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ああ憧れの情報屋 ~弱小子爵家の三男、命の恩人を探している間にうっかり学園最強になる~  作者: 毒島リコリス


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第37話 ああ憧れの情報屋

  放課後になり、ミーシア嬢が歩いていくままについていった先は、売店街裏のいつものベンチだった。


 人目がないことを確認するかのように、きょろきょろと辺りを見回す。

 そのままじっと何か考え込んでしまった。


「ミーシア様?」


 不穏な気配を感じつつも、いやまさかな、と楽観的な方向へ考えようとしていたところで、ミーシア嬢はようやく振り返った。

 むすっとした顔で腕を組み、発されたのは想定していた中で最悪のセリフだった。


「……ハイドくんよね。『情報屋』って」

「え」


 嫌な予感が当たってびくっと肩を震わせてしまってから、やってしまったと思った。今のは『何ですかそれ』と笑って流すところだったのに。

 時既に遅し、ミーシア嬢はつかつかと歩み寄ってくる。


「やっぱりそうなのね! おかしいと思ってたのよ、どう考えても七位とは思えないくらい器用に魔法を使うし! あなたが一位なら納得できる!」


 どうしよう、ここからでも僕の潔白を証明する方法はあるだろうか。いや潔白どころか真っ黒だけど。


「そんなわけないじゃないですか。情報屋って何のことです?」


 とりあえず雑にしらばっくれてみた。もちろんミーシア嬢は引き下がらない。


「スノウもジュリも、そのこと知ってるんでしょう! エーレンベルク班って言ってくれてたのに、私だけ、仲間はずれにして……!」


 興奮して頬が上気し、仕舞いには涙が滲み始めた。


「落ち着いてください、近くに人がいるかもしれませんよ」

「うう……」


 まずは宥めるのが先決だと思った矢先、声のかわりに大きな目からぽろぽろと涙が零れる。ミーシア嬢、もしかして意外と泣き虫なんだろうか。

 ダメだ、この状態の女性を笑顔にする方法なんてヤンさんからは習っていない。嘘をつき続ける胆力もない。


「……すみません。仲間はずれにしたつもりはなかったんです」


 素直に謝るしか残された道はなかった。ハンカチを取り出して、傷一つない頬を伝う涙を拭う。


「なんで言ってくれなかったのよ。探してるって、知ってたでしょう」


 そのハンカチを奪い取り、泣きながらでも睨み付けてくるところが頼もしい。僕は観念して自白した。


「だって、入試の最中もまたここで出会った時も、ずっと睨まれていたので。嫌われているんだと思ってましたから……」

「そ、それは確かに、最初は嫌いだったけど」


 ぐすっと鼻をすすり、両手でくしゃくしゃに握りしめた僕のハンカチを使って自分で涙を拭う。


「でも、最初だけよ。何度も助けてもらったし。……愚痴も聞いてもらったし」


 いつもその辺をちょろちょろしている男に弱音を吐いていたことを今更自覚したのか、今度は別の意味で頬を染めるミーシア嬢だった。


「僕だと気付いていらっしゃらないようでしたし……。その、最初に格好付けてしまったこともあって、どんどん言い出しづらく……」

「そうね。なんて気障な奴って思ってた」

「うう」


 数々の所業を思い出して、僕まで顔が熱くなる。しかし二人して恥ずかしがっている場合ではない。


「眼鏡を外して。ちゃんと顔を見せなさい」


 ミーシア嬢はようやく涙が止まり、腰に手を当てて胸を張ると、最後にもう一度すんと鼻をすすった。命令どおり、僕は眼鏡を外して前髪を適当に散らした。


「……改めて見ると、雑な変装」


 まったくだ。


「ちなみに、どこでお気づきに?」

「ずっと怪しいとは思っていたの。同じ髪色で同じ学年で、魔法が上手な男子がそう何人もいるかしらって」

「なるほど」


 やっぱり無理があったか。髪色を変える魔法でも習得しておくべきだった。


「でも、確信したのは指輪を返してくれた時よ。いつも私のこと、他人行儀に『エーレンベルク様』って言っていたのに、あの時『ミーシア様』って呼んだでしょう?」

「ああー……」


 ジュリにも指摘されたのに、同じ失敗をしてしまった。やっぱりどんなことも慌てるとダメだ。何事にも動じない強い心はどうやったら鍛えられるのだろう。


「でも結局、すぐに気付かなかった私が悪いのよね。みんなは気付いてたんだもの」

「まあ、ミーシア様以外にはあまり隠す気がなかったということもありますが」

「ジュリったら、私が一喜一憂するのを見て面白がってたのね! スノウは……。まあ、あなたを取られると思ったんでしょう」


 概ね当たっている。さすが学年首席は答えに辿り着くのが早い。


「取られるって、大げさな。僕にとってはお二人とも大切な友人なのに」

「友人ね……」


 不満げに口を尖らせている。たかが子爵家が公爵家の御令嬢に気安く友人などというのはまずかったか。


「まあ、ミスティコ家はホラント家の配下ですから、優先的にお付き合いしている部分はあります」


 なにしろおじさんの手がかりはホラント家だけなのだ。最終的には家に招かれるくらい擦り寄っていきたい。

 するとミーシア嬢は不機嫌そうに、低く唸るような声で訊ねた。


「……エーレンベルク家は?」

「はい?」

「侯爵家より、もっと上よ? 三大公爵家と縁を深めたいとは思わないの?」

「それはもちろん、今後もエーレンベルク班の一員として取り立てていただければありがたいです」


 公爵家の覚えがめでたくなるのは、僕個人だけでなくミスティコ家にとっても良いことだ。

 笑顔で淀みなく答えたのに、ミーシア嬢は何故かまた僕を睨み付け、


「……敵はスノウだったのね」

「え!?」


 ぼそりと剣呑なことを呟いた。とほぼ同時に、


「俺が何……?」


 噂のご本人が現れた。後ろにジュリと、何故か用務員のコニティスさんを伴っている。


「スノウ様!」


 これ以上は気まずくなる一方だと思ったところに投入された一服の清涼剤、あえて空気を読まない我が主の姿を視界に捉え、思わず元気に尻尾を振ってしまった。

 と、ミーシア嬢はそんな僕を見て苦々しげに吐き捨てた。


「覚えていらっしゃい。いつかエーレンベルク家を選ばせてみせるから」

「はい……?」


 和解したはずなのに、また睨まれているのはどうしてだ。涙はすっかり乾いていた。


「ハイドくん、とうとうバレちゃったんですか」

「いやあ、あはは……」


 僕が眼鏡を外しているのに素の喋り方をしていることで、ジュリはすぐに察してくれた。今まで手紙のやり取りなど協力してもらったのに、少し申し訳ない。


「それにしてもスノウ様、よくここにいるってわかりましたね」

「コニティスに、案内してもらった……」

「コニティスさんに?」


 今日も変わらぬ作業着姿の用務員さんがいることに、先ほどから違和感を覚えていた。

 しかし人見知りのスノウ様が案内を頼むということは、それなりに親しい間柄のようだ。


「実は、私もホラント家の配下なんだ。坊ちゃんは方向音痴なんで、伯爵からサポートを仰せつかっていてね」

「方向音痴じゃない。場所覚えるのが苦手なだけ……」

「それを方向音痴って言うんですよ、坊ちゃん」


 ずいぶんと砕けた話し方だった。きっと生まれた時から見守っているとか、そういうレベルだ。


「ハイドくんのおかげで、楽させてもらってるよ」

「そうだったんですか。じゃあ僕たち、おそろいってことですね!」


 初めて出会った時からなんとなく親しみが持てたのは、そのせいだろうか。


「なんだかスノウばっかりちやほやされてて悔しい。ジュリ、こっちにいらっしゃいよ。怒ったらお腹が空いた。ケーキでも食べに行きましょう」

「はい、ミーシア様」


 ジュリはくすくすと笑いながら、そっぽを向いて売店街へ向かうミーシア嬢を追う。


「待ってください! ケーキくらいなら、お詫びに僕が奢ります!」


 僕は慌てて二人を追った。


「俺も行く」

「じゃあ、私は仕事に戻りますよ。ハイドくんも、また今度」

「はい! コニティスさん、おつかれさまです!」


 振り返った僕に、コニティスさんは優しげに目を細めて手を振った。

 ――どこかであの目を見たことがある気がしたが、思い出せなかった。

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