3話
VR世界『キャンダデイトマスター』に潜ったはずの靖幸は、暗い場所にいた。
「おかしい。しっかりと起動まで確認して、問題ないはずだったのに。どうしてゲームが起動しないんだ?」
靖幸は、不安げな表情を隠さずに、手を振ってメニュー画面を表示させようとする。
しかし、何も起こらなかった。
「おかしいぞ。エラーかな?閉じ込められちまった」
靖幸の顔に焦りが浮かぶ。こうなってしまうと外部から接続を解除してもらっても意識が戻らないなどの障害が残ってしまう可能性があるのだ。
その時、靖幸は気づく
「なにか音がする?」
耳を澄ますと、確かに何か聞こえる。
――――――――――welcome to ・・・・・・――――――――――――
「? よく聞こえない」
靖幸は、懸命に聞き取ろうと耳を澄ませる。
――――――――――help ・・・・・・・・・――――――――――――――――
「ようこそ? 助けて? その後が聞こえない。わけが分からないなぁ」
靖幸は、聞き取れた単語をすぐさま日本語訳にするが意味が分からないゆえに思案顔になる。
その時だった。今まで暗い場所にいた靖幸は、いきなり体が宙に浮く感じがする。
「ゲームが起動した?まったく遅いんだから。でもよかった。閉じ込められたわけじゃなくて」
靖幸は、先ほど聞こえた声など忘れて、ゲームの開始を素直に喜ぶ。
それが、これから始まるゲームの行く末を案じていたとも知らずに。
~数十分後~
靖幸は、ようやく初期設定を終えて、初期装備全開で『始まりの町』噴水前にいた。
名前はキャス。ゲームをやるときは大体この名前を使っている。
「なんだよ。飛鳥の奴、待ってるって言っておいていないじゃねえか」
キャスは、憤りを感じつつも律儀に噴水の前で待機する。
そして待つこと十分。ようやく幼馴染である飛鳥のキャラであるクロスが満面の笑みでやってきた。
「ごめ~ん。待ったぁ?」
キャスは、ぶん殴りたい衝動に駆られるが、懸命に押し殺し無表情を貫く。
そんな様子に、クロスが慌てる。
「いや、ちょっと、アイテムを、その、えーと」
「何?」
キャスは満面の笑みで聞く。しかし、その笑顔の裏にはどす黒い感情が見え隠れしており、クロスはさらに慌てる。
「えーと、その、うん。すいませんでしたぁ!!」
これには、キャスも慌てた。なにせクロスが自分から頭を下げるのは、数年ぶりだったからだ。
「はぁ、で? これから、俺はなにをすればいいのさ?」
あきれた顔でクロスに聞く。
「・・・・・・。とりあえず、アタシの所属してるギルドはいろっか」
クロスは、真顔で言う。
「俺、お前の用事終わったら、やめるつもりなんだけど・・・・・」
キャスは、ひきつった顔をしながら答える。
「なにいってんの? 靖幸にはしっかりやりこんでもらうつもりだから」
「はぁ? 俺がFPSとかしかやらないのは知ってるよな?」
「だから何?」
クロスの顔が、険しくなる。
「だから、あんまりこっちやるとFPSの時間が減るから・・・・」
キャスは飛鳥に押されつつも負けじと反論する。
「じゃ、週7でいいよ」
「毎日だろ。それ」
「いいじゃん。FPSよりこっちの方が絶対楽しいって」
「それは、俺が決めることです―」
「いいから、入りなさい」
「やだ」
「入れ!」
「やだぁー」
キャスが若干、幼児退行を発症させながら反論する。
「なに、あの二人?」「いちゃついてんのか?」「彼女の方、かわいくね?」
いつの間にか二人のやり取りが痴話げんかにしか聞こえないためか、周りのユーザーがからかい始める。
「と、とりあえず、場所移そうか?」
クロスが、赤面しながら提案する。
「そうだね」
キャスも、ここにいたら恥ずかしいだけと思い、提案に同意する。
そうして、キャスとクロスの二人はクロスが所属するギルドへと移動した。
ギルドに移動した理由は、二つある。
一つはギルド内ならばそこまでうるさくしても問題がないこと。もう一つはギルド入会の手続きはギルド内でしか行えないためだ。
もちろんクロスは、前者しかキャスに言ってない。後者をキャスに言ったら面倒なことになるのが目に見えていたためである。
「じゃあとりあえず、何で入りたくないのか理由教えなさいよ」
クロスは、険しい顔をしたままキャスに聞く。
「一つ、FPSをやる時間が減る。一つ、銃がないゲームはやりたくない。一つ、ポリシーに反しているからやりたくない。一つ、脅されてやり始めたものを続けたい人はいない」
キャスは思い当たったことをつらつらとあげていく。クロスはどう説得したものかと思案顔になっていた。
「ちょっと、いいかな?」
いきなり、一人の男が話しかけてきた。
「あ、ユリウスさん。」
クロスが、挨拶をする。
「どうも、このギルドのギルドマスターをやってます。ユリウスです」
ユリウスは、キャスに対して握手を求めてくる。
(あんまり知らないやつとは、話したくないんだが。飛鳥も知っている奴みたいだし、ここは穏便に行きますか)とキャスは思った。
「キャスです。クロスとは知り合いです」
キャスは、そういうだけで、握手には応じない。
「知っているよ。FPSが得意なんだろう」
ユリウスは、苦笑しながら手を下げ、告げる。
(こいつ、おれのことをしっている? 何を考えているんだ?)
「どうやら、警戒させてしまったみたいだね。なぁに簡単なことだよ。クロスから話を聞いているとともに、君と何回か『アサルト・センス』のゲームでプレイしたことがあるからね」
ユリウスは、特に敵意を感じさせることもなく言い切る。
そんなやり取りを見ていたクロスは、ユリウスにも援護射撃を求める。
「せっかくキャスに『キャンダデイトマスター』はじめてもらったのに、キャスったらもうやめるなんていいだすんですよー。ひどくないですかぁ?」
「キャス君。このゲームは意外とFPSをやってる人が有利なんだよ」
ユリウスは、キャスに対して説得力のある声で話してくる。
「どこが有利なんですか? 教えてもらっていいですかね?」
「こら、キャス。ユリウスさんに失礼でしょ」
クロスは、キャスの言葉遣いを注意する。
「あ、気にしなくていいよ。むしろその口調の方が僕は話しやすい。みんなにもそうしてくれればいいと言っているのだが誰も変えてくれないのだよ」
ユリウスは、ため息交じりに言う。
「そりゃ、ギルドマスターに対して失礼な口はきけませんよ」
クロスは、正論を口にする。
「別に私は構わないのだがね。おっと、話を戻そう。FPSにおいて、スナイパーが重要視しなければいけないことはなんだと思う?」
ユリウスは、キャスをじっと見たまま問いかける。
「移動・・・。それと、ポジション選び」
キャスは迷うことなく答える。
「そう。移動とポジション選びの二つだ。ほかにもあるがここで重要なのはその二つがこのゲームでも生かせるということだよ」
「どうしてです? モンスターを倒すのにそこまで移動が重要だと思えない」
キャスは、食って掛かる
「あたしも、分からないです」
クロスも訳が分からなそうな顔をしている。
「このゲームでは、クラスによって攻撃範囲の強攻撃範囲が決まっていてね。ポーンなら自分の目の前。ルークなら自分の前後左右。ビショップなら自分を中心とした斜め右と左。つまりは、チェスの駒が動ける範囲に今日攻撃範囲が存在している。そこで重要なのが移動と、ポジション選び。移動に無駄がなければ相手の強攻撃を食らわずに済むし、ポジション選びがよければ、今日攻撃を当てるのもたやすい」
ユリウスは、力説する。
「なるほど」
「へぇー。知らなかった。」
クロスは、驚いた表情でつぶやく。
「クロス君は、相手のすきを見つけ攻撃に移るのが早いのでね。知らないのも無理はないよ」
「それで、その技術がある俺にギルドメンバーとして手伝ってもらいたいってわけか」
キャスは、ユリウスの魂胆を見抜いたように言う。
「さすがに隠せないね。その通りだよ。どうだい、一週間だけでもやってみないかい?」
ユリウスが誘う
「そうよ、キャス。一緒にやりましょうよ。とりあえず一週間だけ、お願い!!」
クロスは手を合わせてお願いする。
(ここまでお願いされたのは、初めてだなぁ。それに、インストールして設定までしたんだ。消すのはもったいないかな?)とキャスは思う。
「仕方ない。一週間だけな」
キャスがやれやれといった風で、そういうと二人がガッツポーズをした。
「じゃ、ギルドはいらないとねっ」
クロスが満面の笑みで言う。
「そうだね。ギルドに入ってくれれば、私が微力ながら力になってあげられるかもしれない。」
ユリウスも真面目な顔で言ってくる。
(俺としては、ソロ(一人)の方が集中できるんだけどなぁ。まぁこういってるし、一週間だけだもんな。べつにいいか)
キャスはそんなことを考えながら、建前を口にする。
「じゃ、入りますよ。というか、入るまで開放する気ないでしょ」
「「うん」」
「隠す気ゼロかよ」
キャスはあきれ顔になる。
「じゃ、こっちの画面に必要事項を記入してほしい。それが終わったら下の『加入申請』を押してくれるかな」
ユリウスはキャスに画面を渡してきて言う。
「わかった」
キャスは画面を受け取り、手早く入力をするといわれたとおりに『加入申請』を押す。
押した直後に、ユリウスの目の前に画面が出る。ユリウスは笑顔を浮かべながら、承認ボタンを押す。
キャスの目の前に、「ギルド『アイソレイティッド』に加入しました」と、お知らせウィンドウが表示される。
「これで、キャス君も僕たちの仲間だ。よろしく頼むよ」
ユリウスが、改めて握手を求める。
「よろしく頼む」
キャスはそういうと、握手に応じた。
執筆する時間がなくて、更新が滞っていますが気長に待ってもらえると幸いです。