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九、

 なんだか……ふわふわする……

 よくわからない。

 でも、気持ち悪いわけでも、気持ちいいわけでもない、よく分からない感覚の中、優音はいた。

 どこかに……どこだろう? ……それもよくわからない。

 でも、声が消える。

 愛してる。愛してる。こんなに愛しているの。なのに、なのに、なのに、なんで、なんで、なんで、

 そんな声が聞こえる。

 とても、切なくて、とても、悲しくて、とても、何とかしたい、

 そう思うんだけど……よくわからない。

 声の主が、声がどこから聞こえてくるのか分からない。

 ああ、優音じゃ無理なら、誰か、誰か、この人を……どうしたらいいんだろう?

 そう思った時、外から……外? ……まあ、どうでもいいや、外から声が聞こえた。

 優音にはよく分からない。

 でも、彼女には聞こえたみたいで、ぱーっと何だか明るくなった気がした。

 ああ、あなた、あなた。愛してる。愛してるわ。



 「ああ僕もだよ   」

 男は優音に宿った女神に、魔力を込めて名を呼んだ。

 その名は、込められた魔力の影響で、男と女神にしか聞こえない。

 その名は、男がサイコメトリーにより知った、女神を女神たらしめている名。

 男はこれを独占する事により、女神が自分だけしか認識・理解できない様にしていた。

 だからこそ、

 グラウンドに市花が現れたのを確認した男は、女神の名を呼び、

 「   。僕達の邪魔をする悪い奴が現れたよ。倒してくれるかい」

 その願いに、女神は素直に応えた。


 ええ、あなた。愛したあなたがそう望むなら、私は望むままに愛を振りまきましょう。


 ぞっとするほどの神気に、市花は、込み上げていた少しの吐き気がどこかに行ってしまった。

 宙に浮き、見た目は優音だが、その視線、この呼吸、その存在感、それら全てが、市花に彼女に愛されたいと強制的に思わせようとする。

 金兎の予測では、名を奪われたこの女神は、何らかの愛の神。

 何の愛であるか、もしくは、愛全体であるかまでは奪名法の影響で分からなかったようだが、それだけ分かれば、彼女がどんな能力か、ある程度分かる。

 もっとも、分かったからと言ってどうこう出来るレベルかどうかは、実際に戦ってみないと分からない。

 彼女が愛せば、彼女は愛され、愛したものは全て彼女の味方になる。

 そして、彼女に敵対すれば、彼女を愛したものは全て敵になる。

 ただそれだけの能力。

 「市花。分かっているね?」

 「ええ、まずは彼女を縛っている独占された名前を開放する。その為には!」

 女神の下で彼女を見上げている男の方に顔を向け、その手に持つノートパソコンが何らかの魔法を発動している気配を感じる。

 「あれを破壊するしかいって事でしょ!」

 そう叫ぶと共に、市花は一気に駆け出した。



 あなたはいつも愛するしかない私に色々なものを見せてくれた。

 それが何なのか理解する事は、結局私には無理だったけど、私は愛の結果を、愛の先だけども知る事が出来て……きっと幸せを感じた。

 だからこそ、私はより強く愛せるようになって……



 「みんな。彼を守って」

 市花の狙いが男だと分かった女神は、優しくそうお願いした。

 すると、一気に男の前まで接近した市花と男の間に、雷が落ち、市花だけが吹き飛ばされる。

 雷に直撃こそしなかったものの、かなりの衝撃に一瞬意識が飛び掛けるが、気合いを入れ意識を引き戻し、腰の携帯電話を全て撫でた。

 すると、着地と同時に携帯から次々と刀が飛び出し、それを髪の毛で握る市花。

 「流石に力を使わずに終わらすのは無理みたいね」

 ちょっとだけしか白姫鬼の力を使っていないと言うのに、再び吐き気を感じ始めた市花はそう自嘲しつつ、市花を追う様にグラウンドの地面から生え、急激に成長して襲い掛かってくる木々を避ける。

 (出来れば短期決戦にしたいけど……それを許してくれる相手かしら?)

 そう思いつつ、履いていた草履と足袋を脱ぎ捨て、生えてきた木々の枝を、手足をフルに使って猿の様に飛び跳ねる。

 急激な木々の成長が、まるで鞭の様に市花に襲い掛かってくるが、市花は髪で持っている刀を、木々を飛び跳ねながら足で居合一閃、襲い掛かってきた枝を斬り飛ばしながら男へと近付く。

 十二の基礎居合技の一つ『申』。

 近くの木々や建物などを利用して飛び回って行う連続居合いであり、時として手を使って飛び回る為、唯一足を使って居合いを行うこともあるので、それを含めての申。

 本来は他の技同様にすぐさま納刀する技なのだが、市花は振り抜いた刀と鞘をその勢いのまま投げ捨てた。

 ほぼ同時に新しい刀が携帯から現れる。

 納刀の動作を省く事により、ただでさえ神速の域に達している市花の居合の速度が上がり、密集して迫りくる木々すら瞬時に細切れにした。

 神の攻撃すら物ともせずに迫る市花に、男は小さく悲鳴の声を上げる。

 その声を耳にした女神は、発する力を更に強めた。



 世界は、皆は、私を愛し過ぎるようになった。

 私の為に生き、私の為に変わり、私の為に死ぬ。

 私の為に、私の為に、私の為に……

 そして、それはあなたも同じで……



 夜に生い茂る森が瞬く間に出来たグラウンドに、突如として雹が降る。

 雲一つない夜空から生じた雹は、木々にぶつかり鋭い破片となり、重力を無視して市花へと殺到。

 十二の基礎居合技の一つ『未』を連続使用すると共に、髪の毛を針鼠の様に展開し、高速回転。

 雹の破片を全て跳ね返し、一気に森を抜けた先には、グラウンドの土と木々で構築された巨人が拳を振り上げていた。

 間を置かず放たれた拳が市花に迫る。

 空中にいる市花はそれを避けられない。

 そう男が確信した時、市花は宙を蹴り、一気に空へと昇った。

 驚く男を尻目に、土の巨人の真上まで昇った市花は、全身を反転させ、逆さに宙を蹴る。

 宙の市花に反応した巨人から木々が放出されるが、連続で宙を蹴りジグザクに加速して振ってくる市花にあたるはずもなく、市花は落下しながら抜刀一閃。

 宙を蹴りまるで龍の様に加速して放つ十二の基礎居合技の一つ『辰』。

 落下と宙を蹴った事による加速により放たれた抜刀は、市花の十倍以上の大きさがあった土の巨人をあっさり真っ二つにした。

 音を立てて地面に着地した市花は、二つに分かれる巨人の身体の間を通り、男へと迫る。

 だが、再び雷が生じる気配を感じ、市花は咄嗟に横に飛ぶ。

 その飛んだ先に、鋭く飛び出す木の根が現れた。

 市花は髪で持った刀を次々と抜刀し、木の根を細切れにして串刺しになる事を防ぐが、続け様に雷が発生する気配を感じ、女神の周りを回る様に瞬息の速度で走る。

 当然の様に市花の進行方向には鋭い木の根が飛び出し、刃の様な雹が降り、市花はその度に携帯から刀を取り出し、抜刀。

 次々と抜かれては放り投げられる刀と鞘が周囲に生じた木々に突き刺さる。

 「は……はは、守ってばかりじゃ、風峰優香は救えないと思うが?」

 あまりにも早い攻防に付いていけなかった男が、ようやく市花が防戦一方になっている事に気付き、そうあざけった。



 ? ……あなた?



 攻撃が当たらない事にまるで怒っているかの様に、市花への攻撃量が多くなる。

 段々密度が濃くなる不自然な自然の攻撃に、攻撃が居合と髪の防御を越えて市花に当たり出す。

 だが、当たった個所が着物であった為、鋼の攻撃同様に市花自身には攻撃は通らなかった。

 市花が退魔時によく着ている着物は、白姫家初代当主の母・白姫鬼の髪によって作られた白姫家の家宝たる着物。

 白姫鬼の髪で出来ている為、市花の髪同様に鋼鉄以上に丈夫でありながら、それでいてシルクの様に柔らかい上に、一定以上の衝撃を受けると硬くなる生体反応を見せる。

 その生体反応故に鋼の攻撃などを防ぐ事が出来るのだが、ようは着物に使われている髪が何百年も経っているのにまだ生きているという事で、市花としては家宝であっても着るのに若干抵抗を感じたりもしているのだが、

 (今回はこれを着てきて本当に良かったって思う事が多いわね)

 若干家宝の着物へのイメージが改善された時、不意に攻撃が止んだ。

 それと同時に、今まで感じた事ない以上の悪寒を空から感じ、回避も防御も間に合わない、出来ない、そう直感した市花は髪を傘の様に展開し、自分の身体を覆った。

 その直後、グラウンド全てを包み込む雷が生じた。

 とてつもない衝撃と、熱に電流、瞬く間に出来た森は出来たのと同じように瞬く間に炭となった。

 髪で持っていた刀を地面に突き刺し、巨大雷の衝撃を耐えた市花だが、髪の隙間から侵入する熱と電流により、露出している肌が一気に炭化してしまう。

 普通なら死んでもおかしくないダメージだが、雷が収まると共に炭化した皮膚が落ち、一気に再生した皮膚が露わになる。

 白姫鬼の力を開放しているからこその驚異的な再生力なのだが、だからと言って皮膚が炭になった時や、再生した時の痛みが軽減されるわけではなく、全身から襲う激痛に市花は気を失いそうになる。

 更に白姫鬼の力で一気に再生した事実に、無意識に身体が拒絶反応を起こし、髪の傘を解いて、それまで髪に持たせていた仕込み杖で立ち上がろうとするが、膝に力が入らず、地面に片手を着いてしまった上に、込み上げる吐き気を耐え切ることが出来ず、吐いてしまった。



 お願い! 止めて! これ以上市花さんに攻撃しないで!

 優音の声は、彼女には届かない。

 それは彼女の声が聞こえてきた時から分かっていた事だけど……優音は叫ぶ事を止められなかった。

 優音の今の状態は……やっぱりよく分からない。

 何だか身体はあるって感じるんだけど、優音の言う通りに動かなし、変な感じもする。

 愛してるってよく言う人の声以外にも……声って言うか、思いっていうか……言葉とまではいかないけど、何だか優音に対して愛してるって、声なき声で周りの色んなのが言ってる気がして……これ、一体なんなんだろう?

 優音が傾げない小首を何となく傾げている気がした時、一通り吐いた市花さんが、地面に着けていた手で仕込み杖の下の方を握った。

 あれ? ……さっきから市花さんの髪の毛が動いているのは見えてはいたけど……あの位置の仕込み杖に巻き付くほど市花さんの髪って長かったけ?

 「流石の座頭市も、完全復活した女神の前では形無しだな」

 弱り切った市花さんに、先生が嘲りの言葉を掛ける。

 「まあ、それは当然の話だよ。昔行われていた神殺しは、何千何百もの退魔士が関わって行われていた。それを仮初の肉体で復活した女神だとは言え、高々退魔士一人でどうこう出来ると思ったのか?」

 そう言って市花さんを嘲笑する先生に…………何だか? な気分になった。

 優音のじゃない。

 多分、彼女の? ……なのかな?

 何に? になったんだろう?

 よく分からない彼女の感情に優音が振り回されていると、市花さんは小さく笑って、

 「ふふ、それもサイコメトリーで手に入れた知識ですか?」

 市花さんの様子に先生は眉を顰める。

 「だとしたらどうだと言うんだ」

 「それで知る知識に、限界があるって事ですよ」

 ぐっと全身に力を入れてゆっくり立ち上がる市花さん。

 「あなたは彼女を復活させる為だけに彼女に関する知識しか得ようとしなかった……だから、不自然で中途半端な知識差が生まれ、こちらもそちらも混乱して、それが、わたくしにとっては、悪い方向に働き、こんな事にまでなってしまった」

 ふら付きそうな身体でゆっくり髪の毛を巻き付けている仕込み杖を横に構える市花さん。

 「……言いたい事が分からないな」

 「あなたは知った通り、通常の神殺しは多くの退魔士の力を集結して行います……ですが、歴代の退魔士の中で、数えるほどの人数しかいませんが、少数単独で神殺しを成功した者もいるのですよ……まあ、正確には神の肉体を破壊した。ですが」

 あれ? ……何だか、仕込み杖に巻き付いている髪の毛が妙に張っている様な……

 「馬鹿らしい。それがあんただとでも言うつもりか?」

 先生の問いに、市花さんは首を小さく横に振り、微笑んだ。

 「いいえ、わたくしは一度も神殺しを行った事はありません。神殺しを単独で行ったのは、わたくしの先祖、白姫家初代当主です」

 仕込み杖に巻き付いたピンと張った髪の毛をよく見ると、毛の先があっちこっちに逆立っていて……

 「馬鹿な、そんな話、偽刀流は一言も話さなかったぞ」

 「偽刀流が知るわけありませんよ。何故なら、初代当主は歴代の白姫家当主の中で最も知名度が低い方ですから……聞いた話では、ただ一度の神殺しで退魔の力を失ったとか……大分無茶をしたのでしょうね」

 「つまり、何か? あんたはそんな弱り切った状態で、神殺しが出来ると言いたいわけか?」

 先生はそう言って、鼻で笑い、

 「くだらない。どうせ、今の話も体力回復の為の時間稼ぎだろ?」

 「ええ、時間稼ぎですよ」

 その市花さんの同意に、先生は、優音の方を、彼女を見た。

 「愛しき  。早くこいつに止めを刺してくれ」

 先生の願いに、優音は、彼女は戸惑いながら、ゆっくりと手を上げた。

 力がその手から放出され、その力に触れた大気が思いを伝えてくる。

 ああ、愛しきあなたの為に、

 そう言われている様な気がした。

 「白姫流抜刀術が白鬼技『さみだれ』」

 止めの一撃が放たれようとしているのに、市花さんはまだ喋りつづける。

 「納刀の動作を省き、用意した大量の刀を投げ捨てながらまるで長雨の様に抜刀を続ける技であり、もう一つの白鬼技布石である技です」

 市花さんがそう言った瞬間、仕込み杖に巻き付いていた髪の毛の先から光が無数に発生して、市花さんを中心に無数の光の糸が出来た。

 彼女が光の糸の先を反射的に見ると、そこには市花さんに投げ捨てられた刀が、何故か地面とか炭になった木々とかに突き刺さっている鞘に収まってて……その柄に光の糸が一本一本巻き付いている?

 しかも、巻き付いている光の糸が、これでもかって感じでピンと張ってて……

 「白姫鬼の髪はその丈夫さとしなやかさ以外にも、自在に伸ばす事が出来る特徴があります。それを隠形術などで隠し、こうやって投げ捨てると勝手に鞘に戻る刀の柄に一本一本巻き付けて置けば、こういう状態になるです。そして、その大本であるここに巻き付いている髪の毛を切れば……どうなると思います?」

 どうって……

 市花さんの問いに、先生が眉を顰めてから、大きく目を見開いた。

 「ま! 待て!」

 「嫌です」

 とびっきりの笑顔で拒絶すると同時に、市花さんは仕込み杖の鞘を抜刀した。

 一瞬で鞘が抜かれた事で、仕込み杖の刀身に市花さんの髪の毛が晒される。

 多分、仕込み杖を使っていなかったのは、彼女の攻撃を受けても何ともない髪を切れる力を溜める為だったみたいで、刀身に髪の毛が晒された瞬間、それまでの丈夫さが嘘みたいにあっさり切れてしまう。

 瞬間、優音達の周囲に突き刺さってた刀達が一斉に抜刀された。

 一体どれだけの刀が周りに刺さってたのか、迫る刃の壁を彼女は手を振るって弾き飛ばす。

 だけど、全てを弾き飛ばす事が出来ない。

 優音は何となく分かった。

 彼女の能力は、愛した相手に力を分け与え、変化を促す事。

 意志無き、魂無き物や、現象、植物を愛せば、彼らに仮初の意思と魂が宿り、愛してくれた彼女の為に動く。

 そう言う能力。

 だからこそ、魂を斬る事が出来る市花さんの攻撃を大量に同時に受ければ、防げば防ぐだけ、彼女の力は削られて……

 「くそぉおぉおおぉ! ここまで来て、彼女、ようやく彼女を手に入れたって言うのに!」

 叫ぶ先生のノートパソコンが、飛んできた刀に切断される。

 「っひ!」

 悲鳴を上げて手に残ったノートパソコンの一部を捨てた先生は、大きな携帯電話を机から取り出して、

 「転送!」

 そう言った瞬間、先生の姿が携帯電話に吸い込まれてしまい、残った優音に、彼女に、刀達が殺到した。

 瞬時に、無数の刀身が、優音の身体を通り抜け、浮いていた身体がグラウンドに落下しちゃう。

 よろよろと優音の身体が、彼女によって起き上がる。

 気が付くと、間近に市花さんの姿があって、

 「白姫流抜刀術が白鬼技『かみぎり』。名の通り、髪を切り、神を斬る技です」

 そう言って、仕込み杖を抜刀。

 残されていた大きな携帯電話が切断された。

 「……あの人は?」

 彼女が、優音の身体で初めて声を出した。

 「偽物ですよ」

 その市花さんの答えに、彼女は、

 「ああ、やっぱりそうなのね……」

 悲しんで、優音も悲しくなった。


 ありがとう。


 え?


 私の為に悲しんでくれて……生き残っててくれていて


 え? 生き残って? それって、どう言う


 優音が問いを言い切る前に、

 「まだ、こちらに留まる力が残っています……お願いできますか?」

 そう彼女は市花さんに言って、

 「……ええ、わたくしはその為にいますから」

 市花さんがそう答えると、優しく微笑み、市花さんの一閃を防ぐ事もしないで受けた。



 あらかじめ用意していた衛星電話を使って転送魔法を行った男は、転送が終わるなり異変に気付いた。

 転送先に指定していたはずの他県に用意していた隠れ家ではなく、真っ白な、電話機以外一切の物がない部屋に転送されている事に。

 転送魔法の魔術式が書き換えられた。

 その事実に、一瞬で何が起こったか理解した男は、慌てて受話器を取るが、古いダイアル式電話機であった為、魔術式の展開の仕方が分からない。

 あまりの事に顔が青ざめる男の耳に、受話器から放たれる声が聞こえた。

 「巻き込まされたあたなの生徒は、僕が責任を持って更生させ、普通の生活に戻します。もちろん、あなたが助ける気もなかった子の治療をした上で」

 「な! ちょ」

 「無論、今回の事件の首謀者であるあなたを無事に返すつもりはありませんので……覚悟しとけ屑が!」

 と一方的に言われ、通話が切れた。

 「おい! 待て! おい!」

 何度も呼び掛けるが、受話器からは一切の音がしなくなっており、誰も答える者はいなかった。



 夢を見た。

 一人の男性の遺体の前で、優音は泣いていた。

 何度も何度もその人の名を呼び、枯れ果てるほど泣き、叫んだ。

 その度に、周囲の環境が変化し、慰める様にいきなり春になったかと思えば、怒った様に夏になり、同情するように秋になっては、拒絶するように冬になった。

 あまりの環境の変化に、近隣の生物が死に絶え、男性の遺体も瞬く間に干乾び、砂になってしまう。

 幾度、周囲の四季を変えた後、ようやく、周りの環境が全て、死んでしまっている事に気付いた。

 男性と出会い、男性と愛に落ち、男性との間に子をなし、愛以外の何かを手に入れた気がした地を、優音は殺してしまった。

 そして、理解した。

 優音は、この世に在ってはいけない存在なのだと。

 だから、優音は退魔士を呼んだ。

 自分を殺してくれる様に……でも、もう誰も愛せなくなると思うと、また、泣きたくなり、退魔士達に懇願した。

 優音を殺す代わりに、優音の子達は殺さないでほしいと。

 優音の代わりに、この子達が、愛してくれれば、そう思うと何故か涙は引いたから。

 その優音の言葉に、退魔士達は納得して、優音の子供達は殺されず、優音は殺された。


 …………悲しかった、何とかしてあげたかった。

 でも、それは夢、彼女の過去。

 人じゃないから、人として当たり前の事を理解出来なくて、

 人から生まれたから、人を求めて、

 人になりたいから、人の真似をして、

 人に望まれていないと気付いて、

 この世からいなくなる事を望んだ。

 今、彼女は隣にいる。

 誰に気付かれない。

 誰にも見付けられない。

 隣に、ただ、ただ、自分が消えるその時まで、たった一人で、

 そんなの、そんなの……悲し過ぎる。

 だから、優音は思っちゃった。

 せめて、優音が彼女と一緒に死んであげたいって……

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