第34話 VS窃盗犯
「誰だ、きみは。見かけない生徒だな」
事前に調べた情報では、僕の両親とそう変わらない年齢だという話だった。
しかし病的な白い肌には皺が多く、髪は艶がなく白髪交じり。
視力もあまり良くないのか、グラスプール先生は僕を注視するために目を細めた。
「それ、校内で集めた魔道具ですか? 呪物もあるんでしたっけ」
僕は先生が持っている大きな袋に目を向ける。
「……新聞部が嗅ぎ回っていたな。キスリングの連れか」
言い方からして、僕が最近加入した一年だとは気付いていないようだった。
まあ、授業を選択していない生徒のことなんて覚えていなくて当たり前か。先生の質問には答えずに続ける。
「呪物研から紛失した呪物についても、少し調べました」
呪物の大半は、今よりも古い時代に顕現した物だ。貴族や学者の間で取引されることが多いため、特に危険度の高い物や事件を起こしたことがある物は、何らかの記録に残っている。
「人間に絡みつく黒いツタのようなものはツチヘビ。その昔、とある国の王子に惚れた女性の執念が形になったもので、周囲の魔力を吸うほど凶暴になるとか」
「よく調べたじゃないか。私の生徒じゃないのが惜しい」
「魅了のペンダントは、百年ほど前に戦乱の元になったことがあるそうじゃないですか。そんな危険なもの、校内に持ち込んじゃいけませんよね?」
「……」
グラスプール先生は、じっと僕を観察し始めた。
「先生は、以前には王宮に仕えていた魔法士だったと伺いました。それなら、エリカ先生のレードルを簡単に盗めたのも納得です」
生徒はおろか、教師たちにも気付かれずに校内のあちこちに侵入するには、少なくとも『物を見えなくする魔法』よりも高度な魔法が必要だ。
僕はずっと、『魔法の応用』に掲載されている魔法が一般的なものだと思っていたから犯人の見当が付かなかったが、専門的なものだとわかれば調査対象はかなり絞られる。
「考えてみれば簡単なことだったんです。呪物研の部室の鍵を持っているのはマーガレット部長とグラスプール先生だけなのに、鍵がこじ開けられた様子はなかった。それに、呪物研が仕入れる呪物が、顧問の先生の検閲をすり抜けるわけがないんですから」
実際、今まで呪物研が持っていたコレクションは比較的害のない物ばかりだった。
それは詳しい人間が、生徒が管理できる範囲内のものだけを選び、大きな危険が及ぶものではないことをきちんと判断していたからだ。
「灯台もと暗しというべきでしょうか。マーガレット部長も、まさか盗まれたはずのツチヘビが、入れ物が変わっただけで部室の中にあるとは思いもしなかったんでしょう。呪物研の部室は物が多いですし、盗品を隠すのにも都合が良さそうだ」
するとグラスプール先生はフンと鼻を鳴らし、持っていた袋に手を突っ込んだ。
「全部わかってるのか、恐れ入った」
袋から取り出したのは、白い筒だった。呪物研に侵入した日、僕が出入り口付近で躓いて転がしたあの筒だ。
元々入っていた筒から入れ換えて同じ場所に置いておけば、ずっと前からそこにあった物なので誰も気に留めない。
「体育祭を台無しにするのが目的じゃないですよね。ターゲットはキスリング家ですか? それとも公爵家?」
どちらにせよ放ってはおけないがと警戒を強めると、グラスプール先生は首を振った。
「――全部さ。貴族連中の全て。平民上がりを見下して使い潰して、壊れたら厄介者扱いして捨てるような奴らに、思い知らせてやるんだ」
グラスプール先生が犯人だと見当をつけてから、僕は彼の経歴を調べた。学校に赴任してきたのは、去年のことだそうだ。
「以前は王宮の宝物殿にお勤めだった。手入れの最中に宝物が暴発して怪我を負い、その後遺症で魔法士としての力が弱くなってしまった。合っていますか?」
ツチヘビに魔力を吸わせて暴走させたいのなら、自分の魔力を差し出せばいい。
しかし彼にはそれができなかった。だから校内の魔道具に込められた少量の魔力をちまちまと集めていたのだ。
「キスリングも厄介な奴だが、他にも頭の回る生徒がいたとはね。まさか新聞部は囮か?」
僕は何も言わずに微笑む。結果的にそうなっただけだが、全部見通していたようなふりをしていた方が都合が良さそうだ。
「盗んだ魔道具を返してくれませんか。今ならまだ未遂ですし、罪は軽いはずです」
ひとまずミーシア嬢の指輪だけでもと思ったが、僕の目的をさとられるわけにはいかない。言葉での交渉は難しい。
「今更そんなわけにはいかない。貴族どもがろくに武器も持たずに、向こうからのこのこ集まってくれるまたとない機会だ。魔法が使えなくなる恐怖と絶望を味わわせてやる。お前にもだ」
そう言って袋からもう一つ取り出したのは、黒い石だった。トーティが探していた物に違いない。
「……その石の持ち主は平民ですよ。男爵の息子です」
「……そうだったな。だが生憎この石は切り札なんだ。これを見つけたからこの計画を思いついたと言ってもいい」
節立った手で拳大の石をゆっくりと撫でる。魔力の流れを見ると、一際強い魔力の反応が確認できた。
「魔石ですか」
魔獣の体内や地下、霊木の中などから発見される魔力を溜め込む性質がある石だ。高級な魔道具に使われており、天然のものは特に価値が高い。
「これほどの純度のものはそうない。私がなくした魔力を補えるほどの性能がある」
まさか、山で拾った石ころが。
スープの時といい、トーティの良いものを見つける勘は今後も注目しておいた方が良さそうだと、ここに来て関係のないことを考えてしまった。
そしてもう一つ気付くことがあった。
「お好きなんですね、宝物も呪物も、魔道具も――この学校のことも」
するとグラスプール先生はバッと顔を上げ、窪んだ目が大きく見開かれた。
「違う。私は貴族どもに復讐するために、この学校を」
「だってそうでしょう。ちまちまと魔力が宿ったものを集めるなんてまどろっこしいことをしなくても、優秀な生徒なり魔法学系の教師なり、生徒の保護者なり、当日に魔力の強い人間を何人か捕まえて生け贄にした方が効率がいい。僕にでも思いつくのに、先生はそれをしなかった」
「黙れ、それ以上喋るとお前を生け贄にするぞ!」
先生は怒鳴り、筒を僕に向けてくる。だが僕はやめない。
「宝物も呪物も、人に害を為すかどうかという違いしかないそうじゃありませんか。自分からすすんで呪物になる必要なんかない。……やめませんか?」
「うるさい。お前がキスリングと繋がっているのなら、どうせ私は捕まる。ならあいつらも、派手に道連れにしてやる……!」
自棄になったグラスプール先生は、とうとう筒の蓋を開けた。――しかし筒からは、あのおぞましいうねうねが飛び出すことはなかった。
「な……。どうして……」
「すみません。マーガレット部長に手伝ってもらって、もう一度入れ替えました」
「そんな……」
信じられない顔で中をもう一度確認し、筒の中が本当に空であることがわかると、先生は膝から崩れ落ちた。
それとほぼ同時に、背後から足音がした。
「うん、上出来上出来。大きな事件が起きてから解決する方がドラマチックで面白いけど、未然に防ぐのが一流だからね」
暢気な声の主はもちろん、ウルナ先輩だった。




