第72話『男主人は、迷っていた』
■草原と平穏の国:男主人邸
【男主人】「…………はぁ(溜息」
SE(扉を叩く音):コンコンッ
SE(扉の開閉音):ガチャ、ギィ、バタン
【長ミミ】「ご主人様、お呼びでしょうか?」
【男主人】「うん、まぁ、ちょっと訊きたいことがあってね……」
【長ミミ】「何でしょう? 昨晩のハンバーグの隠し味は、“ニン”で始まる赤い野菜ですが」
【男主人】「な、なんだって、トマトソースで騙したなっ!?」
【長ミミ】「ふっ……」
【男主人】「く、そんなに勝ち誇った顔をされると……うわ、かなり悔しい」
【長ミミ】「ご主人様の胃袋の支配権及び統治権は、今や私のものです。“ジン”で終わる赤い野菜を食べないと禁断症状を起こすようになってしまうのも、もはや時間の問題……」
【男主人】「いやいや! それはなんか別の問題だよ!!」
【長ミミ】「ご主人様、近代において食事は基本的に1日3食です。1年は365日、ご主人様が後50年生きられるとして、残りの食事の回数は約5万4千回。食わず嫌いと言うのは、その約5万4千回の行為に対するデメリットでしかありません」
【男主人】「かなり壮大な問題になった!?」
【長ミミ】「……それで、私に訊きたいこととは何でしょうか?」
【男主人】「長ミミのそういう切り替えの早さについていけないのは、僕が悪いのかな?」
【長ミミ】「では、私が悪いと言うことにして、さっさと話してください」
【男主人】「すっごく理不尽なことを言われている気がする!」
【長ミミ】「で?」
【男主人】「あー、うん、この手紙を読んでもらえる?」
【長ミミ】「手紙? どうやら夜会の招待状のように見えますが……」
【男主人】「うん、まぁ、そんなようなものかな……」
【長ミミ】「夜会の主催は、弟大公様? ご主人様にとって、明らかに敵派閥のトップのようですが?」
【男主人】「しかし、家紋が押印された正式な招待状だ。これを断るのは難しい」
【長ミミ】「そういうものなのでしょうか……」
【男主人】「それで……長ミミって、ワルツは踊れる、かな?」




