六、
歴史研究部の部長の幼なじみの家には、特に今回の事件に関する物はなかった。
代わりに、放って置くとかなり危険な代物がいくつか見つかり、市花はそれの処分に時間を取られてしまう。
「風峰さん達が学校にいる間に決着を付けると言っておきながら……情けないわね」
優音達に現状の報告のメールをした後、市花はそうつぶやいてため息を吐いた。
「仕方がないさ。あんな物が素人の家にあるなんて普通はない事だし」
金斗の慰めの言葉に、市花は苦笑し、
「今回はこっちの常識が通用しない事が多いわね」
「まあ、彼らが使っている魔術は、使用している器具は最新方式だけど、その基礎が随分と古い物だからね……おかげで妙なアンバランスさ、拙い部分と高等な部分が出てきて意表を突かれる……だから、仕方がないんじゃないかな?」
魔術にも世代があり、年代によっては今の魔術とは常識が違う物も多々ある。
特に、魔術式の構築・展開にコンピューターを使用する様になってからはその世代交代が激しい為、対魔術師・対魔法使い戦に置いて、どの世代の魔法を使うかを知る事が勝敗を分けることがある。
「出来の悪い魔術ドラックだとは思っていたけど……古い魔術ね……でも、そんな魔術、どこから手に入れたんだろう?」
「確かに疑問だよね……現代ならいざ知らず、昔の魔術師や魔法使いは自分の技術を外に流失・共有したがらなかったって話だし、さっきみたいな魔法具ならまだしも、魔術そのものを理解させる代物が出回らせるような事を退魔士協会が許すとは思えないんだけどね……」
退魔士協会は、退魔士の監理する一方、物流の中に魔法具が紛れ込んでないかなどの監視もしている。
ただし、退魔士も現在社会の物流システム利用して自分では作れない魔法具を手に入れているので、時として本物の魔法具が一般人の手に渡る事もあり、日頃から問題提起されていた。だが、こと魔術関連の書物などの伝達物に関しては技術流出を恐れる魔術師・魔法使いの積極的な協力によりそれらが流通する事はまずない。
仮に流れていたとしても、それらは魔術師・魔法使いが魔術・魔法がフィクションであると思い込ませる為に用意したダミーであり、それらダミーが歴史研究部の部室や部長の幼馴染の部屋、そして、今市花が調べている顧問の自宅であるマンションの一室に大量にあった。
「このダミーって、ここに書かれている事とかをやっても意味ないんだよね?」
「意味ないどころか、遠退くんじゃないかな?」
「……そういう物なの?」
「そういう物」
「ふ~ん」
目の見えない市花には分からない話であり、実は今の今までの調査は、ネットを通して金兎が代わりに調べており、市花は金兎に支持されるまま行動しているに過ぎない。なので、若干手持ち無沙汰であり、大いに暇だった。
「……んー……ん~……どうもよく分からないな……」
しばらく調べた後に、ありありと困惑した声を出す金兎に、市花は眉を顰める。
「何? 何か分かった」
「分かったと言うより、分からない」
「……あのね……」
「市花は魔法使いじゃないから分からないかもしれないけど、魔術・魔法を身に付けるには膨大な知識量が必要になる。なんせ、世界の理に喧嘩を売る様な行為なわけだからね……勝つ為には、魔術・魔法の知識は勿論、この世の理を正しく理解する必要もあり、最近では魔術に電子機器も使用するからIT技術なども知る必要がある」
「……眠くなるような話ね」
「寝るなよ……まあ、とにかくだ。あれだけの魔法を生じさせる魔術式を構築するには、いくら独自に作り出したものであっても、ある程度基礎が必要になるって事。今言った知識とかね……でも、それらが見付からない」
「……彼らが持ち歩いてるんじゃないの? もしくは、別の場所に隠しているとか」
「クラックした魔術式から逆算して、それらを構築するのに必要な知識量を考えると……少なくとも大型トラック一台分の魔術書などがないと無理だと思うんだよね。効率の悪い古い魔術式だったし……部屋を調べた感じだと、書物を電子化する機器や魔術式はなかった上に、今まで行った場所から魔術関連の書物を持ち出した痕跡はなかった……市花も知ってるだろ? 魔術の正しい伝達物は、例え文字だけでもそこに魔力が宿るって事を」
「……そう言えば、そういう独特な魔力を感じなかったわね」
市花は金兎の家にあった魔術書の独特な気配を思い出し、同じ様な気配が僅かでもないか確認する。
魔術書などに宿る魔力は、宿っている物が伝える物である為か、例え移動させたとしてもその場に残り易い。
だが、金兎が言う様にこの場にその気配は感じない。
「どう言う事?」
「だから分から…………」
不意に金兎が黙ったので、市花は眉を顰めるが、何か思考始めているのは長い付き合いで分かっているので邪魔しない様に黙っていると、
「……ああ、そうか、『あれ』を忘れてたな」
「『あれ』?」
「うん。一つだけ、ダミーの魔術書とかから魔術の知識を得る方法がある」
「何それ? どんな」
方法よ。っと言おうとした瞬間、何者かが部屋に入ってきた僅かな気配を感じ、市花は仕込み杖に手を掛けながら、今までいた書斎から廊下に出る。
「流石は座頭市。気配に目敏いな」
そう言って玄関にいたのは、偽刀流鋼だった。
「隠形は結構得意なつもりでいたからちょっとショック」
そんな事を言いながら、抜身の刀を正眼に構える鋼。
「市花」
「分かってる。こいつがここにいるって事は」
金兎と市花の短いやり取りに、鋼はにやりと笑い。
「そ、俺の役割は、座頭市の邪魔。ここは通さないぜぇ~」
ふざけた様子を見せる鋼だが、その姿に市花は不自然な隙を感じ、かえって隙がないように見えた。
(こんな狭い場所では、本当の得物が短い向こうの方が有利ね)
そう思った市花は、不意に鋼に背を向ける。
「は?」
流石に驚いた鋼を余所に、市花は少し離れた壁に向けて突撃。
気操術により強化された足腰により行われた突撃は、一瞬の内に壁に到達し、壁にぶつかるかぶつからないかの直前で、市花は抜刀。
その瞬間、過剰に込めて溜められた鞘内部の力が解放され、爆発的な衝撃波が生じ、壁を一気に粉々にして吹き飛ばした。
十二の基礎居合技の一つ『亥』。
本来は敵を吹き飛ばす為に使う技で開いた大穴から、それなりの高さのある外へと特に躊躇う事もなくひょいと飛び出す市花。
「な! 待ちやがれ!」
あまりの唐突な暴挙に、一瞬あっけにとられていた鋼は慌てて後を追い、壁の大穴から身を乗り出した。
その瞬間、下から何かを感じ、後ろに飛び跳ねる。
しかし、直感的に間に合わないと判断し、硬気功を全身に使う。
ほぼ同時に、大穴の下の壁に気操術によって立っていた市花が鋼の前に飛び出し、腰に構えていた仕込み杖を抜刀。
気配を消しながら対象の視覚外から飛び掛かり放つ十二の基礎居合技の一つ『寅』。
これはあくまで不意打ちの為の技である為、攻撃力がない。
それ故に、硬気功で身体を強固にした鋼には効かず、反撃を許してしまう。
放たれる突きが市花の胸に迫るが、本命は気配なく放たれた蹴り。
それを見切った市花は、空中を気操術により蹴り、一気に鋼の懐に入る。
懐に入られた鋼は、刀を瞬時に握り替え、背後から市花を突き刺そうとするが、本命は膝と肘のはさみ打ち。
その攻撃が市花に叩き込まれるより早く、懐に入る同時に納刀し、前に構えていた仕込み杖を密着最小限の動きで抜刀。
零距離居合である十二の基礎居合技の一つ『子』。
胸を僅かに引き裂かれ、後ろに吹き飛ぶ鋼だが、僅かに市花の肩・脇に攻撃が入る。
だが、玄関にぶつかり止まった鋼は驚きの表情を見せた。
「なんだその着物は……」
攻撃を入れたはずの鋼の肘・膝が逆にダメージを受けていた。
対する市花は何のダメージも受けていない。
何故なら攻撃が当たるその瞬間、それまでただの布だった着物が瞬時に硬化。
打ち込まれた肘と膝を跳ね返したからだ。
魔法具であるのなら、その独特な気配から鋼は直ぐに気付く事が出来、対策も打てたが、鋼には市花の着物が自らの力が籠った攻撃を跳ね返したと言うのに普通の着物にしか見えなかった。
「種明かしをしてあげるほど、わたくしは優しくありませんよ」
そう言って、前に仕込み杖を構える市花。
「っは! いいね! こういうのを待ってたんだよ!」
と言いながら、半壊していた玄関ドアを壊し市花に投げ付ける鋼。
市花が反射的に玄関ドアを斬り飛ばし、偽刀流の次の攻撃に警戒した市花だったが、直ぐに眉を顰める。
「悪いが、視覚に頼らないあんたとまともに戦うのは、偽刀流じゃ分が悪い。場所を改めさせてもらうぜ」
そう言ってこの場から遠ざかる鋼の声が聞こえたからだ。
当然、市花の前に鋼の姿は既に無く、それが意味する事は、
「金兎! 風峰さん達は!?」
「ん? ……いや、無事……ちょっと待て……これは……」
話し合いって言い出したおさげの先輩は、優音達に自分の置かれている状況を話してくれた。
幼馴染さんが魔術に中途半端に手を出してしまい、集めた魔法具が複合暴発を起こして、幼馴染さんはずっと眠り続けていて、それを何とかする為に歴史探究部の顧問の人に協力してるって。
えっと……
「あの、魔術の事は優音には分かりませんけど……金兎さんに頼めば何とかしてくれると思いますよ」
「金兎さん?」
おさげの先輩に優音は頷き、
「魔法使いさんです。直接は会ってませんけど、凄い魔法使いさんみたいですよ」
「ああ……私のサーバーの一つを壊した人ね……確かに凄い人なのは認めるけど」
「けど?」
「私はもうあちら側にとって犯罪者よ……そんな人間の頼みを聞いてくれると思う?」
「それは……」
どうなんだろう?
「じゃあ、何の話し合いに来たんですか?」
それまで黙って聞いていた茜ちゃんが、厳しい口調でおさげの先輩を問い詰める。
「分かるでしょ? ……風峰優音さん。あなたに私達の計画に協力してもらいたいの」
そう優音に向かって真っ直ぐ言うおさげの先輩。
協力って言われたって……
「……冗談じゃない」
じろっとおさげの先輩を睨む楓ちゃん。
「コウリンを使って優音に何を憑けさせるつもりかは知らないけど……強力なのを憑けた人間がどうなるか、作っているあんたが知らないわけじゃないでしょ!」
激怒する楓ちゃんに、おさげの先輩は困った顔になる。
実は昨日、立体駐車場からの帰り道に、市花さんがメガネの人の処分は社会奉仕と魔術に関する記憶の消去になるじゃないかって話をした後、教えてくれた。
強力な悪魔を憑かせたピアスの人は、多分、魂の一部が壊れてしまっている。って。
本来一つの身体に一つの魂が正常な状態なのに、何の訓練も受けてない素人が別の魂とかをもう一つ入れてしまえば当然、その魂に本来の魂が圧迫されて傷付いちゃって、低級霊とか弱い霊ならある程度時間を掛ければ治る程度で収まるらしいんだけど、それが上級霊とか強い霊になると時間を掛けても治らないほどのダメージを魂に受けてしまって……よくて人格変異、悪くて廃人、最悪は死んでしまう事あるらしくて……
そんな話を聞いてたから、楓ちゃんは怒ったんだけど……
「あの……先輩達は、優音に何を憑かせようとしているんですか?」
優音の問いに、おさげの先輩は少し驚いた顔をして、
「本当に気付いてなかったのね……」
そう言った後、少し考えて、
「簡単に言えば、『女神』よ」
え? 女神?
「ちょっと、何少し嬉しそうな顔をしてるのよ」
「……もうちょっと事態の深刻さを理解しような」
「ご、ごめんさない」
「……あなた達、いいトリオね」
「女神?」
屋根から屋根に飛んでは走り、飛んではを繰り返して最短距離で優音達の下へ急ぐ市花に、金兎は優音に取り憑いた何かの正体に付いて話し出した。
「ああ、しかも『名を奪われた女神』である可能性が高い」
「『名を奪われた女神』!?」
幽霊などのこの世に元々存在している存在から生じた存在以外の、この世に本来は存在しない存在達は、その多くが人の思い・願いによって誕生する。
そこに込められた思いの強さ・願いの強さなどにより、それらは時として精霊や悪魔・妖怪、そして、神などと呼ばれた。
精霊信仰の土地では精霊が、悪魔が信じられている土地では悪魔が、妖怪がいると思われている土地では妖怪が、神の存在を信じる者達がいる土地では神が、恐れ崇め奉られた通りの姿で生じ、崇め奉られた通りの行動をし出す。
言わば人の想像力の産物と言えるのが、『彼ら』であり、困った事にその誕生に関わった人間が多ければ多いほど、その存在を信じる者が多ければ多いほど『彼ら』の力は強くなる。
それ故に、崇め奉られた通りに行動する『彼ら』の多くは、崇め奉られた通りに人を守り、人を害した。
川の神などなら荒れ狂う川を鎮める為に本当に生け贄を要求し、建築の神なら建築物を守護する代わりに人柱を要求など。
神話や伝承に語られる通りの、時としてみせる『彼ら』の、人が望んだ残虐性は、ある程度の時代までそれでよし、仕方がない事と認識され、耐えられ続けていた。
だが、時代が進み、文明が、文化が、科学が発展した現代に連なる時代にて、人間は自らが生み出した『彼ら』を否定し始める。
その最も顕著な存在が、退魔士と呼ばれる者達であり、彼らの最終目的は、『彼ら』の中で最も高位の存在と認識されていた『神を殺す事』だった。
そして、退魔士達は幾度の失敗、幾度の試行を繰り返し、ついに神殺しの技法を編み出す。
その技法は、倒すべき『彼ら』の名を奪う事。
つまり、『彼ら』に関する記憶・記録をこの世から完全抹消し、『彼ら』の源である人との繋がりを断ち、存在そのものをなかった事にする。
『奪名法』と名付けられたそれにより、世界各地で神を始めとする人の想像力から生じた『彼ら』は、その多くが倒された。
特に日本に置いては八百万の神々がいると考えられていた事もあり、多くの神が奪名法により倒されてきた過去がある。
だが、
「ちょっと待って、あの時風峰さんに憑いていたのが名を奪われた女神って……それっておかしいでしょ!? 名を奪われてるって事は、もう消滅しているって事でしょ!?」
「名を奪われているからと言って、直ぐに消滅するわけじゃないさ。名を奪った神などの存在がどれだけ信じられてきたか、知られてきたか、力を持っていたかによって、完全消滅までに掛かる時間は変わる。場合によっては数百年掛かる個体もいるらしい」
「数百年……」
「当然、奪名法を使った際にその対象の身体を破壊されてるし、その魂も次元の狭間に封印……ああ、なるほど」
「? ……なに急に?」
「いや、なんでコウリンをばら撒いたのか疑問だったんだが」
「何でって……女神を宿しやすり依り代を探す為じゃないの?」
「そんな単純な目的なら、探査魔法を使った方がリスクが少ないだろ?」
「それはそうね……」
「っで、彼らの目的が『名を奪われた女神の復活』だと考えると……コウリンをばら撒いたのは、降魔術を多発させる事により、その辺り一帯の空間を不安定にさせ、次元の狭間への道を開き易くさせようとしてたんじゃないか? ……降魔術は召喚系でもあるから発動の際にある程度次元に干渉するしな」
「……魔術の事は私には分からないけど……そもそも、彼らは何でこの地に名を奪われた女神がいるって分かったの? 奪名法でその女神に記憶や記録はこの世にもうないんでしょ?」
「ああ、多分、退魔士協会とかにも、そこの地で奪名法が使われた程度の記録しか残ってないんじゃないか?」
「じゃあなんで」
「さっき、ダミーの魔術書から魔術の知識を得る方法があるって言っただろ?」
「そう言えば、偽刀流に邪魔をされて聞いてなかったわね……それが関係あるの?」
「奪名法の主な記憶・記録消去の仕方は、主に別の記憶・記録の上書きによって行われるんだが」
「うん」
「上書きって事は、その下に消した記憶・記録があるわけでさ」
「うん?」
「当然、魔法使いとかが読み取れない様な対策はしてあるが、数が少ない超能力者対策までしてないんだよ」
「……超能力者?」
「今回の場合は物の記憶を読む事が出来る『サイコメトラー』だな」
「……つまり、歴史探究部の部長か顧問のどちらか」
「いや、部長の方は魔術式の構築の仕方からサイコメトラーじゃないと思う」
「そんな事も分かるの?」
「ん? まあ、超能力者から魔法使いになった人間は、独特な癖が出来るからな」
「そういう物なの?」
「そういう物」
「……じゃあ、顧問の方がサイコメトラーなわけ?」
「ああ、しかも、かなりの深度まで潜れる高レベルのな……なんせ、ダミーを作ってる時に魔術師が思い浮かべている知識まで読み取ってるわけだから……そんな人間、世界に何人いるか」
「世界レベルの話なのね……」
「まあ、それでも、まだちょっと納得出来ない部分があるんだがな……」
「納得出来ない?」
「風峰さんだよ」
「風峰さん?」
「調べた限り、『彼ら』に憑かれやすい依り代体質じゃない。それなのに、風峰さんに名を奪われた女神が降臨した。しかも、どう調べても、あのタイミングでの降臨は、まだ早いんだよ」
「早いって……空間の不安定化が不十分だったって事?」
「そう。その上、あんな粗悪な魔術ドラックじゃ女神を呼び出す事なんて、どう考えても無理」
「じゃあ、そうなると……」
「うん。そうだね。風峰さん自体に何かがあるって事になる」
「何かって……何?」
「さあ?」
「さあって……」
「片手間に調べるにはちょっと範囲が広すぎるからさ」
金兎のその言葉に、市花は黙るしかない。
金兎が常にいくつかの依頼を抱え、並行して処理しているのは知ってはいるが、視覚を失っている市花ではどうしても代わりの目になってくれる者が必要になる。しかも、ある程度の退魔士側の知識持つ者でないと、重要な事を見逃しかねない為、結果、金兎に市花が望んでなくても負担が掛かってしまう。こういう関連の事は、市花から金兎に対しての正式な依頼な為、金兎の勝手な手助けではないのでその事を口にする事は出来なく、もどかしく感じていた。
「ん? ……まあ、気にする必要はないさ」
市花の沈黙の意味に気付いたのか、金兎はそう言って、
「並行処理はいつもの事だし、そろそろある程度他の依頼も区切りが付きそうだから、風峰さんに関して本格的に調べてみるよ。多分、それが今回の件の根本的な解決に繋がると思うから」
「分かったわ……お願いね。私はその間に」
市花達の気配のするバスを発見した市花は、更に速度を上げバスの屋根に着地。
「もう一人を捕まえておくわ」
そう言って仕込み杖を少し抜き、音を立てて納刀すると、市花の身体が何の抵抗もなくバスの屋根を通り抜け、優音達の前に着地した。
いきなり市花さんがバスの天井から現れた。
優音達は思わず声を上げたのだけど、他の乗客達は優音達に一切の反応を示さなかった。
「金兎の認識障害魔法ですよ」
優音達の疑問に気付いたのか、市花さんがそう言っておさげの先輩に顔を向ける。
おさげの先輩は、市花さんの登場を特に気にする様子もなくノートパソコンを打ち続けている・・・・・・・・そう言えば、さっきから優音達と喋っている間も打ち続けていたけど・・・・・・・・・何やっているのだろ?
「さて、何のつもりで接触しているのかは分かりませんが、ここにいるという事は、それなりの覚悟があって」
「間に合った」
市花さんが言い切るのを遮って、おさげの先輩がそう言った瞬間、優音達の携帯が警告音を発した。
「な! 嘘でしょ!? 金兎の防御魔法が抜かれた!」
驚きの声を上げた瞬間、バチンって音がして……気が付いたら、周囲の光景が一変。
暗くて、所々何かが小さく光っている……そんな場所のベンチみたいなのに優音達は座っていた。
「う……」
「な! ちょ、と」
おさげの先輩の小さな呻き声と、楓ちゃんの戸惑った声が聞こえたので、僅かな光源を頼りに隣を確認すると、おさげの先輩が意識を失って楓ちゃんに寄り掛かっていた。
「ふむ。やはり彼女では転送魔法は負荷が強すぎたか。まあ、成功したのだから良しとするか」
不意にそう言う男の人の声が近くで聞こえ、優音と茜ちゃんはびくっとした。
目を凝らして声のした方を見ると、学校で見た事がある男の先生が何かに寄り掛かっていた。
「さて、一応我が校の生徒の様だから挨拶は省いて、用件だけ済まさせて貰おうか」
そう言って、先生が優音に近付く、
「何を!」
楓ちゃんが優音の前に立とうとするけど、優音達の首から下が何故か動かなくなっていて……
「君達を守っていた防御魔法は既に彼女が壊している。だから、簡単な拘束魔法を掛けさせて貰ったよ」
そう言いながら、先生は優音の頭に手を乗せた。
そして、無言。
訳が分からず目を白黒させていると、
「なるほど……そう言う事か……まったく、なんて偶然なんだ」
そう言って楽しそうに笑い声を上げた。
「ん? なんだ。成功してるし」
別の方向から偽刀流さんの声が聞こえてきた。
「当然です。彼女は、少なくとも魔術に関しては天才的なのですから……直接壊しに行けば、例え本物の魔法使いの魔法と言えど、壊せないなんてことはないでしょう」
そっか……おさげの先輩が優音達と話し合いに来たって言うのは真っ赤な嘘で、本当は金兎さんの防御魔法を壊してここに転移魔法で優音達を連れてくるのが目的だったんだ…………本当に、
「まあ、自分達の技術を信じるのは当然だがよ……こうは考えないのか?」
「……なんです?」
「『わざと壊させた』ってさ」
本当に金兎さんが言った通りになった。
そう思った時、バチンと優音の近くで音がした。
音のした方を見ると、そこには……市花さんが何故かムスーとした顔で立っていた。