第132話『目指すものを、見失っていた』
■森林と調和の国:戦場跡
【男主人】「……ほら、水と手ぬぐい」
【騎士娘】「……ありがとうござい、ます」
【男主人】「…………」
【騎士娘】「……お見苦しい所をお見せしました」
【男主人】「無理はするな」
【騎士娘】「無理はしていません。自分の不甲斐なさに呆れてしまいます……」
【男主人】「あの光景を見て、どう思った?」
【騎士娘】「匂いもキツかったのですが……焦点の合っていない死体の目と目があった時、胃が締め付けられるような嫌悪感と忌避感を……受けました。
戦場に来る、ということがどういうことなのかは分かっていたのに、覚悟が足りてなかったんです」
【男主人】「その気持ちは覚悟とかは関係なく、当たり前のことだよ。生物なら、本能的に死を避けようとし、嫌悪するし忌避もする。夜が怖いのだって、自分の命を脅かすモノがあるかも知れないからだ」
【騎士娘】「しかし、私は騎士です」
【男主人】「騎士であろうが、初めてなんでしょ。生きてないままのヒトを見るのは」
【騎士娘】「それはッ! …………はい、仰る通りです」
【男主人】「国へ帰る?」
【騎士娘】「帰りません!」
【男主人】「堅騎士殿から話は聞いた。騎士娘は、この戦場に来る必要はなかったんでしょ?」
【騎士娘】「我が家では……戦に出て、武勲を挙げることが、騎士の誉れだと教えているのです。私は女ですから、兄ほど厳しく育てられませんでした。いえ、むしろ、甘やかすように育てられたと思います」
【男主人】「まぁ、貴族の家の娘は、有力な家との結びつきに使われるのがほとんどだからね。むしろ、娘が軍に入ることを許す家というのが珍しい」
【騎士娘】「私もそう思います。大人しく儚げな令嬢として育った方が親孝行だったかもしれません。けれど、女だから兄とは違う扱いをされるのが嫌で……気づいたら、騎士を目指していました」
【男主人】「参戦したのは名誉のために?」
【騎士娘】「はい……けど、今は良く分からなくなってきました」
【男主人】「何が?」
【騎士娘】「自分が戦う意味が……敵を……いえ、ヒトを殺して、それが誇れるのかを」
【男主人】「けど、帰らない? いや、帰りたくない?」
【騎士娘】「……はい」
【男主人】「…………」
【騎士娘】「…………」