炎
私が、家で妻と一緒に近くのレンタルビデオ屋で借りてきたDVDを見ている最中だった。
突然、近くから爆発音が聞こえてくると同時に、窓ガラスが地震の時のように振動をした。
「なんだっ」
私は座っていたソファから飛び上がると、慌てて窓をあけた。
外は、夕日の時のように真っ赤になり、4軒ほど離れた家の辺りからゴウゴウと煙が勢いよく出ていた。
「消防へ連絡、近所が火事だって。俺は火消しに行ってくる」
妻に言おうとふり返ると、すでに電話を握ってダイヤルをしていた。
いつも家に置いてある消火器を片手に、火災現場になった家へ向かう。
すでに手がつけられない状態だったが、家の人たちは逃げ出しているようだ。
そばには、どこかの旅行帰りのようでスーツケースが地面に放置されていた。
「まだなかには?」
「いえ、全員外に出てます」
私の顔を見て、すぐ母親らしき人が話す。
消火器を持ってきているのを見て、私に笑いかけた。
「火を消そうとしてくださって、ありがとうございます。でも、見ての通り、少し来るのが遅かったようですね」
「そのようで」
私は、消火器を地面に置いて、燃え盛る家をじっと見ていた。
それから、私が現場に到着してから5分もしない間に消防車や救急車が到着し、活動を始めた。
一番最後に警察車両が到着し、私はその場を離れた。
翌日、私の家に、警官2名が話を聞きにやってきた。
「いつ、どんな感じで、聞こえてきましたか」
「あれは、午後9時から9時半の間ぐらいで、爆発するように聞こえましたね」
「他には…」
「現場って、見に行ってもいいですか」
私が警官に聞いた。
「ええ、ただし、規制線より中に入らないようにしてくださいね」
「それは大丈夫ですよ」
いつも言うセリフを、逆に言われるとなると、私は苦笑いするしかなかった。
現場では、両隣の家の生活に支障がない程度の大きさに、黄色いテープが張られており、そこから中には入れないようになっていた。
だが、私の姿をみると、鑑識の腕章をつけたうちの一人が近寄ってきた。
「父さん、こんなところで何してるの」
「近所だったからな、暇つぶしに見に来たんだ」
ちょうど息子が、長靴に帽子を深くかぶり、肘まであるゴム手袋をつけ、鑑識の腕章をずれないように安全ピンでとめていた。
「どんな状況なんだ?」
「さあね。今わかっているのは、旅行から帰ってきて、家を開けようと扉を開けたらドカンといったって言う話だな」
「中に入っても?」
「捜査責任者呼んでくる」
息子が現場の責任者を私のところへ呼んでくると、相手はあわてて礼をした。
「教官ではないですか」
「そうだな、君の元教官だ」
私が笑いかけていたのは、私が初めて警察学校で教鞭をとったときの生徒だった。
「あの時は私もいろいろと大変だったが、どれだけ教えても君たちは満足してくれなくてね。困ったものだった」
「いえ、教官のおかげで自分はしっかりと捜査することができるのですから。いくら感謝してもしきれないほどです」
そう言って、いつもテスト範囲を聞きに来ていたが、そのことは言わないことにした。
「それで、中に入っていろいろ見てみたいんだが…」
「ええ、いいですよ。鑑識が終わり次第、警官をつけますので」
「それまでここで待ってるよ」
私は、彼にそう言ってテープを指差した。
そう言うと、彼は近くにいた警官に、二言三言告げてから、私は規制線の外でまった。
3時間ほどかかって、鑑識作業がすべて終わった。
「父さん、入ってもいいって」
「よしわかった」
私は、黄色のテープの内側に入り、念のためと渡された鑑識用の一式を身に着けてから、家の中へと入った。
焦げ臭いにおいが立ち込めている。
「玄関周りは、さほどでもないのか」
「一番ひどいのは台所だね」
息子に案内されて、台所へ入る。
ちょうど入れ違いに、遺体袋が外に出るところだった。
「仏は」
「全身爆発の衝撃で粉々か炭化してるよ。写真後で見せようか」
「いやいい。それよりも、それが犯人なのかだがな」
「家族は全員そろっていたから、きっとそうだと思うけど。窓や扉の類は、すべて爆発によって吹っ飛んだ形状を示していたから」
「ふむ…」
鑑識が撤収している中で、私は壁際をじっと見ていた。
「ここ、不自然じゃないか」
「ああ、壁にずっと張り付いたその線のこと。鑑識も気づいてるから、大丈夫。それと、壁には一定の間隔で打ち込まれた、先が180度曲げられた釘も、同時に見つかっているよ」
「じゃあ、それはどこまでつながってたんだ」
「ここ」
息子が示したのは、ガスコンロの点火するスイッチのところだ。
「ここになんらかの装置があったようで、きっとガス爆発を狙っていたんだと思う」
「ガスの元栓は」
「開きっぱなし。家族の方に聞いたところによれば、旅行前は、確かに締めたって」
「じゃあ、ガス爆発を引き起こして、一家を殺害しようとしたのか」
「そういうことになるね。あとは、鑑識じゃなくて刑事課の仕事だから」
そういって、息子は、扉のところに戻った。
「ああそうそう。ここも伝えておくよ」
息子が指差したところは、ノブのところだ。
「ここにも、ひもが巻きつけてあったみたい。押し下げてドアを開けるタイプだから、下げると同時に、コンロにつながっているひもが引っ張られて、コンロのスイッチを押すタイプだったんだろうね」
「なるほどな。問題は、誰がしたかなんだが…」
私は、先ほどすれ違った遺体袋を思い出していた。
「どうにも犯人と思しき人物からは、なにも出てこないだろうね。すっかり焦げちゃっている」
「そのようだな」
私は、その人が死んだであろう位置を確認すると、コンロの目の前だった。
「きっと、ちゃんとつくかどうかを確認しようとしたのだろう。それで、誤って点火してしまった」
「たぶんそんな感じだろうね」
息子は、それだけ言って、扉から出て行った。
私は、しばらくその場で考えて、息子の後を追いかけて、外へと出た。
鑑識として着ていたものを、すべてごみ箱に捨てると、私は再び規制線の外へ出た。
「どうなのか、また教えてくれ」
「わかった」
息子とは、そこで別れた。
翌日、家へ電話がかかってきた。
「教官、どうか、警察署まで来ていただけませんか」
あの生徒の警察官だ。
「わかった」
私は、着慣れたスーツを着て、妻に一言告げてから家を出た。
最寄りの警察署に、捜査本部が設置されていたため、そこに真っ先に向かうと、警察署の入り口の受付のところで、彼と合流した。
「教官、これをどう見ますか」
それは、証拠品として押収されているハンマーだ。
かなり熔けているが、確かにハンマーだとわかる。
「ハンマーだな」
「ええ、そうなんです。くぎを打ち込んだものなのだろうと思いましたが、どうも、それ以外にも用途があったようなんです」
「どういうことだ」
すぐそばにあるエレベーターに乗り込み、さらに情報を聞く。
「このハンマー、先が片方尖っているのがわかりますか」
「ああ」
袋ごと逆方向に回したりして、じっくりと観察をする。
「これは、車が事故に遭った時に、窓ガラスを割る時に使われているハンマーです。見ての通り、反対側はプラスチックになっており、釘を打つことは不可能だと思われます」
「ならば、彼は何者だ」
「そして犯人はいずこへ行ったのか。そのすべてが謎です」
「それで私にどうしてほしいのかな」
私は生徒に尋ねた。
「教官のお力を貸て頂きたいのです。よろしいでしょうか」
「もちろんだとも。早速始めよう」
ちょうどエレベーターも本部の部屋がある階に着き、私は証拠品が保管されているところへ向かった。
並べられた証拠品の数々を見ながら、私はある一つの結論に達した。
「犯人の証拠品は、全て燃えてしまっているようだな」
「まあ、分かってたことではありますが。問題は、犯人の足跡といった、家の外にある証拠も、消火による影響で洗い流されてしまっているということですね」
生徒が私に言ってくる。
「消防隊は、彼らの仕事をしたまでだ。それを責めることはできない。近所に防犯カメラは」
「現在別働班が動いていて、彼らが調査中です。近所のコンビニに、外へ向かって録画しているカメラがあったので、それを借りています」
「他には」
「家のガレージにあったカメラが3つ、近所の個人商店に設置されていたものが1つ、あと、すぐそばにあった交通用テレビ端末装置が1つあったので、それぞれ借りて調査中です」
「よろしい。現在分かっているのは、ハンマーを手に持って、空き巣狙いの犯人Bが、爆発に巻き込まれたということだな」
「ええ。運が悪い犯人ですが。問題となるのは、これらの装置を作った犯人Aです。いったいどこのどいつなのか…」
その時、内線電話が、生徒に対してかかってきた。
「ああ、原井潤郎警部だ…本当か。よし、すぐ行く」
電話を置き、私に一応の報告をする。
「めぼしい星を見つけました」
「よし、すぐに行こう」
私は生徒と立ちあがり、すぐに調査班のところへ向かう。
すぐ隣の部屋で、テレビを幾台も置いて、調査をしていた。
「こちらです、警部」
映像調査班統括班長である統括警部補の手洗清水が、生徒と私を見たとたんに呼んだ。
「この、角のタバコ屋のところから借りている映像なんですが、これ見てください」
「ふむ…」
それは、個人商店から提出を受けたカメラ映像だった。
「この人物です」
鮮明で、ハイビジョンカメラを眺めているようなその映像には、くっきりと、暗い夜道を歩く怪しげな男の姿が見えた。
「この男、30分後にも出てくるんです」
「こいつは何者だ」
「リチャード・クルジオといって、国際指名手配を受けている殺人者です。ロシアのとある村で連続殺人を行い、それからヨーロッパを転々としながら依頼殺人を行い、アメリカに渡ってから、マフィアの雇われ暗殺者となって、日本に来たようです」
「なんでそんな遠回りを…」
私がそう言うと、手配書を見せてくれた。
「通称がリチャード・クルジオ。なんだか、すごい経歴だな…得意なのは爆殺と毒殺か。銃は好きじゃないんだな」
「そのようです。被害者の8割が爆殺、残り2割が毒殺です」
「ふむ……」
私は手配書を、統括警部補に返すと、生徒に聞いた。
「それで、これからどうするつもりなんだ」
「この男の行方を捜します。第1容疑者ですので」
「教科書通りだな。まあ、それが一番だろうな」
私はそれだけ言ってから、頑張れよと言い残し、ポンと生徒の肩を叩いてから、警察署を後にした。
ここで私ができるのは、ここまでだ。
そして、生徒はいつまでたっても生徒なのだということも、よく分かった。
それから1週間後、ニュースで容疑者が捕まったことを知らせていた。
その逮捕の貢献者となったのは、原井警部だった。
「あら、あなた。どうしたのですか」
妻は、私がニュースを見て何らかの表情をしていたから、心配そうに聞いてきた。
「いや、なんでもない」
朝ごはんを食べながら、笑顔の原井警部を見ていた。
彼も成長したものだなと、感慨深いものがあった。