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「実は彼は養子で私たちの子ではありません。遊学といのは方便のようなもので、事実は少し違いまして」
「彼は上の息子が連れてきたのですよ」
子爵の言葉を引き継ぐように夫人も言葉を添える。
「息子さんがですか?」
「ええ。半年前、息子が領内を見回っている時に行き倒れているの発見し、助けました。ただ気を失っていただけで、怪我などはなかったのですが問題が……。
言葉は通じるのですが文字や日常習慣が違いまして。他国の者かと思い周辺国の事も聞いてみたのですが、そのどれも当てはまらない。どうやら彼は誰も知らない国から来たらしいのです」
他国から来た言葉しか通じない若者。既視感が凄まじい。お父様たちも同じく思たのか、少しだけ顔が険しくなる。
それを嫌悪と受け取ったのか、アギヨン子爵は慌てて「本当に優しくて良い子なんです」と言った。
「ただ、どこから来たか分からない者の扱いに困りまして、遠縁になりますが宰相様にご相談させていただき、宰相様からのご提案で養子に迎い入れました」
「ですが私達には息子が二人します。特に問題もなく、長男が爵位を継ぐことが決まっていますし、次男も騎士として身を立て既に家を出ています。
そこに養子を迎い入れたなどと言うと、あらぬ疑惑を持たれるかの可能性がありますので、末っ子の三男は病弱で家から出られなかったことにし、成長してからは遊学で家を出たことにしたのです」
幸い夫妻は社交界にはあまり顔出しをしていなかったこともあり、アギヨン家に息子がいることは知られていても、それは一人増えて三兄弟になったことはあまり知らずにすんだそうだ。
この件を知っているのは相談された宰相様と、親類縁者くらいらしい。
「そうですか。その話を私たちに話したということは、こちらにこの縁談への拒否権はないということでしょうか?」
「いえ!そんなことはありません。ただ知っていただきたかったのです。彼のことを……」
「そうですか」
いやいや。アギヨン子爵は否定したけど、これは立派な脅しでは?
秘密を知ったからには、拒否権はないぞって言っているよね?
しかも宰相経由での縁談打診だし。
「この話を脅しと受け取られるかもしれませんが、大変重要な話でした。
……彼は我々の知らない国の者ですが、どうやらこの国のことは多少知識としてあるようなのです。昔、お世話になった方々に教えていただいたと聞いています」
「世話になった方々?」
「ええ、詳しくはハルトに」
そう言うとアギヨン子爵は口を閉じる。少しばかりの沈黙が流れ、ハルト様が代わりに口を開いた。
「……俺は昔この国に来たことがありました。いや来たと言うより、連れられて来たと言う方が正しいのかもしれません。
ある日突然、なにも分からないままこの国に連れてこられた。本当に突然で、何もわからないまま保護され、一年と少しの間お世話になったことがあります」
それはあまりにも「ハルト」と同じで。この人が「ハルト」なのだと言えるほど境遇が同じで。でも彼はもういないはずで。
混乱する私たちにハルト様は言葉を続ける。
「お世話になったお屋敷には仲の良いご夫婦と、可愛らしい姉妹が住んでました。
俺は厄介払いな扱いで来たのに、その方々はとても優しくて親切な方々でした。そこで色んなことを学びました。とても楽しくて大事な思い出です」
そう言うと、ハルト様は目元を緩ませた。宝物を見るような、本当に大事だと目だけで訴えるような表情。
その視線はずっとお姉様に注がれている。
「帰りたいとずっと思っていました。強制的に連れられて来たんですから、当然です。でもお世話になっていると、このままここにいるのもいいのではと思ってしまうこともありました。
帰れることになった時、嬉しかったのを今でも覚えています。そして少しだけ寂しかったことも」
彼は「ハルト」だ!あの時別れた「ハルト」が目の前にいる!
あの時聞けなかった「ハルト」の本心を、今彼自身の口から聞いているんだ。
「帰れた後は、また普通の学生として過ごしていました。……でも最後の別れの挨拶の時に見た顔が忘れられなかった。
気丈に振る舞う姿も、泣きそうになっていた顔も何度も浮かんできて驚いた。
だって彼女は……俺と歳が離れているし、お嬢様はまだ幼くてそんな対象として見ていなかったんですから。可愛い妹の様だとずっと思っていたのに」
当時、お姉様は十二歳。ハルトの感覚からすれば、高校生が小学生に恋心を抱いたようなもので、相当衝撃があったんだろうな。
向こうの常識からすれば、それは異常者。ロリコンといわれる変態のソレなんだからね。




