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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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あなたは私の義姉ではありません

掲載日:2026/08/26

初めての王城での夜会。

16歳になったマルティネス伯爵家の一人娘であるミア・マルティネスは記念すべき自身のデビュタントの夜会で途方に暮れていた。


「まぁ、何て目を惹くご令嬢なの。妖精のようね。」

「エスコートしていらっしゃるのはマルティネス伯爵だわ。」

「ではあれがマルティネス伯爵家のご令嬢、ミア様かしら?」

今年のデビュタントの令嬢の中で間違いなく話題を攫ったのは私こと、ミア…ではなく、父が自慢げにエスコートをしている私の従妹であるアザレアだ。


父がまだ若い時、父と母との幼少期から決まっていた婚約の継続が危ぶまれたほど、父が恋焦がれた今は亡き初恋の人であり、父の弟の妻となった男爵令嬢オーロラ様の娘であるアザレア。

ピンクブラウンの緩やかに波打つ美しい髪と、長い睫毛に彩られたピンクトルマリンの瞳。圧倒的なその透明感と愛らしい顔立ちは妖精の様で、彼女を目に映した人は皆同じように見惚れるのだ。


7年前、父は亡くなった弟夫婦の娘、アザレアを引き取った。

父は若い頃、ある男爵家の令嬢に恋をした。

妖精の様な美しい顔立ちと素直で明るい性格のオーロラ様は、当時の男性貴族から圧倒的な人気を誇っていたそうだ。

男爵家の一人娘である彼女は、家を継ぐために、婿に入ってくれる男性を探していた。

父はマルティネス伯爵家の跡取りで、婿に入れるような身の上ではなく、侯爵令嬢である母、クレイシーという婚約者がいた。

オーロラ様に恋をする貴族の男性は沢山いたそうだが、彼女が社交界に出てきたときには高位貴族の男性はほとんど婚約者がいたし、裕福ではない、むしろ貧しい男爵家への婿入りを皆が躊躇している間に、父の弟にかすめ取られたそうだ。父の弟は、祖父の後妻の連れ子で父との血縁関係はない。祖父はその叔父を正式に養子として迎えたが、父は自分よりも顔の整った義理の弟を毛嫌いし、相当邪険にしていたという。


愛しい少女を、嫌悪していた義弟に奪われ、腸が煮えくり返る思いでいた父は、諦めて政略通り母と結婚し、私が生まれた。そのため両親は愛情ある関係とはほど遠く、早々に母は私を残して領地へ移ってしまった。


「ねぇ、あの髪と瞳の色…どこかで見たことがない…?」

「あれよ、一時期男性たちがこぞって取り合いしていたオーロラ様よ。」

「あの方、ご夫婦で亡くなったのではなかったかしら…?」

「残された娘を伯父のマルティネス伯爵が引き取ったと聞いたわ。もしかして、自身の娘を放って、オーロラ様の娘をエスコートしているの?」

「なんて酷い…。」


一人で目立たないよう佇む私の耳にも話し声はあちこちから聞こえてくる。

当時を知る女性たちはほとんどが嫌悪感を滲ませたり、興味深そうに様子を窺っている。


オーロラ様はその美しさでたいそう人気があったそうだが、もともとは子供の出来なかったダンピル男爵夫妻が、亡くなった甥の娘を引き取った元平民なのだ。

妖精のように可愛らしい少女は、当時既に高齢の域にいたダンピル夫妻に甘やかされ可愛がられ、平民から男爵令嬢となった。

オーロラは夫妻に感謝していた為、男爵家を継ぐため婿探しに奔走し、社交界を賑わせたそうだ。貴族令嬢としての知識も浅く、平民のように誰にでも近しい距離感で近づく彼女は社交界の男性からは人気だったが、女性からは当然のごとく嫌われた。

結局、伯爵家の次男で突出したところもないが、穏やかで優しい叔父が、彼女の心を掴んで無事に結婚し、社交界からは引いたそうだ。


アザレアは母であるオーロラ様にそっくりなのだそうだ。

父は叔父の葬儀の日に、遺された娘のアザレアを見てすぐに引き取ることを決めた。

そしてマルティネス伯爵家にアザレアが来て7年。

実の娘よりもアザレアを大事に大事に可愛がり、あらゆる贅沢をさせたのだ。

領地にいる母には手紙で何度も訴えたが、母からは

『お前に父はいないものと思いなさい。あなたはマルティネス伯爵家の正当な後継者ですから、身に付けるべき知識や作法をしっかりと学びなさい』

と、簡潔な返事が届いただけだった。

ただ、母もわかっていたのではないかしら。

こうなることを。

だから、私を共に領地へ連れて行かず、王都の父の元に残したのだ。


父はアザレアに熱い視線を送る令息たちに囲まれ、鼻高々にアザレアを紹介している。


彼女の纏うデビュタントのドレスは、彼女の我儘な希望通りに、王都でも有名な店で1年以上かけて作らせた素晴らしいものだ。

彼女のイメージ通りの妖精の様な艶やかな生地に重ねられたオーガンジーとスカート部分のたっぷりのフリルと全体に施された繊細な刺繍。

花嫁衣裳のようにお金をかけて作られたそのドレスは、私が身に付けているドレスの何倍も高額だ。

もちろん、彼女を飾る宝石も素晴らしい一級品だ。


母や私でさえ、あれほど高価なプレゼントを父からもらったことはないのに…。

私のドレスは既製品ではないが、店の者と私が相談しているところへ、ズカズカと乱入したアザレアが口を出して、私が希望していた飾りやデザインを勝手に変更され、ある意味落ち着いた、悪く言えば地味な仕上がりになってしまった。


「センスの良いアザレアに任せなさい。」

父の一言で店の者も、申し訳なさそうに私を見つめていた。


「ミア、デビュタントおめでとう。」

回想に耽っていた為、ハッと顔を上げる。

そこにいたのは、私の幼馴染であるフェルミュラー侯爵家の令息、アシュリー様だ。


「ありがとうございます。フェルミュラー侯爵令息様。」

慌ててカーテシーをすると、少し拗ねたような顔で文句を言う。

「アシュリーでいいよ。寂しいだろ。」

「フフ…。可愛い顔しないでください。」

「可愛いのはミアだろ。」

間髪入れずに返され、思わず赤くなると、悪戯が成功したみたいに屈託ない顔で笑う。


「ところで、あれ、何?」


呆れたような声で彼が視線を送ったのは父とアザレアだ。

「……いつもの通りです…。」

ため息とともに零した言葉に、エスコートするように目の前に手が差し出された。

「言ってくれたら俺がエスコートしたのに。」

「急に今日、変更になったんです。元々はアザレアが、娘のデビュタントには父親のエスコートが必要だと珍しく言って、父が私とアザレアの二人をエスコートする予定だったのです。でも、いざ、入場の時にここまで育ててくれた父を独り占めしたいとアザレアが甘えて、当然のごとくこの状態です。」

「それ、確信犯だろ。君を一人で入場させるための。」

「…でしょうね。」

「父親としてマルティネス伯爵は欠陥品だな。しかもあのドレス、相当金をつぎ込んだ仕上がりだな。まぁ、どんなに着飾ったところでミアの可愛さには到底及ばないけど。」


ドキッと心臓が跳ねる。

アシュリー様は昔からいつも私をとても可愛がってくれている。

3つ年上の彼は、母方の祖母の実家であるフェルミュラー侯爵家の次男だ。

アシュリーの父であるフェルミュラー侯爵は、騎士団長を拝命しているすごい方で、アシュリーも騎士団に属している。

アシュリーの剣の腕は相当らしく、侯爵家の子息で、スラリとした長身に金茶色の緩い癖のある髪、ペリドットの瞳をした容姿端麗な彼は令嬢達に大人気だ。

アシュリーの兄で次期侯爵のジェイミー様は、剣技は苦手で早々に文官の道に進み、今は王太子の補佐官をしている。ジェイミー様は母親に似て黒い髪にグレーの瞳をしたこちらも整った美丈夫だ。

不思議なほど似ていない兄弟だけども、ジェイミー様もアシュリー様も祖父母に会いに行くといつもタイミングを合わせて会いに来てくださり、私をとても可愛がってくれた。


「アシュリー様!!」

フワリと香水の香りと共に、アシュリーとミアの間にアザレアが乱入する。


「お久しぶりです!どうして最近会いに来てくださらないのですか?私、寂しかったです。」


ちょっと…、思いっきり間に入ってきたわね…。

アザレアは私など見えていないかのように、アシュリーに笑顔を見せている。

周りにいた男性たちが一斉に頬を染めたのがわかった。


そう、アザレアは本当に可愛いのだ。

妖精のように儚げで、真っ白な肌と夢見るようなピンクの瞳。

誰が見ても人外の美しさと見惚れるだろう。

けれど、この少女の心の中がどれほど打算と計算で溢れているかみんなは知らないのだ。全て計算されている。愛らしく見える角度と表情。どこで目を潤わせて、どこで俯くのか。どのタイミングで視線を送るのか。


「…貴女に私の名を呼ぶことを許した覚えはないよ。」

周りの令息達と正反対の冷めた瞳でアシュリー様がアザレアに注意をする。

その瞬間、アザレアは涙を耐えるような悲し気な表情を見せて、甘えるように上目遣いを見せた。


「そんな…悲しい事をおっしゃらないで…。ミアと私は姉妹なんです。ミアの幼馴染は私の幼馴染よ…?私はアシュリー様と仲良くしたいです。」

きゅるんと音がしそうなほど首を傾けて見上げるアザレアの向かいには恐ろしいほど血の通ってないような無表情のアシュリー様…。

わぁ…。

意味の分からない事を当然のように言ったアザレアもすごいけど、アシュリー様のブリザードの様な冷めた空気も怖い。


「姉妹?ミアはマルティネス伯爵家の一人娘で姉妹はいないはずだけど。」


「やだ、忘れたんですか?アシュリー様。私は7年前にマルティネス伯爵家の養子に迎えられたのですよ?私の方が生まれはひと月早いから、ミアの義姉になりますわ。」


後ろから追いかけてきた父、マルティネス伯爵が、慌てた様にアザレアの傍に寄る。

「こ、これ、アザレア!」


「ほう…。養子…ですか…?マルティネス伯爵…。」

「いや…あの…。」

「ねぇ、それよりアシュリー様、私のデビュタントの初めてのダンスのお相手をして下さらない?」

甘えるようにアシュリー様の腕を、華奢な両手を伸ばして掴む。

「するわけないだろう。私には大切な婚約者がいるのでね。彼女以外と踊るつもりはありませんよ。」

「…!」

アシュリーは、娼婦のごとく擦り寄ったアザレアを汚らわしいものを見るように腕を引き抜いた。


「マルティネス伯爵…。今日は私の可愛いミアのデビュタントだとわかっているのですか?記念すべき日を、愛人を優先し、ミアを一人で入場させるなんて許されるものではありませんよ!」

私の可愛いミアって………。

恥ずかし気に赤くなっている私の耳に、今までの妖精の様な儚げな雰囲気を演出することを忘れたのか、殊更低い声が響いた。

「は…?愛人…?」


「ええ。貴女はマルティネス伯爵の愛人でしょう?そもそも貴族の養子縁組は貴族名鑑の記載の必要性から申請が義務付けられています。そして過去、貴女がマルティネス伯爵家の養子に入った事実はありません。ついでに言うと、貴女は伯爵令嬢ではなく男爵令嬢です。いえ、まもなくすれば平民となりますね。」


「は?平民…?」


「ええ。ですから、王族も参加するこの夜会に没落した男爵家のご令嬢が堂々と参加なさっているので、マルティネス伯爵の愛人なのだろうと思ったのです。」


「お、お父様!!私はお父様の…マルティネス伯爵家の養子として引き取られたんですよね!?」

目を見開き、驚愕の表情で父を振り返ったアザレアに父は困ったように目を逸らす。

答えない父に痺れを切らしたアザレアは、アシュリー様に近づく。

「………でも…万が一、養子の手続きがまだだったとしても、私は男爵家の生まれです!平民などではないわ!!」


「いえ。貴女の生家であるダンピル男爵家は既に没落しています。そもそも借金でくびが回らなくなったため、金策に走っている最中の事故でご両親は亡くなったんです。遺された子供の貴女に借金を返済する能力はなく、経営も出来ないため既に領地は国に返還されています。そして貴女が成人を迎えたため、正式に書面を以ってダンピル男爵という家督の相続放棄が行われました。」


アザレアはその言葉に、最近父に言われて署名した書類の内容を思い出した。

「これはもう必要がないだろう。ここに署名しなさい。」

そう言われ、既に自分が伯爵令嬢となっている気になっていたアザレアは、ダンピル男爵の家督相続放棄の手続きの書類に署名したのだ。


「…う…嘘よ…。でも…私は今は伯爵令嬢で…。」


「マルティネス伯爵家の令嬢はミアだけだ。父の愛人として連れて来られた自分と同じ年の貴女を、ミアは何とかして逃がそうとしていた。男爵家の借金は領地や経営権と共に国に返還する事で大半は相殺されたが、それでも借金は残った。伯爵がそれを肩代わりしたため、遺された貴女にはダンピル男爵の家督の借金を伯爵に返済する義務が残っていた。さらに貴女がこの7年間我儘放題、湯水のように伯爵家の金を使い、個人の借金を重ねていく中で、どれだけ貴女が嫌がらせをしていてもミアは我慢していた。ほら、貴女がわざとみすぼらしく作らせたデビュタントのドレスを、ミアは文句も言わずに身にまとってくれているだろう?自分の父親の犠牲になる貴女にせめてものお詫びの気持ちだ。ミアは最後まで貴女に逃げるように伝えていたはずだ。正直、そんな心遣いなんて必要ないと思うけどね。私の大事なミアに悪感情を向ける時点で地獄に落としてやりたいほど憎らしいからね。」


「あ…愛人…お父様の…?い…、嫌よ!!こんな年寄りのクソジジイ!!気持ち悪い!!!」


身体に腕を回し、嫌悪感の溢れた顔で父を睨みつけたアザレアに父がカッとなったようにアザレアの頬を張った。

パァン!!と響いた音に呆然と驚いたような顔で膝をついたアザレアの手をグイッと掴んだ。


「お前にいくら金をかけたと思っている…。この国では未成年を愛人にすれば貴族位を剥奪される法律があるからな。ずっとこの日を待っていた。お祝いのためにお前の望むままにドレスを作ってやっただろう…?」

ニタリと笑った父の表情は狂気に満ちていて、娘の私でさえも寒気がした。


アザレアの周りに集っていた令息たちはマルティネス伯爵の愛人だとわかると早々に離れて行く。

「嫌よ…嫌…、嘘でしょ?私はお父様の姪なのよ…?そんなのおかしいっ!」

「アザレア…。父と貴女のお父様に血の繋がりはないの。父が伯爵位を継いだ時に早々に伯爵家から除籍している。何度も私、伝えたでしょう?なんの関係もない貴女を養女にする事は無いと…。」

私の言葉に、アザレアは過去、何度も私に言われた言葉や行動を思い返したようだった。


「そんな…。だって…可愛い私に嫉妬をしているからだと…。」


―――――


「アザレア、しばらくお父様は仕事で屋敷に戻らないわ。今のうちにここを出て行きなさい。父を愛しているわけではないのでしょう?貴女の借金を肩代わりして息子の嫁として大事にしてくれると言ってくれる大きな商会があるの。そこでならきっと幸せになれるから…!息子さんにも会ったけど、とても誠実な人よ。きっと大事にしてくれる。これが最後のチャンスなの!」


このデビュタントの夜会の一月前にミアが必死な顔をして伝えた時、アザレアはバカにしたように笑った。

自分に借金など無いと…。

私が可愛いからお金をかけて貰っているのだと。貴女こそ醜くて愛されず可哀想。せいぜい追い出されないように大人しくしていなさいと…。


その後アザレアは家を出ることもミアの話を聞くこともなかった。



―――――


「ミア!()()()!!」


恐怖に引き攣った顔を私に向けて叫ぶアザレアの腕を容赦なく掴んだ父が、無言で離れていく。

父は私を一度も振り返らなかった。

「嫌よ!嫌…!イヤーーー!!」

アザレアの泣き叫ぶ声を最後に、父はアザレアを連れて早々に会場を出て行った。

残された私はアシュリーと共に静かに2人の背中を見送った。


「あれが自分の血の繋がった父親だなんて、寒気がするわ…。」

ポツリと呟いた私の声が震えた。

子供の頃から父が嫌いだった。

母を蔑ろにし、私をいない人間のように扱う。まだアザレアが来るまでは母も側にいたから良かった。

父とは会話一つない夫婦だったが、私には母として様々な教育を与えてくれたから。

でもダンピル男爵夫妻が亡くなった時から、父はさらにおかしくなった。

アザレアを連れてきた時の父の目つきが熱を孕んでいて、恐怖だった。


可愛い顔をした血の繋がらない従姉妹の少女。

両親を一度に失い、借金で家を無くしたアザレア。

伯爵家の令嬢として引き取られたと思ったのか、驚くほど我儘に贅沢をし始めた。

彼女を可愛がる父の目が、どう見ても娘を愛でる目つきではなかったから、怖くてアシュリーに相談した。

彼が調べてわかったのは、ダンピル男爵家はすでに国に領地を返還して没落していること。そしてアザレアが養子縁組などされていない上、マルティネス伯爵家が後見人登録もしておらず、未だ宙に浮いた居候のような立場であることがわかった。


ダンピル男爵という家督自体は残っているものの、アザレアに家督相続放棄の手続きは行われていなかったし、父がダンピル男爵家に課せられた残りの借金を代わりに返済していた。


当時はそれが意味することはよくわからなかったが、伯爵家のお金を湯水のように使い、傍若無人に侍女に当たり散らすアザレアが、このままここにいたら危険だと気付いていた。


母にお願いし、父から逃げられるよう、規律のしっかりした修道院や、アザレアを養女として迎えてくれそうな商家を探し、何度も彼女に話をした。成人前に家督相続を放棄しさえすれば、ダンピル男爵という家督自体はなくなっても家の借金の返済義務はなくなる。贅沢は出来なくても容姿に恵まれた可愛いアザレアなら真っ当で幸せな生活を送れるだろうと…。

だが、生まれた時から歴史ある伯爵家の娘として生まれ、母は侯爵家の令嬢。平民の血が混ざる自分より容姿の劣った私を嫌悪し、まともに話を聞いてくれなかった。

自分が愛された父の娘のような態度を崩さず、私が用意した逃亡先の話を父に告げ口し、警戒された父に近づく事を許されなくなった。


アザレア個人の立場で、伯爵家の財産を散々使ったこの7年で、彼女個人の我が家に対する借金は相当膨れ上がっていて、本人は娘である自分への愛情からの贈り物だと信じて疑わなかったが、逃げられることのないよう、周到に課せられた義務だけが積み重なっていったのだ。


この成人の儀をもって、アザレアは正式に成人が認められ、莫大な借金を父にしているため、逃げ場もなくなった…。さらに、ダンピル男爵という家督の相続放棄の手続きも済んでいるため、この先どれほど裕福な者が借金を肩代わりしようとしてもただのアザレアという平民となった少女に自由に選択する権利もない。


父が自慢げに見せびらかしていたのは、売り込み先を探していたのでは無く、自分の愛人を見せびらかしていたに過ぎない。

今日をもって、父は後継である私に爵位を譲る手続きをしていて、田舎の別邸へアザレアを連れて引きこもるつもりだ。

母も私も既に了承している。母も初めこそアザレアを不憫に思い、逃がそうと手をつくしたが、引き取られたその日からアザレアの傲慢な態度は変わらなかった。そのうち、苦い昔を思い出したのか私を残して領地へ引っ込んでしまった。



ーーーーーーーー


「ミア、君が罪悪感を抱く必要はないよ。彼女は何度も君の婚約者である俺に君の悪評を現実のように語り、篭絡しようとしてきた。伯爵家の使用人たちにも傍若無人な態度に相当嫌われていたようだしね。君は何度も彼女を逃がそうとしてただろう?それを父親を取られた嫉妬だと勝手に勘違いして嫌がらせしたり伯爵にあることない事告げ口して君を散々痛めつけてきたんだ。まぁそれに…この先自分の父親程年の離れた男に嫁がされる令嬢だっているのだから、彼女にとっては相手がずっと父親だと思っていた、というだけで、平民よりずっと豊かで裕福な生活が約束されているんだ。妥当だよ。でも…優しい君には辛かったね…。」

アシュリーはそっとミアを優しく抱き寄せ、その柔らかい薄い金色の髪をそっと撫でる。


「…そうですね…。」

ようやく笑顔を見せたミアに溶けるように甘い笑顔を見せると、その手を取り、口づけする。


「愛しい婚約者殿。初めてのダンス、俺と踊って頂けますか?」

「…ええ。もちろん。」

恥ずかし気に頬を染めたミアをダンスホールへ連れ出すと、流れてきた音楽に合わせて踊り始めた。


“凡庸でつまらない、家の名前しか取り柄のない令嬢”

あの女がミアの事をそう言った時、絶対に許さないと思った。


風に揺れる柔らかい薄い金色に輝く髪。長い睫毛に彩られたその瞳は美しいアクアマリンのような水色。幼げな印象が残るミアは母親に似てとても可愛らしく整った顔立ちをしている。あの女が貶める言葉を日常の挨拶のように使うため、自分に自信を持てないミアだが、自分の事より他人を思う優しく穏やかなミアが昔から可愛くて仕方なかった。ミアの物をすぐに奪うあの女がいる間は、婚約者であることを伏せ、贈り物も極力控え、代わりに我が侯爵家で保管している。これからは、ようやく彼女を最大限まで甘やかして私の色に染めていくのだ。


こちらを見上げて控えめに笑うミアの愛らしさに心臓が高鳴る。

ミアの成人を以て、アシュリーは伯爵家へ移り住み、若くして伯爵家を継ぐ彼女を支えていく予定だ。

結婚式に彼らが参加することは許さない。

愛するミアの幸せを絶対に誰にも邪魔させない。


「アシュリー?」


ほの暗い思いに沈みかけたアシュリーを可愛い声が引き上げる。

「何でもない、あまりにミアが可愛いから見惚れていた。」

「もうっ!」

少し恥ずかしそうに拗ねたミアを抱き寄せて髪にキスをする。


「ミア、一生君だけを愛してるよ。幸せになろうね。」











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― 新着の感想 ―
アザレアの調子こきぶりからしても、父が愛人として狙ってるなんて正直に告げても信じなかったでしょうね。 これで父親が伯爵のまま居座ってたら最悪だけどそこは譲って引っ込んでくれて良かった良かった。 きっと…
関係ないから誰も何も言わないんだろうけど成人したばかりの令嬢が打たれ助けを求めながら愛人てして連れて行かれるって絵面としては最悪ですね。家にものすごい傷がつくレベルでひどいです。
誤字報告もしましたが、ダブルクォーテーションは向きのある記号です。 >』凡庸でつまらない、家の名前しか取り柄のない令嬢』 みたいな事になってます。
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