八、
気絶させた優音を助手席に乗せ、男は女神降臨の地として準備を進めていた場所へと向かう。
「ようやく、ようやく、彼女に会える!」
困難と思われていた願いがようやく叶う。
その事に、男の声は自然と高くなり、顔が歪む。
男がサイコメトリーに目覚めた時、男の手には偶々昔この地で書かれた手紙を持っていた。
その手紙は、ほとんどが虫食い状態にあり、辛うじて誰かに対して向けられた手紙だと分かる程度にしか残っていなかった。
それでもその誰かに誰かが向けた断片的な思いは、男には酷く情熱的でいかに相手を思っているかがよく分かるような気がし、その相手がどんな相手だったか知りたいと思ったその瞬間、男はサイコメトリーに目覚めた。
そして、見た。
想像を絶するほど美しく、全てを包み込むような微笑みを浮かべる女神を。
その瞬間、たちまち男はその女神に心を奪われた。
男は気付いていないが、男のサイコメトリーは強力過ぎる為、手紙を送った者の言葉にならない思いまで気付かない内に読み取ってしまっており、その思いを男は自分の思いだと錯覚してしまっていた。
男はその錯覚に気付かないまま、女神に恋い焦がれ、女神の所在を探す為にあらゆる古い文献・書物を集めた。
その過程で、どうしても手に入らない物を手に入れる為に、サイコメトリーの能力で知った学校内で合法ドラックをばら撒いているピアスの少年を利用した。
すると、サイコメトリーによって断片的に得られ女神の行方は、全て女神がこの世界にいない事を、退魔士達によって奪名法によって神殺しが行われた事を知ってしまった。
大きな深い絶望に身を焦がし、全てを投げ捨てようとしていた時、偶々顧問を務めていた歴史探究部の部室で見た事がない書物を見付けた。
魔術に付いて書かれたその本は、内容が全くでたらめであるが、それを書いた本人が本物の魔法使い・魔術師である事をサイコメトリーで知る。
魔術・魔法。
その存在に、男は希望を見出し、そして、同時に知った本の持ち主であるおさげの部長の事情を利用し、魔術・魔法を調べ、習得した。
それにより、男は奪名法の欠点、完全に神が消滅するには時間が掛かる事を知り、まだ女神の魂が次元の狭間に存在している可能性を見出し、彼女を復活させる事を目論んだ。
次元の狭間の封印を出来る限り不安定にさせる為に、降魔術を基にしたコウリンを作り、それを大量に作る為に魔法の才能だけはあったメガネの部員を巻き込み、コウリンをばら撒く為にピアスの少年を利用し、終には、ここまで来ることが出来た。
「くっくく。本当に生徒達には感謝しても感謝しきれないな……」
そう邪悪に笑った時、目的地である男の勤務先である学校に着いた。
市花は学校のあちらこちらから発せられるコウリンの気配で気付いていなかったが、実はこの学校全体を使って女神降臨の為の魔術式を構築していた。
「まあ、感謝をしても、その恩は仇で返すつもりだがな」
茜と楓は携帯に出来た魔法の刃で市花を拘束している糸の様な物を切ろうとしたが、なかなか切ることが出来ず、四苦八苦の末、一本一本なら斬ることが出来る事が分かり、地道に切り続けた。
そうして、拘束している糸が何とか腕の動きを阻害しないぐらいになった時、
「離れてください」
市花にそう言われ二人はへとへとになりながら下がった。
二人が十分離れた事を確認した市花は、仕込み杖を抜刀。
二人が苦戦していた糸らしき物をあっさり斬り、立ち上がる。
そして、二人が痛そうな顔をするのを無視して斬った糸らしき物を掴んで、身体に撃ち込まれた小粒な魔法具を抜き始めた。
ほどなくして全ての魔法具を抜き終えた市花は、一瞬ふら付き、慌てて近寄った二人に支えらえる。
「すいません。少ししたら回復すると思いますから、それまで支えておいてくれませんか?」
「ええ、それは言いですけど……」
弱り切った市花の姿に戸惑う茜だったが、直後に携帯が再び鳴る。
確認すると金兎からのメールで、
「え? 私達の学校で大規模降魔術の反応を確認?」
そう書いてあった事に茜と楓は戸惑いの表情を見せ、市花はため息を吐いた。
「……妙にコウリンの気配がすると思っていたら……そう言う事でしたか……単独で行う退魔じゃなかったかもしれませんね。いまさらですが」
そう反省を口にした市花は、両隣の二人に顔を向け、
「行きましょう」
「行きましょうって、市花さん。こんなに怪我をしているのに……」
市花の言葉に、茜は戸惑うしかない。
市花の肌が露出している部分のほとんどに、直視出来ないほどの酷い傷があり、茜には分からない理由で既に血は止まってはいるが、それでもまともに戦える状態ではないのは素人でも分かる。
「平気ですよ……多分、もうそろそろ金兎が直接魔法を使えるぐらいの通信手段を確保すると思いますから……少し、いえ、大分嫌ですけど…………『白姫』市花に戻りますから」
市花の覚悟の言葉に、茜と楓は疑問符を浮かべたが、覚悟のほどは分かったので、二人は市花を支え歩き出した。
残された鋼は、身体の各所を少し動かして全身の状態を確認。
動けると判断した鋼は飛び跳ねる様に立ち上がり、ちょっと痛かったのか顔を歪めるが、直ぐに別の意味の笑みを浮かべた。
「ふふ、白姫に戻るんだ。それは是非、戦ってみたいわ」
あなた。あなた。どうしたの? どうして目を覚ましてくださらないの?
こんなに、こんなに、愛しているのに、こんなに、こんなに、愛しているのに……どうして、どうして……あなた!
その鬼気迫る女性の声に、優音はびくっ目を覚ました。
……えっと……何? 今の声……全く知らない様な、知っているような……って!? あれ!? なにこれ! なんで優音、宙に浮いているの!?
気が付くと、周りはすっかり夜になってて、優音は……あ! ここ、優音達の学校のグラウンドだ……の宙に吊るされるように浮いていた。
慌てて周りを確認すると、幾何学的な光の模様が優音の身体に巻き付いてて、それが学校の至る所に繋がって、優音を支えているみたいだった。
何……これ?
優音が戸惑っていると、
「む? なんだ、気付いてしまったのか……まったく、余計な手間を掛けさせる」
そう言う声が、下から聞こえてきた。
下を見ると、多分校舎から持ってきた机と椅子に座ってノートパソコンを操作している先生がいた。
「依り代が起きてると、彼女が降りにくいだろうが」
そう言って、優音に手を向けてくる。
またバチンってされる!?
そう思った優音は反射的に、
「ま! 待ってください!」
って思わず言っちゃうけど、それで止めるとは思えなくって、
「なんだ?」
あ、止めた……ど、どうしよう。止めてくれるって思わなかったから、次の言葉なんて考えてないよ……え~と、え~と、
「……何だ。ただの時間稼ぎか……無駄な事を」
「わ~わ~ちょっと、えっと、あ! そうだ! なんで優音なんですか!? 優音。自慢じゃないですけど、そんなに体力も、知力もないですし」
苦し紛れに言った問いに、先生は苦笑した。
「別にお前その者ものが重要じゃないのさ。重要なのは、お前の血筋だ」
「?」
「つまりだ。風峰優音、お前は『この地で神殺しされた女神と人間の間に出来た子供の子孫』だってことさ」
地下室から出ると、市花達がいた場所が最近潰れたゲームセンターだった事が分かり、学校から若干離れた場所である事にジレンマを感じた。
しかも、市花を開放するのに手間取ったせいか、日が沈み、停電の影響もあって周囲は真っ暗闇だった。
市花がいなければ、ここが最近潰れたゲームセンターあった事も、そのゲームセンターから出る事も出来ないほどの暗闇。
茜と楓は電気のない暗闇への恐怖に耐えながら、市花の指示のも学校へと歩みを進める。
学校まで後半分と言う所まで来た時、市花の携帯が鳴った。
「金兎?」
「ごめん。その地域への電線が全部切られてて、電気復旧が出来そうになかったから、回線を魔法で構築するのに手間取った」
金兎のその謝罪に、市花はほっとしたが、直ぐに、驚きの表情になり、
「あの男、そんな事をしてたの!?」
「ん? まあ、そうみたいだよ……この事件が解決しても、色んな所から怒られそうだね」
金兎の指摘に、市花は小さく呻き、深いため息を吐いた。
「……なんて迷惑な男」
「まあ、魔術を使う犯罪者なんてみんなそうさ……にしても、大分やられたね」
市花の取り出してもいない携帯でどう確認しているのかは不明だが、市花の状態を確認した金兎は若干声に怒りを混じらせた。
「全て私の未熟が招いた結果よ……そんな事より……金兎、私…………白姫に戻るわ」
ありありと分かる躊躇の間の後、絞り出すように市花は覚悟を口にした。
市花のその覚悟に、金兎は携帯越しに戸惑う。
「……いいのかい?」
「いいわ……いつまでも見向きしないわけにもいかないし……そんな場合でもなくなってしまったもの」
「確かにそうかもしれないが……」
「ふふ、心配しなくてもいいわ。いつかは戻ろうと思ってた事だし……いい機会だと考えるわ」
その市花の言葉に、金兎は少し沈黙した後、深いため息を吐く。
「少しでも変調が起きたら……」
「分かってる……二人とも離れておいてくれませんか?」
それまで二人のよく分からない会話を黙って聞いていた茜と楓は顔を見合わせ、素直に市花から離れる。
その途端、市花が少しふらつく市花だったが、心配する二人に、
「大丈夫」
そう言って微笑んだ。
「金兎。お願い」
「了解。封印解除」
金兎の言葉と共に、市花の髪を纏めていた大きな花の髪留めが、ゆっくり散り始める。
一枚、一枚散る度に、市花が小さな呻き声を上げた。
見た目上の変化はないように見えた茜と楓だったが、直ぐに何故市花が呻き声を上げたか分かった。
二人が見ている前で、市花の傷が急速に癒えていく、そのあまりの回復の速度に市花は痛みを感じている様だった。
何が何だか分からない二人が唖然としていると、不意に市花が進行方向に顔を向けた。
つられて二人も同じ方向を見るが、星明りで辛うじて見える距離にいる市花と違い、何も見えない。
思わず茜が何があるのか聞こうとした時、不意に空に明かりが生じた。
急な光源の出現に、二人が目を瞑ると、
「古くから退魔士をしている家系の中には」
偽刀流鋼の声が聞こえた。
徐々に光に慣れてきた目で声のする方向を見ると、茜と楓は眉を顰めた。
何故なら、そこには見知らぬ可憐な少女がその手に刀を持って立っており、
「人以外の存在と交わって力を得た連中もいる」
鋼の声でこっちに向かって喋っていたからだ。
「その中の一つが白姫家。白姫鬼と名付けられた鬼と交わった鬼の力を代々受け継ぐ家系……そうだったよな?」
「ええ……」
鋼の声を発する少女の問いに、市花は嫌そうに頷いた。
「しかも、白姫家はその鬼の力を濃く受け継がせる為に、白姫鬼の力を発現させた一族の女を贄姫と称し一族の男全員による近親相姦を先代まで行ってて、結果、歴代の白姫家の中でもっとも白姫鬼に近い能力を発現したのが、あんたって話だったが……それも間違いないな?」
「ええ……」
市花のしぶしぶと言った感じの頷きに、満足そうな笑みを浮かべる少女。
「っで、その発言した能力のせいで、次期当主に指名されながら現当主以外から認められず、贄姫にするために罠を張られ、失明。それを理由に贄姫にされそうになった為、その最大の理由である能力を幼馴染の魔法使いに封じて貰い、それ以降一度も封印を解いてなかった……違うか?」
「……一体なんなんです?」
流石の市花も連続の不愉快な質問攻めに不快そうな顔になった。
「ん? 決まってんだろ? 封印が完全に解けるまでの暇潰しと確認だよ。なんてったって、うちの家系は人間が人間のまま、あんたみたいなのに勝つ為に偽刀流を生み出した家系だからよ」
鋼の声と、少女のあまりの可憐さのアンバランスに、市花の両脇の茜と楓が唖然としていると、少女は面白そうに笑い、
「なんだ? 気付いてねぇのか? これが俺の、いえ、私の本当の姿だって」
一瞬だけ顔が少女の顔から鋼の顔に変わり、また少女の顔に戻った。それと共に、声質も可憐な少女にぴったりな声に変わり、口調も変化した。
「偽刀流は気操術の一つ、身体操術で姿も偽ってるんですの。おかげあの姿の時は体の動きが鈍くて鈍くて……でも、見ての通り偽装を解けばある程度のダメージを無効化出来るんですの」
「ですのって……」
あまりのギャップにまた唖然とするしかない茜と楓を無視して、可憐な少女になった、もとい、戻った鋼は市花に笑みを向ける。
「封印……完全に解けましたの」
鋼の言う通り、市花の髪は完全にほどけ、大きな白い花の髪留めは全て地面に散っていた。
「では、戦いますの」
そう言って構える鋼に、市花は眉を顰める。
「待ってください。もうあなたの仕事は終わったんでしょう? なのになんでわたくしと戦う必要があるのです?」
「さきほどもうしましたの。私達の家は、あなたの様な方に勝つ為に偽刀流を生み出したと……言わば、これは宿命ですの」
「……根っからの戦闘狂の家系だとは聞いていましたが…………仕方ありませんね。どうしても戦いたいと言うなら、久し振りの白姫鬼の練習相手になって貰いましょうか」
呆れた表情から真剣な表情になり、仕込み杖を腰に構える市花。
「練習相手と侮っていると、これから見せる真の偽刀流に負けますわよ」
そう言って、深く腰を下ろし、上段に両手で刀を構える鋼。
一瞬の静寂。
互いの闘気が自然に高まり、空気がびりびりと震える錯覚を茜と楓は感じ、四人の中で最も耐性のない茜が一歩後ろに下がった。
その靴音が聞こえた瞬間、市花と鋼の姿が茜と楓の視界から掻き消える。
瞬きよりも早く、市花と鋼が交差。
男の時の姿と比べ断然早くなった鋼の手と足が、まるで刀の様に鋭く、無数に迫る。
だが、それらの攻撃を全て薙ぎ払う様な抜刀を市花が放つ。
刀身のみならず、全身に力を溜めて一気に突撃して放つ十二の基礎居合技の一つ『丑』。
十二の基礎居合技の中で最大力の攻撃が、鋼を攻撃ごと薙ぎ払った。
だが次の刹那、それまで迫っていた鋼の姿が掻き消え、一歩後ろに刀を構えた鋼が現れる。
気を極限まで高め投射し、自らの気配・殺気を映した幻影を作り出し相手にぶつける偽刀流奥義が一つ『偽体』
そして、全身の全ての力と気を刀に込め、一切の偽刀を止めて放つ一閃。
偽刀流奥義がもう一つ『真刀』。
前段階として散々刀を囮にした偽刀を相手に見せ付けた上での刀を使った攻撃である為、これを分かっていても避けれる・防げる者はまずおらず、実際、市花も抜刀した刀を振り抜いていた為、防ぐ事も、避けられる事も出来ない至近距離。
鋼は勝利を確信し、刀を振り抜き、市花と交差し擦り抜ける。
立ち位置が入れ替わった鋼はすぐさま振り返り、市花を見るが、市花は乱れていた服装を整え、そのまま学校へと向かって歩き出した。
今ので何故無傷だったかの事への驚きより、鋼に背を向けて歩き出した事に鋼は驚き、
「何のつもりで」
すのっと言い切る前に、自分の持つ刀に異変が起きている事にようやく気付いた。
刀の刀身が唾近くから無くなっている事に。
驚愕する鋼に、
「白姫流抜刀術が白鬼技『あぎと』。振り抜いた先に鞘を用意し、返す刀でも抜刀する技です」
「な! そんな事をどうやってやるんですの!」
その鋼の問いに、市花は手ぶらの両手を見せる。
疑問符が浮かぶ鋼の視界に、仕込み杖を持った市花の髪がぷらぷらと動くのが入り、鋼は自分が大きな勘違いをしていた事に気付いた。
「あなたから売ってきた勝負を買ってあげた上に、勝ったのですから、少々わたくしのお願いを聞いてくれてもよろしいですよね」
不意な市花の提案に、鋼は眉を顰める。
「なんですの?」
「しばらくの間、彼女達を守っていてください」
そう言って、市花は駆け出し、光源から闇の中へと消えた。
「仕方がないですの……ただで守ってあげますから、離れるんじゃありませんの」
若干むすっとしている鋼にそう言われ、どう対応したらいいか困る茜と楓だった。
白姫家の初代当主は、『白姫鬼』と呼ばれる女の鬼と居合抜きを得意とする名も無き退魔士との間に生まれた子だった。
その為、白姫家は抜刀術を主に使う退魔士であり、鬼の血を引いている為、超人的な身体能力と回復力を持っていた。
それが現代の退魔士達に共通する市花への基本的な認識。
だからこそ、鋼は市花が封印を解いても、高々身体能力がアップし、回復力が高まる程度と勘違いした。
この勘違いを呼んだのが、白姫鬼と初代白姫家当主が生きていた時代が江戸時代より昔であった事と、その後の代の白姫家の者の方が活躍していた事、更に特殊な能力を有する鬼の能力は人と交わると極端に遺伝しにくい事にある。
そもそも鬼は発生の状況は様々だが、その多くは他の妖などと比べ人そのものが基になっている事が多い。
それ故に人と交配が可能なのだが、それ故に特殊な能力を有する鬼の発生が低い。
退魔士達の認識からすると、鬼はただ単に身体能力が高く、回復力が以上に高い程度でしかなく、まさに現代の退魔士達が白姫家の者達に抱く認識そのものだった。
更に、鬼の中に偶に発現する特殊な能力は、鬼の人としての部分と相性が悪いらしく、人とその鬼が交配すると、どうしても鬼の部分より人としての部分の方が強く受け継がれてしまう。
それならそれで普通は問題ない。
多くの過去の退魔士達は、鬼の強靭な身体能力と生命力を求めて鬼と交配したのだから……
だが、そんな鬼と交配した退魔士達の中でも、時より安定的に鬼の特殊能力を継承させることに成功した家系もあり、それらの家系は退魔士達の間でも常にどんな時代に置いても一目置かれている。
だからこそ、白姫鬼と初代当主のみが、その鬼の特殊能力である『鋼鉄以上に丈夫でありながら、それでいてシルクの様に柔らかい髪を、一本一本手足の様に自在に操る事が出来る能力』を発現した事実に初代以降の当主達は衝撃を受けた。
鬼の身体能力と生命力のみしか受け継げなかった他の退魔士家系と違い、確かに一代のみではあるが鬼の特殊能力が受け継がれた。つまり、白姫家の血には間違いなく鬼の特殊能力が間違いなく眠っている。
そう考えた歴代の当主達は、それを発現させる為にあらゆる努力をした。
技を極め、気操術を高め、他のどの家より退魔を行った。
その結果、白姫家の名声は高まったが、どうしても鬼の特殊能力が発現しない。
そうしている間にも代を重ね、鬼の血は薄まる。
焦った当主達はある考えに行き着く。
血が薄まっているのなら、濃くすればいいじゃないか? っと。
こうして贄姫のしきたりが生まれ、市花の前の代まで形を変え、手を変え人外鬼畜の近親相姦が続けられていた。
その結果なのかどうなのか判断が付かないが、市花は生まれた時からもっとも白姫鬼に近い容姿を有していた。
日本人離れした白い肌に、光沢ある異常なほど丈夫で軟らかい白い髪。
更に他の兄弟を圧倒する身体能力と回復力。
髪を操る能力は発現していなかったが、それはまさに伝え聞いた白姫鬼そのものだった。
だからこそ、市花の祖父は市花が贄姫しようと他の者達が考えると予測し、市花を次期当主に指名した。
髪を操る能力が発現しなかったからこそ、次期当主に市花が指名されても市花を贄姫にする事をあきらめない者達がいて……結果、悲劇が起きた。
悲劇の後、金兎の家で市花は考えた。
自分が弱かったから、自分が白姫鬼として完全になれなかったから、こんな事になったと。
それまで自分の髪を市花が意識した事はあまりなかった。
何で白いんだろう? とか。
何でこんなに丈夫なんだろう。とか。
多少は疑問に思いはしたが、日々の激しい修行の中で、そんな疑問を気にかけているほど余裕はなく。
皮肉な事に、白姫家が自らの業によって潰れた後に、初めて市花は自らの髪の事、白姫鬼の事を気にし出した。
それは全盲状態でも退魔を行えるようになる為の修行中にも続き……ある時、ふと気が付いた。
それまで気付きもしなかった、気にもしなかった感覚が自分の中に、自分の髪にある事に。
そして、その感覚に促されるまま、市花は初めて髪を自在に操る事に成功した。
何の事はない。
実は市花は、既に先祖である白姫鬼と全く同じと言っていいほど先祖返りを起こし生まれてきており、ただ単に髪の毛を操れる事に気付いていなかっただけなのだ。
ただ、それだけ。
たったそれだけの事で、市花の身に、白姫家にあれだけの事が起きた。
唐突に出来るようになった白姫鬼の特殊能力を戸惑いながら自分の物にして、失われた技『白鬼技』を復元していた市花だったが、ある時、不意に、何の前触れもなく……吐いてしまう。
自分でも理由の分からない変調に、診断した金兎はその嘔吐を心因性嘔吐と診断し、ストレスの原因である市花の鬼の部分を封印する事を提案した。
強力な力を力である白姫鬼を封じる。
盲目になってしまった身で手に入れた強力な武器を封じる事に、市花は多少は躊躇はしたが、あまり長く悩まず封印した。
それほどまでに白姫鬼の力を使う度に吐いており、学校へと向かう今の市花も、少し吐き気を感じていた。
市花は建物の屋根を飛び跳ねながら自嘲し、
(もうそろそろ大丈夫だと思ったんだけど……まだ早かったかしら? …………それでも、使わないと……)
ひしひしと学校の方から感じ始める強烈な神気に、市花は覚悟を決め、
「金兎! 力を貸してね!」
「ああ、もちろん」
金兎の答えに市花は苦笑しながら、懐から携帯電話をいくつも取り出し、全て腰に刺した。
「ああ、一つ言い忘れてた事があった」
戦いの準備が終わり、後もう少しで学校に着きそうになった時、不意に金兎がそんな事を言った。
「何? 重要な事?」
「もちろんさ。風峰さんの事と、女神が神殺しされた理由が分かったんだよ」
優音の事が分かったのはそれほど不自然ではないが、あらゆる記録が抹消されているはずの女神の事が分かったと言う言葉に、市花は眉を顰めて、飛ぶのを止めた。
「何が分かったの?」
学校の方をちらりと気にするが、まだ完全に降り切っている気配はない上に、まるで金兎が焦っていない事が気になった。
「風峰さんは、多分、いや、こうして女神降臨に利用されている以上は間違いなく、この地で神殺しされた女神の子孫だよ」
「……神様を祖先に持つ人間は日本じゃごろごろしてるって聞いた事はあるけど……」
金兎の情報に再び眉を顰める市花。
日本において神は酷く近い存在として描かれることが多く、人が神になる事もざらにある。
それ故に、神を祖先に持つ者は日本に置いてそれほど珍しくない。
ただ、それら人と交配可能な神の場合、その能力が子供に受け継がれる事はほとんどなく、それ故に自分が神の子孫だと気付かずに一生を終える者が殆どだった。
それは能力自体が強過ぎる為、神の人としての部分以外拒絶されてしまう為。
場合によっては一世代、二世代まで受け継がれる事も無い事はないが、それでも世代を重ね神の血が薄まれば薄まるほど能力が受け継がれる確率が鬼より低くなる。
そして、日本に置いて神殺しがもっとも頻繁に行われていたのは江戸時代前後した頃。
そう考えると、市花が優音に何も感じなかったのは頷ける事実ではあるが、神殺しを行った場合、その神に関する全ての記憶・記録は抹消される。
それはつまり、神の子に対しても適応される事であり、現代に置いて神殺しが行われた神の子が生き残っている事はほとんどないはずだった。
「うん。不自然な話だよね。でも、事実だからこそ、風峰さんは歪みが不完全で、かつ、粗悪品と言えるコウリンで女神を降臨させる事が出来た上に、何ともない」
「確かに神様をその身に宿して平気なのは、その子孫ぐらいだって言うのは聞いた事はあるけど……でも、どうして?」
「うん。それは今降臨しようとしている女神の神殺しが他の神殺しと違ってかなり特殊だったからだよ」
「特殊? どんな風に?」
「女神は――」
金兎が語った特殊な神殺しの話に、市花はため息を吐き、
「なるほど……風峰さんがああなのは、先祖の血筋のせいね」
そう呟き、再び学校へと飛び出した。