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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 1
10/81

ep.8 王女の礼と、軍師の義



 アリサ王女にとって一番の幸いは、大博打のつもりで向かった辺境に、目覚ましいほどの人材が揃っていたことだろう。後の大将軍ガイアスに、アリサ王女の懐刀である近衛隊長グリアッド。さらには鬼札として猛威を振るった豪傑ライカ。

 そして、稀代の天才軍師リューキ。

 アリサ王女が台頭できた一番の理由は、この豊富でありながら傑物揃いの人材たちの、その心を、彼女が掌握できたことであろうと、後世の歴史家は考えている。

                    エル・アリアノーズ戦記 序章より抜粋











「で」


 ライカの不機嫌そうな声が、リビングに響いた。

 見れば、ぐつぐつとお腹のすく音を立てた鍋をかき混ぜながら、俺の方を……いや、正確には俺達の方を睨んでいた。


「なんで結局居んだよ領主サマ」

「あら、リューキにお呼ばれしたのよ? いいじゃない、ちょっとお話するだけだし、貴女とも話したいわ」

「いけしゃあしゃあと……!」


 ……ライカ。お玉が軋んでる。握り拳作るなら何も持ってない方にしなさい。

 というより、一度来てたのかアリサ。


 俺とアリサは、テーブルに対座していた。向き合ってみると、この少女の威圧感というか、カリスマというか、気迫やオーラの類のものが凄まじいと分かる。俺のような一般人でもそれが分かるんだ。ライカなんかは即座に反応しただろうことは容易に予測できた。


「さて、そろそろ俺への用ってヤツを教えて欲しいんだが」

「ふふ、急かさなくていいわよ。美味しいごはんも出来ることだし」

「てめーにやるって言った覚えねーけど!?」


 台所から怒声が聞こえた。

 というか、ライカ良くこの会話が聞き取れるな。


 外は既に暗くなっていた。夜獣の森で、愉快な仲間たちが活動を開始する時間帯である。

 その時間帯にアリサが居るということはまあつまり、今日は彼女がお泊りするということで。……ところでさ。


「ライカ。俺のベッドに見知らぬ兄ちゃんがぐーすか寝てるんだけど知らん?」

「ぶふぉ!?」

「うわ(きたな)!? え!? アリサ、え!?」


 いきなり目の前でお茶を啜っていたアリサが吹いた。

 ……美人がやるとなんというか、酷いな。幻滅とは言わないけど、うん。

 これは酷い。


「げほ、げっほ!」

「はは! 良いザマだなてめー!」

「……かっは。あ~……もう。リューキ、急になんてこと言うのよ」

「いや事実なんだけど。見知らぬにーちゃんが俺の部屋でいびき扱いてんだけど」


 なんだかんだ言って優しいライカは、大笑いしながらアリサに布巾を投げつけていた。顔面に投擲したのはいただけないが、そこらへんは粗野な彼女に目を瞑ろう。

 そして、布巾を顔面キャッチしてしまったアリサはテーブルの上を不機嫌そうに拭きつつ俺を睨む。悪いコトした? 俺。というか結局そのにーちゃんについての言及がまだなんだけど。俺の部屋でわが物顔で寝られても困るんだけど。マジで誰?


「……あーもう。あれ、私の部下なのよ。ライカが出会い頭に昏倒させちゃったから寝かせてもらえない?」

「……なるほどな。昏倒されたっていう割には気持ちよさそうに寝てるが。というよりライカ、見知らぬ人に大斧突きつけるのはやめなさい」


 台所からブーイングが聞こえてきた。警戒するのは分かるけど、話し合いって大事だと思うんだ。


「でもよー。あたしの気配察して短剣抜くんだもん。敵だと思うぜふつー」

「まあ、そうだとしても、な。……お、今日も美味しそうだ」


 鍋を抱えたライカが、テーブルへとやってくる。所謂山賊鍋とか言うヤツだけど、その名前は禁句だからな……。山鍋、と呼ぶことにしている。


「えへへ。だろ?」


 ライカが嬉しそうに器へとよそい始める。……ホント、コイツなんだかんだ言って優しいよな。


「あら、私の分までちゃんとあるじゃない。ありがとうライカ」

「う、うるせー!」


 顔を真っ赤に染め上げたライカがリビングから出ていこうとするのを手を掴んで引き留める。


「分かったから大斧取りにいかないの」

「ッツ」

「……本当に止めてくれてありがとう」


 舌打ちするライカ。見ればアリサが顔面蒼白だった。確かにライカをからかうのは命がけだ。アリサも学んだのならそれでいい。


 鍋を囲む俺達。行商のお姉さんのおかげで、この鍋は出汁も効いてて美味いんだ。

 ……その行商の姉さん、色々ヤバい人だけど。まあ追々、話すこともあるだろうけどさ。














「んじゃ、いい加減話聞かせてくれない?」

「……そうね。美味しいごはんもご馳走になってるし、頃合いね」


 ライカが鍋を片付け、商人の伝手を使って手に入れたお茶を持ってきた。

 当然アリサの分もあり、そのことに竜基とアリサは苦笑する。

 ライカは憮然とした表情で、竜基の隣へ座りこんだ。


 すっと、アリサの目が細まった。

 何かの切り替えなのか、彼女の雰囲気が変わる。

 どこか居心地の良い場所だったここは、彼女の雰囲気によって形作られる世界へと変貌を遂げていた。


「……雰囲気あるなぁ……おい」

「そうかしら?」


 肩を竦めるアリサに、竜基は苦笑する他なかった。

 この空気は、竜基に出せるものではない。当然ライカにも不可能だ。もし他に繰り出すことが出来る人物を挙げるとしたら、この世界での知り合いはただ一人。

 村長くらいのものだろう。


 それ即ち、カリスマであった。


「単刀直入に言うわ、リューキ」

「ああ」


 若干雰囲気に飲まれかけていた竜基は、彼女の見据える紅玉の瞳を見つめ返す。

 視線があったことで、嬉しそうに彼女は笑みを見せた。


「貴方が欲しいわ、ナグモ・リューキ」


 笑みは美しく。声は鈴のように。

 その言葉は、静かに。そして重く、対座する二人の胸に響いた。

 ライカはやはりか、とでも言うようにため息を一つ。

 対して竜基は、思考をフル回転させ始めていた。


 マズい。


 そう、マズかった。

 竜基が軍師を望むのは、それ相応の君主の元で自身の采配を振るうことが出来るからだ。その為にはまず大前提が存在する。


 まず一つは、自身の技能を認めてくれる御仁であること。

 それはそうだ。自分の力が認められない相手のところで何をするというのだ。

 今回、彼女は自分を得る為だけにわざわざこの場に出向いてきていた。

 この条件はクリアしていると言える。


 二つ目。相応の君主の元での采配。

 当然ながら、愚物の元でいくら智謀を振るおうとも何かを為し得ることなど出来ない。歴史上でも愚かとされる人物たちは、総じて自分自身の器が小さかった。狭量、とも言う。そして、これが問題だった。

 目の前の少女の器量、実力、技能。それを、全く知らないのだ。


「……リューキぃ、どーすんだよ?」

「ん? ああ、少し今、整理してるよ」


 隣から服の裾を掴んで、不安そうに見つめてくるライカを諭す。

 それと同時に、自分自身にどうしようもない怒りを覚えていた。


 冗談じゃない。

 何故自分の居住する地域の領主すら把握できていないんだ。

 自分には手札があったはずだ。

 まず流民。彼らの情報というのはバカにならず、彼らの流れてきた地域の状況は把握しておくべき事項だった。

 続いて、ここへ訪れる隊商。

 元々北アッシア城への道のりにここを経由していく隊商だ。その頭と仲の良い自分が、情報という武器を有効活用できていない現状に腹が立つ。


 言い訳をするならば、ここ一年の竜基は村の要塞化に没頭していた。

 それだけにこの村は大変住みよい場所になってきているし、そのことに対する自信はあった。だが、だがだからといってこの“情報”をおろそかにした自分を許せない。


 ……しかし、後悔している余裕もない。


「……アリサ」

「何かしら?」


 威風堂々。そんな雰囲気が似合う彼女。

 高圧的ではなく、それでいて美しく至高とも言える毅然とした態度。

 カリスマは、十分にある。


 竜基の頭は回転する。

 このカリスマ性に富んだ空気は本物だ。だとすれば、どうやってこの状況から彼女の人となりを把握する?


 考えろ、考えろ。


「……何故、俺が欲しいんだ?」

「私はね、リューキ。優しくて、豊かな国を作りたいの」


 胸に手を当て、涼やかな音色で紡がれる彼女の理想。

 竜基はその言葉を聞きながら、どうするべきかを同時進行で思考していく。



 アリサはと言えば、竜基のことを既に半分以上尊敬していた節がある。

 この状況で様々なことを考えていることも分かっていたし、それ以上に、この村での功績は大きすぎた。

 はっきりいって、これだけでもスカウトの対象足り得るのだ。

 それに加えて、たった二人で五十人の盗賊を皆殺しにした軍師だというのだから笑えない。いくら魔剣使いが居たところで、人質の被害零というのは有り得ない話だ。


 だからこそ、誠心誠意彼を説得するつもりだった。

 赴いたのだって、それ相応の気持ちだと言ってもいい。


「今、この国は腐っている。それは私にも責任の一端があると思うわ。でも違うのよ……女の身だからと言って私を政略の駒としか見ない、伝統に縛られた愚王。彼は伝統にすがるクセに、贅沢を諫言する先代からの忠臣たちを左遷した。国家に蔓延るは佞臣ばかり……そこに皇后と第一王女、王太子の権力争い。民のことなど考えていない」


 竜基を見据える。

 竜基の瞳に見えるは、真摯なまでに国家を憂いた一人の少女。


「だから優しい国を作ると誓った。亡くなったお母様の為にも、今困窮している臣民の為にも……私が立ち上がらなければいけないと思ったの」


 だから、私は辺境のこの地から始めることにした。


「ここなら、愚物共はわざわざ出向いてくることも無い。だから自由に政治が行えた。私たちの力で、二か月で辺境の城を変えたわよ。胸を張って言えるわ。私たちは凄いって」


 でもね。


 そう、アリサは続けた。

 目の前の少年と視線を合わせて、儚げに笑う。


「何なのよコレは。たったの一年でこの村を、五十の盗賊に抵抗できないようなところから、村人皆が満足な暮らしを出来るところまで変えてしまった? ……笑えないわ、本当に。私たちの努力は、貴方に掛かれば一瞬のような気がするの」


 だから……お願い。

 それだけ言って、アリサは黙った。

 見据えるは竜基。その彼もまた、無言。


「……」


 竜基の隣に座るライカは既に会話に加わることを辞めていた。

 政治やこの国の情勢のことなど分かりもしない彼女にも、瞳に涙を溜めて隣の賢者に助力を乞う少女の姿は眩しく映った。それだけに何も分からない自分が口出しするような域は超えていると思い、静かに席を立つ。


「……おかわり。居るか?」

「……ありがとね、ライカ」

「うるせー」


 顎に手を当て思考する竜基と、もはや立ち上がりそうなほど力の入っていたアリサの前から器を取ると、ライカはこの場を去っていった。


「……気を使わせちゃったかしら」

「ライカは優しい子だからな」


 すと、と背もたれに寄りかかり、アリサは呟いた。

 竜基はそれに小さく返答すると、目の前に座る銀髪の少女に対し、息を吸う。


 正念場だ。


 そう、アリサは察した。

 ここで繰り出される竜基からの言葉。これにどう答えるかで彼の助力を乞えるかは分岐する。

 言われずとも、そうなると考えた。

 空気、雰囲気は相変わらずアリサのもの。

 だがそれとは違う、点で刺すような空気が、正面の賢者からピリピリと伝わってくる。

 思考に使用しているエネルギーの一端が、彼女について考えているのだと伝えているかのように。


「数個、問おうか」

「……何でもいいわ」

「アリサの今の状況は?」


 一つ指を立てた竜基は探るような視線をアリサに向けた。

 そして、アリサにはこの答えに対して制約が課せられている。


 まず、どうあっても嘘は吐けない。

 この賢者がどんな手段で情報を得ているか分からないのだ。だとすれば下手なことを言えるわけもない。

 

 続いて、希望的観測を述べられない。

 この問いには、彼女の器量を測るものも含まれていると考えた。

 どんな苦境であったにせよ、それを乗り越える自信があることを見せる必要がある。


 ならば。


「恥ずかしながら、今の私には権力と言っていいものが何一つ正常にはたらいてないわ。何せ、王女とはいえ妾の子。しかも市井の娘からできた女児でしかない。そんな私に王宮の人間が向ける視線は冷たいわ。はっきり言えば、改革を行おうとすればアッシア王国王都は敵ね。逆賊の汚名を受けるのは確実よ」


 全て正直に話してしまえ。

 堂々と。口上で恥らおうと、背筋を伸ばして、毅然として。


「ついでに言えば、半ば詐欺のような形で飛び出してきた私にお金は無い。だから兵力も五百しかない。味方と確実に言える相手は北アッシア城の人間のみ。食糧の貯え程度ならまだある……けどいいわ。先に言っておくけれど、泥舟よ」

「ふむ」


 全てを吐き出して、恐る恐るアリサが様子を伺えば。

 竜基は特に気にした様子もなく、何かを頭の中で整理したかのように数個呟いたのち、二つ目の指を立てた。

 内心そのことにほっとしながらも、アリサはそのような態度を竜基に見せることはない。


「じゃあ。二つ目だ」

「え、えぇ。なんでも構わないわ」


 この時点で頭の回転を必要としているのは、実は竜基の方だった。


 自分をどの程度買っているのかということでまず、現在アリサが答えた内何パーセントが本当なのかが分かるはず。

 だから、彼女が自分をどれだけ欲しがっているのかを考えるべき。


 まず、ここまで自分を欲するために動いてきたのだというのであれば、その時点で自分の噂は聞いているのだろう。

 隊商のリーダーである女性は竜基のことを大変高くかっているし、その情報ソースから彼女が自分のことを知ったのだとすれば、今のアリサの言葉は殆どが正しいと言えるはず。


 それに、泥舟だということも理解できた。

 ならばこの時点で選択肢は二つ。

 本当に正しいことを言っているのか……はたまた更なる船底の穴を隠しているのか。


 それを知るには、問答を続けるより他ない。

 自分が情報収集を怠った報いだと、内心竜基は舌打ちしていた。


「二つ目は……そうだな。俺をどう使う?」


 アリサは答えに詰まった。

 本音を言えば、外政内政軍略全てを取り仕切って欲しいところ。

 なぜならば、その全てにおいて彼が突出していると睨んでいるからだ。少なくとも内政と軍略に関しては確かな情報があるのだから当然だ。


 だが、それを言ってしまうとどんな弊害が起きるか。


 アリサ自身が無能だと晒すようなものなのだ。さらに言えば、その家臣団も。

 舐められるのは構わない。それでこの目の前の賢者が手に入るというのなら。

 だが、そうではなく見限られたらどうしようという不安が付きまとう。


 だとすれば、どうするべきか。

 この問いにどう返答するべきか。


「……リューキにその気があるなら、外政内政、軍略も含め、私を通すのであれば全て任せても良いと思ってる」


 末に切ったカードはこれだった。自分が全てを取り仕切るから、その下で実地に当たって欲しい。

 これならば、彼を欲しがるのと同時に、アリサの器量も分かるというもの。

 だが。


「……まぢですか」


 驚いたような竜基の目。まずったか? と思案するアリサだったが、それは違った。


 竜基が驚いたのはそこではない。

 その位の力を振るわせるというのならば、先ほどの問いに彼女は全力で答えたということになるからだ。

 だとすれば、彼女は自分を全面的に信頼した上で且つブレーンのトップを張らせたいと言っているようなもの。

 新参にそこまでさせる度胸、そしてその必死さに竜基は驚いたのだ。


 ここから先の問いは、アリサの言葉を全面的に信じても良い。


 そう思わせる、アリサの答えだったのだ。


「じゃあ、三つ目だ」

「えぇ、良いわ」


 相変わらず、毅然とした雰囲気。自分より年下だとは思えないほどの威厳が彼女にはあった。そのことに感心……否、戦慄しながらも、竜基は三つ目の指を立てた。


「……優しい国を作るための……覚悟はあるのか?」


 これが、ほぼ最後の問いだった。後は、彼女の力を知るくらいのもの。

 そして、この竜基の言葉をアリサは真顔ですぐさま返してきた。


「私の理想が血の河の果てにあるというのなら、私はいくらでも死体の橋を渡りましょう」

「……はは」


 笑みが、零れた。

 愉快、興味……そんなものではない。


 最初に会った時、彼女に感じた覚悟の空気。



 まさか、これほどとは。



 戦慄。それが最も自分の心中を飾るに等しい言葉。

 目の前の、この堂々とした少女は。自分の理想を叶えるためなら、いくらでも屍の山を築くと言った。


 それほどまでに、彼女の決意は固いのか。


「なるほどな。面白いなアリサは」


 思わず竜基は苦笑した。

 目の前の少女が、どれほどの存在か。その片鱗を垣間見た気がしたのだ。


 これは、化けもんだ。


 彼女についていくのは、絶対に面白い。


「え?」


 対してアリサは一瞬だけ、戸惑いを表情に出す。

 何を微笑まれたのかが、分からない。



 そんな彼女など置いたまま、竜基の思考は最終段階に入っていた。

 アリサは面白い。なら、最後に。

 彼女がどんな才を持っているのか。

 それを見せてもらう。

 

 すなわち、君主としての技量。


 どんな手腕で、味方を操るのか。

 残るはそれだけだ。


「最後だ。俺とライカが、どうやって村から盗賊を全滅させたのか、分かるか?」

「……それを、当てればいいの? 一応情報は入ってきているわ。火計を使ったってことだけだけれど。……でも、当てて見せる」




 別に今回の竜基は、当てろと言ったわけではない。

 分かるか? と問うただけだ。


 だが彼女は思考を開始した。

 ここで考え込むということは、どちらかと言えば“三国志演義”の劉備や中華民国の孫文のような所謂“頼りないカリスマ”を発揮するタイプではないことは把握できる。

 この類は人に頼り、上手く周りを利用して功を収める。一番世渡りの上手いタイプであろう。


 そして、最高の君主としての器には、もう一つのタイプがあると竜基は考えていた。


「……待って。貴方、さっき河原で『村の近くに水樹がある』とか言ってなかったかしら?」


――はは、決まりだ。


 竜基は一人苦笑した。

 もう一種類とはつまり。

 “三国志”の曹操や、革命男児ナポレオン、果ては織田信長のような“万能”タイプ。

 全てにおいて突出した才能を見せ、その中で個々の力が自分より上の人間を飽くことなく欲する。

 竜基はあの河原で、水樹から水を引っ張ればいい、とは言ったものの、それが村の近くだとは言っていなかったはずだ。

 それを、推測だけでぶち当てた。


「今現在外で吹いている強風を使って火計を行い、水樹を盾にすることで被害を出さぬようにして……この風が吹いているのは夜だけだと仮定すると、夜獣どもを村に送り込んだ? ……でも、それじゃ村人たちも無事で済むはずがないわね……」


 既に竜基は口元が吊り上るのを抑えられなかった。

 この少女は、圧倒的なカリスマがあるばかりか、才あるものを集め、さらに自分自身も万能ときている。


「精霊石か! そして、何等かの方法で山賊だけを誘い出した!」

「正解だな。よくここまで推測できるもんだよ」


 ポン、と手を打つアリサ。

 竜基は既に噴き出している。あまりにも。あまりにも鋭いこの少女に。

 彼自身、あの策には割と自信があったのだ。だというのに、この少しの時間だけで、半分を看破されてしまった。

 だがそれを悔しいとは感じない。むしろ心地よく感じるのは、自分が今から仕えようと思う人物であるからか、否か。

 ジト目を向ける銀髪の少女を、竜基は頼もしい目で見ていた。


「零の状態からそれを行った貴方が言うかしら? ……それに、私の推測はここで終わりよ。悔しいけれど、どうやっても効果的に山賊だけを外に出せるとは思えないもの」

「……ちなみに、立てた仮説は?」

「数個あるけれど、それでも有効なのは二つだけね。一つは炎石の投擲。水樹があっても火が届く恐怖心を煽って、外に出す……けれど、それでは村に被害が出る。聴いた話では、炎上した村の施設は櫓のみ……しかも、ライカでしょう?」

「アリサの諜報能力もおかしいけどな。なんで櫓のみがライカのせいで燃えたとか分かるんだ。ま、そうだな……村の施設に被害はない。で、二つ目は?」

「二つ目は、貴方自身が山賊として乗り込み、櫓から叫ぶ案。水樹があっても火が届くと吹聴する。夜なら暗いし、聞き覚えの無い声が相手でも危機的状況なら焦るから」

「ふむ。だが、村長の家から北西方面の……木々の天辺くらいなら見えるんだよ。炎がこちらに来ていないことぐらい分かる」

「それは無いわね。村長の家はあの要塞の中央にあった。あそこからじゃ北西の森は後方しか見えないはず」

「そりゃ、一年で俺があの村を改造したからな。元々は北西にあったんだ。ちょうど、門の反対側にな」

「……それじゃもうお手上げよ」


 両手を挙げて、首を振るアリサ。

 だが、そんなことを言いながら、未だに頭の中はフル回転していた。


 それを見た竜基は、ひとまず思考に移る。

 明らかにこのアリサという少女のスペックが人並み外れている。

 火計、というキーワードだけでここまでの推理が出来るか。答えは否。こんなもの、導けという方が無理難題。だというのに、この少女は無理難題を正攻法で押し通す。

 この問答、受けて正解だったかもしれない。

 アリサ・ル・ドール・アッシア。

 全てにおいて、この少女を竜基は認めた。


 ――もう一つだけ、ヒントを与えてみようか。それで辿りついたらコイツ、本物だ。


「この国の、情勢」

「あああああ!」


 言った途端のことだった。


「この火計も、何もかも全部他の山賊の襲撃に偽装したって言うの!? それなら確かに山賊たちだけを引き出せる……! 貴方、本当に何者?」

「今のヒントだけで一瞬でピース埋めたお前が何者だよ」


 数秒、お互いの瞳を見つめる。


 そして、どちらからともなく笑った。

 竜基の選択は、定まっていた。




「……なぁアリサ」


 ゆっくりと、竜基は立ち上がった。

 そんな彼を、アリサは自然と見上げる。


「俺さえ居れば、何とかなると思う?」

「正直に言えば、ライカも欲しいわ」

「素直だなオイ……ちょっと待ってろ」


 カラカラと笑って、竜基は一度リビングから出て行った。

 ちょっと待ってろ、と言われたからには待つしかないのだろう。

 その代わりにチョコンと顔を出した少女を見て、アリサは納得する。

 彼女との会話の時間を、作ってくれたのだろうと。


「……おかわり、持ってきた」

「あ、ごめんねライカ」

「別に」


 むすっとした表情のライカは、アリサの対面へと座り込んだ。

 そして、そのままアリサを見つめる。


「おめー……すげーな」

「え?」


 それは突然の賞賛だった。

 アリサにとって敵意とちょっぴりの優しさで構成されていたライカが、いきなりそんなことを言ったことに、少々驚きを隠せない。


「リューキは多分、おめーについてく」

「……そ、そう?」

「そりゃそーだよな。あれだけの覚悟聞かされちゃ、助けてーと思う」


 小さく、腕組みをして。

 ライカは、アリサを見つめて話す。

 彼女は、素直にアリサを認めていた。竜基のように理屈っぽく考えたわけではない。

 ただただ感情として、彼女の在り方を認めていたのだ。


「リューキは、前に言ってた。おもしれーヤツについていくって。それで、おめーを見て笑ったんだ。間違いねー」

「そうだとしたら、嬉しいけどね」


 正直、まだアリサは不安だった。

 何しろ、自分の現状と仕官後の扱い、そして自分の覚悟しか見せていないのだ。

 技量も、器量も、能力も。何一つ見せていないと思っていた。

 今さっきの盗賊問答だって、自分は答えを出せていなかったのだから、と。


「バカかおめー」

「え?」

「リューキがそんなこと見抜いてねーわけねーだろ。きっと、土産を持ってくる」

「土産……?」


 困惑するアリサ。

 そして、タイミングを合わせたように、リビングに入ってくる影。


「よっしゃ! アリサこれ持ってけ」

「え? 竹簡!? ってこれ全部!?」


 両手で抱えるのも厳しいほどの量。竹を繋ぎ合せて作られた書物の山だった。

 ばらばらとテーブルの上にそれを流し、竜基は自分の席へドカリと座る。


「紙媒体ってまだ高いのな。だからかさばるけどこれで勘弁。布でも良かったんだが……」

「いや、えと、コレ何?」

「設計図とか、俺の思い出した内政の形態とか。要は乱文だよ乱文」

「!?」


 それを聞いたアリサの行動は早かった。一瞬にして山の一番近い場所から次々と竹簡を開いていく。


「これも……じゃあこれも兵器? って違ったコレ城壁の設計図!? 後は区画整理に……これは農耕器具か……!」


 ぶつぶつと呟きながら、竹簡の山をしばらく漁っていたアリサ。

 そんな彼女を、ライカと竜基は肩を並べて見つめていたが。

 しばらくして、彼女が震え始めた。


「……凄い。やっぱり、間違いじゃなかった……」


 竹簡を持つ手すら震えている。

 何事かと思って竜基がアリサに声をかけようとした時だった。


「間違いじゃなかった!」

「うおわ!?」


 バン、と竹簡をテーブルに叩きつけたかと思えば、前のめりになって竜基にドアップに顔を近づけるアリサ。驚いた竜基は後方に椅子ごとすっ転ぶ。

 先ほどまでならそれでアリサを警戒したであろうライカも、なんだか可哀そうなものを見るかのような瞳で竜基を眺めていた。


「リューキだせー」

「待てオイ。今の俺悪くないだろ」


 椅子を立て直し、再び席についた竜基に。

 アリサは興奮冷めやらぬ表情で続ける。


「やっぱり、貴方を仲間に迎えたいの! 力を貸して欲しい! 貴方が居れば……貴方が居れば絶対に私の理想は叶う!」


 勢いよく、頭を下げた。

 そんな彼女に、竜基とライカは顔を見合わせる。


「顔、上げてくれ」


 口を開いたのは竜基だった。

 いつの間にか、彼はアリサの隣に居て。


「この竹簡は、お土産代わりだ。受け取ってくれ」


 そう、竜基は諭すようにアリサの肩に手を置いた。

 その際、ピクリと彼女が反応したのを見て、少々苦笑を禁じ得ない。

 もしかしたら断られるのではないか、そんなことを思っているのではないだろうかこの少女は。


 そんなはず、無いというのに。

 竜基は既に、彼女の強く雄々しい覚悟に魅せられていたというのに。


 竜基は、そっと言葉を紡ぐ。


「俺、水路の建設終わってないからさ。まだ行けないんよ」


 案の定、彼女は呆けた。


「……え?」


 苦笑が、止まらない。こぼれ出て、止まない。

 何をくさいことをしているのだろうかと思いながら、竜基は続けた。


「いやだからな? 水路の工事が出来るまで、やっぱり村に責任があるし……放り出すわけにはいかないだろ?」


 困ったように、竜基は後頭部を掻く。

 顔を上げたアリサは一瞬驚いた表情をして。それから、すぐに毅然とした態度にスイッチを戻した。

 先ほどまで、少々予想外の展開に困惑していた姿は、もう無い。

 その雰囲気は、今までずっと変わらなかった、彼女が持ち合わせるカリスマの塊そのもの。


「……じゃあ」

「ん?」


 口元に上品に手を添えて、彼女は一言呟く。

 竜基を見据える瞳は、開始直後の自信に満ちた力を帯びていた。


「一緒に……来てくれるの?」

「ああ。あの覚悟を聞いた時からそのつもりだった」

「……なによそれ」


 竜基の言葉に、呆れたように嘆息するアリサ。

 今まで自分が必死で行ってきた問答はいったいなんだったのかと、内心で愚痴を吐く。

 しかしながら、彼がそうした意図も分かるような気がして。


 でも、ありがとう。


 そう、小さくも力強く竜基を見据える。

 そしてアリサは、強く毅然とした風格を漂わせるその瞳を竜基に向けた。

 白く、華奢ながらも美しいその手。

 覚悟を感じた、強い意志を秘めたその手を、彼女は竜基に差し伸べる。

 


「……私に力を貸してくれる?」

「よろしくな、主君アリサ」

「……ふふ」


 手を、取る。

 アリサの嬉しそうな笑みが、眼前にあった。


「よろしくね。軍師リューキ」

「お、おう」


 アリサが最後に見せたその表情は今まで竜基が見たどんな彼女の表情よりも美しく。

 そして、可憐であった。


 それは彼女が友を得た事に対する自然な笑みだったからなのだが、その時の竜基には分からなかった。


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