第33話 体育祭開始
この学校のグラウンドを初めて見た時、生徒数に対してこんなに広い必要があるのかと思っていたが、きっとこのイベントのためだったのだ。
そう納得してしまうくらい、体育祭は盛況だった。
生徒の保護者たちが不自由しないよう、屋根付きの広々とした観覧席がスリバチ状に組み上げられて、競技スペースを取り囲んでいる。
その階段状の席の隙間を縫って、普段は売店街で見かける人々が飲み物や食べ物を売り歩き、観覧席の外側には軽食の屋台も並んでいた。まさにお祭りだ。
「ウルナ先輩、ちゃんと仕事してくれたみたいだなあ」
「え?」
外部の人々が行き交う姿を眺めながらそう呟くと、ジュリが首を傾げた。
「ほら、あの人とか、あの人とか。時々立ち止まって周りを見回すでしょう。警察の人じゃないかな」
彼らの服装は貴族や騎士のものだが、時折鋭い目つきできょろきょろと周囲を警戒し、生徒の競技やグラウンドを見ている様子がない。
つまり生徒の保護者や学校関係者ではないということだ。魔力の流れを見ると、懐に魔道具を隠し持っていることもわかった。
「本当です。これだけいらっしゃるなら安心ですね」
「うん、僕たちは競技に集中しよう」
犯人が動き出す時間にも見当がついていた。それまでは、普通に体育祭を楽しむべきだ。
「今日のために眼鏡も新調したし」
どうしても動き回るので、サイズの合わない兄のお下がりでは競技中にずれてしまう。
最悪外れてしまうと、無駄に格好付けてしまった数々の所業がミーシア嬢にバレる、もとい今までの努力が水の泡になるので、体育祭の練習が本格的に始まった頃に発注していたのだ。間に合ってよかった。
「形が変わってると思ったら……」
スノウ様は、僕が裏で行っていることをジュリほど存じておられないはずだが、何か企んでいることは勘付いている。珍しく呆れている感情が顔に出ていた。
体育とは言うものの、魔法を駆使する競技が多いのがこの体育祭の特徴ではないだろうか。
教師が高い位置に浮かせたカゴに、魔法を駆使して布張りの玉を入れる玉入れ、身体強化魔法の使用が前提のリレーなど、この学校の生徒なら使えて当たり前とばかりにルールに組み込まれている。
五年生、六年生の合同競技には、空を飛びながらお互いの帽子を取り合うというテクニカルなものまであった。
「目立つなあ、ウルナ先輩」
派手なピンク頭に小洒落た角度で帽子を被った男が、すいすいと敵陣を縫って相手の帽子をはたき落とし、無駄に宙返りした。
「キスリング先輩頑張ってー!」
「キャー!」
新聞部の評判はすこぶる悪いのに、先輩自身は人気があるらしい。特に下級生女子からの声援が熱かった。
「まあ、素行に問題があっても侯爵家だもの。それに女子って、ああいうちょっと悪いことをしてそうなタイプに惹かれるものなんでしょう?」
きゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げているクラスメイトを横目に見ながら、ミーシア嬢が呆れた様子で先輩の姿を眺める。
「ミーシア様は違うんですか?」
同い年なのに他人事のように言うミーシア嬢に、素朴な疑問を投げかけた。と、
「……好みは人それぞれよ」
腕を組んで顔を逸らされた。何か変なことを言っただろうかと首を傾げながら、視線を上空に戻す。
「普段はちゃらんぽらんだけど、やっぱり先輩も成績上位者なんだなあ」
ウルナ先輩は、攻撃を器用に避けながら地上の女の子たちに笑顔で手を振る余裕まである。それがまた敵の神経を逆なでして集中攻撃を受け、最後には帽子を取られていた。
しかしそのおかげでチームメイトがフリーになり、結果的には一組が勝った。狙ってやったのだとしたら策士だ。
「そうなの?」
「いつも五位以内には入ってるみたいですよ。一位になったことはないそうですが」
「ふーん。……それって本当は一位を取れるのに、手を抜いているんじゃないの?」
「先輩ならあり得ますね」
「あまり好きじゃないやり方ね」
僕に言われたわけでもないのに、胸の奥が少し痛んだ。
「そろそろ全体パフォーマンスの準備始めます! この後競技がない人から並んでください!」
運営の腕章を着けた六年生が呼びかける声がした。全体パフォーマンスは昼食前の最後の競技だ。
「……どこ行くの?」
ぞろぞろと移動する生徒たちとは別の方向に行こうとした僕に、スノウ様が声をかけた。
「まだ少し時間があるので、並ぶ前にお手洗いに行ってきます」
「そう……」
おそらく、スノウ様は僕の企みに気付いている。しかし止めないでいてくれた。
ジュリは事前に言っておいたとおり、ミーシア嬢のそばについている。
入学してからほんの数ヶ月だが、僕は良い友人に恵まれたと思う。
だからこそ、そんな彼らに危害を加えようとしている者を放っておくわけにはいかない。
僕は人の流れに逆らって、スノウ様と初めて会話した十字路を迷いなく駆け抜けた。
平時には生徒が行き交う部室棟も、全ての生徒がグラウンドに集まっている今は、賑やかな音が風に乗って微かに聞こえるだけの静かな場所だった。
そんな中で、扉の開く音はやけに響いた。
僕は眼鏡を外してポケットに仕舞い、予想どおりの人物が予想どおりの場所から出てきたのを確認して声をかける。
「もうすぐ全体パフォーマンスが始まりますよ。――こんなところで何をされてるんですか、先生」
その人物は、大きな袋を抱えて胡乱げな表情で僕に目を向けた。
クセの強い灰色の髪と窪んだ目が特徴的な、妙に手足の細い男性。
呪物研の顧問であり、呪物・宝物学担当のグラスプール先生だった。




