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書庫で見た光景が頭から離れなかった私は、次の日も書庫に行き、ハルトが立っていた場所に置いている本を確認した。
彼がいた場所は魔法関連の書籍群。魔法石や魔法石の装置の仕組みを解説するものから、魔法を扱う人向けの指南書のようなものが置いてあった。
機械に詳しい彼の事だからきっと魔法石や、その装置について彼なりに調べようとしたのかもしれない。でも字が読めないのになぜ。
なんとなく本を眺めていると、一か所少しだけ隙間が空いているのに気がつく。
僅かに空いた空間は誰かが本を取り出した証拠だ。そして隙間の前後にある本は魔法のことについて書かれてあるものだった。
「……もしかして自分なりに戻れる方法を探してるの?」
禁書の魔法なので、一介の貴族の屋敷に置いてはいないことを、彼は知らないのだろうか。それとも知っていて、別の方法で帰る手段を探しているのか。
字が読めないなりに帰る手段を探していたとするなら、やっぱり彼は元の世界に帰りたいと思っているんだ。
今まで穏やかで楽しくて、ずっとハルトがいてくれるならいいなと思っていた自分があまりにも自分勝手で、自己嫌悪に陥りそう。
そうだよね。帰れるものなら帰りたいよね。元の世界には彼の大切な人たちが沢山いるんだから。
でも半年たっても帰還の方法が分からない。だから焦りって自分でも調べることにしたのかもしれない。
いつも笑っているその笑顔の下で、私たちには分からない悲しさや苦悩をずっと隠し持っていたとするなら、それを知らずにいた私たちはなんて鈍くてバカなんだろう。
目から涙が溢れて来たのに気づき、慌てて袖で拭う。泣いていたなんて誰かに知られたら心配させてしまう。特にハルトに気づかれちゃダメだ。
彼は郷愁の念を抱え込んで、それでも私たちに悟らせないように過ごしているんだから。
そしてもう一つ気になることがある。あの時見たのは後姿だったけれど、固まって動けずにいたお姉さまのあの様子はおそらく……。
「お姉さまはもしかして……」
いやただの可能性というだけで、決めつけるわけにはいかない。もう少し二人の様子を見てからにしても遅くはないはずだ。
もし仮にそうだったとしても、聡明なお姉さまのことだからいつも通りに過ごすはず。きっと最後までそれは崩さないと思う。
私は少し隙間があいた本棚を一瞥し、そっと書庫を出た。
それからも、何も変わらず穏やかで賑やかな毎日が過ぎていく。
私が見た光景は見まちがいだったんじゃないかというくらい、二人はいつも通りだ。
お姉さまは勉強でよくわからない所をハルトに聞き、ハルト自身も分からなければ二人で何かを話し合っていたり、ハルトが仕事をしているのを姉さまが労ったり。たまに二人で庭を散歩しているのを見かける。
本当にいつも通りの光景。ただ違うのは、遠くからハルトを見る時のお姉さまの切ない表情と、それを心配そうに見守るコレットの姿だ。
きっとコレットもお姉さまの気持ちに気づいているのね。でも出しゃばらず、見守ることにしたみたい。
前世では初恋は実らないなんて言葉あった。お姉さまの初恋もそうなるのだろうか。
歳の差とか身分差とかなら解決することも出来たかもしれない。でも生きる世界が違うのはどうしようもない。
お姉さまは貴族としての矜持と誇りを何よりも大事にしているから、例の異世界の少女のように無様な醜態をみせること絶対にない。
「でもやっぱり幸せになって欲しいなぁ」
元の世界に帰りたいハルトの願いも、仄かに宿った恋心を抱くお姉さまの願いも叶えて幸せになって欲しいなんて、都合のいい話などないって分かっているけれども。




