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「どうしました?お嬢様。 今日はいつにもまして気がそぞろですよ」
「あ、ごめんなさい先生」
ペンを持つ手が止まっていることを、目敏く見つけた家庭教師の先生の注意がとび慌てて謝る。
今日の授業は歴史に関係することだったから、ついあの日の出来事を思い出してしまっていた。
貴族令嬢の教養の家庭教師としては珍しい男性の先生は、ふむと顎に手をあてひと頷きすると開いていた本を閉じてしまった。
「今日の所はここまでとしましょうか」
「え?でもまだ始まってそんなに経っていないですよ?」
「気が散っている状態で勉強しても、頭になど入らないですからね。
不器用なお嬢様には、二つ同時に考える芸当などできるとも思えませんし、実際できているとも思っていませんので」
「先生相変わらず鋭い嫌味ぃ……」
お父さまの知り合いから紹介されたマクシム先生は、人畜無害と言わんばかりの笑顔で呼吸をするが如く嫌味をいう。
別に性格が悪いとかじゃなく、ウソやお世辞が言えない性格で、頭がいいのにその性格が災いして王宮勤めを首になった経歴を持つ変人さんである。
ちなみに二十七歳の既婚者と聞いて、この人の奥さんになった人は素直に凄い人だと関心した。きっと菩薩様並の寛容さがあるよ。
彼が私の家庭教師になった経緯は、タイミングが重なったとしかいえない。
当時私の家庭教師は十代後半の男爵家のご令嬢だった。
頭がよく大人しい性格の先生は、じっとしているのが苦手でよく授業を抜けだす私を、追いかけては連れ戻し授業を受けさせるといったことを繰り返していた。
まあ、大人しく気も弱い先生だったこともあり、わずか一週間で教師を辞してしまったのだ。
最後の先生のお言葉は「わたしにはお転婆な方は荷が重すぎます。お嬢様を縄で括りつけられるくらい気が強い方をお勧めいたします」と言っていたらしい。
いや私野生児じゃないんだけど。なんて思っていたけど、生粋の貴族のご令嬢から見れば、目を離してはさぼる私は十分野生児だったらしい。
そんな問題児の私だが、私にも理由があるのだ。だって授業っていっても小学校で習う程度のものだったから。
そんな簡単なもの受けてもつまらないと先生に言ってみたが、彼女は「はいはい」と軽くあしらうだけで真剣に話を聞いてくれなかった。だから、つまらないしサボっていたに過ぎない。
家庭教師の先生が辞めた後、どうして逃げるのか両親が聞いてきたので、正直にそのことを話したよ。二人とも頭を抱えていたけれども。
いや、先生が私の話をきちんと聞いてくれていればよかっただけの話なのにね。
そんなこともあり、新しく家庭教師を探していたタイミングで、王宮を首になったマクシム先生が採用されたのだ。
彼ならば私の話を聞いてくれるだろうし、いざサボるなら本当に縄に括りつけるだけの行動力がある。実際王宮で似たことをしたらしい。怖い。
そうして彼は採用されたが、これがどうしたことか。私との相性?がよかったようで、それからずっと私の先生として教えてくれている。
「それで私の授業を止めてまで考えていることは、大変重要なお悩みなんでしょうね?
まさかお茶の時間を気にしているのですか?それとも昼食を?」
「私そんなに食い意地はってません! あとお茶の時間はまだまだ先です。
昼食はまあ……今日は私のリクエストが通って楽しみにしてますけど、そうじゃなくて! 恋って不思議だなぁって、ちょっと思っただけです」
「恋、ですか。……なるほどドナ王とローズ妃の。
確かにお二人の恋模様は国中を巻き込みましたが、現在の王室の形を作ったので結果としては良かったのではないでしょうかね」
あ、なんだか誤魔化せた。お姉さまたちのことを、今学んでいる中世史の王族のことと勘違いしてくれた。よかったぁ。
でも、私そのドナ王好きじゃないんだよね。たった一人の女性のために、父王と戦った恋愛脳の王様だからさ。
一夫多妻制の時代に、愛する人を父王にとられ反逆し王様になったドナ王。
物語としては良い話だなで終わるそれは、実際の所国を二分するほどの争いを生み、当時100あった貴族家を50まで減らす原因になった歴史的出来事だ。
ローズというしがない男爵家の令嬢が、身分を偽り平民の集まる市井に来ていた王子と恋に落ちてしまう。
そんなチープでありふれた出会いから二人は恋人となる。
しかし、当時の王の悪政により見目の良い貴族令嬢は王の側室となることが決められていたことで、美人だったローズも王の側室となってしまう。
ローズを諦めきれなかったドナ王子は、同じく婚約者や妻を奪われた貴族たちと共に王を倒すため立ち上がり、見事好色王を打ち倒した。
その時に、王側についていた貴族たちは、尽く潰されたというから恐ろしい話だ。
そうして解放されたローズを含めた令嬢たちは、無事家族や恋人の元に帰り、ドナ王子とローズも再会を果たした。しかし彼女は過酷な環境がたたり、精神を病んでしまっていた。
愛していた王子との再会にも反応しないローズに、王子はそれでも彼女を唯一の妃として娶り愛したという。
以降、彼女のような不幸を出さないために、基本一夫一妻とし今に続いている。基本としたのは、夫婦の間に子ができなかった場合にのみ、二人目の妻を持つことを許したためだ。
彼の時代から二百年。これまで二人目の妃がいたのは二回のみ。あとは相思相愛で、子宝にも恵まれたというから驚く。
そしてドナ王の話は時代を超え、悲劇とロマンスを兼ね備えた物語として、脚色されながらも劇や物語として未だに人気な演目でもある。
「それにしてもお嬢様がこの二人の話をするとは、情緒は確実に育っているものなんですね」
「マクシム先生の中では、私はどう思われてるの……」
「聞きたいですか?」
「い、いいえ!」
「まあ、多少育ったとはいえ、お嬢様にはまだまだ早い話ですよ」と軽く笑い飛ばすマクシム先生は、ついでにもう一つ恋愛の話聞きますか?と聞いてくる。
これは恒例の先生のノロケ話だとため息をつきながら、私は何度目かのマクシム先生と奥さんの出会い話を聞き流した。




