プロローグ
この作品は2011年の電撃小説大賞に応募した作品です。
結果は勿論、一次選考にも通らなかった落選作品なので……正直、ここで公表する事に対して躊躇いがあるのですが、更なるレベルアップの為には誰かに見て貰う事が必要だと思い、こちらに投稿させていただきました。
自分でも幾つか駄目な点を見付けてはいますが、書いている私には分からない駄目な点があれば遠慮なく批評指摘をしてください。
勿論、ただ読んで下さるだけでも大歓迎ですので、上記の事はあまり気になさらなくても結構ですよ。
彼女を一目見た者は、まずその美しさに目を奪われる。
日本人離れした白い肌に、光沢があり腰まである白い髪、その髪を軽く纏めた大きな白い花の髪留めに、簡素だが美しさが滲み出る白い着物姿。
誰もが目を引く四つの特徴がありながら、その四つの特徴を気にさせないほど端麗な顔立ち。
その顔立ちに見とれた後、次に目が行くのが、彼女の常に瞑られている目。
そして疑問に思う、その手に盲目者用の杖を持って、地面を叩きながら歩いている事に。
何故なら彼女の歩みはとても目の不自由な者の動きには見えず、杖を突く動作以外、健常者と何ら変わらない様に見えるからだ。
目の前に人が来れば滑らかな動きで避け、人混みの中に入っても一切ぶつからずに歩みを進める。
本当は目が見えているのではないかと疑いたくなる様な光景だが、故障中と張り紙がされてあるコンビニのスイングドアを開けようとして小首を傾げたので、少なくとも視覚的にハンデを持っているのは間違いない様だった。
親切な通行人にスイングドアの故障を教えて貰った彼女は、お礼を言って店に入り、パンやジュースを買って店から出た。
今の時間は夕食時から大分遅いが、それが彼女の夕食なのだろう。
彼女はパンとジュースが入ったビニール袋を持って、近くの公園へと向かう。
それなりに大きな公園なのだが、外灯が壊れているのか、日が暮れているというのに一切光が灯らず、見るからに危険で怪しい雰囲気が漂っていた。
だが、目の見えない彼女は、その雰囲気に気付かず公園内に入ってしまう。
どう周囲の状況を知っているかは傍から見れば疑問でしかないが、彼女は公園内のベンチを見付けて座り、遅めの夕食を取り出した。
ゆっくりと食事をし、食べ終わって一息吐いた時、不意に彼女はある方向に顔を向け、眉を顰める。
彼女が顔を向けた先には、公園に備え付けられている公衆トイレがあり、その方角から何やら複数の若い女性の声が聞こえてきていた。
悲鳴に近いその声を聞きながら、彼女はベンチから立ち上がり、そのトイレへと近付く。
トイレの近くに彼女が来た時、若い男女数名がトイレの後ろから駆け出して、
「な、なんなんだよあれは! おめぇ何飲ませた!?」
「何って! 『コウリン』に決まってんでしょ!」
「アホか! コウリンであんな風になるかよ!」
などと言いながら逃げてくる彼らは、彼女に気付き、一瞬だけ驚くが、そのまま無視して彼女の脇を駆け抜け、公園から出てってしまう。
彼女も逃げた若者達を気にもせず、彼らが逃げてきた場所へ向かうと、トイレから少し離れた場所にある茂みの中で一人の少女が立っていた。
少女は満面の笑みを浮かべながら、
「愛してるぅ。愛しているわぁ。全部ぅ、みんなぁ、全てぇ」
とぶつぶつとつぶやきながらぼんやりと周囲を見ていた。
明らかに異状な状態だが、異状はそれだけではなかった。いや、正確には異常。
少女の周り、少女が視線を向ける場所の植物が異常な速度で成長し、少女が視線を外すと成長と同様の速度で朽ちてしまう。
まるで彼女に触れられ、見られたことに喜び、離れ、見られなくなった事を悲しんでいるかのような、そんな光景に見える。
もっとも、目の見えない彼女には、異常な現象の異様な雰囲気しか感じ取れていないのか、もしくは慣れているのか、平然としていた。
それどころか、更に少女へと近付き、少女に視認されてしまう。
その瞬間、彼女の周りの植物が一気に……成長しなかった。
少女に見られた瞬間、どこからか金属音が聞こえ、彼女の周りにうっすら光のようなものが生じ、それが彼女とその周りを守っているようだった。
その何も起きない事に、それまで定まっていなかった瞳がぴったりと彼女に定まる。
「あなた、だぁーれ? 何で私に見られても平気なのぉー?」
舌足らずな少女の質問に、彼女は微笑み、
「わたくしは市花と申します」
そう彼女は名乗り、すうっと流れる動作で杖に空手だった右手を添えた。
「いちかー? うふふ。いちかぁ」
何が楽しいのか、彼女・市花の名前を連呼する少女。
「そう言うあなたは何者なのですか?」
「私ぃ? 私はぁー…………あれぇー? あれぇー?」
市花の問い返しに、少女は困惑した表情を見せ、激しく狼狽し始めた。
「……まだ完全に降り切ってない様ね」
そうほっとした様に呟いた市花は、その瞬間、その姿が掻き消えた。
「え?」
気が付くと、目の前の現状に唖然とする少女の背後に市花は移動しており、左手に杖、右手に振り抜ける形で抜身の刀を握っていた。
「『心抜き』」
ぽそっとそうつぶやくと共に市花は刀と杖を自身の前へ持っていき、杖に納刀。
「あ……」
小さく悲鳴を上げて、ゆっくりと背後に倒れる少女を市花は素早く振り返って受け止める。
市花の持っていた盲目者用の杖は、仕込み杖であり、彼女はそれで少女の脇を一瞬で駆け抜けると共に抜き放ち、少女を斬っていた。だが、間違いなく少女の身体を通り抜けたはずの刀には一切の血は付いていなかった上に、少女の身体には斬った跡が全くなく、市花に受け止められている少女はただ意識を失っているだけだった。
少女の小さな息と、足下の異常な現象、そして、それまで発せられていた人とは思えない異様な気配の消失を確認した市花は、ほっと一息吐いて……気付く。
「この子どうしよう……」
思わず『助けた』のはいいが、意識を失った彼女をこのままここに放置しておくわけにもいかず、かと言って誰かに助けを求めるにしても、この状況をどう説明すればいいのか困る市花だった。
薄暗い小さな部屋の中で、男は無数のモニターをぼんやりと見ていた。
そのモニターには町の簡易地図が映し出されており、そこに動き回る強弱のある光点が無数に点滅している。
それが何を意味しているのか、男しか分からないが、映し出される結果に何か不満があるのか、時折男はため息を吐いていた。
だが、何度目かのため息を男が吐いた時、モニターの一つが唐突に激しく点滅し出す。
あまりの唐突ぶりに、椅子に座っていた男は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、そのモニターを持ち上げ、凝視する。
「この反応は……」
そうつぶやく男の目に映るモニターには、公園の簡易地図が映し出されており、その地図上に他の光点とは違う点滅の仕方をする光点が一つ出ていた。
「……反応は弱いが……これは間違いない! 『彼女』だ!」
そう叫び、歓喜に満ちた表情になった男だが、その歓喜は長くは続かず、不意に光点が消える事により曇らせた。
「…………くそ! やはりまだ早いか…………いや、そもそも『彼女』が降りてくるにしては早過ぎる……何故だ?」
ぶつぶつとつぶやきながら考えをまとめた彼は、
「………………調べる必要があるか…………」
そう結論を出し、公園の簡易地図が映るモニターを見詰めながら携帯電話を取り出し、どこかに連絡し始めた。