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あの日、透明な想い  作者: 中澤ミサキ
一  再会
2/12

1  帰省



 アカネを乗せた電車は速度を落として、緩やかに賢木駅のホームへ滑り込んだ。構内アナウンスが賢木駅に到着したことを告げると電車は停車し、ドアが開いた。

 必要最低限の着替えだけを詰め込んだバッグを抱えて、アカネは四年ぶりに賢木駅のホームへと降りた。

 晴れ渡った清々しい空から、夏の太陽の光が賢木町に降り注ぐ。八月ともなれば日射しは厳しさを増し、地面には濃い影を作り出す。

 電車に乗っているあいはだ聞こえなかった蝉の鳴き声は、輪唱となって途絶えることなくアカネの耳に届けられる。

 賢木町は山と海の中間に位置している。山から吹き下ろされる風が、賢木町を通って海へと吹き抜けていく。その風が不思議と涼やかで、真夏の暑さも幾分か和らげてくれる。日陰であれば、日向との温度差もあってさらにその涼しさを増した。

 夏の暑さを和らげる風が、賢木駅のホームを駆け抜けた。

 アカネは目を閉じてから両腕を広げ、大きく一呼吸する。澄んだ空気とともに、懐かしい賢木町の匂いが身体中に満たされていくのを感じた。

 バッグを抱え直して改札口へ向かうと、そこには手を大きく振る親友の姿があった。

 アカネはすばやく改札を通り抜け、懐かしの親友のもとへと駆け出した。

「カエデ、久しぶり!」

「アカネちゃん、元気だった?」

 幼い頃から小学五年生まで、ずっと一緒にいた親友。四年ぶりの再会は、二人の満面の笑みと抱擁で果たされた。

 アカネのすぐ目の前には、少し幼さが残る顔立ちの中学三年生のカエデがいる。肩まで伸びた細くきれいな黒髪も、白いワンピースが似合う清楚な感じも、そしてころころと笑う可愛らしい顔も、四年前のカエデと繋がっていた。

 向こうの町は慣れた? 学校の制服は? 授業は? 部活は? 彼氏はできた?

 ひとしきり、お約束的な情報交換をして、まるでお互いに四年の空白を埋めるかのように二人は喋り続けた。

「それじゃあ、曾おじいさんの法要で戻ってきたんだ」

「うん」

「どれくらい、こっちにいられるの?」

 アカネは、すでに決まっている予定を頭の中で確認する。

「来週に一度、学校に行かなきゃいけないから、一週間だよ」

「それじゃあ、遊びに行く時間はありそうだね」

 カエデは、小さく手を叩いて嬉しそうに表情が明るくなる。

「うん、せっかく久しぶりに戻ってきたんだし。とりあえずは、町を適当に歩き回ってみようかなって」

「なら、これから一緒にどうかな?」

 カエデは、反応を伺うようにアカネの顔を覗き込む。断る理由もなく、アカネにとってはむしろ大歓迎だった。しかし、一週間分の着替えを詰め込んだバッグを持ち歩くのは、正直避けたい。そう思ったアカネは、一旦ヨシノの家にバッグを置いてから待ち合わせることに決めた。

 さっそく今日の予定が決まり、二人が並んで歩き始めたところで男の子の声が聞こえた。

「あれ、柊?」

 二人は、カエデを呼ぶ声がする方を振り返った。そこには、自転車に跨がった一人の少年の姿があった。年齢はアカネたちと同年代。髪は短く無造作で、肌は少しだけ日に焼けている。アカネの知らない男の子だ。

「周防くん」

 周防と呼ばれた少年は、二人のもとへと自転車を進めた。

「駅で何やってんだ?」

「あ、そうか。二人は初めましてだよね」

 パン、と手を合わせてから微笑んだカエデは、アカネと少年をそれぞれ紹介した。

「こっちは水樹アカネちゃん。小さい頃からずっと一緒で、私の一番の親友。四年前まで賢木町に住んでいたんだけど、引っ越して今は別の町で暮らしてるの。四年ぶりに、ついさっき駅に着いたばかりなの」

 アカネは「どうも」と軽く会釈をした。

「で、こっちは周防ナツメくん。同じ中学校で、しかも三年間同じクラスなんだよ」

「ふぅん……」

 ナツメは、さほど興味なさげにアカネを一瞥した。

「そっか。えっと……水樹だっけ? よろしく」

「なっ……」

 初対面の相手に、名字とはいえ、いきなり呼び捨てにされたことにアカネは驚いた。無遠慮なナツメの挨拶に、アカネは少し不快感を覚えた。

「こちらこそよろしく。周防ナツメ君!」

 普段よりもわざと語気を三割ほど強めて応えた。しかしナツメは、気にもしていないかのようにアカネの挨拶を聞き流した。

 ナツメの言い方に対して、カエデが特に気にしていないことから、どうやらナツメという少年は普段からこのような口調らしい、というのは何となくアカネには理解できた。カエデは昔から、外見やちょっとした言動だけで、その人のすべてを判断しないところがあった。カエデのそういった性格がナツメを受け入れられているのかもしれないし、中学校の三年間とも同じクラスだからこその〈慣れ〉があるのかもしれない。

 しかし、親友のカエデが受け入れられるからといって、アカネもナツメの性格を受け入れられるかどうかは、また別の問題。少なくとも、アカネのナツメに対する第一印象は、決して良いものではなかった。

「二人って、何となく似てるよね」

 唐突な発言に、アカネとナツメは同時にカエデを見て、同時に「はぁ?」と驚きの声を上げた。お互いに〈納得がいかない〉という抗議の意思が表情に表れている。

 アカネは憤慨してカエデに問い詰める。

「ちょっとカエデ、聞き捨てならないわね。こんなヤツとあたしの、どこが似てるって言うの?」

「こ、こんなヤツ?」

「うぅん。どこが、と言われるとちょっと難しいけど……」

 カエデは首を傾げて、二人が似ているところを唸りながら探し始めた。三人のあいだに数秒の沈黙が降りる。カエデはやや間延びした口調で、ぽつりと答えた。

「性格、かな?」

『どこがっ!』

 二人は同時に、同じ言葉を発した。あまりにも見事なハモりに、アカネとナツメは思わず顔を見合わせた。お互いに「マネをするな」と言わんばかりの表情だ。

「元気がいいところとか、人見知りしないところとか」

 自分の頭の中を覗き込むような上目遣いで、カエデは数えるように指を立てながら二人の共通点を挙げていった。

「そんな人、世の中にいくらでもいるでしょっ!」

「そんなヤツ、世の中にいくらでもいるだろっ!」

 またしても二人は見事なハモりを披露した。そして、同時に互いの顔を見る。不本意ながら同じ反応をしていることに、二人は理由もなく悔しさを覚えた。どうやらカエデが言っていたことは、まんざらでもなさそうだ。

 なんだかカエデに、いいように遊ばれている気がして二人は力なく肩を落とし、小さくため息をついた。

「あとはね……芯が強くて何に対しても真っ直ぐなところ、かな」

『えっ?』

 カエデの意外な見解に、アカネは顔を上げた。どうやら、それはナツメも同じだったらしい。同じく顔を上げて、少し驚いた様子でカエデを見ていた。このわずか数分のあいだで、二人は四度目ものシンクロニシティを成立させた。



 アカネは幼少の頃から男勝りなところがあり、女の子にしては行動力がある子供だった。いつも一緒にいた大人しいカエデから見たら、そう映っていたのかもしれない。十五歳の今では、多少は女の子らしく落ち着きも出てきている。そう自負しているが、周りからどう思われているかは、正直なところ分からなかった。

 水樹アカネには、悩みがあった。

 中学三年生の今、アカネはこれから先の自分の将来というものが、どうしようもなく漠然としている。〈将来〉〈夢〉〈目標〉〈やりたいこと〉といった単語を、アカネは持て余していた。

 十五歳でしっかりと自分の目標を持っているのは、実際のところ多くはないだろう。将来なんてまだまだ先のこと。それよりも、来年から始まる高校生活をどのように過ごすかの方が重要だ。

 たった三年でも、学生時代の三年間というものは、迎えるときはとても長く感じられ、過ぎ去るときはあっという間の時間。

 漠然とした将来よりも、目の前の高校生活に考えが及んでしまうのは仕方のない話だ。事実、アカネのクラスメイトでも、ほとんどがそうだった。もちろん、しっかりと自分の将来を見つめている生徒もいるが、それは一クラスに三人もいなかった。

 それでもアカネは、自分がいかに将来について何も考えていないかということに、不安を抱えていた。遠い将来のことはともかく、中学三年生の夏を迎えた現在、目先の高校すら決められないでいることに焦りを感じている。

 そのことを考えるたび、頭の中はぐるぐると大きく渦を巻く。出口は見つからず、入口に戻ることもできず、その大きな渦の中心から抜け出せないでいた。

 それなのにカエデは、アカネのことを〈真っ直ぐ〉と言った。四年のあいだ離れて過ごしていたカエデには、アカネが将来の目標や、やりたいことが見つからなくて悩んでいることなんて知るはずもない。カエデが言うような〈芯が強くて真っ直ぐ〉な人であれば、きっとこんな悩みを抱えることはないんじゃないかと、アカネは思った。

 初対面のナツメが、どんな人物なのかはまだ分からない。が、少なくとも自分のことだけを当てはめたなら、


――カエデ、最後のはハズレだよ……。


 声にならない思いは、カエデの耳に届くことなく消えた。

 アカネは郷愁の思いで頭の片隅に追いやっていた悩みを、カエデの意外なひと言で目の前に引っ張り出されてしまった。



 ナツメはわざとらしい咳払いを一つして、

「……なぁ、柊」

「なに?」

 先程までカエデに主導権を握られ続けていたナツメは、話題を変える意味も含めて、自分の本題に切り替えようとした。

「えっと……今、ちょっと時間いいか?」

 ナツメは話しかけているカエデとは目を合わせず、落ち着きなく目が泳いでいた。一瞬だけアカネと目が合ったナツメだったが、アカネからもすぐに目線を逸らした。

 アカネにはナツメが何を言おうとしているのか、何となく分かった。いや、正確なところは分からないが、それはアカネがいると話しづらい内容なんだということは、何となく感じ取れていた。いわゆる女の直感というやつだ。

「いいよカエデ。とりあえず、あたしはバッグを置きに行ってくるから。また後でここに戻ってくるよ」

「でも……」

「いいって、いいって。ただバッグを置きに行くだけだし」

 カエデは少し思案してから「うん、分かった」と答えた。

「それじゃ、えっと……三十分くらいで戻ってくるよ」

 アカネはそう伝えると、バッグを抱え直して普段よりも少し大きな歩幅で歩き出した。

 去り際にちらりと振り返ると、カエデが笑顔で小さく手を振っていた。



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