行などをする場合は、どんな理由にせよ使者を出すことが必要だ。

 それが宣戦布告の使者だったりすれば遠慮なく叩くことが出来るのだが、こういう場合は大抵が不意打ちの作戦行動である。


「……あ~ちゃん、平穏に片付けられないの~?」

「それも無理ね。私の周りを見なさい。どんな力も無く、現に士気が明らかに低い六千の兵に慌てるような軍。誰が投降するもんですか。だったら黙って奪い取るわ。……私の微妙な政治的立ち位置もあるしね……」


 最後の言葉には、小さな自嘲が含まれていた。

 余計なことを聞いてしまったと、グリアッドは慌ててフォローに入っていた。アリサは少しの間をおいて、一通りの状況説明が終わったことに一人頷くと、周りを一度見渡した。


「何か、他に質問は?」


 と、そこで挙手をしたのはガイアスだった。

 質問内容に見当もつかないが、とりあえずアリサはいつも通りの笑みを見せてガイアスを指した。


「ガイアス、どうしたの?」

「おう。アリサ様はやはり眼力素晴らしく、ここに居る面々全てが優秀なことは分かる。だが一つ解せぬ!」

「何が?」


 立ち上がったガイアスは、周囲を見回してから、拳を振り回す大げさなジェスチャーと共に叫ぶ。

 大声に関してはいつものことなのでアリサは気にしていなかったが、各々の自己紹介は軍議の前に済ませたはず。もしかすると竜基という軍師に不安があるのでは、と考えたが、それ以上の問題が発生した。


「このメンバーの放つオーラ! 間違いなくアリサ様にふさわしい! ふさわしいのだ! だがふさわしいからこそとめどない疑問が俺の心に渦巻き続ける!」

「だから、何よ」


 面倒な訳でもない。アリサは急かすことなく、ガイアスに続きを促した。その声色は、次の言葉を発しやすい、一種のアリサの才能だった。

 だが、それが今回不味かった。


「アリサ様に相応しい、只者ではなさそうな強き者の気迫! 自身の倍はあろうかと言う長柄物を長年の友のように扱う姿勢! それに見合わぬ華奢でキュートな容姿! さて諸君! この幼女は何者だ!?」

「ぶっ殺されてーのかてめー!?」


 びしぃっと、終始大斧を手入れしていたライカに指を突きつけるガイアス。

 あまりにもストレートに“幼女”と言われたライカは斧が出るより先に驚愕に目を剥いた。


 ただ、確かに。とも思う自分が居る。

 ガイアスのような、修羅場を潜りぬけてきた者にとって。隠しでもしない限りは相手の技量が多少は分かるというもの。そして、彼がオーラとも呼称するソレは、その人物の技量の度合いを判別する測定器。

 自身の瞳と、気迫の測定器があまりにも正反対な答えを出した。


 結果落ち着いた結論が、「この幼女は何者だ」である。


 ……強ち、質問自体が間違ってないから困る。

 そう嘆息した。


「彼女は魔剣使いよ。……貴方と同じ、ね」

「なんと!?」

「んなにぃ!?」


 驚いたのは魔剣使い二人だった。

 お互いに驚きを隠すことがない。

 ……というより、自己紹介の時にそのくらい把握しておけと思うのは間違っているのかと、アリサの中で疑問が生まれた。

 見れば竜基は平然としているところから、竜基とガイアスの自己紹介はしっかりできていたものと思うのだが……。


「あ~ちゃんあ~ちゃん」

「何よグリアッド」


 右横に座るグリアッドが、小声とともに彼女を突いた。

 問いかければ、耳元で小さく口を開く。


「さっきの二人の自己紹介、教えてあげよっか~?」

「……興味あるわね」

「えっと……


『キミの名前を教えてくれないか!?』

『……ライカ。十二歳の女の子だ』

『おおそうか!! 俺はガイアス! 十九歳の男の子だ! よろしくな!』


 ……とまあこんな感じだった」

「どうしよう、容易に想像できた」


 口元を引き攣らせながら呟くアリサ。グリアッドは楽しげに笑っている。


「俺も笑い転げたな、あの時は。エイコウも居たよな?」

「居たYO居たYO笑ったYO。で、どうするんだい? この戦で何か欲しいものあれば、売るYO!売るYO!」

「従軍商人かっての。でもまあ、エイコウさんがここに居たのは正直ラッキーかもな」


 左横では、エイコウと竜基が二人で地図と睨みあっていた。この二人、なんだかんだで仲がいい。……絶対恋愛関係に到ることは無いと断言できるが。


 ふと、アリサは顔を上げる。

 リビングは、軍議の途中だったというのに大そう賑やかなことになってしまっていた。


「あたしの魔剣はこの大斧。炎をまき散らす最強の爆砕斧だ!」

「炎! 燃える熱き魂はその斧に宿るか! 俺の魔剣は――」

「売るYO! 売るYO! 売らないYO! HEY!」

「どっちなんだよ。だが、その鉈は欲しいな」

「……若いというのは、いいのぅ」


 ……ふふ。

 思わず笑みが零れた。


「あ~ちゃん?」

「グリアッド。見なさい。これが私の部下たちよ」

「……濃いな~。でも」

「そうね。濃いわね」

「悪くないね」

「えぇ、悪くない」


 この空間に居ること自体が。この空間が全て自分のものだと言う事実が。

 とても嬉しく、頼もしい。


「頑張れる気がする」

「僕はあ~ちゃんに従うだけだよ」

「そう、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 不敵な笑みを浮かべて、アリサはこの喧騒を見守っていた。


「もう一人居ることを忘れないであげてね?」

「……わ、分かってるわよ!」

「ちなみにエイコウと村長は部下じゃないからね?」

「うっさいもう!」


 軍議らしからぬ賑やかな状況が続いていた中、エイコウとの商談を切り上げた竜基は、地図を眺めて一人策を練っていた。


「……こちらの兵は工作兵含めて九百。どうやっても……無理か……」


 ガイアスが持ってきた地図には、竜基の持っていた物よりもずっと鮮明な地形が描かれていた。記載されているのは、北アッシアの全体図。

 彼らが夜獣の森前に野営をした以上は、この森……引いてはこの村を通過することは避けられない。

夜さえ避ければ安全な森。隊商だって、隘路であっても使用を考える道であるから、仕方ないといえば仕方ないが。


「……この村はまだ未完成だ。それに、彼らを戦火に当てるわけにはいかない」


 村は、やっと豊かになり掛けてきたところだ。他ならぬ竜基の手によって、村人に笑顔が戻るようになってきた。

 ……だからといって、この村を防衛に使うなど下の下以外の何物でもなかった。

 如何に防衛に優れていようと、六倍もの戦力差を埋めるにはまだ早い。

 それに……自分が恩を感じている村を使うわけになど、行くはずがない。


「……やっぱり、この辺しかないか」


 つつつ、と指でなぞるのは、村より南方にある森の隘路。

 敵が辿ってくるであろう道だ。


 そして、竜基は自らが一番やりたくなかった策を、取ろうとしていた。


「ファリン」

「ひゃいっ!?」


 天井から降ってきた黒装束の少女は、竜基の隣に着地するなり足を踏み外して横転した。


「……大丈夫か?」

「……ミーは……立派なNINJAになります……」


 哀愁漂う彼女に手を差し伸べようか迷った竜基だったが、彼女のプライドを傷つけかねないのでやめておいた。


「な、なんというカッコい「はいはいそれ以上言ったらあの子が可哀そうでしょ~?」むぼはぐごわむ」


 ガイアスが天井から登場したファリンに対して熱烈な賞賛を送ろうとし、グリアッドはそれを必死で抑えていた。グリアッド、何とも女性に優しい好青年である。


 茶番を一瞥したアリサは、ファリンを呼びつけた竜基に興味深げな視線を送っていた。


「結局、どうだった?」

「部隊長と副官らしき人物が先鋒に陣取り、騎馬四百は先頭に集中。部隊ごとに伝達係を置く様子。中軍に輜重隊及び中軍指揮官を置いているところから、部隊長は根っからの武官と予想されます」

「諜報ご苦労様」

「ひゃ、ひゃい!」


 どこか嬉しそうな悲鳴を上げながら、顔を真っ赤にしたNINJAは煙と共に消え去った。その煙を鬱陶しそうに払いつつ「ミスったかな教育」と自分の軍師が呟いていたことを、彼女が聞いていませんようにとアリサは願う。


 ……それにしても、グリアッドを凌ぐ恐ろしい諜報能力だ。未だ進軍を再開したわけではないのだから、これは盗聴した情報だろう。竜基が頼んでいたのは“森に入ってからの部隊編成”なのだ。おそらくそれで間違いはない。


 だが、ファリンの情報を聞いた竜基の瞳が定まった。

 その様子を見たアリサは、全員の顔を見てから竜基を見据える。


「さて、それでは今までのことを踏まえた上で、リューキの考えを聞かせてちょうだい」

「……どうせ出来上がってるんだろ的な視線をやめてくれ。まだ完ぺきじゃないんだ」


 などと言いつつも、彼は卓に身を寄らせる。

 その動きに、全員が地図へと注目した。


「まず、印のついている通り奴らの現在地はここだ。んで、俺達の居る村がここ」


 ぐりぐりと、夜獣の森の南方と、森の北東側にほど近い箇所を示す。ぎりぎりとはいえ、ここは夜獣の森の内部なのだ。


「待ち構えるべき場所は、やはりどう考えてもこの隘路中の隘路だな。ファリンの情報では先鋒が騎馬らしい。ならば俺達のやることは決まったようなものだ」


 すっと、竜基は立ち上がった。そして、次々と人員の動きを示していく。


「決戦は明日の夕刻。その時間帯に彼らの部隊はこちらへ到着するだろう。そこを叩く」


「始めに、グリアッドと俺、エイコウと村長で工作部隊を率いて罠を張る。当然この軍議終了直後から始めるからその旨理解しておくように。設置後は精霊石を忘れるな。夜の間に獣連中に壊されるなど目も当てられない」

「了解したよ~」

「老骨に出来ることならやってみせるぞ」

「OK! 楽しそうだYO!」

 新参の自分を信頼してくれているグリアッド、無関係なのに協力してくれるエイコウ、村の為ならと力を貸してくれる村長に心中で礼を述べながら、竜基は続ける。


「それ以外の者は、明日の朝から準備だ。……戦闘時の作戦説明に移る」


 周りを見渡した。それぞれ武官やアリサ達が、真剣な表情で竜基を見つめ返してきた。


「まずはアリサ、エイコウの中央部隊。兵五百を率いて、敵軍の前に立ちふさがる。隘路であるし、ここに一つ仕掛けを施すのでそれに関してはまた後で」

「分かったYO」

「いいわ、続けて」


 アリサとエイコウが頷く。

 彼女ら二人が納得したことを見とめた竜基は、会議室内をゆっくりと歩きながら次々と指示を出していった。


「再三ですまないがグリアッド。設置の時に説明をするが、その罠を次々発動させる役を頼む。工作兵二百名を率い、敵軍の最後尾が通過するか否かという時点で森の最隘路を封鎖しろ。その後で俺の部隊と合流する」

「退路を断つんだね~? 了解だよ~」


「続いてライカ」

「なんだ!?」

「んな驚くことないだろ。ライカは中軍輜重隊に突っ込んで、中央と前後を分断しろ。お前の炎陣舞踊なら、それが出来るはずだ」

「任せろ!!」


 その華奢な腕で力瘤を作るライカ。

 それを今はとても頼もしく感じていた。

 数千からなる軍の中軍を粉砕するなど、魔剣使いでないと出来ない所業だ。それも、今回の作戦で中軍に突っ込むなど、出来る人間を竜基はライカしか知らない。


「ライカの炎陣舞踊以外でも、密集地帯は完全に火の海となるように俺の部隊二百とグリアッドの工作隊二百が罠を発動させる。そこで、ガイアス」

「おうよ! やっと俺の出番か!」


 嬉しそうなガイアスのモチベーションを落とすことなどない。

 そう考えた竜基は、にこやかに、そして比較的大きな声でガイアスに指示を出す。


「当然だ! お前が居なくてはこの作戦は成り立たない!」

「そうか!! 俺の根性を見せる時がやってきたな!!」

「あぁ! お前は遊撃として先鋒付近へ突っ込め。火の手が後方から追うように襲うから、迫り来る炎から逃げるように大量の敵兵が殺到するはずだ。それを、死体もろとも全て後方まで吹っ飛ばせ!」

「簡単で分かりやすいな! さすが軍師だ! 俺の根性を見せてやるぜ!」


 モチベーションを上げるだけのつもりが、自分までヒートアップしてしまった竜基。

 だが確かに、ガイアスが居ないとこの策は成り立たない。

 こんな辺境に魔剣使いが二枚も居た事に、今更ながら竜基は感謝した。


「これで万事が上手くいく。作戦の決行は明日。どうだ、アリサ」


 横目でアリサに話を振る。

 彼女はとても嬉しそうな表情で、笑った。


「いいわ。これが最良だと私も思う。……さあ覚悟はいいか皆の者! 明日は決戦よ!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」


 アリサに合わせ、全員の拳が天に向かって突き上げられた。



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