第62話『赤髭男は、自身を振り返っていた』
■草原と平穏の国:孤児院
【赤髭男】「ワタシは……これでも、幼い頃は神童と言われててな。親の欲目やそんな親に取り入ろうとしていた大人の世辞もあったんだろう」
【老院長】「子供が可愛い親はそういうもんじゃ」
【赤髭男】「実際の所、ワタシの才能は常人よりちょっとマシな程度だったろうな。ただ、生まれた家が貴族だったんで、高い教育と訓練、質の良い武具にだって恵まれた」
【老院長】「それは、何も悪いことじゃあるまい」
【赤髭男】「ああ、ワタシの運が良かっただけだ。それでも7年前の『焦森戦争』には、中隊長の一人として参戦し、高い戦功だって収めた。最も、最後の火計によってもたらされた戦果に比べれば、些細な物だがな」
【老院長】「順風満帆の人生のようじゃが」
【赤髭男】「戦争から帰ってしばらくし、両親が事故で亡くなってな……急遽家を継ぐことになった。父が金のためにやっていた悪事、それによって繋がっていた人脈などを含めてな」
【老院長】「悪事?」
【赤髭男】「税を誤魔化したり、領内の一定の有力者を優遇することに対する見返りなど。ワタシの血肉は他人の犠牲の上に成り立っていた」
【老院長】「それを悔いておるのか?」
【赤髭男】「後悔……とは違うな。それが当たり前だと思ってた。……が、欲で繋がった関係は、欲の前には簡単にほどけてしまう。ワタシを追っているのは、そういう悪事の共犯だ」
【老院長】「……つまり、裏切られたと?」
【赤髭男】「端的に言えば、そうだな。口封じとばかりに命を狙われ……逃げ出したはいいが、ワタシは死んでおくべきだったんじゃないだろうか、と思うわけだ。そもそも、命欲しさに逃げ延びたはいいが、何をしたかったわけでもない。
ワタシは終わりを迎えてもいい、と思ってた。しかし、どうやらワタシはまだ死にたくなかったようだ。猫ミミちゃんに言われたよ、ワタシは生きたがっていると」
【老院長】「獣と人の違いはな、獣は子を生すために生きるが、人はそれだけじゃ生きられぬ。人はの、何かを成そうとせずには生きられぬのじゃ」
【赤髭男】「何かを成す……」
【老院長】「ああ、そして、何かを成そうとする人は、しぶとく生き汚くなる」
【赤髭男】「……ワタシは何かを成せるのだろうか?」
【老院長】「さぁ、ただお主は、既にこの孤児院にとって必要な者になっておるということじゃな」
【赤髭男】「…………感謝する。老院長殿」