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ああ憧れの情報屋 ~弱小子爵家の三男、命の恩人を探している間にうっかり学園最強になる~  作者: 毒島リコリス


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第35話 指輪の返却

 筒をすり替えたのは、昨日のことだ。

 放課後、体育祭の練習でへとへとに疲れてまっすぐ寮に帰ろうとするマーガレット部長を待ち伏せ、声をかけた。


「マーガレット部長、こんにちは」

「ひっ!? ああ、きみ、確か、この前新聞部にいた……」

「一年のミスティコです」

「し、新聞部に入ったの? ……ああああれから新しい呪物は仕入れてないから、ネタになるようなことはないと思うけど……?」


 ウルナ先輩と話していた時は滑らかにハキハキと喋れていたのに、よく知らない下級生だと意識するや否や、目が泳いで声が裏返り、喋り方が怪しくなった。


「安心してください。僕たちはちょっと先輩の調査を手伝ってるだけです」

「そっ、そうよね。あの品行方正なホラント家が、キスリングくんみたいなのと共謀するはずないんだから」


 スノウ様の信用度の高さはさすがだ。マーガレット部長がようやくほっと胸を撫で下ろし、少し落ち着いたのを見計らって僕は訊ねた。


「すみません。お疲れのところ大変恐縮なんですが、呪物研の部室を見せていただけませんか?」

「部室?」

「はい。呪物が盗まれた現場を確認したくて」

「……いいけど。呪物が戻ってくるなら何でもする」


 また忍び込んでも良かったが、呪物に迂闊に触れると何が起きるかわからないので、知識がある人に協力してもらった方が良いと考えた。


 そして、これは何かと訊く度に発生する部長の早口豆知識トークに付き合いながら家捜しをすることしばし。


「この筒は、相変わらずここにあるんですね。うわっ!?」


 先日はこいつのせいで大変な目に遭ったなと思いながら、何気なく手に取って蓋を開けたらうねうねが飛び出してきて、思わず部長と二人して悲鳴を上げてしまった。


「ど、どうしてここに」

「今はまだわかりません」


 部長はグラスプール先生のことを信用している。まだ確たる証拠がないのに名前を出すのは憚られた。


 それから部室内を更に詳しく調べた結果、盗品一式も見つかった。


「私たちがやったんじゃないから!」

「わかっています。犯人をあぶり出すために、ちょっと手伝っていただきたいことがあるんですが」

「な、なに?」

「……この筒って、封印具なんですよね。入れ替えることってできますか?」

「え! ……方法は知ってるけど、実際にやったことはない。危険だよ……」


 もし失敗したら僕も部長もうねうねの餌食だ。呪物に頬ずりする部長も、さすがに怖じ気づいた。しかし。


「やってみたくありませんか? こんな珍しい呪物を研究できる機会、もうないかもしれませんよ」


 僕はそっと耳元で囁いた。


「『呪物が戻ってくるなら何でもする』んですよね」

「うぐ……」


 好奇心旺盛な人間を唆すのは簡単だ。僕と同じ人種だから。


***


 という経緯を経て封印具の移し替えに成功し、かわりに昨夜はまた少しうなされた。


「先生の教え子は優秀ですよ。初めての作業だったのに、成功しちゃうんですから」


 ウルナ先輩が連れてきた警察隊に連行される直前、僕はグラスプール先生にそっと話しかけた。


「……ああ、マーガレットは確かに有能だ。あの子が私と同じ道を辿らないことを祈るよ」


 先生は最後にふ、と微笑んで、大人しく自分の足で歩いていった。


「はあ、上手くいってよかった」


 猫背の後ろ姿を見送ったところで、ようやく人心地が着いた。


「大げさだなあ。さっきまで堂々としてたのに」

「見てたんですか?」

「途中からだけどね」


 もしかして、僕がどう動くか全部お見通しだったんじゃないか。きっとそうだ。


「先生が犯人なら、説得に応じてくれるかもって打算はありましたよ」

「へえ、根拠は?」

「赴任してきた時にはこんな大それたことは考えてなくて、きちんと教師としての仕事に励むつもりだったはずなので」


 さっき本人も言っていたとおり、トーティの石を見つけて思いついたというのはたぶん本当のことだ。


「なんでそう思うの?」

「だって、授業でも呪物研の活動でも、今回の二つ以外に危険なものは持ち込まれていないんでしょう? 生徒が安全に呪物に親しめるように頑張ってたってことじゃないですか」

「確かに、そうだねえ……」


 すると先輩は、ふむ、と何か思いついた顔をして、グラスプール先生が持っていた袋の中を検めている警察隊員に何かを耳打ちしにいった。そして何かを受け取って戻ってくる。


「さて! もう全体パフォーマンスが始まる。後のことは大人に任せて、ボクらはグラウンドに戻るよ!」

「そうでした!」


 少ししんみりしてしまったが、体育祭のメインイベントはこれからだ。


「あ、あの!」

「わかってるって。はい」


 僕が言い出すよりも先に、先輩は僕の手に赤い石の嵌まった指輪を握らせた。先ほど話していたのはこれを引き取るためだったようだ。


「これでしょ。持っていきなよ、どうせ届けは出てないし」

「ありがとうございます!」


 ミーシア嬢は鎖を通していたと言っていたが、どうやら外されてしまったようだ。まあいい、とにかく今は早く戻らなければ。




 グラウンドでは午前の競技が全て終わり、ちょうど一組のパフォーマンスの準備が整ったところだった。

 僕はやや緊張しながら並んでいる生徒たちの間を縫って、ミーシア嬢を探した。

 首席の彼女には他の一年とは別の役割が与えられているため、一人離れて上級生の列にいるはずだ。


 ようやく見つけた時には、思ったとおり不安を表に出さないように口を固く結んで、指輪を確認するために右手を胸元に持っていく癖が出ていた。


「ミーシア様」

「っ!」


 がやがやとした周囲の声に紛れてそっと話しかけると、ミーシア嬢は目を大きく見開いて顔を上げた。何か言いたげに口を開いたものの、僕は微笑んで自分の口元に人差し指を当てた。


「遅くなって申し訳ございません。なんとか取り戻せました」


 さっそく指輪を渡そうとしたのだが、


「開始三十秒前です!」

「いけない、もう行きますね!」


 握ったままでは演技に支障が出そうだし、服のポケットに入れるとダンスの弾みで落としてしまうかもしれない。

 ならばいっそ装着しておいたほうが良いだろうと、彼女の左手を取って細い中指を輪に通し、


「それじゃ、また!」

「あっ、待ちなさい!」


 僕は自分の配置につくために急いで踵を返した。

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