第36話 そして日常
指輪を取り戻したミーシア嬢は、晴れ晴れとした表情でパフォーマンスをこなし、一際大きな花火の打ち上げに成功した。
おかげで一組はパフォーマンス部門と総合での優勝をかっさらい、体育祭が終わった後も、しばらく他のクラスから恨めしそうな目で見られた。
病欠だということになっていたグラスプール先生が教壇に復帰したのは、それから二週間ほど経った頃だった。
「あんなに呪物に詳しい人材はなかなかいないからねえ。また呪物関連の騒ぎが起きた時に、正しい対処ができる人間が必要だろ。まあ、司法取引みたいなものかな。もちろん監視付き」
警察隊や軍のような治安を守る機関の者にだけ使用が許可されている、人の行動に制約をかける魔法があるらしい。
先生がまた妙な気を起こすことがあったらその魔法が発動して――詳しくは教えてもらえなかったが、大変なことになるそうだ。
「未遂だったし、本人も深く反省してるし、盗品は全部持ち主の元に無傷で戻ったし。……あとは、教師から逮捕者が出ると学校としても外聞が悪い、とかね」
いろいろと大人の事情があるようだった。
「というか多分もう、先生がテロみたいなことを考えることはないと思うよ。……前に変な呪物に触れてから、妙に気分が鬱いで嫌なことばかり考えるようになったんだってさ」
「つまり、呪物にあてられた?」
「そういうこと。悪い効果を浄化する宝物でしっかり回復したはずだから、むしろ前よりも元気になったんじゃない?」
ウルナ先輩は軽い調子でぺらぺらと喋ってくれるが、おそらく僕に話せない、話すつもりがないこともたくさんあるはずだ。
たとえば、先生ほどの人がどうしてそんな呪物に迂闊に触れてしまったのかとか。
「侯爵家に生まれるのも大変なんですね」
「おっ、わかってくれる?」
などと印刷機の前でだらだらと話していた僕たちの前に、ぺらりと大判の紙が吐き出された。
「よし、でーきた」
満足そうなウルナ先輩が広げる横から僕も覗き込む。
「良い写真ですね! ……あれ、でも先輩が撮ったんじゃないですよね?」
そこには『一組今年も優勝』の見出しとともに、心からの笑顔を見せてパフォーマンスを行うミーシア嬢にピントを合わせたセンター部隊の姿が写っていた。
先輩も一組のパフォーマンスに参加していたので、こんな写真は撮れないはずだ。
「ボクの協力者はきみたちだけじゃないんだよ」
端のほうに『紛失騒ぎ収束』という記事もひっそりと掲載されていたが、気に留める人は誰もいないだろう。
「そうだ。これ、あの猫の子に返しといてよ」
新聞の出来を満足げに眺めた先輩は、高級そうな小箱をやけに大事そうにそっと手渡してきた。
蓋を開けると、中にはトーティが探していた黒い石が仰々しく鎮座していた。
「例の魔石じゃないですか。盗品は事務局から返却されたんじゃないんですか?」
グラスプール先生が持っていた袋に入っていたものは、『体育祭の翌朝、事務局に届けられていた』というやや歯切れの悪い言い訳とともに、持ち主に返されたと聞いたのに。
「いやあ、ちょっとこれはねえ。学校を通すと問題がありすぎて。というか警察が押収しても大騒ぎになりそうだったから、あの指輪と一緒に抜いといたんだ」
「……そういえばグラスプール先生が、なくした力を補えるくらい純度が高いって」
天然の魔石は、人工石よりも魔力の蓄積効率が良いそうだ。聞くところによると、小指の先ほどのサイズで純度が低くても、平民ひと月分の生活費に匹敵する価格で取引されるとか。
ウルナ先輩は頷いた。
「天然物で、そんなサイズで、王宮宝物殿であらゆる高級魔石を見てきた人物が見ても高純度の魔石なんて、こんな杜撰に管理してるのがバレたら次の窃盗事件が起きるよ。下手すれば刃傷沙汰だ」
いつの時代もお金は人の心を狂わせる。校内にははじめからそんなものは存在しなかったことにするという英断だった。
何なら宿泊実習に出現したハンマーイーグルもこの石に惹かれて飛んできた可能性がある。
剥き出しで置いておくのはいろいろな意味で怖いため、先輩、もとい国家の治安を守るキスリング家が手出しして、魔力を遮断する箱を用意したそうだ。
「公共の土地で拾った天然資源の権利は拾得者にあるから返すけど。……よく言っておいて。変な石は家で愛でるだけにしておけって」
「わかりました……」
いつも他人をおちょくって、慌てたり困ったりしている表情を見て楽しんでいるというのに、自分がそんな顔をする日が来るとは、さすがの先輩にも予測できなかったに違いない。
この学校の最強は、きっとトーティだ。
「え! この石、そんな強いの!?」
「しーっ!」
魔石を返すと、案の定トーティは驚いていた。
「それはトーティの物だから、ちゃんと管理するんだよ。またそれを奪いにハンマーイーグルが襲ってくるかも」
「そうなのかー……」
気軽に撫でたり転がしたりして遊んでいたおもちゃに、急にとんでもない価値があると言われてもまだピンと来ていないようだ。
とりあえず箱を落とさないように両手で持って、ほああーと言いながら眺めている。とても不安になった。
「……今度変なものを拾ったら、僕に見せてくれる?」
「わかった! 見つけてくれてありがとな!」
と、元気な返事をしたトーティは、思い出した顔で首を傾げた。
「公爵家の人が着けてる指輪とどっちが高い?」
「……同じくらいか、その石の方が高いかも。たぶん六年間の学費と寮費を払ってもおつりが来るよ」
「まじかー。なくさないようにするよ」
これだけ言っておけば大丈夫だろう、たぶん。
***
トーティがミーシア嬢の指輪のことを何故知っていたかというと、体育祭の後から堂々と身につけるようになったからだ。
「ミーシア様、綺麗な指輪ですね」
「ええ。とても大切な物なの」
取り巻きの声にもはっきりと頷き、授業中や少し一息ついた時などに、中指をじっと見て大事そうに撫でたりしている。
これで全て一件落着だと、その様子を遠巻きにしみじみ眺めていると、不意に目が合った。
途端にボッと火が出そうな勢いでミーシア嬢の顔が赤くなり、うろうろと目を泳がせた後、急に立ち上がってこちらに近寄ってきた。
「ハイドくん。放課後、ちょっといいかしら」
「? はい、もちろんです」
何やら決意を固めたような鬼気迫る表情に少し怖じ気づいたが、公爵令嬢の召集を弱小子爵家が断れるわけがない。
何の用事だろうか、また新聞部に調査依頼だろうかと、ホイホイ喚び出しに応じてしまった。僕は馬鹿だ。




