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五、

 荒い息を吐きながら、ゆっくり四人の中で最も美しい市花に近付くピアスの少年。

 立ったまま寝ている市花はピクリとも動かない。

 だが、その両手は寝ているというのに仕込み杖を握ったままとなっており、いつでも抜刀出来る。そんな状態だった。

 その市花の様子に、ある種の剣呑な気配をメガネの少年は感じなくもなかったが、精神が取り憑かれている悪魔に乗っ取られつつあるピアスの少年にわざわざ言うつもりは毛頭ない。

 ピアスの少年の黒々と変化した手が、市花に触れようとしたその瞬間、メガネの少年が持つノートパソコンの画面にエラーの文字で埋め尽くされた。



 「親父。持ってきたぜ」

 助けて……

 「ご苦労様です。蓋を開けてくれますか?」

 いや、もういや……

 「て言うかいいのか? これって前に使った事があるが、強力過ぎて直ぐに壊れちまったぜ?」

 なんで……

 「言ったでしょう? 白姫家の女は先祖返りのおかげで丈夫なのですよ……まあ、それでも時間の問題でしょうが」

 助けて……助けて……金兎……

 「じゃあ、刺……な! てめぇ」

 「屑だ屑だと思ってたが、そんな禁薬まで娘に、妹に使うか」

 え?

 「なんでてめぇがこんな所に嫌がる! え! パンピー野郎が!」

 「よしなさい弐夢!」

 お父様の切迫した声の直後に、強い衝撃音。

 何かが壁を破壊する音。

 「魔法だと!? 何故一般人であるお前が!」

 「あんたが言ったんだろうが、市花を救いたかったら魔法使いにでもなるんだなって!」

 「馬鹿な! だからと言って、そうそうとな」

 「知るか! いい加減その汚い身体を市花から離せ! 屑共が」

 知らない誰かの怒号と共に、身体を押さえつけていたお父様達の手が離れる。

 そして、何かで身体を覆い被されて、優しく抱き抱えられた。

 「遅れてごめん。もう大丈夫だからね」

 そう優しく言った声に、聞き覚えはない。

 でも、

 「金兎! 金兎なの!?」

 「うん。金兎だよ……声変わりしたから気付かないかと不安だったけど……流石は市花だね」

 「馬鹿……こんな時に何を……でも、どうして、」

 「うん。それは市花のお爺さんから師匠にここが嗅ぎ付けられた可能性があるって連絡があって……急いで駆け付けたんだけど……」

 お爺様……

 「……と言うかさ。そろそろ起きようよ市花」

 え?


 唐突に市花の目がぱちりと開き、幾何学的な模様の中心に封と書かれた目が露わになる。

 「だから言ったでしょ。悪魔を宿すなんて正気じゃないって」

 その言葉と共に、抜刀一閃。

 まるで消し飛ぶようにピアスの少年の姿が元に戻り、仰向けに倒れた。

 「…………また、余計な事を……」

 そうため息を市花は吐くと、振り返り、同じタイミングで起きた優音達に頭を下げる。

 「すいません皆さん。とても嫌なものを見せてしまいましたね」



 謝る市花さん。

 その目は開いていて、

 「市花さん……その目」

 思わず聞いちゃった。

 「え? ああ、これですか? これはコンタクトです。禁術ソウルイーターにより傷付いた目の魂から、魂が漏れ出す事を防ぐ為に金兎が作った治療用の」

 「治療用……」

 「あまり人に見せる物じゃないので、普段は目を極力閉じる様にしているのですが」

 そう言いながら目を閉じる市花さん。

 「目の機能自体は健常なので、生理的な反応でどうしても目を開けてしまう事があるんですよ」

 そう言いながら、市花さんは携帯電話を取り出し、どこかに掛け出した。

 「後始末をしてもらいますから、暫く待ってくださいね……そこの方も、逃げるなんてなさらない様に」

 市花さんに忠告されたそろりと逃げようとしていたメガネの人がびくっとして激しく頷いた。



 「趣味の悪い魔法を作りましたね……のちほどお礼に行きますので覚悟しておいてくださいだあ?」

 その文章を偽刀流鋼が読み上げると、おさげの少女ははっきりと青ざめる。

 ノートパソコンにエラーの文字が現れると共に、ナイトメアテンプテーションの魔術式が一瞬の内に書き換えられ、同じサーバーに保存されていた全ての魔術式が消失すると共に、鋼が読み上げたメッセージが残されていた。

 「どうやら本物の魔法使いが介入してきたみたいだな」

 男はそうため息と共に言ったが、鋼は首を傾げた。

 「どうだろうな?」

 「……どういう意味だ?」

 「魔法使いとか魔術師ってのは、かなりの才能ととんでもない努力がないと成れない分類の連中なんだよ」

 「まあ、それは実感しているが……」

 顔を見合わせる男とおさげの少女。

 二人は独学で魔法を発現させるまでに至ってはいるが、完成率が高いわけではなく、例え完成させたとしてもうまく扱う事が出来ない事も多々あった。

 インビジブルスカーやナイトメアテンプテーションなどがそのいい例であり、コウリンの製造販売を分業にせざるえないのは、彼らが魔法使いもしくは魔術師として未完成である事が最大の理由。

 もっとも、その未完成さが、市花並びに退魔士側の油断を呼んだのだから、ある意味それでよかったのかもしれないが……

 「そんなわけだから、そう言う連中の数は少ない。当然、スキルがレアスキルだから舞い込んでくる仕事量は普通の退魔士の比じゃねぇ。常に仕事を二三本抱えているのは当たり前って話だから……特に座頭市とパートナー関係にある金ウサギは」

 「金ウサギ?」

 急にかわいらしい言葉が出てきた為、思わず声を出してしまうおさげの少女に、鋼は苦笑して、

 「金に兎って書いてかなとって言う名前らしいからな、そこから金ウサギって呼ばれてるんじゃねぇの? まあ、とにかく、そいつとパートナー関係にある退魔士は十人近くいるらしいからな……今回みたいに窮地に陥って、かつネット上で何とかできる部類じゃなくちゃ介入は出来ないんじゃねぇか?」

 そう気軽に言う鋼に、男は何とも言えない表情になり、おさげの少女を見る。

 男の視線を受け、それまで話をしながらノートパソコンを操作していたおさげの少女は、

 「確かにそうかもしれません。完全に逆探知は出来ませんが、少なくともその金ウサギって人は日本国内にいないようです」

 そう言って鋼を見た。

 鋼は少し感心した様子を見せつつ、

 「海外って事はかなり大掛かりな依頼があったんだろうな……じゃなきゃ、日本の魔法使いが海外にわざわざ行く事なんてまずないだろうし……だとしたら、金ウサギを封じる方法なんていくらでもあるぜ」

 そう言ってどこか面白そうな表情を浮かべる鋼に、男は眉を潜めた。

 「……楽しそうだな」

 「ん? まあな。なんせ、これでなんの邪魔もなく座頭市と戦える条件が整ったわけだからな」

 「……依頼内容を履き違えるなよ」

 「分かってるさ」



 何だか下の方が騒がしいような……

 市花さんに立体駐車場の最上階で待つように言われ、ちょっとした後、急に下で何台もの車が止まった音がした。

 市花さんに来ない様に言われていたけど……見ない様には言われてないよね。

 そう思った優音は、そろりそろりと下を見る。

 「……うわ、いかにもって感じな人ばかり」

 そう茜ちゃんが言う通り、頭にやが付きそうな人ばかりが下にいた。

 その人達は忙しそうに市花さんが気絶させた不良さん達をトラックに運んでいて……

 「……この後を想像するのが怖い光景ね……」

 ぼそっと楓ちゃんが優音も思った事を口にしたので、茜ちゃんと一緒に頷いた。

 そんな怖い光景の中、市花さんが気絶させたピアスの人を軽々担いで、怖そうな人達の中で一番怖そうな人の所に近寄って、何事かを話しているのが見える。

 「市花さんって……」

 茜ちゃんが何かを言い掛けて、口をつぐんだ。

 ……茜ちゃんの……言いたい事は優音でも分かる。

 あんな壮絶な過去を持っているのに、市花さんはそれを感じさせないどころか、目が見えなくなったハンデを克服して退魔士に成って、優音達を助けてくれるぐらい優しくて、強くって…………どうして、

 「どうしてあんなに強いんだろう?」

 優音の呟きに答えてくれる人はいない。

 そう思ったんだけど、

 「市花は強いわけではありませんよ。ただ、負けず嫌いなだけです」

 そう答える声が後ろから聞こえた。

 驚いて振り返ると、さっきから所在なさげに突っ立っていたメガネの人が、驚いたようにその手に持っていたノートパソコンを見ていた。

 「失礼。悪質な魔術式の削除を行っていたら市花の話をしているものだから、つい」

 ノートパソコンから聞こえてくる声に、茜ちゃんと楓ちゃんは、顔を見合わせるけど、優音は誰だか分かった。

 「金兎さんですか?」

 「はい。金兎です。ああ、君、すまないがこのノートパソコンを彼女に渡してくれないか?」

 不意に金兎さんに命令されたメガネの人は、当惑しながら優音にノートパソコンを渡してくれた。

 渡されたノートパソコンの画面では、物凄いスピードで文字が現れては消える事を繰り返してて、

 「ついでなので、誤解がないように多少の説明させてください」

 そう言う金兎さんの声だけがノートパソコンから聞こえてきていた。

 ところで誤解って?

 「まず、魔法によって強制的に眠らされ、窮地に陥っていたとお思いでしょうが、少なくともあの状況だけを乗り切るのに僕の力は必要ありませんでした」

 「え?」

 金兎さんに驚いた声を上げたのは、優音達じゃなくてメガネの人だった。

 「君達は独学で魔法を使っているようだから知らないのは無理もないけど、僕達の業界の人間が寝ている間、完全に無防備になるって事はまずないんだよ。特に戦闘系の退魔士は寝ている時に襲撃しようものなら、反射的に攻撃するように訓練をしている。もちろん、寝ている時だから一切の加減なく」

 「それじゃあ……」

 さーっと顔が青くなるメガネの人。

 「そう。僕が君達の魔法を壊さなかったら、君達は確実に死んでいた。そして、風峰さん達の安全は、一応は確保出来ていました。ですから、市花の言葉が反故されてはいません」

 「あの……一応って言葉が引っ掛かるんですけど……」

 優音も思った疑問を茜ちゃんが口にすると、

 「退魔士とは言え、人殺しは罪です。もっとも、今回の場合は事情が事情なので情状酌量の余地はあるとは思いますが……それでも、退魔士協会による取調べや拘束などで市花はしばらく町から離れなくてはいけなくなったでしょう。そうなればその間、風峰さん達を守る者がいなくなってしまう」

 「ちょっと待ってください。その退魔士協会は助けてくれないんですか?」

 「彼らは退魔士の存在を守る事を第一と考える組織ですから……一般人がどうなろうと知った事ではないんですよ」

 なんだか……金兎さんの言葉に、若干嫌悪感が滲み出ている様な……

 「まあ……とにかく、そのような事態を避ける為に……助けられる状況だった事もありますが……市花にとっては余計な助太刀をしたって事です」

 「余計なって……市花さんと金兎さんは幼馴染なんですよね?」

 「ええ、幼馴染ですよ」

 「しかも、絶体絶命のピンチに幼い頃の約束通り駆け付けた」

 「まあ……少々恥ずかしいですが……その通りですね」

 「それでも余計なんですか?」

 「……」

 何だかコンピューターの向こうで金兎さんが苦笑した気がした。

 「さっきも言いましたが、市花は負けず嫌いなんです……あの後、市花の家である白姫家は……ああ、これも誤解がないように言っておきますが、あの様なしきたりを現代まで残している家は退魔士の家系の中でも本当に極一部ですから」

 極一部はあるんだ……

 「あの後、白姫家は、当主惨殺並びに次期当主強姦未遂、他にも手に染めていた悪行の数々が明らかになり、市花を残して白姫家はつぶれました。その後、行き場を失った市花を、目の見えない市花のリハビリも含めて僕の家で生活していたんですが……どうも子供の頃と立場が逆になった事が気に入らなかったらしく、さっさと全盲状態を克服して家を出て、僕に相談なくフリーの退魔士になった上に、仕事を僕から斡旋しようとしたり、手伝ったりしようとすると……物凄く怒ってくるんですよ」

 最後はため息交じりにそう言った金兎さんだけど…………ん~負けず嫌い?

 「まあ、そんな訳ですから、僕はこれから彼女に怒られるわけで……若干憂鬱だったりします」

 「……それは大変ですね」

 何だが茜ちゃんが妙ににやつき始めた様な……何かに気付いたのかな?

 「っで、怒られついでに提案なんですが」

 ? ……金兎さんが優音達に提案? 何だろう?



 立体駐車場の最上階に金兎の気配を少し感じた市花は、若干眉を潜めた。

 金兎は昔した約束通り、事あるごとに市花を守ろうとする。

 それはいついかなる時でもであり、例え彼自身がどんな危険性を持つ事になろうと、どんな無茶な事であろうと、市花の意思を無視してでも助け、守る。

 市花としても、それは嬉しいと思わない事もないが、それで金兎が逆に窮地に陥る事もあり本末転倒な事も多々あった。

 ナイトメアテンプテーションにより見させられた過去の出来事も、市花の代わりに白姫家を潰した為、白姫家の者達やその関係者に逆恨みされ、常に狙われている。

 今回だって、海外で重要な退魔のサポートを数件抱えているはずだと言うのに……

 市花は小さくため息を吐いた。

 「……どうかしましたか?」

 組長の問いに市花は首を横に振り、

 「いえ……それでは彼らの処分をよろしくお願いします」

 さらっと物騒な事を言った。

 「ええ、二度とそちら側の技術に手を出さない様に、しっかり躾けておきます」

 そう言って自分の息子に向けた視線は、とても自らの子供に向ける物ではなく、その気配を敏感に感じ取った市花は若干眉を潜めた。

 「ああ、そうだ」

 部下達に撤退の指示を出し、車に乗り込もうとした組長は車からバインダーを取り出し、市花に渡した。

 「馬鹿息子の部屋を調べて見付かった物のリストです。参考にしてください」

 「……どんな物が挟んであるんです?」

 「この町の歴史物の在り処の資料。特に書物関係でしたね」

 「歴史物ですか?」

 「ええ、なんでも部活に使うとか……今思えば異様に似合わない事を言ってましたね……」

 犯罪組織の息子が部活。

 それだけ聞くと陳腐なだけな話だが、ピアスの少年の性格から考えてそんな事をするとは考えられず、そうなるとそこに何らかの意味があるのは明白。

 「所属していた部活の名前は分かりますか?」

 「……さあ? 流石にそこまでは……」

 (……まあ、その程度の親子関係って事か……)

 そう心の中で市花はつぶやき、そんな関係の親子に自分をちょっとでも重ねた事を自嘲した。



 「……歴史物ですか?」

 優音達の所に戻ってきた市花さんは、怯えたまま何も話そうとしないメガネの人を無視して、下で聞いてきた事を話した。

 っで、それで楓ちゃんが何かを思い出したみたいで、じーっとメガネの人を見て、

 「……思い出した。確かこの人、文化部勧誘会で……歴史研究部の一人として出てた」

 あ~なるほど、だから優音と茜ちゃんが見覚えないはずだ。だって、うちの学校のそういうイベントって生徒の自主性にほとんど任せてるから、興味がない人はその会に行ってないもの。って?

 「楓ちゃん。文化部にも入ろうと思ってたの?」

 「……ただの付き添い」

 ただの付き添いって……それでメガネの人の事を覚えていたって……楓ちゃん記憶力良すぎ。

 優音と楓ちゃん

 「……歴史探究部ですか……」

 市花さんは何か引っかかる事でもあるのか、少し眉を潜めながらメガネの人の方に顔を向けた。

 「…………なるほど」

 メガネの人は相変わらず怯えたまま黙ったままだけど、市花さんはそれでも何か分かったらしく、

 「今回の事件の犯人は間違いなくその歴史探究部の様ですね……これを幸運と言うべきか、不運と言うべきか……」

 そう言いながら優音の方に顔を向けた。

 「なんであれ、明日の学校では常に人がいる所にいてくださいね……その間に決着を付けますから」

 そう言ってくれる市花さんだけど……ん~……そんなに簡単に決着付くのかな?



 翌日、市花は三人の携帯に金兎特性の防御魔法アプリケーションをダウンロードさせ、一緒に登校。

 その後、認識阻害結界を使って学校内に入り、歴史探究部の部室を調べるが特に何も見付からない。

 ただ、「慌てて痕跡を消した気配がある」と残されたパソコンを市花の携帯を通して調べた金兎は言った。

 少なくとも、ここがこれまでの活動拠点であった事は間違いないようだった。

 市花はそのまま職員室と事務所に行き、歴史探究部に所属している生徒とその顧問の特徴と住所を調べ、念の為、登校しているかを調べる。

 流石に歴史探究部の残った二人、部長と顧問は休んでいる様だった。

 なので、その二人の住所へと向かう市花。

 比較的に学校から近い部長の家では、昨日から帰っていない娘の事を心配する家族の姿があり、彼女の部屋には魔術的な物は一切なかった。

 ただ、そこに市花が行く前に二人の素性を調べた金兎によると、隣の家の幼馴染の方が魔術関連の物を調べ所有しており、それらの複合暴発により現在は意識不明で病院に入院しているとのこの事だった。

 部屋に飾られている写真などから、その幼馴染と随分親しかったのがうかがえる。

 「……今回の件と関係あると思う?」

 「無関係とは思えないが……」

 「一応調べておきましょうか」


 男とおさげの少女は、万が一の時の為に用意していた隠れ家にいた。

 「先生……いつになったら約束を果たしてくれるんです?」

 ノートパソコンで何らかの準備を進めていたおさげの少女が、その手を止めて男を睨んだ。

 「……言ったはずだ。いくら私でも、『彼女』を手に入れなければ君の幼馴染を助ける事は出来ない」

 男の答えに、おさげの少女はあからさまに眉を顰め、

 「そうですね。途中からそう言う話になってましたね」

 そう男に言うと、おさげの少女は作業に戻った。

 おさげの少女は、もともと魔術など興味のない、ただの歴史オタクだった。

 だが、彼女の幼馴染が趣味で集めていた魔術道具の中に、いくつか本物が混じっていた事により、幼馴染は原因不明の眠りに陥ってしまった。

 それを何とかするために奔走している内に、どこからかその事を知った男により魔術の世界に誘われ、今に至る。

 本当は、男から魔術の技術を得て、自分で何とかしようとしていたのだが、魔術を知れば知るほど、幼馴染の身に起こった魔法現象が複雑ででたらめに絡み合い、自分ではどうしようもない事態に陥っている事が分かり、今でも男に従っていた。

 何故なら、男には彼女にない特殊な能力を有しており、その能力があれば幼馴染を救えるのではないかと考えてはいるのだが……おさげの少女のその問いに明言を男は避け、最近では『彼女』を手に入れれば何とかなると言い出す始末。

 明らかにおさげの少女は利用されているのは分かってはいるが、かと言って男以外に頼れる者がいないのも事実。いや、正確には、コウリンと言う魔術ドラックを作る片棒を担いでしまった事により、もはや男以外を頼る事が出来なくなっている。

 自分の愚かさを今更嘆いても仕方がないが、嘆かざる得ないおさげの少女はため息を吐き、

 「そろそろ時間なので」

 そう言って立ち上がった。

 一瞬、妙な間を作って見詰め合うが、二人とも特に何も言わずおさげの少女は隠れ家から出て行った。



 今朝、市花さんと別れた後、特に何もなく放課後。

 「市花さん。今何してるんだろう?」

 そう優音がつぶやくと、茜ちゃんが携帯を見ながら、

 「さっきメールで、今、顧問の家を調べてるので、とりあえず人が常にいる場所にいてください。って言ってたから……まだ顧問の家じゃない?」

 そう言ったんだけど、何だか浮かない顔をしてる。

 「どうしたの?」

 「……何だか妙に時間が掛かってない?」

 「そう?」

 「そう? って……たった二件でしょ? しかも、この学校からそんなに離れてない」

 「そう言えばそうよね……何かあったのかな?」

 市花さんは別れ際に下校時間までには戻ってくるって、言ってたものね……ん~

 「……考えても私達が分からないと思うけど? とりあえず、どこか人がいる所に行こう」

 「まあ、そうするしかないよね……」

 楓ちゃんの提案に茜ちゃんは頷き、三人でバス停向かった。

 ……そう言えば、二人とも部活と仕事は大丈夫なのかな?

 そんな心配をした時、バス停に到着してタイミング良くバスが着た。

 楓ちゃんと茜ちゃんは、優音が心配しているとも知らずに、ささと乗り込んで、一番後ろの席に座ろうとしたんだけど、不意に楓ちゃんが止まってしまう。

 既に座られてたのかな? って思って、背中越しに見ると、そこにはノートパソコンを操作しているおさげの先輩らしき人がいた。

 「どうしたの? 他の乗客に迷惑よ?」

 そう言って、自分の隣を指し示すおさげの先輩。

 あれ? そう言えば、なんでこの先輩、今このバスに乗ってるんだろ? 降りるわけでもなく?

 「……二人とも、この人が歴史探究部の部長よ」

 そう小さな声で優音達に……え? 歴史探究部?

 「ちょっと! なに止まってんの!? 早く後ろに行ってくんない!?」

 って優音の後ろの人に怒鳴られ、優音達は戸惑いと警戒を入り混ぜながらおさげの先輩の隣に座った。

 「一体何のつもりですか?」

 おさげの先輩の隣に楓ちゃんが座ってるので、楓ちゃんを挟んで茜ちゃんがおさげの先輩を睨む。

 するとおさげの先輩は優音達が予想してなかった事を口にした。

 「……話し合いに来たのよ」

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