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ハルトの待遇が改善されて一か月。
以前はあまり出会わないよう気を使って、特定の使用人たちとしか会話のなかったハルトも、いろんな人たちと会話するうちに、どんどん明るくなっていった。
今では使用人同士ならば、軽口も言い合える仲になっているらしい。私たち家族にも、挨拶やちょっとした事の手伝いをしてくれるまでになっている。
あの寂しそうな顔を見ることも、あまり見かけなくなったらしい。
そして大人しいと思っていたハルトは、実はヤンチャをする人だとも分かってきた。
それはとある日のお茶の時間。今日は天気もいいし東屋ですることになり、使用人たちがその用意をしていると、ちょっとした突風によりナプキンが飛ばされてしまった。
ナプキンは庭園の木に引っかかったらしく、庭師を呼んで取ってもらおうしたその時、ハルトが軽い掛け声と同時に木に登り、いとも簡単にナプキンを取ってしまったらしい。
向こうの世界で体を動かす習い事をしていたので、体力には自信があったとのことだ。
それでも危ないことはするべきではないと、執事に昏々とお説教をされたという。
他には、魔法石を使う装置に目を輝かせていたという話しも聞いている。実際私たちも目にしているので、よっぽどそういった物が好きなんだろうなと思っていた。
なんでも工業高校の生徒――こちらの世界では通じないので、魔法石の装置のようなものを学ぶ学校と説明していた――なので、こういった物は得意分野なのだそうだ。
装置に詳しいとなれば、数字にも強いはずと、試しに簡単な計算をさせてみると全問正解だったなんて話を昨日聞いたばかりだった。
「ハルトは頭がいいのね。私は簡単なものでも間違ってしまいますわ」
「お嬢様方よりも年上だからですよ。俺っと……。ごほん、私の歳になれば、同じように簡単に解けるようになります」
「そうなるかしら」
「はい。特にルイーズお嬢様は頭がいいですからね」
「はいはい!ハルト、私も頭いいよね!」
「あー、うん。クロエお嬢様も頭がいいですよ。でも頭を使うより、体を使う方がクロエお嬢様には向いてそうですね」
「えー!?」
前世を足したらこの中の誰よりも年上なのに!
実に子供らしくふくれっ面をする私に、お姉さまの「行儀が悪い」という叱咤が飛ぶ。
お姉さま、この一年で段々お母さまのようになっていくなぁ。これじゃ、どちらが元伯爵令嬢が分からないよ。
この一年、お姉さまの所作は精錬され、下位貴族の令嬢とは思えない程の教養が身につき始めている。
対して私の方はというと、人前ではきちんと貴族令嬢を演じられるくらいには進化してる。
でも家族や使用人たちの前では、どうにもボロがでるので要注意とのお言葉をお母さまから頂戴していた。
「ダンスの練習の方が意欲的だと、旦那様から伺っています。飲み込みも早いので、先生が大変褒めていたとか。
ただじっとしていられないので、教科の先生からは頑張りましょうとのお言葉を頂いているそうですよ」
「お、お父さま……。なぜそれをハルトに話すの」
さらっと上げて落とすハルトにガクリと力が抜ける。
でもそれだけ彼がこの家に溶け込んでいると思えば、かなり嬉しい。
それにお父さまも、きちんと私のことを見てくれていんだって分かって嬉しいな。
「まあ。クロエですもの、仕方ありませんわね」
「そうですね、クロエお嬢様ですからね」
「お姉さまもコレットも酷い……」
ふーんだ。まだ実力を出していないだけだもんね。
実力を出したら皆驚くはずだもん。なにせこちらには前世の記憶があるんだから、計算くらいならぱぱーッとできるもん。
だた今それを披露したら、変に持ち上げられるか、どこかの貴族に目を付けられるかもしれないから力を出していないだけだもん。
そうそう、その前世の話。この世界が何かの創作世界かもしれない疑惑と、ハルトがなにか知っているんじゃないかという疑問は、さりげない彼との会話でなくなってしまった。
ぽつりとこの世界ってパラレルワールド的な感じなんだろうな~と呟いたので、本当に何も知らないらしい。
彼自身、この不思議世界に疑問を持っているみたいだけど、こういうものなのだろうとあっさりと受け入れてしまっていた。
これでまた疑問は振り出しに戻ってしまったと、内心ガッカリしたのは内緒だ。
「そう拗ねないでください。年の差は経験の差でもあるんですから、クロエお嬢様も、大きくなればルイーズ嬢様のように、お淑やかなご令嬢になれますよ」
そう言うとハルトは、習いたてのぎこちない動き紅茶をカップに注いだ。
注がれた紅茶の色は、かなり濃かったとだけいっておく。




