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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 1
12/81

ep.10 商人は踊る。軍師は悩む

 稀代の天才軍師と謳われたリューキの才能は、軍略方面に留まらなかった。この時代を代表する商人エイコウと共に開発した様々な兵器はその代表とも言えるだろう。内政、外交、開発……数々の分野で成果を残した彼を、未だ無名だった段階で拾い上げたアリサ王女の眼力は、いったい如何程までに目覚ましいものであったのだろうか。

                     エル・アリアノーズ戦記 序章より抜粋








「HEY!HEY!!HEY!!! リューキ!? ご無沙汰YEAH!」


 ガンを飛ばすようにして、斜め下からHEYの度に角度を変えつつ迫ってくる一人の商人。

 額に手をあてて空を仰ぐライカが、竜基の方に視線だけ向けてポツリと呟く。


「知ってたかリューキ……コイツ……女なんだぜ……?」

「知ってる……残念だが。ご無沙汰してるよエイコウさん」


 ヘソ出しのファンキーパンクなファッション。指貫グローブを嵌め、サングラスらしき黒く透き通る素材を使ったメガネと木製の鼻ピアスをした目の前の女性は、エイコウという商人であった。


「OH!! NO! ワタシ、SHO☆NIN!! ダ YO!! エイコウなんて、ダサくてFUCK!……OK! Let's Dance!!」

「踊らねーよ!!」


 パン、と手を叩いてステップを踏み始めるエイコウ。すぐさま斧を振り下ろすライカだったが、それは流麗なダンスに躱される。


「FOOOO! ライカ! センスあるYO!」

「欲しくねーよンなセンス!!」



 ライカと世界を巡る約束をしたその日は、ちょうどこの村を隊商が通過する日であった。商人の姉さん。ヤバい人。色々とヤバい人。それがこのエイコウである。


「AH……リューキ! ユー天才かも! この前言ってた銅碗口銃? 完成したけどアレ凄いYO!惚れるYO! OK! Let’s Dance!」

「できたの!? ……あ、でも俺も踊るのは遠慮しとくわ」


 ノリ悪いYO! と叫びながら、エイコウは一人ステップを踏む。時折口から擬音を繰り出しているのはお茶目の範疇に収めることにして、竜基はエイコウの横にある、両手で抱えられる程度の木箱群に目をやった。


 村の広場での会話なので、周りからの視線も多い。もっともそれにはエイコウという奇妙な生物のせい、というのもあるのだが。


 一人ロックなダンスを踊っているエイコウを置いて、竜基はその木箱を開けるように隊商の人間に頼む。

 総勢二十名を超える隊商の人間は皆何故かサングラスもどきをしていたが、それ以外はまともな人たちなので、竜基も安心して物事を頼むことができるのだった。


「……マジで完成したのかよ」

「リューキ。これは一体何?」

「んあ? アリサか」


 昨日の今日で、この村に逗留していたアリサ。

 隊商が来るといって、興味津々に様子をうかがっていたのだが。やはりこの王女、新しいものに目が無いらしい。不思議そうに、しかし慎重にこの鉄の塊に目をやる。


銅碗口銃(どうわんこうじゅう)。あまり精密なものを最初から作れるとは思わなかったからね。一番簡単な飛び道具を作ってもらったよ……威力はまだ、保証できないんだけど」

「飛び……道具? これが?」


 銅碗口銃。中国、元の時代に開発された最古の銃で、銃口の中に小さな鉄砲玉を詰めて爆発させ、弾丸をちりばめて攻撃する代物。

 大きな殺傷能力は無いものの、まずはこの銃が出来れば上々だと竜基は一人頷いていた。

 ちなみに、魔剣戦記でも竜基は最初の火器としてこの銃を作りあげている。


「流石エイコウさんだよ」

「ワタシSHO☆NIN!! ダ YO!!」

「……あ~、そう」


 竜基とアリサの会話に、踊りながら強引に介入してきたエイコウ。だが二人は気にも止めずに軽く流す。

 誰も彼女をSHO☆NINと呼ぶ気配はない。


「……それにしても、こんな鯉の口みたいなものが役に立つのね」

「鯉の口か。確かにそうも見えるな」


 長さ三十五センチ程度でありながら、口径が十センチ強もあるこの銃は、確かに鯉の口と揶揄されても仕方がない。


「試し撃ちは?」

「OK! 場所さえあればいつでもBAAAAANG!」

「激しく不安なのはエイコウさんの口調のせいだと信じたいな俺は」

「……こ、コイツすばしっこい……ちくしょー」

「だから誰彼かまわず大斧を振り回すのはやめなさいって」


 肩で息するライカを宥めつつ、竜基はエイコウについていく。

 追いかけるのはアリサと、人知れず護衛していたグリアッドに、ライカ。

 村長は、その後ろ姿をとても頼もしそうに眺めていた。


「……若人よ、次の時代を頼むぞ」


 今日の朝、竜基から伝えられた事柄。ライカともどもアリサについていくという彼の方針を、村長は快諾した。いつまでも、キミたちのような若い者に頼ってはいられない、と。

 水路を作りあげてから仕官に向かうのでそこまで急ぎでもないが、それでも村長のその意思を、竜基はありがたく思っていた。


『何、ガルーダは色々あってこの村の用心棒になったんじゃ。ライカにはライカの生きる道があるだろう』


 屈託なく笑っていた村長に、深々と頭を下げた。


「だがまぁ……寂しくなるのぅ。ファリンもいくのか」

「はい。早く覚悟を決めなくては……」


 小さくなっていく少年たちの背中を見送りつつ呟いた村長の言葉に、民家の屋根から飛び降りてきた黒装束の少女が答える。


「キミの覚悟とは、リューキとコミュニケーションを取る覚悟だろう。アホなこと言ってないで早く行け」

「うぅ……プライベートな空間にも入れないのですが」

「キミはアレか? リューキの信者か?」

「NINJAです」

「とっとと行けい」


 しっし、と手を払う村長に、お世話になりました、と一言呟いて。村長が何かを答える前に、彼女は煙とともにドロンと消えた。


「なんじゃ……不意打ちで礼なぞ言いおって」


 ため息交じりに村長は言った。


「寂しく、なるのぅ……」









 村の外。少し開けた草場で、エイコウ率いる数名の隊商メンバーとリューキたちは試射を行っていた。


 サングラスをかけた男たちが手際よく火薬と玉を詰めていく姿は中々不気味なのだが、それすらも面白いとアリサは笑みを絶やさない。逆にグリアッドは、「何アレ怖い」と一人もう一眠り行こうとして現在ライカの大斧に襟首から吊るされていた。


「……あ、でも意外と眠れるコレ」

「角度変えて首絞めんぞてめー」

「やめて。寝ないからやめて」


 人一人を先端に吊り下げた大斧を平然と担いでいるライカにも驚愕の視線が集まっていたが、彼女はそんなことどこ吹く風。


「相変わらずライカはマッチョなメーン!」

「よし殺す」

「ちょちょちょ!? 先端に僕が引っ掛かってるの知ってる!? ねえ知ってる!?」

「……じゃあまとめて殺すか」

「ライカ、落ち着こうな」


 ちらりと大斧の先端を眺めて、そのまま躊躇いもなくエイコウに振り下ろそうとするライカを竜基が慌てて止めていた。


「ふふ……」


 そんな賑やかな光景を、風格ある笑みでアリサは見つめる。

 愉快で、頼もしい。自分の愛すべき部下たちを、優しく眺めていた。


「試射、始めようかエイコウさん」

「OK! Let’s Dance!」

「踊りは良いから……ってそれが合図なのね」


 Let’sDanceと歌いながらメンバーに点火を指示するエイコウ。

 竜基は事前に貰った耳栓をしていたが、そういえばアリサやライカ、グリアッドは耳栓をしていないな、と気づく。

 だが、既に発射間近。とりあえず、不敵な笑みを浮かべているお嬢様と吊り下げられている寝こけ野郎は放っておいて、憮然とした表情の妹分の両耳を塞いだ。


「ふぇ!?」

「落ち着けライカ」


 そう言われて、借りてきた猫のようにおとなしくなるライカ。

 何故竜基が彼女の耳を塞いだかと言えば、単に他二人の反応が面白そうだったからだ。


 この銅碗口銃。何が自慢かといえば音が凄まじいのだ。

 火薬が炸裂した時の弾けるような爆発音が、鉄の空洞の中で共鳴しあってさらに反復を拡大する。その大きさと言ったら、直に聞いたが最後、数分はまともに耳が聞こえなくなる。そして心臓に響く。体にも良くない。


 耳を塞ぐ竜基やエイコウ、ライカに気付かぬアリサは、未だにカリスマ然とした笑みを浮かべて点火を眺めていた。

 グリアッドはと言えば、ライカの知らぬうちにいつの間にか寝こけている。


「……リューキ?」


 わくわく、と言った表情が一番近い彼を、ライカは耳を塞がれたまま訝しげな顔で見上げていた。


「FIRE!!」


 エイコウが叫んだ瞬間だった。


 森中に響く炸裂音。

 耳栓をしていても体が反応して、触れていたライカとともにびくっと体を跳ねさせた。

 と、炸裂音による耳鳴りが消えたあと、竜基は下から見つめる視線に気づく。

 何やら青ざめたような表情で、ライカは竜基にひくついた笑みを浮かべた。


「あ、ありがとな……」

「ん? ああ。そりゃな」

「だって。アレ」


 ライカの指差す方向に、竜基も顔を動かす。


「……あぁぁぁああぁぁあぁ……」


 ふと見れば、アリサがしゃがみこみ、耳を塞いで涙目で唸っていた。

 竜基はとても良い笑顔で、アリサに近寄り肩を叩いて顔の高さを合わせる。


「どうした? ん?」

「っああぁぁ……アンタ……分かってて……」


 苦々しげな表情で睨むアリサ。おそらく自分の声も、竜基の声も聞こえていないだろう彼女に、これ見よがしに耳栓を外す竜基。


「すまん、聞こえん」

「ああああああああ!?」

「リューキがひでー……」


 耳栓なんてものがあったのかぁ! とでも言いたげなアリサをその場にほっぽって、竜基はエイコウの下へと歩いていく。

 その面は、やり遂げた者の清々しい笑顔だった。悪戯が成功した悪ガキの顔とも言う。


「凄いな、やっぱり」

「SO……命中率悪いYO。どうにかしたいけれど、難しいって工房のダンサーも言ってたYO」

「ダンサーじゃなくて旦那だろ……。工房でまで踊ってどうするんだ。だがまあ、合図とかに使う分にはかなり有効だ。感謝するよエイコウさん」


 竜基はそう、笑顔で礼を言う。

 そんな低姿勢の竜基に、エイコウは首を振った。


「リューキの御蔭で面白いことが出来たんだから。研究者冥利に尽きるYO!」

「いつから研究者になったんだよエイコウさん。でも助かった。お礼は、また技術でいいかい?」

「もちろんね。リューキの技術、外れ無いから大歓迎YO! OK! Let’s Dance!」

「踊らないってのに……そのサングラスもどきも似合ってるしな。今度はチェーンもどきでも作ろうか」


 実を言うとエイコウのファッション、リューキのデザインである。

 ロックダンサーを色々と勘違いしているリューキが手掛けたところ、エイコウがいたく気に入ってしまったなれの果てが現在の彼女の服装であった。


 ……ところで、大国グルッテルバニア帝都でこのエイコウファッションが流行なのは秘密である。


「あ、あ。あー。……ふぅ。リューキ!! 最初に言いなさいよ大きい音が鳴るって!」

「面白そうだったので」

「アリサ様! GOOD涙目! 可愛いよ!」

「エイコウも黙りなさい! リューキも性質悪いし!」


 プンスカ怒りだしたアリサ。

 確かに怒るわな、と苦笑した竜基であったが、特に謝罪の気持ちは持ち合わせていないようだ。


「で、コレ凄い兵器ね」

「命中率悪いから、大軍勢相手か、合図程度にしか使えないけどな」

「……ふ~ん。改良の余地がありそうね」

「鋭いな、俺の主君は」

「その主君のピンチを嘲笑ってたのは誰よ」

「OK! エイコウさん! Let’s Dance!」

「逃げるな!!」


 主従漫才を繰り広げていた二人だったが、エイコウの反応が無いことに気付いた。

 ふと見れば、彼女は竜基とアリサを行き来するように視線を泳がせている。


「WHAT? アリサ様、リューキの主君? OH、ビックリだYO!」

「あ~、昨日幕下に加わった。というより、アリサがここに居るのは俺とライカのスカウトが目的だったようで」

「OH……納得だYO! これからは北アッシアに行商行けば、いつでもFUNNYってことだね~、楽しみだYO!!」


 城の方でもこんなことになるのか、と頭を抱えるアリサ。

 この二人も、元々から知り合いである。

 何より、このエイコウの隊商が村を抜けるのはサイエン方面から北アッシアに行商に行くからであって、元々この村は通過点でしかないのだ。


 夜さえ避ければ安全な街道。森の中は結構な隘路であるものの、行商隊が通り抜ける余裕はあるのだ。夜獣の森内部に住処を作るような盗賊も居ないので、比較的安全な部類に入る。もっとも、盗賊が出てきたところでこのエイコウ率いる隊商ダンサーズの武力は尋常ではない。それこそ、一年前にこの村を襲った盗賊団など一ひねりである。


「何で隊商なんかやってるんだ……」

「旅が好きだからだYO!」

「そうか。そう、だな」


 思わず納得できてしまう。エイコウがどこかの国のお抱えにならない理由は、一重にそれだった。ナリはこれでも、かなり優秀な商人である。どこの領主も、彼女を抱えたくて躍起になっているほど。


 だが、旅が好きだから、と言う理由でその誘いを蹴れる彼女のことを、竜基は素直に尊敬していた。


「ところでYO」

「ん?」

「サイエン地方が慌ただしかったんだけど……もしかしたら、こっち来るYO?」

「は!?」


 反応したのはアリサだった。

 サイエン地方と言えば、確か北アッシアの南方に隣接する地方。どんな領主が治めているのかなど知らないが、王都に近いと言うことはロクな政治をしていないのではないか、と竜基は静かに考察する。


「ちょ、ちょっと! サイエン地方ってレザム卿の土地でしょう? ……そういえば、今年は不作だと聞いたけれど……搾り取るだけ絞った税では飽き足らず、私のところに奪いに来たってこと……!?」

「エイコウさん、慌ただしいってどういうことだ?」

「SO……レザム卿の私兵が集結してたYO。少なくとも五千は居ると思うYO!」

「五千!?」


 驚愕に表情を染めるアリサ。

 と、その真横にいつから起きていたのかグリアッドが現れる。


「ふわぁふ……あの大きい音のところから起きてたよ~。リューキの悪戯だって、あ~ちゃん見てて分かったから放置だったけど~」


 あの大きな音で微塵も驚かなかった点だけを鑑みても、この男は相当肝が据わっている。竜基は一人グリアッドの肝力に目を見張っていた。


「全く……グリアッド、城から連絡は?」

「ないね~。というより、五百の兵士しか居ないんだよ~。この村の人口の方が多いくらいなのに、五千って、ね~」


 笑えないね~。と眠そうに呟くグリアッド。だが、その気配はピリピリと苛立ちを含んでいて、誰もその眠そうな態度を指摘する人間はいなかった。


「でもまだ北アッシアを攻撃するかは分からないYO」

「……それしかないでしょう。下手をすれば、私を殺せって密命まであるかもしれないわ。レザム卿のことだから、一石二鳥とでも考えているのではないかしら」


 開けた草場で考え込む、主要メンバー。そんな彼らのまっただ中に、ヒラリと黒い影が舞い降りる。


「ご報告いたしますりゅ……りゅき、しゃま……えと、その」


 名前を呼ばれたかと思って視線を黒装束の少女にやった竜基だったが、タジタジになった彼女に目を逸らされて哀しい気持ちになった。


 グリアッド、ライカ、エイコウは、急に現れた彼女に驚くも、アリサはもう慣れたとばかりに彼女の発言に耳を傾けているし、“そういう風になる”よう指導をした竜基も言わずもがな。どうしてコミュ障気味になってしまったのだろうか、と一人頭を悩ませるが、そんな竜基の苦悩など周りは気にした様子もない。


「サイエン地方より六千の兵がこの街道を通って侵攻中。目的はおそらく、北アッシア城かと」

「「「!?」」」


 ライカ、アリサ、グリアッドの三名の顔が驚きに染まり上がる。

 エイコウは、さらに多かったのかとばかりに頷いているのみ。

 口を開いたのは竜基その人だった。


「ファリン」

「ひゃ、ひゃい!?」

「……そんな驚かなくてもいいじゃないか。泣くぞ。……侵攻ルート、部隊編成、それからこの村に到着するまでの時間を計算してくれ」

「じ、時間でしゅ……ですか? きょ、今日は夜獣の森手前で野営するものと思われます。侵攻ルートは直線的で……早朝より森へ突入したとして、夕刻までには到着かと……部隊編成は――」

「あ、待ってくれ。それは森に入ってからでいいや。それから部隊長の性格と士気もよろしく」

「ひゃい!」


 ドロン、と煙のように消え去る黒装束のNINJA。

 問答を繰り返していた竜基の横に並ぶのは、大斧を担いだライカ。

 しかしながらその表情は、先ほどと打って変わって楽しげだ。


「策があんだな、リューキ!」

「最悪の展開だな」

「えぇ!?」


 いつもと変わらぬ飄々とした雰囲気の竜基に信頼を置いていたライカ。

 彼女としては、作戦の目途が立ったものと思っていたのだ。

 だというのに、最悪の展開と言われては。

 ライカの表情が暗く陰る。


 と、そんな彼女の頭に温かいものが載せられた。


「安心しろ。皆が死ぬことだけはないさ」

「……え?」


 キョトン、と言葉をかみ砕けていないライカは呆けた顔で竜基を見つめた。

 意味が分からない。最悪の展開というのは、勝ち目のない絶体絶命の場ということではないのかと。

 だが、竜基の考えは違っていた。


 ――最悪、敵兵全員を皆殺しにするしかない。


 そんな竜基の思考など他の誰にも読めるはずもなかった。


「リューキ。それはつまり、勝てるということ?」


 思案に暮れる竜基の耳に入ってきたのは、鈴のような声色。

 見れば、焦燥に駆られた表情だったアリサやグリアッドが、期待と不安に顔を染め上げて竜基を見ていた。

 そんな彼らに、頷く。


「負けることはない。この森が俺達の味方なんだ。現状でいくつか策が頭に入っている」


 事もなげにそう言い放った竜基に、慌てるのはアリサ達の方だった。

 六千対数百。こんな絶望的な戦力差で、既に勝利する策がいくつも練り上がっている目の前の男は何者だ、と。

 ああでもないこうでもないと顎に手を当てて思考の海に浸かっているらしき竜基に、全員の視線が集まる。


「……ねえリューキ」

「ん?」


 アリサが、その視線を代表して呟いた。


「私、貴方を幕下に加えることが出来て、本当に良かったわ」


 エイコウは竜基の飄々とした雰囲気にCOOLだとか何だとか言って踊り出すし、ライカはそのきらきらした瞳をずっとぶつけていた。グリアッドは相変わらず読めないが、それでも笑っているところを見ると否定的なものは無いようだ。

 そして、アリサの視線は昨日と同じ、楽しげなものを含んでいて。


 竜基は照れくさくなって、彼女に苦笑した。


「これからだよ。もっと良かったと思わせてやるから、そのレザム卿や領土の情報を教えてくれ」

「もちろんよ。じゃ、作戦会議といきましょうか。ライカ、グリアッド。それにエイコウも参加してくれるかしら? 六千の敵兵を打ち破る、愉快な軍議と洒落込むわよ!」


 振り向くアリサに、暫定の部下は一様に頷く。

 絶望的な戦力差であるにも拘わらず、既に表情を曇らせている人間は一切居ない。


「任せたわよ、私の子房」

「女の子に俺が言われるとはな。プレッシャーかけるね……だが、悪い気はしない。アリサ」

「何?」

「任せろ」

「えぇ」


 不敵に笑う、二人。

 我が子房(しぼう)……古代中国の三国時代に置いて、後の魏公、曹操(そうそう)が、自らの頭脳であり知恵袋であった荀彧(じゅんいく)を指してそう示した名言である。

 そもそもの子房とは(しん)末期から漢王朝初期の時代に活躍した名軍師、張良(ちょうりょう)子房(しぼう)のことであり、言うなれば“我が子房”というその言葉は、自身をその子房の主、劉邦(りゅうほう)になぞらえた上での軍師に対する最高の褒め言葉と言っていい。

 そこまで買われるというのであれば、竜基も湧き出る感情を抑えきれない。にやけた口元は、正面に佇む主君と鏡写しのようだった。


「さ、村に戻るわよ!」


 その短くも美しい銀髪を払い、アリサは先頭立って歩いていく。

 グリアッドが続き、エイコウが続いた。

 そしてライカも大斧を担いで向かおうとして、ふと振り向く。


「リューキ?」

「……子房って言ったよな、アイツ」

「リューキ! 行こーぜ」

「あぁ、悪い」


 ふと、考えることがあった竜基だったが。

 今はそれよりも大事なことがあると自分を諭し、ライカの後を追いかけた。



 何せ数個あると言った策は全て、敵兵を皆殺しにするより無い戦法だったのだから。








 あくる日、アッシア王国に激震が走る。




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