おばちゃんの願い事
おばあちゃんの願い事
七月七日。
昼下がり。
商店街の外れにある小さな喫茶店。
店先では、大きな笹が風に揺れていた。
『天の川の特等席』
古びた木の看板が、夏の日差しを浴びている。
扉のベルが静かに鳴った。
「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。」
マスターはいつものように微笑んだ。
白髪の女性が、ゆっくりと店へ入る。
その隣には二十歳くらいの孫娘。
「今年も来たよ。」
「ありがとうございます。」
マスターは窓際の席へ案内する。
毎年七夕。
祖母は施設から外出し、この店へ来る。
それが二人の約束だった。
コーヒーと。
祖母には甘いミルクティー。
「はい。」
マスターは短冊を一枚差し出す。
祖母は迷わない。
さらさらと書く。
『健康で。』
孫娘は覗き込んだ。
「毎年それだね。」
祖母は笑う。
「十分だから。」
「もっと他にないの?」
「ないよ。」
短冊を笹へ結ぶ。
風が吹く。
さらさら。
葉が鳴る。
孫娘は少し首を傾げた。
「おじいちゃんのこととか、お願いしないの?」
祖母は空を見上げた。
少しだけ。
遠くを見る目になった。
「もう十分会えたからね。」
それだけ言って笑う。
優しい笑顔だった。
☆彡
店を出たあと。
マスターは閉店前の片付けを始める。
笹を整えていると。
枝の奥に、一枚の古い短冊が引っ掛かっていた。
色は少し褪せている。
日付は四十年前。
達筆な文字。
『また、来年も一緒に笑えますように。』
マスターは静かに微笑む。
「あの時の。」
その短冊を書いた男性は。
もうずっと昔に旅立っていた。
けれど。
願いは叶っていた。
四十年もの間。
二人は毎年この店へ来た。
笑って。
コーヒーを飲んで。
短冊を書いて。
そして今年も。
祖母は笑って帰っていった。
マスターは古い短冊を、そっと元の場所へ戻す。
「今年も、見守っていてください。」
風が吹く。
笹の葉が優しく揺れた。
まるで。
返事をするように。
店の外では。
祖母と孫娘が並んで歩いていた。
「来年も来ようか。」
孫娘が言う。
祖母は嬉しそうに頷く。
「うん。」
「来年も。」
窓際からその背中を見送りながら。
マスターは静かにカップを磨く。
七夕は、まだ始まったばかりだった。




