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「こちらです」
出迎えに向かったお父様の声と共に、応接間の扉が開かれる。
現れたのは少し青みがかった黒髪の男性と金髪の女性。その後ろに顔は見えないけど、男性よりも深みのある黒髪が見えた。
黒髪と金髪の二人は、私たちの両親よりも年上だと思われるのに若々しい。どう見ても両親と同年代にしか見えない。
前世では欧米人は実年齢よりも上に見えるとか聞いたことがあったのに、この世界ではそれは当てはならないようだ。
ナーロッパ世界。本当に恐ろしい世界だわ。
「みんな。こちらはアギヨン子爵殿ご夫妻とそのご子息様だ」
「お初にお目にかかります。アデライド・バイヤールと申します。長旅でお疲れでしょう、どうぞこちらにお座りくださいませ」
お父様の紹介に私とお姉様は軽く会釈のみにとどめ、代わりにお母様がお客様に声をかける。
家長とその妻がお客様をもてなすのは基本だ。私たちは紹介を求められたときにやっと声を出せる。
「ああ、道中も中々気が抜けなくてね。ありがたい」
アギヨン子爵夫妻が少し疲れた様子で対面ソファーに座る。後ろにいたご子息も続いて歩き出したけれど、その姿に私たちは息を飲んだ。
黒髪に黒い目。目鼻立ちが慎ましいけれど、整った顔立ち。身長はアギヨン子爵より少し低いけれど、それでも高めだと分かるくらいはある。
その姿はまさに「ハルト」そのもの。五年前に別れなければ、こんな風に成長していただろうという姿。
彼は誰? 姿が同じ別人?
そっと隣を窺うと、お姉様は目を見開き小刻みに震えている。この衝撃は私の比じゃないだろうな。
私は自分の手をお姉様の手に沿わせる。ビクリと震えたけれど、私を見て気を持ち直したようだ。さっきまでの震えは止まっていた。
「やはり護衛を送るべきでしたね。こちらの事情に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、予想していた通りでしたので。それに事情と言えばこちらにも理由がありますし、お互い様でしょう」
「そう言っていただけてありがたいです」
当主同士の挨拶もそこそこに、改めて自己紹介がなされる。
「ではあらためて。左から妻のアデライド、上の娘のルイーズと下の娘のクロエです」
「ルイーズ・バイヤールと申します。この度、縁談を申し込んでいただきありがとうぞございます」
「クロエ・バイヤールと申します。お姉様とは血の繋がりはありませんが、今回の顔合わせに参加させていただきます。よろしくお願いします」
バイヤール子爵家の再婚話は有名だし、姉妹に血の繋がりがないことは知っているだろうけど一応念のため。
今回の縁談はお姉様のためのもの。万が一勘違いをして私に話を持ってこられても困る。私には婚約者がいるし、バイヤール子爵家を継ぐのはお姉様なんだから。
「ええ、存じておりますわ。姉妹仲がとても良いとよくお話をお聞きしますもの」
私の釘をさらりと受け止め、アギヨン夫人が笑う。
誰からの情報かな? 最近はお姉様と出かけていないし、お父様かお母様あたりかな。あまり社交に顔出ししていないけど、家族仲の件は話題にあがりそうだからね。
「本当に可愛らしいお嬢様たちね。宰相様にご相談してよかったわ。ねえあなた」
「ああ、本当に」
アギヨン夫妻が笑いながら頷き合う隣で、ハルト似の令息はじっとお姉様を見つめていた。
その視線は懐かしむような、でも切なさを含むもので、さらに混乱してしまう。
なぜ彼はそんな目でお姉様を見つめるのだろう。
お姉様を見つめる視線は様々だ。大抵は羨望。でも時々嫉妬や邪なものを含んだものもある。
けれど彼にはそんなものが一切ない。お姉様の美貌に頬を染めるでもなく、純粋に懐かしむような綺麗な目。
彼は一体何者なんだろうか。
私たちが困惑していると、アギヨン夫妻が子息に自己紹介を促す。
彼はひと頷きすると、すっと胸に手をあて軽く頭を下げた。
「ハルト・アギヨンと申します。今回このような機会を設けていただき感謝します」
「まあ、声とお名前まで同じなんて……」
「ハルト」と同じ名前。同じ姿。同じ声。
お姉様が思わず出した声は小さくて、隣にいる私にしか聞こえなかったらしい、両親は何事もなく簡単な紹介を受けて「そう固くならずに」と声をかけている。
「今回宰相様からの紹介でしたが、なぜ我が子爵家に縁談の打診を?
申し訳ありませんが、アギヨン家の方々とは面識がなかったので少々疑問でして」
「そう思われるのも仕方ない。我が家にも事情がありまして……。そのことを宰相様に相談したところ、宰相様がバイヤール子爵家に婚約の打診したというのが事の経緯です」
そう言ってアギヨン子爵はちらりとハルト似の息子を一瞥した。




