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一、

 とんとんとんと包丁を叩く音が聞こえる。

 その音で目覚めた優音(ゆうね)は、もそもそとベッドから抜け出して、ふらふらとダイニングに向かった。

 お母さんが帰って来たと思って、優音はよく確認しないでドアを開けて、

 「お母さんいつ帰って来たの?」

 寝ぼけ眼の目を擦りながら言うと、包丁の音が消えて、困った様な雰囲気……あれ?

 優音は思わず台所の方を見ると、台所には……知らない着物姿の女性がいた。

 しかも、とんでもなく美人で……綺麗な白い髪と肌……今まで見た事が無い様な美人さんだった。

 で、思う。

 なんでこんな人が優音の家で料理しているの?

 「申し訳ありません。勝手かとは思いましたが、冷蔵庫に冷凍食品しかなかったので台所を使わせて貰いました」

 え? 確かに優音の家には冷凍食品しかないけど……

 「お口に合うか分かりませんが、朝食を作りましたので、冷めない内にどうぞ」

 そう言って美人さんが示したテーブルには……物凄く美味しそうな食事が並んでいた。

 久し振りに見た白いご飯に、お豆腐とお揚げのお味噌汁、鮭の塩焼きに、今美人さんがテーブルに乗せてくれたばかりの大根ときゅうりのマヨネーズ和え……どうしよう……物凄く美味しく見えて、よだれが……でも、見知らぬ人が

 「これは昨夜勝手に泊めさせて貰ったお礼ですから」

 お礼? ……ん~、

 「じゃあ、遠慮なく……」

 美味しそうな朝食の誘惑に負けて、優音はテーブルに着くと、美人さんもテーブルに着いて、にっこりと笑う。

 「いただきます」

 「……いただきます」

 何となく釈然としないものを感じながら、優音は朝食を食べ始めた。

 あ……やっぱり物凄く美味しい…………って!

 「勝手に!?」

 「はい」

 優音の遅い突っ込みに美人さんはにっこり笑って、頷く。

 「えっと……えっと……泥棒さん?」

 「まさか、泥棒ならこんな事はしませんよ」

 「ですよね……」

 じゃあ……えっと……あれ? この人さっきからずっと目を瞑っている様な……

 「その様子ですと、昨夜の事は一切憶えていないんですね?」

 え? 昨夜?

 優音がキョトンとしていると、美人さんは困った様に微笑んで、

 「あなたは昨夜……何らかの薬物を飲んで、意識を失っていたんですよ」

 「薬物……?」

 その言葉に、優音は一気に昨日の事を思い出した。

 最近遊んでいるクラスメイトの子に良い物があるって言われて……何かの錠剤を渡されて……飲んで……


 愛してる


 ぞわっと誰かの声を聞いた気がして、優音は振り返った。

 ……誰もいない……よね?

 「症状からして、病院に行けば少々厄介な事になると思って、救急車を呼ばずにあなたの自宅に運ばせて貰ったのですが……自宅にご両親がご不在だった様なので、失礼だとは思いつつ、家に入らせていただきまして、様子を見る為に朝まで居させて貰いました」

 「……その……両親は仕事で、いつも出張中で居なくて……」

 今の感覚……何だったんだろう?

 「そうですか……道理で冷凍食品とレトルト食品ばかりなのですね」

 だから優音のご飯はいつも冷凍かレトルトか、外食で……あれ? じゃあ、

 「この朝食の材料ってどこから……」

 「近所の二十四時間営業のスーパーで買った物ですけど?」

 「えっと……」

 「材料費は気にしないでください。わたくしこんな目ですけど、それなりの収入がある身ですから」

 「こんな目?」

 「ええ、わたくし全盲なのです」

 え? ……全盲!?

 上の空だった優音は、とんでもない告白にびっくりして美人さんを見た。

 さっきからずっと目を瞑っているなぁ~とは思っていたけど……でも……

 「えっと……でも、この料理って……」

 「はい。わたくしが作りました」

 ???

 「わたくし、特殊な修練を積んでいまして、こうして」

 何の確認もなく美人さんはお味噌汁が入ったお椀を持って、一口飲んだ。

 「健常者と変わらない動作を取る事が出来るんです」

 お味噌汁を飲む動作をしている間も美人さんは目を瞑っていて……全盲かどうか以前に、目を瞑って普通はこんな事を出来ないよね……

 「お味噌汁が少し冷め始めていますね……色々と思う所はあると思いますが、まずは先に朝食を食べてからにしませんか?」

 そう微笑む美人さんと美味しそうな朝食の誘惑に、優音は思わず素直に頷いた。


 「わたくしは市花と申します」

 朝食を食べ終えて、片付けが終わった後、テーブルに座り直した美人さんはそう名乗ってくれた。

 ……えっと……

 「優音は(かぜ)(みね)優音です」

 「はい。存じています」

 ?

 「ここに来るのに、失礼だとは思いましたが風峰さんの身元を調べさせて貰いましたから」

 身元を調べる? ……生徒手帳を見たのかな? ……あれ? でも、市花さんってさっき全盲って言ってたような……

 優音の疑問に雰囲気で気付いたのか、市花さんは微笑んで、

 「これでわたくしの友人に代わりに見て貰ったんですよ」

 そう言う市花さんの手にはいつの間にか携帯電話が握られていた。

 「信頼における友人なので、個人情報が悪用されることはありませんので、安心してください」

 悪用される事はないって言われも……

 「不安でしたら本人と話しますか?」

 えっと…………そんな事を言われても……………あ!

 優音が返答に困って視線を彷徨わせていると、壁掛け時計に目が行って、そろそろ家を出ないと学校に遅刻しそうな時間になっている事に気付いた。

 「学校ですか?」

 優音の反応に気付いた市花さんがそう聞いて来たので、

 「あ! はい。もうそろそろ出ないと遅刻しちゃうんで」

 市花さんはどうしましょうか? って言おうとしたら、

 「では一緒に行きましょうか?」

 え? ……一緒に!?



 その組み合わせを見付けた時、彼女達はまず二人して顔を見合わせた。

 二人は風峰優音と幼稚園の頃から幼馴染で、高校に入るまでは毎日一緒にいる仲だった。

 だが、高校に入ると共に二人はそれぞれの夢の為に動き出した為、どうしても優音と共に過ごす時間が少なくなった。

 可愛らしい顔付きをしたツインテールの(はち)(まち) (あかね)は、アイドルになる為に芸能プロダクションに所属し、度々学校を休んでいた。

 カッコいい顔立ちをしているポニーテールの雨傘(あまがさ) (かえで)は、中学の頃から始めた剣道を本格的に始め、日々忙しく部活に励んでいた。

 そんな二人だが、優音の事をないがしろにしていたと言うわけではなく、常に気に掛けていた。いや、むしろ、心配していると言う方が正しい。

 何故なら、彼女達の親友たる優音は、親が海外出張などで度々家を空けるせいか、昔から一人でいる事を非常に嫌う寂しがり屋であり、よく言えば素直で優し過ぎる、悪く言えば自分が無い性格である為、どんな相手どんな形であろうと誰とでも友達になってしまう。

 その為、ふと眼を離せば、良くない相手と一緒にいたり、あっさりナンパに引っ掛かったりして、心配でしょうがない。

 中学卒業までは二人と頻繁に一緒に居た為、そんな彼女を守る事が出来たが、高校になってからはそうする事も出来ず、こうして比較的時間が空く事がある登校時間に二人集まって優音の様子を見る事を度々していた。

 更に二人はそれぞれ違うルートから優音が最近よくない連中と一緒になって夜遊びをしていると言う話を耳にし、不安を募らせ、今日その事を聞こうとしていたのだが、

 「ねえ、あの人誰?」

 「……あたしも知らない」

 二人が向かっているバス停には、見慣れた優香の隣に一際目に引く美人がいた。

 周囲の学生や社会人の注目が二人同様にその美人に集まる中、注目されている本人は一切気にしている様子はないが、何故か隣にいる優香が酷く動揺している様だった。

 その優香の反応と二人の距離から、あきらかに二人は連れ合っているのは確か。

 だが、どんな理由で連れ合っているのか、

 「とにかく、急ぎましょう」

 「……そうね」

 二人は頷き合い、小走りにバス停に近寄った。



 「おはよ♪」「……おはよう」

 バス停でバスを待っていると、久し振りに会う親友二人が来た。

 「茜ちゃん! 楓ちゃん! 久し振り! おはよう!」

 優音が笑顔で挨拶を返すと、茜ちゃんは苦笑いを浮かべて、

 「久し振りって、数日前に会ったばかりでしょ?」

 ……そうだったけ?

 「……ところで……この人は優音の知り合い?」

 楓ちゃんが優音の隣にいる市花さんを見て、当然の疑問を口にしてきた。

 ……どうしよう……二人って結構人見知りする人だから、優音の交友関係に厳しいんだよね……前だって、遊びに誘ってくれた人を無下に追い払っちゃうし……

 そんな風に優音が悩んでいると、

 「初めまして、わたくしは市花と申します。お二人は風峰さんのお友達ですか?」

 隣に気配なく優音の隣に来ていた市花さんがそう挨拶すると、茜ちゃんが惚れ惚れする様に、楓ちゃんは何かを驚く様に市花さんを見てて……何だろう? この二人の反応の違い。茜ちゃんは市花さんの綺麗さに見惚れたのは分かるけど……

 楓ちゃんが唐突に優音と市花さんの間に入って、優音を少し下がらせた。

 「楓ちゃん?」「楓?」

 優音と茜ちゃんの呼び掛けを無視して、

 「……市花さんですか……あなたは……一体何者なんですか?」

 警戒する様に市花さんを見る。

 警戒されている市花さんは、その楓ちゃんの様子に微笑んだ。

 「どうやら昨夜の方々と違って、本当の友達の様ですね」

 「「昨夜の方々?」」

 二人の疑問の視線が優音に来る。

 ……えっと……

 思わず視線をそらす優音に、

 「……詳しく聞かせてくれか?」

 二人はじとーっと二人は目線を向けて来た。



 薄暗い小さな部屋の中で、無数のモニターに囲まれながら男と三人の少年少女が集まっていた。

 「公園周辺の監視カメラから、昨夜の反応が誰かが判明しました」

 おさげの少女がそう報告すると、男が無言で言葉を促す。

 「我が校の一年C組女子、風峰優音です」

 おさげの少女の答えに少女以外が眉を顰めた。

 「灯台下暗しですね……」

 メガネを掛けた気弱な少年がそう言うと、

 「っへ、手間が省けて良いじゃねぇか」

 隣の顔半身だけピアスを無数に付けた少年がニヤニヤ笑い、寄り掛っていた壁から背中を離した。

 「どこに行くんです?」

 部屋から出て行こうとするピアスの少年に、おさげの少女は眉を顰める。

 「ぁあ? んなの決まってんだろ? とっとと攫ってくんだよ。おら! いくぞ!」

 「え? ……うん」

 ピアスの少年に呼ばれメガネの少年も立ち上がるが、おさげの少女に一瞥され、直ぐに座り直してしまう。

 「ぁあ? 何邪魔してやがんだ?」

 おさげの少女の対応に、ピアスの少年は危険を感じさせる様な鋭い睨みをおさげの少女に向けるが、睨み付けられている少女は震えるどころかどうでもよい感じでピアスの少年を見て、

 「学校で無用なトラブルは起こさない約束でしょ?」

 「はあ? んなこまけぇ事、『寄り代』を手に入れりゃどうでもよくなるだろうがよ」

 そう言われたおさげの少女だが、ピアスの少年を無視して男を見る。

 「反応が直ぐに消えた原因も分かりました」

 おさげの少女のその報告に、再び眉を顰める男。

 「原因だと? 『ゆがみ』が足りない以外に何かがあると言うのか?」

 男の問いに、おさげの少女は頷き、座っているテーブルの上に置いていたノートパソコンを操作し、何事かを呟き始めた。

 すると、周囲にある無数のモニターの一つが勝手に起動し、

 「これが入手した映像の一つです」

 そう言って映し出されたのは、どこかの監視カメラの映像だった。

 そしてその映像には、風峰優音らしき人物を抱き抱えて歩く白髪の着物を着た女性の姿があった。

 「何者だ?」

 その年配の男性の問いに、おさげの少女は首を横に振る。

 「分かりませんでした。追跡、読取などの様々なタイプの『魔術式』を試しましたが……どれも失敗しました」

 その答えに、メガネの少年は不安そうな表情を浮かべ、ピアスの少年は激しく舌打ちし、男は顎に手を当て考える仕草をした。

 少しの間沈黙がこの場を支配し、モニターの映像が途切れた頃に、

 「……仕方がない。本意ではないが外部の人間に協力を頼もう……頼めるか?」

 そう言って男はピアスの少年を見た。

 ピアスの少年は耳のピアスを触りながら、

 「っへ! 任せな」

 そう言って今度はメガネの少年を促さずに部屋から出て行った。

 ピアスの少年が完全に部屋から出て行った事を確認したメガネの少年は、ホッと一息吐き、

 「……あの……彼に任せて大丈夫なんでしょうか?」

 「…………問題はないだろう……それより、不用意に寄り代に近付くなよ。場合によっては網を掛けられている可能性もあるからな」

 その男の言葉に、二人の少年少女は頷いた。



 「えっと……ほら、現に何ともひゃんともにゃいし」

 優音が喋っているのに途中から茜ちゃんが怒った表情で優音の頬を摘まんだ。

 「意識を失ってたのが何とも無いなんて事ないの!」

 既にバスから降りてはいるんだけど、徒歩とか自転車通学している人達も結構いる中、茜ちゃんがいきなり大声を出したもんだから、みんなの視線かこっちに集まっちゃって……ちょっと恥ずかしい。

 視線を集めている茜ちゃんはアイドルの卵だからなのか、視線が気にならないみたいで、

 「……もう……心配掛けさせないでよね」

 涙目になってそんな事を言う。

 ……何だか男子達のハートを撃たれた音が聞こえてきた様な……

 そんな男子達の視線を楓ちゃんがさっと間に入って一睨み。さっと目を伏せる男子達。

 「聞いてるの!?」

 う……なんで茜ちゃんはこんなに怒ってるんだろう?

 「あのね。みんな大丈夫だって言っていたものだから……実際に大丈夫だったし」

 って優音が言うと、茜ちゃんと楓ちゃんはちょっと呆気に取られた顔になって、何か言いたそうな顔になったけど、がっくりと肩を落として、

 「高校生になって少しはましになったとは思ったけど……」

 「全然駄目だ……」

 深いため息を吐いた。

 えっと……何が駄目なんだろう?



 懇々と説教を優音にする二人の様子に思わず微笑みを浮かべつつ、市花は周囲の気配を探っていた。

 (……これは……思ったより広がっているみたいね)

 市花は周囲にいる大部分の生徒達に、普通の人間には感じない気配を感じ、深いため息を吐いた。

 (こうなる前に、何らかの手は打てなかったのかしら? ……『こっちの業界』の人材不足も本当に深刻みたいね……まあ、当然と言えば当然かしら?)

 そんな事を思っていると、

 「あの……市花さん」

 優音が声を掛けてきたので、声の聞こえてきた方向に向かって微笑みを浮かべる。

 「はい、なんでしょう?」

 「もう校門前なんですけど……」

 そう言われ、市花は周囲の気配を詳しく探ると、確かに校門らしき気配と、教員らしき人物からの不審そうな視線を感じた。

 しかも、その教員らしき人物からも異質な気配を感じ、市花は再びため息を吐き、優音に疑問符を浮かべさせる。

 「……昨日今日あったばかりの者が言うべき事ではないでしょうが……」

 そう前置きして、市花は顔を優音の方に向けて、真剣な表情になる。

 「自分を大事にしてくださいね。自分を大事にするという事は、自分を大切に思ってくれている人達も大事にするという事に繋がりますから」

 不意な市花の忠告に優音を含め他二人も若干戸惑っていると、

 「それでは失礼いたします」

 微笑んでさっさと去って行く市花。

 あまりのあっさりぶりに優音は困惑しつつも、

 「あの! ありがとうございました!」

 大声でお礼を言って周囲の注目を集めさせ、市花を苦笑させた。


 駅近辺に乱立しているビルの一つに、この近辺の犯罪組織のトップに位置する暴力団の拠点があった。

 基本的に通行に使用しなくても問題ない通りに面しているのと、暴力団の拠点があると言う事もあり、そのビルに近付く人はほとんどいない。

 そんな場所を、市花はまるで散歩でもしているかの様に歩いていた。

 耳に携帯を当て、携帯から聞こえてくるナビゲートに従って暴力団拠点のビルの前に止まる。

 見た目上は普通の商業ビルに見えるそのビルに、市花は躊躇なく入り、

 「おい姉ちゃん! 入るビル間違えてんじゃねぇのか?」

 受付にいたいかにもその筋の人間に見える男性にそう恫喝されるが、市花は一向に意に反さず、

 「……組長さんはいらっしゃいますか?」

 優音達に見せた笑顔とは明らかに質が違う、一種の圧迫感を感じさせる笑顔をその男性に向けた。

 「ぁあ?」

 男性は条件反射的に凄んで見せたが、直ぐに後悔した。

 何故なら凄んだ瞬間、男性の喉仏に、市花がいつの間にか抜いた仕込み杖の刃がぴったりと付けられていたからだ。

 「組長さんはいらっしゃいますか?」

 口調も表情もまったく同じに同じ事を言われ、男性は自分の存在を彼女が対して関心を抱いていない事を直感した。

 つまり下手な事をすれば彼女は躊躇なくその刃を喉仏に突き刺す。

 そう男性が判断するに十分な雰囲気を市花は醸し出していた。

 「す、少し待ってくれ」

 「はい……ああ、言い忘れていましたが、わたくしは『退魔士』です。その事もお伝えください」

 受付の受話器を取った男性に市花がそう言った事に、男性は本格的に顔を青ざめた。

 つまり、退魔士と言う言葉は、彼らの業界ではそういう存在だという事。


 古来より人知れず人に害為す魔なる存在を退治している者達がいる。

 退魔士。

 それが彼らの呼称であり、一部の業界の者達から極度に恐れられ、世間一般からはフィクションの存在だと思われている者達。

 それらにはいくつかの理由がある。

 一つは、退魔士が退治する対象が、普通の人間には認識出来ない非物理存在が相手である事が多い。

 二つは、非物理存在を相手にする為に身に付けている技能・能力が世間に受け入れられる部類の物ではない。

 三つは、身に付けた技能・能力によって起こる可能性がある世間からの魔女狩りを防ぐ為。

 四つは、世間一般から隠れて活動している為、必然的に同じ様に堂々と活動できない部類の者達とよく接触する事が多く、それ故に互いの事情に互いが巻き込まれる事が多い。

 など。

 これらにより退魔士は世間一般からフィクションの存在と思われ、普通の人間でありながら普通じゃない者達と接触する事になる一部の業界の者達からは非常に恐れられる結果となっている。

 そして、一部の業界に恐れられる退魔士達の中で、特に恐れられる二つ名持ちの退魔士がおり……


 「最近ここら一帯にコウリンと呼ばれる合法ドラックがばら撒かれているのは……こちらも知っています」

 乗り込んできた市花に対し、応接間で対応した組長は、市花の要件にそう返答した。

 「……つまりコウリンはあなた方が販売している商品ではないと?」

 「はい。こちらとしましてもこちらの主力商品が売れなくなって……困っている所なのですよ」

 市花の耳に、組長の声と身体に嘘を吐く時に現れる独特のシグナルを感じず、あからさまにため息を吐いた。

 最初の当てが外れた為のため息。

 「それにしても……あなたの様な有名な退魔士が、うちの様な地方組織の所に来るとは思いませんでしたよ……座頭市さん」

 「……その通り名は好きじゃありません」

 「これは失礼」

 物凄く嫌そうな顔をする市花に、組長は苦笑した。

 噂通りの人物だと思ったからだ。

 盲目で仕込み杖を使う、まるで映画に出てくる主人公の様なその姿と戦い方に、座頭市を連想するのは安易なものだが、座頭を意味する按摩も鍼灸も琵琶もやっていない市花は、そう言われることを非常に嫌っている。

 話を元に戻させる為か、一際大きくため息を市花は吐き、

 「……あなた方がコウリンを販売していないのは……ある程度予想は出来ました」

 「ほう? それは何故ですか?」

 興味深そうな組長に、市花は少し眉を潜めたが、

 「……わたくしも専門ではないので詳しくは分かりませんが、コウリンは『成分だけを見ればただの砂糖』なのだそうです」

 市花の言葉に組長も眉を潜める。

 「砂糖ですか? ……こちらの者が何人か服用者を見ていますが、あれは明らかにトリップしている様にしか見えないと言う話でしたが……」

 「コウリンを調べた知人の話では、コウリンには製造過程で『魔術』的仕掛けが施されているそうです」

 「魔術……ですか……」

 「降魔術と呼ばれるものだそうです……よくは知りませんが、知人が言うには、麻薬などは元来そういった何かを降ろす術などに使われていたものらしく、コウリンが成分的に合法ドラックになりえなくても、効果が結果的に同じであるのなら合法ドラックと言っても支障はないとか」

 「なるほど、それでコウリンですか……知ってしまえばずいぶん単純な名前ですね……しかし、降魔という事は、つまり……あれですよね。霊とか悪魔とかを降ろすとか言う」

 「ええ、それです。今回のコウリンと呼ばれている……言わば魔術ドラックは、普通の人間が飲めば動物霊などの低級霊が憑き、自分じゃない感覚を強く覚え、自分から解放される様に感じる……のではないかと知人は言っていましたね」

 「そうですか……それで、何故我々がコウリンを売っていないと予想されたのです?」

 「簡単な話です……これ程までに短時間かつ広範囲にばら撒けるほど魔術ドラックを作るには、かなりの魔術的知識を持った者でないと出来ません」

 「確かに我々の業界でそちら側の技術を取り入れるのは禁忌とされていますが……」

 退魔士側の技術はある種の才能がないと扱いが難しい技術ばかりであり、少しの失敗でも大きな損害を出す危険な代物ばかりである。

 その上、仮にそれらの技術を完璧に習得し使えたとしても、それらを普通の人間に対して使おうものならすぐさま退魔士達に退魔対象と認定され、潰される。

 それ故に少しでも退魔士側の世界に触れた事があり、多少は現実を見る事が出来る者達は、それら技術が自分達側に来ない様にする事が多かった。

 「……それでは何故こちらにいらしたのですか?」

 「今朝方コウリンの広がり具合を確認したのですが……かなりの人数に広まっているのを確認しました。そこから推測するに、例えあなた方が販売していなくても、あなた方に近い者、もしくはあなた方の一部がコウリンの販売に関わっている可能性が高いと思ったからです」

 「……つまり、我々の販売ルートが利用されていると?」

 「はい、その可能性が高いでしょう」

 「ふむ……」

 市花の予測に、組長は思案顔になる。

 市花の予想が正しいかは勿論、それによる損得を含めての思案。

 「……わかりました。怪しい者がいないか調べてみましょう」

 「ありがとうございます。ご理解が早くて助かりました」

 「いえ、こちらとしてもこれ以上そちら側の技術でこちら側を荒らされたくありませんし……下手にあなた方に目を付けられたくもない」

 正直な感想を述べる組長に、市花は少しだけ苦笑し、着物の帯に差していた財布から名刺を取り出し組長に差し出し、それに応じた組長は自分の名刺をテーブルから取り出し名刺交換。

 ある意味シュールな光景に映ったのか、組長も苦笑し返した。


 ピアスの少年が外部との取引に使ったのは、父親の書斎にあるパソコンだった。

 ピアスの少年の父親は、市花が対面している暴力団の組長。

 暴力団などの裏社会の住人は退魔士側の住人と接触する事を基本的に避ける。

 だが、だからと言って接触が完全に避けられるかと言うとそうでもない。時として予想外な接触により組織に大損害を与える事もある為、あえて退魔士側へとの接触方法を持っている場合が多く、ピアスの少年の父親もそうだった。

 組の人間には一切教えていないパソコンを使ったルートによる接触方法。

 これによってピアスの少年が接触した相手は、とんでもない金額の報酬を要求してきたが、払えない金額でもなかったのでとっとと契約した。

 さっそく動くと言う相手の返事に満足したピアスの少年は、父親に見付かる前に書斎から抜け出し、自宅として使っている最上階から外に出るためにエレベーターに乗ると、事務所として使っている下の階でエレベーターが止まる。

 一瞬まずいと思ったピアスの少年だが、エレベーターに乗ってきたのは杖をいちいち床に突いて歩く見覚えのない美人だった。

 日本人離れした白い肌に、光沢があり腰まである白い髪、その髪を軽く纏めた大きな白い花の髪留めに、簡素だが美しさが滲み出る白い着物姿。

 誰もが目を引く四つの特徴がありながら、その四つの特徴を気にさせないほど端麗な顔立ち。

 (オヤジの新しい女か?)

 と最初は思ったが、直ぐにある事を思い出した。

 今朝方仲間の一人から見せられた映像に映る、依り代を助けた何者かに似ている事を。

 (いや、似ているつうか、そのもんだろうな……)

 あまりにも特徴的なその女性に、映像の人物と別人と考えるのは難しかった。

 当然、ピアスの少年の前にいる女性は市花であり、監視カメラに映っていた人物と同一人物。

 両方の交渉が同時に終わり、重なり出会ったのはある種の幸運なのか不幸なのか。

 少なくとも、

 (っへ、ラッキーじゃねぇか)

 ピアスの少年はそう思ったらしく、

 (ここでこいつを倒)

 物騒な思考が途中で止まった。

 何故なら、ピアスの少年に背を向けて立っていた市花がいつの間にか仕込み杖を抜き、ピアスの少年の喉元にその剣先を付けていたからだ。

 「随分お若いようですが……この業界でやっていくのなら、殺気を向ける相手は選んだ方がよろしいですよ」

 そう言って市花は仕込み刀を杖に戻し、一階に着いたエレベーターからさっさと降りた。

 残されたピアスの少年は情けなくエレベーターの壁に付き、震える自身の手を見て……強く壁に叩き付けた。

 その顔に浮かぶのは、恐怖よりも屈辱が勝っているようだった。


 ビルを出た市花は、なんとなしに歩きながら思考していた。

 (今の彼……コウリン服用者だった……)

 市花はエレベーターで出会った少年からコウリン服用者特有の独特な気配を感じていた。

 人間以外の何かの気配。

 それを感じた上に、不用意な殺気。

 裏社会の住人の中には、退魔士側の住人に殺意を抱いている者がいる。

 理由は様々だが、多くの場合は殺意止まりで、実際にそれを実行に移す者はほとんどいない。

 それは圧倒的な実力差を知っているからで、襲うにしても一人で行う事はまずなく、更に何の武器もなく行うなどあり得ない話なのだが……少年は一人であった上に、武器らしき物を持っている気配もなかった。

 ただ、殺気を感じた瞬間、人間とは違う何らかの気配が強まった為、市花は反射的に仕込み杖を抜いた。

 そして、仕込み杖を納刀した音で容姿などの詳細を確認。

 普段の市花は周囲の音や自身から発する音の反射でなんとなく周囲の輪郭を知っている程度なのだが、集中する事が出来ればその輪郭の詳細を知る事も出来る。

 それによって知ることが出来た少年の容姿から、少年は暴力団の組長に近い人物である事が分かり、

 (そんな人物が、なぜコウリンの服用を?)

 そう疑問に思ったが、直ぐに答えは出た。

 (暴力団内部にいる販売担当の可能性が高い……と考えるのが自然……それなら……)

 やるべき行動を決めた市花はどこからか携帯電話を取り出し素早くメールを打ち送信。

 (さて……後は……相手が動くのを待つだけだけど…………その前に……)

 もう一度少年の容姿を思い出し、ため息を吐く。

 (かなり着崩してたけど……やっぱり、どう思い出しても風峰さん達の高校の制服よね……あまり私の様な人間が積極的に接触するのは良くないと思うけど……仕方ない。一応警告をしに行こ……)

 そう思って市花は優音の高校に向かって歩き出した。

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