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21 SIDE:ハルト


SIDE:ハルト



 まだ寒さが残る日の晴天の空に、早咲きの梅が咲き誇る。俺は大学四年となり、もうすぐ卒業を迎える。

 あの日からもう五年の月日が経ったのかと不思議な思いだ。




 五年前の高校二年の初夏。俺は帰宅し家の玄関に触れた瞬間、別の世界へと飛ばされた。

 気がつけば変な服を着込んだ外国人たちに囲まれ、あれよれよという間に偉い人たちにどこかの部屋に押し込まれた。

 そこで説明されたのは、理不尽極まりないことだった。

 王族の一人が興味本位で魔法使いと共に召喚術をして、別世界からオレ達を召喚したのだという。

 気づかなかったけど、俺以外にも一緒に来た子がいたらしい。年は十五歳の女の子だそうだ。

 隣の部屋に保護されていると聞いたけど、それほど興味は惹かなかった。

 その子も俺と同じように保護されているのなら、心配する必要はない。

 薄情と思うだろうが、保護されていのなら理不尽な扱いは受けないだろうし、そもそも顔見知りでもない子の心配をするほど優しくはない。

 それよりも、今自分が置かれた立場を把握する必要があった。

 俺は面会に訪れた役人――あとで宰相という人だと知った――曰く、こちらの責任なので衣食住に不自由はさせないこと。それから帰る手立てを考えてくれることも約束してくれた。

 まずは身の安全は保障されたことにほっと撫でおろすも、召喚した当の本人、第四王子と魔法使いたちからの謝罪は一切なかった。

 宰相様はやんわりとした口調で謝ってくれたが、本人たちが来ないことで行き場のない怒りがこみ上げてきたのは仕方ないと思う。

 もしかしたら、当の本人たちは、まずいことをしたという自覚がないのか、それとも安っぽいプライドで自分を正当化してるのか。どちらにしても、こっちをバカにしている。

 冷静にならなければと思いつつも、怒りに任せ宰相様に当たり散らしてしまったのは申し訳なかったと思う。

 そうして召喚初日は過ぎ、それから一週間当事者たちからの謝罪もなく時間は無情にも過ぎていった。


 そしてバイヤール子爵家にお世話になる事件が起こる。


 加害者の王子が、被害者の召喚された少女に一目ぼれ。少女の方も王子を好きになり、王宮を巻き込んだ泥沼劇を演じ始めた。

 その時の俺の気持ちを一言でいうなら「バカか!?」だ。

 やっぱり自分がしでかしたことの重大さを理解していなかった。しかも相手の少女も悲劇のヒロイン気取りで話にならない。

 自分たちは運命的な出会いをしただの。これは神様が導いてくださっただの。自分たちの仲を引き裂くなんて人の心がないだのと、散々喚いているらしい。

 本当ならこんな馬鹿馬鹿しい話なんて聞き流すところを、身分を越えた愛だのと、もてはやす輩が出てきたことで、俺の身にも危険が迫ってしまった。

 運命の出会いを応援する人間と、平民のしかも異世界の女を気味悪がる人間との間で対立が起こり、それは王子の婚約破棄騒動で激化した。

 俺の世話をしてくれていた侍女たちもそれに感化され、俺にハニートラップのようなことを仕掛けてきたり、俺を排除しようとしたりと実に様々な事が起こり始めた。

 宰相様が事態を鎮静化させようと奔走するも、対立はすでに広範囲で起こっているため悪化はするが落ち着くことはなかった。

 事態を重く受け止めた宰相様の提案で、俺は宰相様付きの貴族の屋敷に身を隠すことになった。それがバイヤール子爵家だ。


 そこでの暮らしは、王宮での暮らしとは比べ物にならないくらい穏やかで優しさに満ちていた。


 再婚同士だと言う子爵夫妻はとても仲が良く、血の繋がらない姉妹も仲の良い理想の一家だった。

 使用人も初めは遠巻きにこちらを見ていたのに、気がつけば世話を焼かれ、日常生活に不便を感じさせないくらい自然に助けてくれるくらい優しかった。

 一週間経つ頃には子爵様から屋敷のことについて手伝いを頼まれ、夫人からは不便なことはないかと気配りをされ、将来は美人になること確実な姉妹の話し相手なっていた。

 言葉は通じるけど、文字は分からないので本当に手伝いと話し相手、遊び相手にしかなっていなかったのに、それでも一家は楽しそうにしていたので救われた。

 唯一数字が同じという共通点があったので、よく子爵に呼ばれ書類の計算式を任されていたのは、今でも良かったのだろうかと思うことがある。

 子爵曰く、字が読めないので内容を知られるおそれはなくて、逆に助かるのだとか言っていた。

 そんな日常に、馴染めば馴染むほど帰れるのか不安になって、書庫に行っては読めない文字をにらめっこしていた。

 字は英語と似ていてもどこか違う。文化は西洋の中世っぽいのに、インフラ面が発達している部分と未発達部分に顕著な差がある。

 おそらく魔法石とかいう石があるせいで、中途半端に文明が発達したのだろう。友人がよく好んで読んでいたラノベのような世界だった。

 まるで優しさを凝縮したかのような世界にいるせいで、帰れる時に憂いなく帰れるのかと不安になる気持ちを抱えつつ過ごす日々は泣きそうな程優しかった。

 そんな俺の日々によく近くにいたのは、二人のお嬢様たち。

 ルイーズ様は十一歳とは思えないほどしっかりしている子で、逆に九歳になるクロエ様は歳相応で無邪気な子だった。

 特にクロエ様は俺を兄のように慕ってくれたので、俺も妹ができたようで嬉しかった。

 ルイーズ様は素直になれない性格なのか、一歩引いて接してくるものの気になることは窺うように聞いてくる。

 素直で甘えたな妹と、素直になれない天の邪鬼な妹ができたような気分だった。


 それは一年と少しの間、屋敷で過ごした時間も変わらなかった。


 帰れることになった、最後の別れの日。

 挨拶のために玄関前に集まり別れを惜しんでいる俺に、ルイーズ様が刺繍したというハンカチを渡された。

 薄い青色にクローバーとスズランの刺繍が丁寧にされてたそれは、幸運の象徴なのだという。親しい相手に贈る時に刺すといったのはクロエ様だっただろうか。

 それを出された時のルイーズ様の姿が、頬を赤く染めながら視線を反らしていているのが可愛らしく、思わずぐっと息を詰まらせてしまった。

 彼女はまだ十二歳。俺から見れば小学生だ。ときめいてどうすると自制心が働き、なんとか堪えることが出来た。

 妹のように見ていた少女が、一瞬だけ違う顔を覗かせた衝撃は測り知れない。

 そんな衝撃を胸に挑んだ王宮での帰還の儀式。

 途中で例の少女が嫌がったものの対策済だったのか、喚くことはしても逃げ出すことはなかった。


 そうして、少しだけの衝撃と感謝を胸に、俺はやっと自分の世界へと帰ってこれた。


 元の世界の時間は全然進んでいなかった。俺はあの日、あの時間に戻っていた。

 懐かしいと感じる風景も、風が運ぶ湿気交じりの温かい空気も何もかもがあの時のまま。

 懐かしいとか、良かったとか思うのに、なのになぜか寂しくて、いろんな感情が迫り俺は玄関前で静かに泣いていた。



 そして今も、胸に残る寂しさだけが残っている。


 


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