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あの日、透明な想い  作者: 中澤ミサキ
一  再会
5/12

4  不確かな記憶



 緋桐神社でカエデと別れたアカネは、辺り一面が朱色に染まった道を一人歩いていた。時々すれ違う自転車には、まだライトは点灯されていない。

 海老根川と線路に挟まれた道は、それらに併走するかのように真っ直ぐと伸びている。歩道がなく、車二台がなんとか併走できる程度の道幅。

 障害物のない見通しの良い道に、アカネの影も長く真っ直ぐに伸びていた。その伸びた影の先端に、大きな石が触れた。賢木町に古くから伝わる伝承の一つ、夢見石だ。

 ヨシノが若かった頃は、両手を広げた大人が数人でようやく囲えるくらいの大きさだった夢見石も、今では四、五人程度の子どもで囲えるくらいまで小さくなっている。その夢見石の傍に、アカネがよく知る姿があった。

「サクラ?」

 昼にはヨシノの膝の上で昼寝をしていた猫のサクラが、アカネと同い年くらいの見知らぬ男の子が撫でる手に心地良さそうに目を細めていた。

 アカネの姿を見つけたサクラは一声鳴くと、ゆっくりとアカネの足下にすり寄ってきた。アカネはサクラを抱き上げて頭を撫でた。

「サクラ、ここで遊んでたの?」

 アカネの質問に答えるように、サクラは短く声を上げた。

「その猫、君の猫だったんだ」

 サクラを撫でていた男の子も、サクラの後に続くようにアカネのもとへと歩いてきた。

 アカネよりも拳一つ分ほど背が高い。少し幼く見える顔立ちに反して、口から発せられた柔らかい声には落ち着きがあり、どこか大人びている。半袖のシャツからは、白くて細い腕が伸びていた。綺麗な白い肌というよりも、不健康な印象のある白さだった。その印象が強いためか、どこか儚げで現実感が希薄な少年に見えた。

 アカネは小さく頷いてから、

「正確には、あたしのおばあちゃんが飼っている猫なんだけどね」

 十六歳になる高齢のサクラを抱え直して、アカネは尋ねた。

「サクラと遊んでくれてたの?」

「うん、猫が好きだから。余計なこと……したかな?」

 アカネは慌てて首を横に振った。

「ううん、そんなことないよ。遊んでくれてありがと」

「なら良かった」

 そう言って少年は柔らかく微笑んだ。幼い顔立ちが、より幼さを増したように見えた。

「あたし、水樹アカネ。あなたは?」

 少年は一瞬の間を置いてから自己紹介をした。

「僕は鈴代。鈴代マサキ」

「鈴代……マサキ……くん?」

 アカネは呟くように少年の名前を口にした。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、思い出せなかった。単に忘れている感覚ではなく、それはもっとあやふやで、現実と非現実のあいだをゆらゆらと揺れるような不思議な感覚だった。

 何かの作品に登場する人物の名前だっただろうか。そう思ったが、少なくともこれまでアカネが見たり読んだりしてきた作品に〈鈴代マサキ〉という名前はなかった。

 アカネはスッキリとしないその感覚を抱えたまま顔をしかめていた。マサキは心配そうにアカネの顔を覗き込んできた。

「どうしたの?」

「ごめんなさい、何でもないの! ただ、どこかで聞いた名前だなぁ、と思って……」

 マサキは少し驚いた風に、わずかに目を丸くした。

「そうなんだ。実は僕も……どこかで聞いたことがある気がしたんだ、君の名前」

「ホントに? じゃあ、どこかで会ったことあるのかなぁ……」

「でも二人とも思い出せないなら、ただの偶然かも」

「う~ん……そっか、ヘンな偶然もあるね」

 顔では笑っていたが、アカネはその奇妙な偶然に、何か肝心なところが(もや)がかかったようにはっきりとしない感覚だけが胸の奥で小さく(くすぶ)っていた。どこか、最近よく見る〈あの夢〉に近いものがあった。色があるのかどうか分からない、音のない世界。そして、はっきりと姿が見えない男の子と女の子。

 アカネが頭を悩ませていると、腕の中でサクラが甘えるような声で鳴いた。

「あぁ、ごめんサクラ。ひょっとしてお腹すいた?」

 そうだと言わんばかりに、サクラはもう一度鳴いてみせた。

 カエデと別れた時点で西の空へ沈みかけていた太陽は、今はもう見えなくなっていた。朱色に染まっていた空の色も、淡い群青から夜の色へと変わろうとしている。雲一つない晴れ渡った空には、気の早い星がいくつか輝き始めていた。

「ごめんなさい、あたしそろそろ帰らなきゃ」

「うん、それじゃ。サクラも、またね」

 マサキは最後にもう一度サクラの頭を撫でてから、アカネが来た方向へと歩き出した。

 アカネもヨシノの家へと歩き始める。

「鈴代、マサキ君……か」

 先程まで話していた少年の名前を呟いた。だが、いくら名前を口にしても、胸の奥に居座り続ける燻りが解消されることはなかった。

 サクラの顔を自分の目の前まで持ってきて、アカネは訊ねた。

「サクラは何か知ってる?」

 三十センチほど前にあるアカネの瞳を、サクラは目を逸らさずじっと見つめ続けた。そして、どこか悲しげな印象で弱々しく鳴いた。

「……て、サクラが知ってるわけないか」

 アカネはふと足を止めて後ろを振り返った。これまで歩いてきた、見晴らしの良い一本道の上にマサキの姿はなかった。



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