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二、

 今朝の事があったせいか、茜ちゃんと楓ちゃんは中休みとか時間が出来る度に違うクラスの優音の所に来てくれた。

 心配してくれるのはとっても嬉しんだけど……

 「二人とも部活とか仕事とかいいの?」

 「「いいの!」」

 「……はい」

 放課後も自分達の都合を無視して一緒に帰ってくれてる。

 ……後で二人が怒られないか心配なんだけど……

 そんな事を思いながらバス停に向かっていると……あれ? 何だか周りに人がいない気が……?

 「……周りに不自然に人がいないような……」

 楓ちゃんも同じ事に気付いたのか、そう言って周りを見回した。

 「……ホントだ……なんで?」

 不思議そうに茜ちゃんも周りを見回す。

 さっきまで優音と同じ帰宅部だった人達が周りからいつの間にかいなくなっていた。

 「変……だよね……」

 「確かに変だけど……ん? バス停の前に誰かがいる……」

 楓ちゃんの言葉に優音もバス停の方に視線を向けると……言った通り誰かがいた。

 しかも、こっちをまるで待ち構えていたみたいに腕を組んでて……筋肉隆々の知らないお兄さんだった。

 「周りに誰もいないのに、あの人だけいる状況は……かなりおかしいよね」

 「……そうだな」

 マッチョなお兄さんの事を警戒して二人が歩みを止めちゃったので、優音も足を止める。

 「君が風峰優音か?」

 え? ……あれ?

 気が付いたら、目の前にマッチョなお兄さんがいた。

 さっきまで大分離れたバス停の前にいたのに、いつの間にか優音達の前に……

 一体何が起きているのか訳が分からなくて、優音だけじゃなくて二人も絶句しているみたいだった。

 「……まあ、送られてきた写真通りだから間違いないだろうから、答えなくてもいいが……さて、まあ、黙って攫われてくれるか?」

 え? 攫われて?

 「いきなり現れて! 何を言ってるんですか!」

 茜ちゃんが怒鳴って、楓ちゃんが優音達の前に庇う様に出る。

 「うん。邪魔」

 マッチョなお兄さんが躊躇なく楓ちゃんを殴ろうとしたけど、楓ちゃんはそれをあっさり避けた。

 だけど次の瞬間、楓ちゃんは地面に倒れちゃった!? ちゃんと避けたはずなのに、なんで!?

 「楓ちゃん!」「楓!」

 心配して駆け寄ろうとした優音の前に、いつの間にかマッチョなお兄さんが目の前に立っていて……

 「さて、行こうか?」

 そう言って優音に笑い掛けた。

 「優音!」

 気絶している楓ちゃんを抱きかかえながら、茜ちゃんが優音の名前を呼ぶけど、

 優音は……

 「警告するだけのつもりだったのですが」

 え?

 「これはいったいどういう事態なのでしょね?」

 唐突に市花さんがマッチョなお兄さんの隣に現れた。



 市花がバス停から降りた時、市花は違和感を覚えていた。

 周りはただの学生が下校している姿しか感じられないが、まるで何かがこの場所に被さっているかの様な、そんな感じを。

 (……この感じ、誰かが『結界術』を使っている?)

 そう思った市花は深く眉を潜めた。

 結界術は、退魔士などが人知れず退魔をする際に使用する技術の一つで、様々なタイプがある。

 指定した場所に人を近付けさせなくするものや、指定した場所を認識できなくするものなど。

 今回の場合は、指定した場所の位相の少しずれた場所に指定した対象を隔離する『隔離結界』と言う結界術だと市花は判断した。

 だが、判断したからと言って、何故こんな場所こんな時間に? と言う疑問は解決されない。

 同じ退魔士が何らかの退魔を行う為に結界を張ったと考えられなくもないが、今朝方市花が調べた限りでは隔離結界を使用しなければならないほどの退魔対象がいる様には感じられなかった。

 魔術ドラックであるコウリンにより服用者に取り憑いている霊体は、そのほとんどが自然消滅する様な弱い霊体ばかりであり、多くの場合がその残滓程度しか感じられない。

 そして、隔離結界は対象が隔離しなければならないほどの何らかの事情を持っていなければ普通は使わない代物なのだが……

 (……まあ、わたくしが知らないだけで、別の退魔士が活動している可能性もないわけではありませんし……)

 そんな事を思いながら高校に向けて歩く市花。

 だが、ふと、市花はある可能性を思い付いた。

 退魔士だからと言って、退魔士全てが退魔関連の仕事をしているわけではない。

 多くは表の社会で普通に働き、依頼があれば退魔の仕事をする兼業退魔士が多いのが昨今の傾向なのだが、退魔士一辺倒で過ごしている者達はなかなか表社会に適応出来ず、また、鍛え上げてきた自らの技能が使えない日々を嫌がり、適応しやすく自らの技能を生かせる仕事を始めてしまう者も少なからずいる。

 要するに、犯罪行為。

 そう思い至った市花は、もし仮に本当に退魔中だった場合は、その退魔士に迷惑が掛かると不安に思いながらも、素早く仕込み杖を抜刀し、納刀した。

 市花の退魔士技術は抜刀と納刀を基礎としたもので、仕込み杖の抜き差しで様々な退魔術を使う。

 そして、今使った退魔術は、結界術の応用の結界侵入術。

 結界術の中でも高位に位置する結界侵入術をあっさりやってのけ、隔離結界の中に侵入した市花はすぐそばに優音達三人の気配と見知らぬ大男の気配を感じた。

 しかも、かなり物騒なシチュエーションでだ。



 「……同業者とお見受けしますが、明らかな一般人である彼女達に手を振るっている理由をお聞かせ願えないでしょうか?」

 そう言いながら市花さんは優音を後ろに下げ、優音を守る様に立ってくれた。

 「白髪に盲目……そして、仕込み杖」

 え? 仕込み杖?

 無遠慮に市花さんを見たマッチョなお兄さんは、市花さんが持つ杖を見て口角を上げた。

 仕込み杖って……中に刀が入っている杖の事だよね? それって何だか……

 「……なるほど、あんたが座頭市か」

 そうそう座頭市……え?

 「……その呼ばれ方は好きではありません」

 「らしいね」

 えっと……どう言う事?

 「それにしても嬉しいねぇ。ここんとこはずれの仕事ばっかりだったが……」

 二人の会話に優音が戸惑っていると、マッチョなお兄さんが右手を振り上げ、

 「こんな強敵と出会えるなんってな!」

 そう叫んで振り下ろした。

 その瞬間、耳が痛くなるほどの金属音がして……気が付くと市花さんが頭の方に刀を左手で構えてて、マッチョのお兄さんの右手にいつの間にか握られていた刀を受け止めていた。

 「……噂で聞いたことがあります。刀を囮に使い、体術で戦う偽刀流と言う方々がいると」

 刀を囮に?

 市花さんの言葉に、優音はようやく気付いた。

 市花さんが右手に握られている仕込み杖の鞘でマッチョなお兄さんの足を受け止めている事に……もしかして、さっきの楓ちゃんも?

 「へぇ? 俺らも有名になったもんだ」

 「ええ有名ですよ……退魔士でありながら退魔以外の仕事を何でも行う、道を外した者達だと」

 退魔士?

 市花さんとマッチョなお兄さんが、刀と刀、鞘と足で押し合いをしながらファンタジーな話をしだして……それにしてもマッチョなお兄さんスゴいバランス感覚。なんで一本足で押し負けないんだろう?

 「まあ、俺らは偽る事を技の基本にしているからな、他の退魔士とは感覚が違うのさ」

 「つまり、平然と一般人にも手を出せると?」

 「まあ、邪魔をするならな。もちろん、加減はしたぜ? 後ろの姉ちゃんも気絶しているだけだしな」

 「当然です」

 「当然だよな……ああ、言っとくが、あんたは別だぜ。座頭市」

 「だから」

 ざわっと市花さんの雰囲気が変わって、優音は思わず後ろに下がっちゃった。

 「その呼ばれ方は好きじゃないと言ってるでしょうが!」

 市花さんがそう叫ぶと同時に、マッチョなお兄さんが残っていた左腕を手刀にして市花さんに突き刺そうとする。

 だけどその瞬間、市花さんの両腕が霞んできて、マッチョのお兄さんの動きがぴったり止まって、とても驚いた顔になった。

 後ろから市花さんの前を覗くと、いつの間にか手前で仕込み杖をしまっているところで……チンと金属音をさせて納刀すると同時に、マッチョのお兄さんの両腕片足から血が吹き出す。

 よろめいて一歩後ろに下がるマッチョのお兄さんだけど、その顔は笑っていて、右腕の血を流している部分をぺろりと舐めた。

 「流石、座頭市と呼ばれるだけの事はあるな。全く動きが見えなかったよ」

 「こちらとしても驚きましたよ。本当なら今の一撃で両腕片足の健を斬っていたはずなのですが……流石は、刀を囮にし、自身の身体を刀として使うと言われる偽刀流です」

 「あっはは、褒めても何も出ねぇぜ。て言うか、今のかなり加減したろ?」

 「ええ、そちらも加減しているようでしたので」

 「いいね。楽しくなってきた」

 楽しそうに笑いながら刀を上段に構えるマッチョなお兄さん。

 「そうですか」

 若干不快そうに手前に仕込み杖を持つ市花さん。

 もの凄い緊張感がこの場所を覆ってくのが素人な優音にも分かって……もの凄く怖かった。

 だけど、不意に対峙していた二人が構えを解いた。

 「っち、安物を使うんじゃなかったな……時間切れだ」

 そうマッチョなお兄さんがつぶやくと同時に、周りからパリパリと音がし始めて……周りを見ると、何もないところにひびの様なものが出来始めていた。

 「ん~まあ、今日は顔合わせって事で我慢するか……俺は偽刀鋼。次に会う時は、鋼と呼んでくれや」

 「では、わたくしは市花とお呼びください……決して座頭市と呼ばぬ様に、わたくしにその名はふさわしくありませんから」

 「……別に細かい事を気にしなくてもいいと思うけどな……まあ、いいさ。じゃあな市花」

 そうマッチョなお兄さんこと鋼さんが言った瞬間、周りのひびが一気に広がって砕け散った!?


 ……気が付くと、優音達の周りに下校しているみんなの姿が戻っていて……倒れている楓ちゃんを抱えている茜ちゃん二人に不審そうな視線を向けていた。

 目の前で起こった現実に困惑するしかない茜ちゃんは優音を見て、

 「えっと……どう言う事?」

 って聞いてくるけど……優音が分かるわけないよね? 鋼さんだっていつの間にかいなくなっているし……う~ん……

 「市花さん……」

 とりあえず目の前にいる市花さんの名前を呼んで見る。

 名前を呼ばれた市花さんはため息を吐いて、

 「とりあえず、どこか落ち着ける場所に移動しましょう」

 そう言って、市花さんは楓ちゃんをひょいっとお姫様だっこして歩き出した……楓ちゃんって結構重いはずなんだけど……



 「……つまり、風峰さんには何の心当たりもないと?」

 市花の問いに素直に頷く優音。

 今市花達がいる場所は駅前の喫茶店。

 そこで市花は何があったのかを聞き出し、どうしてそんな目にあったか心当たりはないかと聞いたのだが、返ってきた返事は三人が三人とも心当たりがないと言うものだった。

 そして、それが意味する事は、ただ一つ。

 「そうですか……そうなると昨夜、優音さんがコウリンによって降ろした『何か』が理由になっている可能性が高いですね……」

 ひしひしと感じる厄介な気配に、市花は軽くため息を吐いた。

 市花としては、魔術ドラックの精度から、にわか魔道士ないしにわか魔法使いが起こしている魔術ドラック騒動だと高を括っていた。だが、有名な偽刀流が出てきたとなると金銭的な目的以外の『何か』がある可能性が出てくる。

 偽刀流は退魔士達の中で退魔以外の仕事を何でも受けることで有名なのだが、その依頼料が表社会に属していない退魔士達の間でも法外に感じるほどの高額な事でも有名で、普通に考えれば現在予測されているコウリンの流通総額に近い。だとすれば、金銭的なメリットは一切なくなり、見た目上は普通の女子高生である風峰優音に関する何かがあると言う事。

 その何かは今の所、昨夜市花が目撃した何らかの憑依体ぐらいしか思い付かず、かと言ってかなりの上位存在であった以外に分かっている事は何もない。

 市花はあくまで直接戦闘系の退魔士であり、もともと何かを調べたり考えたりする事をあまり得意としていない。

 もっとも、だからと言って調べられないわけではないのだが……

 「あの……」

 どうするべきか市花が思案していると、茜が恐る恐ると言った感じで声を掛けてきた。

 「はい、なんでしょう?」

 「市花さんは何者なんですか? さっきの人に退魔士とか言ってましたけど……」

 「ええ、退魔士です」

 「えっと……妖怪とか幽霊とか退治する?」

 「ええ、その退魔士です」

 市花が素直に答えると、茜は困った顔になって、優音を挟んで隣にいる楓と顔を見合わせ、

 「すご~い、退魔士って本当にいるんだ」

 素直に市花の言葉を信じてしまう優音にため息を吐いた。

 「え? え?」

 両隣の反応に戸惑いを見せる優音に、市花は微笑む。

 「二人の反応は当然の反応ですよ」

 「え? どうして?」

 優音のきょとんとした返答に市花も流石に苦笑し、

 「退魔士などと名乗る胡散臭い人の話を素直に信じるのは、あまりよろしくありませんと言う事です」

 「胡散臭いって……市花さんはいい人だよ? さっきだって優音達を助けてくれたじゃない?」

 「それはそうだけど……それとこれは別だと思う」

 「そうだな……あたし達の常識じゃ、退魔士はフィクションの存在だし……あたしは気絶させられていたからな……」

 困った顔の茜に、楓は腹部を摩りながら同意する。

 「別にわたくしが退魔士である事を認める必要はありませんよ。信じる事を強要しているわけではありませんので」

 そう言いながら市花はコーヒーを一口。

 「さて、納得出来るか出来ないかは別にして、風峰さん達に何が起きたのかわたくしが分かる範囲内で説明しましょう」

 そう言って市花は今現在分かっている事を三人に説明し始めた。



 えっと……市花さんが言うには、優音達は隔離結界と言う結界術の一種で普通の空間から隔離されて、誰も知られずに優音だけが誘拐されそうになっていた……って事らしく、目的である優音以外の茜ちゃん楓ちゃん達も巻き込まれたのは、安物の退魔道具を鋼さんが使ったからじゃないかって話で……えっと、そもそも、

 「なんで優音が誘拐されなくちゃいけないんですか!?」

 茜ちゃんが優音が思った事を言ってくれたけど、市花さんは首を横に振って、

 「それはわたくしにも分かりません……ただ、この事にはコウリンが関わっていると思います」

 「コウリン?」

 優音が聞いた事がない単語に、茜ちゃんはちょっと考えて、

 「……コウリンって最近学生を中心に流行っている合法ドラックですよね?」

 へぇ……そんなのが流行ってるんだ……知らなかった。

 「……まさか」

 楓ちゃんが優音を見る。

 ん?

 優音が首を傾げると、

 「優音。そのコウリンって言うのを飲んだんじゃないんでしょうね?」

 え?

 「ええ、風峰さんはコウリンを昨夜服用していますよ」

 え? え!? そんな、だって、

 「優音はそんなものを飲んでませんよ市花さん」

 「何を飲まされたのかは言われていなんでしょ?」

 「そうですけど……でも、優音が飲んだのは飴みたいな甘い物で……」

 「コウリンの主成分は砂糖ですから甘いと感じるのは当然です。そもそも、風峰さんはそれを飲んで意識を失ったのでしょう?」

 「それはそうですけど……」

 「「優音……」」

 じとぉーとした目で両隣から見られて……うう、だって、

 「だって、楽しくなるキャンディだって……」

 「うわ……もろ怪しい単語で進められているし……」

 茜ちゃんが頭を抱え、楓ちゃんは深いため息を吐いた。

 えっと……ご

 「ごめんなさい」

 「謝ってどうにかなった事なんてないのよねー」

 そんなあきらめた様な感じで言わないでよ茜ちゃん……

 「……それで、そのコウリンは市花さんの仕事……退魔士に関わる物って事なんですよね?」

 楓ちゃんの質問に、市花さんは頷いた。

 「コウリンは……こちら側の技術で作られた服用者に何らかの霊体を憑依させる薬です」

 「何らかの?」

 「霊体?」

 「憑依?」

 口々に優音達が気になった違う単語を言った事に市花さんは苦笑して、

 「風峰さんが狙われた理由が、コウリンにより風峰さんに憑依した何かが原因であるのなら、偽刀流に依頼した者はコウリンをばら撒いている者達……と考えるが自然でしょうね」

 「あの……その何かって何なんですか?」

 「さあ?」

 優音の疑問に、首を傾げる市花さん。

 「わたくしが持っている技術は攻撃に特化していますから、退魔してしまった相手の事を調べるのは難しいのです」

 「え? じゃあ、どうするんです?」

 「ええ、ですから他の方に調べて貰うことにしました……あまり気が進みませんが……」

 そう言って市花さんは自分の携帯電話を取り出し、どこかに掛けて優音に差し出した。

 えっと……

 優音は戸惑いながら携帯電話を受け取り、耳に当てると………………気が付くと、優音は見知らぬ部屋の中にいた。



 「君が偽刀流か……」

 偽刀鋼が優音誘拐に失敗した報告の後に呼び出された場所は、優音達が通う高校の部室棟の一角。

 そこで対面した男に、鋼はあまり良い印象を抱かなかった。

 偽刀流はその名の通り偽る事を得意としている。それ故に偽られている事にも機敏に感じることが出来る。

 つまり、その男は何らかの偽りを行っているという事。

 もっともその偽りが何であるかまでは鋼には分からないし、興味もない。ただ、

 「依頼をしょっぱなから失敗しといてなんだがさ。俺に依頼をしたのはちょっと早かったかもな」

 鋼の第一声に、男は片眉を上げる。

 「どういう意味だ?」

 「簡単な話さ。俺が接触するまで座頭市はあの娘の重要性に気付いていなかったっんじゃないかって事さ」

 その指摘に男は驚きの表情を浮かべ、

 「馬鹿な! 現にあの退魔士は『彼女』を退けているんだぞ!」

 「『彼女』が何なのかは知らないが、退けたからと言って、それが何であるか気付けるってもんでもないさ。一口に退魔士と言っても、得意不得意はあるからな……特に座頭市は明らかな戦闘系の退魔士の様だしな」

 「……つまり、こちらから何のアクションも起こしていなければ、その座頭市と言う退魔士は依り代に注視しなかったと?」

 「だからそう言ってるだろ? ……まあ、だからと言って、あんたらが座頭市の退魔対象になっている事は間違いないだろうからな……あんたらの思惑が上手くいくのが先か、座頭市があんたらを退魔するのが先かって事になってただろうから……結果的には俺を雇ってよかったんじゃないか? あんたらどう見ても素人に毛が生えた程度みたいだしな」

 「…………よく喋る奴だ」

 「緊張してるのさ」

 ふざけてるとしか思えない鋼の言動に、男は深いため息を吐き、目頭を押さえた。

 「……仕方がない、依頼の変更だ」



 その部屋は無数の携帯電話と色々なコンピューターで埋め尽くされた部屋で……えっとここどこ?

 訳が分からなくてきょろきょろしていると、

 「初めまして風峰優音さん」

 声がどこからか聞こえてきた。

 「僕は月島金兎。主に退魔士達のサポートを生業にしている魔法使いです」

 そう優しく言ってくれたのはいいんだけど……なんで姿を見せないんだろう? それに、ここどこ? どうして優音はここに?

 「ここは電子世界に僕が構築した精神のみが存在出来る仮想空間で、君は今、市花の携帯を通して精神のみがここに来ているんです。ちなみに姿を見せられないのは、並行して別の作業をしているからで……申し訳ありませんが、自分の姿をそこに構築するほど余力がないんです」

 ふ~んそうなんだ……って! 今、優音喋ったけ? それに精神だけって!?

 「申し訳ありませんが、精神のみで来ていただいているので、思っている事が声として聞こえてきてしまうんですよ」

 え……じゃあ、

 「ああ、それ以上なにも考えないでください。こちらとしても女性のプライバシーを侵害する気はありませんので」

 そう言われても……うう、色々考えちゃうよ。

 「では、手短に検査を終わらせましょう」

 金兎さんはそう言うと、周りのコンピューターの画面が輝き出した。


 気が付いたら目の前に市花さんがいた。

 「え?」

 思わず驚きの声が口から漏れると、市花さんは微笑みながら優音から携帯電話を取って、耳に当てた。

 「どう? …………そう、やっぱり残滓では時間がかかるのね……いいわ、こっちはこっちで調べて見るから……さっきお願いした式神はちゃんと作動しているでしょ? ……そう言う事。じゃあ、お願いね」

 ……何だかさっきまでの市花さんじゃないみたい……よっぽど親しい人なのかな? 金兎さんって。

 「……優音。今、何かあったのか?」

 楓ちゃんにそう問われ、優音は今体感した事を喋った。

 「携帯を持った瞬間、優音の動きが妙に止まったって思ったけど……精神を? …………ちょっと信じられない話だけど……あんな事があったばかりだから……信じるしかないよね……」

 そう言って優音の話を信じてくれた茜ちゃんだけど、楓ちゃんは隔離結界が解ける時気絶していたから半信半疑って感じだった。

 「とりあえず、検査結果が出るまで時間がかかるそうですから……その間、わたくしが優音さんを守らせていただきます」

 え? 市花さんが優音を守ってくれる?

 唐突な申し出に、優音はキョトンとするしかなくて、

 「どうして優音を、赤の他人である市花さんが守ってくれるんですか?」

 茜ちゃんが懐疑的な言葉を口にするけど……

 「今回の退魔を行うのに、退魔対象の目的を邪魔するのは理にかなっていると思いますが?もちろん、護衛料は請求しませんから安心してください」

 そう言って微笑む市花さんに、茜ちゃんと楓ちゃんは顔を見合わせて、優音を見た。

 えっと……

 「よろしくお願いします」

 って優音が頭を下げると、二人はやっぱりって感じでため息を吐いた。

 その優音達の様子に市花さんはクスリと笑って、

 「では、護衛者として一つ優音さん達に提案があるのですが、よろしいですか?」

 「「「提案?」」」



 メガネの少年が帰宅の為に駅に着いた時、携帯電話に着信が入った。

 その着信相手の名前を確認し、メガネの少年はあからさまに嫌そうな顔をした。

 その瞬間、がっしりと誰かに腕を首に回されて抱き着かれる。

 ビクッと旗から見ると可愛そうなぐらい驚いたメガネの少年が、抱き着いてきた誰かの顔を恐る恐る確認すると、携帯電話を耳に当てているピアスの少年だった。

 そして、メガネの少年の携帯電話に掛けてきている相手でもある。

 「……随分じゃねぇか? そんなに嫌な顔をしなくてもよぉ?」

 「う……あ…えっと」

 あからさまに怖がっている様子のメガネの少年を楽しむピアスの少年。

 メガネの少年とピアスの少年は同じ倶楽部に所属し、担任の指示の下、コウリンをばら撒いている。

 正確には、担任がコウリンの基礎を作り、おさげの少女がコウリン量産方法を確立し、メガネの少年がコウリンを作り出している。

 その為、倶楽部の中で唯一魔術が使えないのはピアスの少年だけであり、だからこそピアスの少年が実売を担当しているとも言え、その役割上、メガネの少年とピアスの少年は頻繁に学校外でも会わなくてはいけない。それ故に、メガネの少年はピアスの少年の立場・性格・行動を頻繁に目撃しており、それらの矛先が頻繁にメガネの少年に向けられている為、メガネの少年はピアスの少年を極度に恐れていた。

 だが、

 「今日は……何もするなって先生が……」

 そう指示されていたのに、こうしてピアスの少年が接触してきた事にメガネの少年は嫌な予感を覚えた。

 メガネの少年のピアスの少年に関する嫌な予感は、基本的に外れた事がない。

 「んな先公の指示なんかどうでもいいんだよぉ! …………手伝え! 癪だがてめぇの力がいる」

 ピアスの少年の出所が不明な怒気を言葉と共に自分に向けられ、メガネの少年は断る事が出来なかった。

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