四、
えっと……ここどこ?
気が付くと優音は真っ白な世界にいた。
しかも、自分の姿とかも一切見えない、まるで霧の中の様な……
「優音?」
「え? 茜ちゃん?」
「……その声は優音?」
「楓ちゃん?」
二人の声がするけど……やっぱり姿が見えない。手で探ってみようとするけど……何だか身体の感覚があいまいで……よく分からない。
「……ここはどこなんだろうか?」
流石の楓ちゃんもこの状態が不安なのか、ちょっと怯えた感じの声でそう口にした。
「さあ……でも、確か、市花さんが謝った後、急に眠くなって……そう言えば、市花さんは?」
茜ちゃんに言われて、確かに市花さんの声が聞こえない事に気付いた。
「市花さん? 市花さぁ~ん」
何度か呼んでみるけど、いくら試しても市花さんの声が返ってこない。
「ど、どうしちゃったんだろ?」
「……どうしたもこうしたも、ここにいないだけなんじゃないの?」
「でも、ここに来る前の状況から考えて、ここは一緒に寝てしまった人達が共鳴して見る夢の中だと思うのよね……」
夢の中……?
「そう考えると、市花さんがこの場? にいない事が不自然よね……」
……ん~でも、
「でもさ。ここが夢の中だったら、誰の夢の中なの?」
「誰のって……ああ、そうね。そう考えると……もしかして……これって市花さんの夢の中?」
市花さんの?
茜ちゃんの推論に優音が困惑した時、真っ白な世界が唐突に変わった。
わちゃわちゃと人がいっぱいいる中、私は呆然と突っ立っていた。
……えっと、あれ? 私……なんでこんな所にいるんだっけ? …………何だか変な夢を見ていた様な……とにかく状況を確認しなきゃ。
キョロキョロと周りを見回すと、ちょっと気味が悪い根っこらしきものがびっしりと生えた壁や天井に囲まれているのが分かり、その距離からかなり広大な空間の中にいる事が分かる。
……そうだ。今日は私、白姫市花の退魔士認定試験の日で、ここは実技試験場。
周りにいるのは同じく退魔士認定試験を受けているライバルの人達と自動人形達。
「これより退魔士認定実技試験を始める。各自の健闘を祈る」
どこからともなく聞こえてくる試験管のその声と共に、封印と書かれた壁と天井の一部達がゆっくりと開き始める。
実技試験の合否は単純。
依頼人に見立てた勝手に動く自動人形達を守りながら、いかに素早く数多く投入された戦闘式神達を退魔する事。
退魔した数が最も多い上位何名かが今年の試験合格者になる。
さっき周りを確認した時に、私の依頼人(自動人形)は確認した。
何だか他の自動人形と違ってぼ~としてるけど、それはそれで守りやすい。
そんな事を思っていると、完全に開いた封印扉から、続々と紙で出来た鬼の様な式神が現れる。
先手必勝! 酉連続!
出始めの式神達に向けて、私は連続で酉を使う。
放たれた衝撃刃は、先頭の式神だけじゃなくて後ろの式神数体を一気に切り裂き、ただの紙に戻す。
私の先手に触発されて、周りのライバル達も次々と攻撃を開始する。
銃撃音や獣の声、爆発音や雷撃の叫び、色々な攻撃手段で式神達が撃退されるけど、流石は認定試験の最終試験、それらの攻撃を掻い潜って自動人形達に式神達の一部が接近、何体かの自動人形が破壊されてしまう。
するとその破壊された自動人形を依頼主として設定されたライバル達の姿が一瞬の内に消えてしまった。
試験に落ちた人は転送魔法でこの場から飛ばされるとは聞いたけど……ん~転送魔法って初めて見た。こうも一瞬で消えるものなのね……面白いわ。
そんな事を思っている間も、次々と式神達が投入され、次々とライバル達が転送されていく。
ほどなくして試験終了の合図である鐘の音が鳴った。
その鐘の音には魔力が込められていて、襲い掛かってきていた式神達が全てただの紙に戻り、自動人形達が姿を消す。
残ったライバル達と何となく顔を合わせ、お互いにほっと一息吐いた。
……これでやっとお爺様の思いに報いる事が……これでやっとお父様やお兄様達に認めて貰える。
お爺様である現当主は私の事を次期当主として期待してくれているけど、お父様やお兄様達は私が次期当主になる事も、退魔士になる事も認めてくれていない。
女は家にいるものだと前時代的な事を言うお父様や、お前は危ないことをしなくてもいいんだと過剰に心配してくれるお兄様達。
……だから、私が自力で退魔士になれば、きっとお父様達も…………それに、
何故かふと昔の事を思い出す。
その日、いつも早朝の鍛錬の為に走る川辺に、幼馴染の金兎の姿があった。
私を待っていたみたいで、その足元には大きなバックが置いてある。
「……そっか、今日なんだ」
「うん……」
金兎は家の近くに住んでいるだけの普通の人間。
だけど、私の家にたまに出入りしている魔法使いの人に、魔法使いとしての才能を見出されて……今日、その人の所に弟子入りする事になってた。
私は反対したんだけど……
だって、金兎は時として殺伐とするこっち側世界には、とても向かないほど優しい性格だから。
「ふん。さっさと行っちゃえば。こっちとしてはよわっちいあんたを守らなくてすむから清々するのよ」
違う。そんな事を言いたいんじゃなくて……会ったら、頑張ってって言おうと思ってたのに……
私の酷い言葉に、金兎は優しく微笑んで、
「あのね……今は意味が分からない事だと思うけど……今日、これだけは言いたくて」
?
少し迷った様な、でも、決意を込めた目で、
「きっと市花ちゃんを『守れる』様に、『助けられる』様になって帰ってくるから」
…………はあ? 弱虫金兎が? いつも私に守られている様な金兎が私を守る? 助ける?????
普段なら笑ってしまう様な言葉だったけど、金兎のあまりの真剣な様子に私は困惑するしかなかった。
「だから、それまで待ってて……絶対に諦めないで」
「何を」
あまりの訳の分からなさに、それを声に出そうとした瞬間、金兎が私に優しく抱き着いてきた。
そして、驚く私の不意を突いて、唇を………………重ね…………
「行ってきます」
「……え? あ? うん。行ってらっしゃい」
ちょっと間抜けな感じのファーストキスの思い出を何故か思い出し、ちょっと顔が熱くなった。
……あの時の金兎の言葉の意味は今でもよく分からないけど……別にあなたに守られなくたって私は……? ……変ね……いつまで経っても合否の声が聞こえてこなかった。
流石にちょっとおかしいと思い始めた時、ぞくっと酷く嫌な気配を感じ、同じ様に気配を感じた残ったライバル達とアイコンタクト。
「円形防衛陣!」
誰かの声に従ってライバル達と円形の陣を組んだ。
「殺気とは違うわね……」
「でも、限りなくそれに近い感じだわ」
「人とも魔物とも違う……何なのこれは?」
「試験会場全体を包む気配……発生源が全く分かりませんわ」
「これも試験なのかしらね?」
「いやいや、こんな試験あるわけないでしょ? ……どう感じても命に係わりそうな感じよ?」
口々に私を含めてライバル達が言葉を交わし、無駄な緊張をしない様にする。
そんな間も嫌な気配はどんどん強くなっていき、それと共に周囲に黒い霧みたいなのが発生し始める。
「来る!」
誰かそう叫んだ瞬間、黒い霧が一瞬の内に人の形になる。
ただし、目・耳・口・鼻・腕・足・腹がない、辛うじて人の形だと認識出来る様な……
「禁術ソウルイーター!?」
別の誰かがそう驚愕の声を上げ
そして、気が付いたら、私は布団に寝かされていた。
意識はある。身体も動く。
でも、視界が真っ暗。
目の感覚がない。
起きたばかりで状況の把握が出来ない私は、少し混乱しながら顔を触る。
包帯が巻かれている感覚あった。
ああ、これのせいで目が見えないんだ。
そう思った私は包帯を取る。
だけど、まだ視界が真っ暗。
?
訳が分からず目に手を伸ばす。
目はある。
瞼は開いている感じがする。
でも、見えない。
見えない! 見えない! どうして! どうして!
身体は全く異常を感じないのに、目が見えない異常事態に、私の思考がどんどん混乱の坩堝に陥って、目にまだ何か被さってると妄想し、それを取ろうと手を目に突っ込もうとした瞬間、誰かの手が私の手を掴んでそれを止めた。
「止めなさい。そんな事をしても……意味がない」
そう辛そうに言う声は、お爺様の声だった。
「お爺様! お爺様!」
「落ち着きなさい市花。大丈夫。大丈夫だから」
混乱する私を、お爺様は優しく抱いて摩ってくれた。
しばらくそうされ続けてると、幾分か混乱が収まり……急に怖さと申し訳なさに襲われた。
「申し訳ありませんお爺様。お爺様に次期当主として指名されておきながら……この程度で取り乱してしまって」
そう言った私に、お爺様は少し沈黙した。
そして、
「いいかい市花。落ち着いて聞きなさい」
「? ……はい。お爺様」
「実技試験場で市花達を襲ったのは、禁術ソウルイーター。生まれた時から欠けた魂を持つ者を基にして発動する……その名の通り対象の魂を喰らい、欠けた魂を補う魔法」
「魂を喰らい、補う魔法?」
「そう何者がソウルイーターを発動し、誰の魂を補ったのかは分からないが……その者は目・耳・口・鼻・腕・足・腹の魂がなかったらしく…………市花、お前は目の魂を奪われてしまったんだよ」
目の……魂を? …………それじゃあ、
「それじゃあ! 私の目は!」
「…………もう、二度と見る事が出来ない」
「そんな……そんな……」
やっと、やっと退魔士になれるはずだったのに……やっと、お爺様の期待に……
あまりの事に涙が出て、
「ご、ごめんなさいおじぃ様。お期待に、お期待に応えられないどころか、こんな、こんな事になってしま、って」
悔しさと悲しさと怖さと色々な感情が、私の言葉を詰まらせる。
「いいんだ。いいんだよ市花。大丈夫、大丈夫……私が必ずお前を『守って見せる』から」
? ……守って見せる?
お爺様のその言葉に、少し引っかかった私だけど、その時の私はそれどころじゃなかったから、それ以上気にする事も、その意味を考える事も出来なかった。
そして、それから数日後、私はその言葉の意味を…………最悪な形で知る事になった。
「にしても趣味の悪い魔法を作ったな……何か? お前ってどSなわけ?」
偽刀流鋼の問いに、おさげの少女は不快そうな顔を隠しもせず、
「違います」
否定した。
「ナイトメアテンプテーションは、あくまで眠りによる相手の行動不能を目的として作っただけで」
「だったら眠らせるだけでいいだろ? なのにわざわざ対象の『トラウマ』を夢として見させるなんて……いい趣味としか思えないが?」
にやりと笑う鋼に、おさげの少女は不快感より困惑感が出始め、
「ただ眠らせるより、その人物にとって、複数だった場合はその者達の中で、最も思い出したくない場面を見せ付ける事によって、より強く夢に拘束させようとしただけです」
「そうか?」
「そうです!」
にやにやとおさげの少女の反応を楽しむ鋼に、このままこの話を続けるのは得策でないと思ったのか、おさげの少女は一回咳払いして、
「そんな事より、一体なんで死ぬって言ったんですか? ……はっきり言って、これに殺傷能力はありませんよ?」
「あ? まあ……簡単な話さ。俺達退魔士は、特に戦闘系の退魔士は、『寝ている間も無防備じゃね』って事さ」
「無防備じゃない?」
「むしろ寝ている間の方が凶悪だな。なんせ、意識がないわけだから、一切の手加減ができねぇ」
「じゃあ、寝ている時に座頭市に触ろうものなら……」
「一瞬で真っ二つじゃねぇの?」
「真っ二つ!?」
流石のおさげの少女も少し青い顔になる。
「まあ、むしろその方がいいんじゃね?」
「何を言ってるんですか」
鋼の物騒な言葉に、おさげの少女は力ない言葉で抗議するが、その鋼はつまらなそうに笑って、
「退魔士ってのは、表社会で仕事をしてなくても、ある程度表社会のルールに縛られてるのさ。だから、当然、殺人は退魔士とは言え重罪……まあ、今回の場合は正当防衛が成立するだろうから、捕まる事はないだろうが……退魔士協会による取調べと後始末で座頭市は結構時間を取られるはずだからな」
「ちょっと待ってください。それはつまり退魔士協会と言うのがこの町に来るってことですよね? それはむしろ状況が悪化してませんか?」
おさげの少女のもっともな意見に、鋼は小ばかにした様に鼻で笑い。
「協会の連中は退魔士の存在が世に出る事を異常に恐れてるからな……例え目の前に退魔対象がいたとしても、隠ぺいする事を優先するのさ」
どうやら鋼はよほど退魔士協会が嫌いな様で、協会の話になってから顔を歪めてばかりだった。
「……まあ、なんであれ、彼らが犠牲になればこちらとして都合が言い訳か……それは結構な事じゃないか。存外彼らも役に立つ」
男の言葉に、おさげの少女は少し驚きの表情を見せるが、直ぐにあきらめの表情を見せる。
その二人の様子に、鋼はどんな関係なのか疑問に思ったが、あと少しで終わるかもしれない縁をこれ以上思案しても無駄と思い思考を止めた。
ただ、ようやく巡り会えた好敵手との戦う場面が失われるかと思うと、酷く残念で仕方なく、二人に気付かれない様にため息を吐いた。
目が覚めても暗闇。
起きる度にその事実を突き付けられ、言いようの知れぬ恐怖と怒りとかがぐちゃぐちゃになって襲い掛かってくる。
そんな朝を何度か経験した後、いつも目覚めると布団の隣にいたお爺様の気配がない事に気付いて、怖さと寂しさと不安と、何故か酷く嫌な予感に襲われた。
よく分からない衝動に突き起こされ、近くに置いてあった愛用の仕込み刀を持つ。
それだけでも……幼少の頃にお爺様から貰ってからずっと使い続けていた物だからか……少し心が軽くなった。
そして、少しだけ深呼吸して、貰ってから初めて杖として仕込み刀を使い、もたつきながら自分の部屋を出る。
ここがお爺様が個人的に使っている別荘だと教えられたのは、大分落ち着いてきた昨日の事。
何となく自分の家じゃない、自分の部屋じゃない感じがして、聞いてみたらそう教えられた。
どうして家じゃないのかって聞いたけど、その理由をお爺様は教えてくださらなかった。
その時のお爺様は感情を押し殺していたのか、酷く無機質な感じがして酷く不安を覚えて……
しばらく壁伝いに歩くと、声が聞こえてきた。
「やはりそんな話か……私は何度も言ったはずだ。当主の名において『贄姫』のしきたりは廃止すると」
お爺様の……物凄く怒気が含んだ声。
「ええ、聞いておりますよ。ですが、それはあくまで市花が当主としての資格を有していた時のみの話……そう言う前提だったはずです」
お父様の声?
「……分かっているのか? 贄姫がどんなに『人の道が外れた行為』であるのか」
「ええ、もちろん分かっていますよ……ですが、その結果、あなたは生まれ、私も生まれ、市花をはじめとする子供達も生まれた」
「……私は…………知らなかった。もし、お前の母親が……私の実の妹だと知っていたのなら」
え? 実の妹?
「あはは、そうなったら私は生まれなかったでしょうね……まあ、だからこそ、曽祖父はあなたの記憶から母の記憶を消し、見合いと言う形で結婚させたんでしょうけどね。そして、あなたに気付かれない様に、姉様を贄姫にした」
「お前は……何とも思わなかったというのか?」
「ええ、もちろん。むしろ幸運だと思いましたよ。白姫家の女は、その血故に誰もが絶世の美女になる。男としてそんな女を抱ける事はこの上ない幸運だと。例え、それが実の姉であったとしてもね。いや、実の姉だからこそ、そそったのかもしれませんね」
「……ゲスが!」
「知らなかったとは言え、本気で実の妹を愛したあなたも同類でしょうが!」
気持ち悪かった。信じられなかった。聞きたくなかった。
二人の会話は、白姫家の狂ったしきたりと、自分の出生の秘密を私に否応なしに理解させてしまう。
震える身体を両腕で押さえながら、ふと思い出したお爺様の言葉。
私が必ずお前を守って見せるから。
それはつまり、家の中に、
「お? 親父。ここにいたぜ」
不意に壱お兄様の声が近くで聞こえた。
私のお爺様以外誰もいない。
ぞっとして、思わず声とは反対の方に逃げようとしたけど、
「おいおい、逃げる事はないだろ?」
「全くだ。お兄ちゃん達は悲しいぞ」
弐夢お兄様と参地お兄様の声と共に両腕を掴まれた。
「おやおや、そんな目だと言うのにわざわざ父親に会いに来てくれたのか? 私は嬉しいよ市花」
そう言うお父様の声に、私はもう父親に対する感情を感じる事が出来なかった。
うんん。思い返せば、お父様もお兄様達も、私を見る目、語り掛ける声、触れ合う手、それら全てが……肉親に対して向けられたものじゃなかった。
今の今までは、気のせいだろう。そんな事はないだろう。肉親なのだから。
そう思って深く気にしない様にしてたけど…………
「分家達の許可ももう得ています。後はもう、当主様が首を縦に振ってくれるだけなのですがね」
「…………私がそんな事をすると思っているのか?」
ざわっと、お爺様の声に殺気が混じり始めたのをありありと感じて、私を取り押さえている二人のお兄様達が喉を鳴らすのが聞こえた。
「ふむ。そうですね……ああ、そうだ。なんでしたら、最初は当主様がなさいますか?」
そのお父様の提案に、お爺様の殺気が爆発し、空気が震えたような気がした。
聞き取れないほど激しく感情が籠った声
何かが壊れる音。
何かが切断させる音。
何かがかかる音。
お爺様とお父様の激しい戦いの音が聞こえる。
お爺様とお父様の実力はお爺様の方が圧倒的に上。だけど、
不意に、掴まれていた両腕が解放され、
「もう、お前にはこんな物は必要ねぇよな?」
仕込み刀を奪われた。
奪い返そうにも、どこにお兄様がいるか一切分からない。
「さってと、俺達も参戦するか」
「ん? そうだな。全員でやんえぇと親父が先に死んじまうな」
「む。それは面倒だな」
「だろ?」
「っは! いくぞ」
周りから感じたお兄様達の気配が一気に消える。
見えない私には、お兄様達を止める事も、お爺様を援護する事も出来ない。だから、せめて、
「お爺様!」
警告の声を上げたけど……ほどなくして、
「市花……逃げ」
お爺様の声が下から聞こえ、血の臭い。
「っちしぶといジジイだ」
そう言うお兄様の声と共に、血の臭いが濃くなって、
「お、お爺様?」
私の問いに、
「返事がない。ただの屍のようだ」
お兄様がそうふざけた返事をして……お爺様は返事をしてくださらなかった。
信じられなかった。認めたくなかった。
今、私の目の前で、お爺様が殺された。
しかも、その相手が私の父と兄達。
あまりの事に全身から力が抜け、床に膝が付く。
ぴちゃりと音がして……
「あ~あ、寝間着が血で汚くなっちまったじゃねぇか」
「そうか? 俺はこっちの方が良いと思うが?」
「……ゲスが! ……ぎゃはは」
お兄様達の悪意ある笑い声が私の意識をぐるぐると混濁させる。
「あなた達。ふざけてないで今の内に市花の両手両足の腱を切りなさい」
そう言いながらお父様が私の髪を掴み、顔を上げさせる。
「この日をどんなに待ち侘びたか」
両腕両脚に痛みが走る。
「先代の贄姫はお前を産んで直ぐに死んでしまったから……十三年ぐらいか?」
寝巻が強引に破れ取られる。
「おいおい親父。こんな所でやんのか?」
呆れた感じのお兄様の声。
押し倒される私。
びちゃりと背中が濡れる。
…………やだ……やだ! やだやだやだやだやだ。
「はは、いきなり暴れ出しだぞ」
「っむ。手間を掛けさせるな」
「抑え付けろ」
「どうして!? なんで!? やめて! お兄様! お父様!」
「ふむ。少しうるさいな」
衝撃が顔面を襲う。
口の中に血の味。
激しい激痛。
続く衝撃。
殴られていると理解したのは、
「親父! やり過ぎだ!」
そう言ってお兄様がお父様を止めた時だった。
「このくらい何てことないですよ。白姫家の女の回復力は男と違って先祖返りしてますからね。お前達の母親なんてもっと激しく抵抗しましたから、暫くする度に殴って黙らせていました」
「……いい趣味してるよ」
「あなた達の父親ですから」
「っは」
…………もうやだ……どうして? なんで? ……なんでこんな家に私は生まれてきたの?
下腹部を触られる感覚。
指を舐める音。
「流石にこれでは入りませんね……用意した薬を持ってきてもらえますか?」
「へいへい」
さわさわと頭を撫でられる感覚。
前はそうされる事に何の抵抗感もなく、むしろ喜んでいたけど……今は、気持ち悪い。気持ち悪いよ……
なんて……こんな……
周りに映し出される市花さんの夢。
きっと過去の出来事なんだろうけど……音だけになった、視力を失ってから次々と起こるあまりの事に、優音はもちろん茜ちゃんも楓ちゃんも言葉がなかった。
気持ち悪くなって、吐きそうになるけど、吐くから身体を感じない。
これ以上見たくなくて、聞きたくなくて、塞ぎたいけど、塞ぐ身体を感じない。
「……きっとこれはこう言う魔法なんでしょう」
続く悪夢の中、茜ちゃんは震える声でそう口にした。
「対象になった人達の中でもっとも強烈な……トラウマを夢として見せ、その悪夢に心を囚わせる…………最悪な魔法ね」
市花さん……
「市花さん! 起きてください! 市花さん!」
「無駄よ優音」
「どうして!?」
「同じ魔法に囚われている私達にどうこう出来るような甘い仕組みになってるとは思えないわ」
そんな……じゃあ、
「じゃあ、どうしたら……」
優音に問いに誰も答えられる人はいない……はずだった。
「では、外部からなんとかするとしましょう」
え?