第3話 おじさんの手がかり
おじさんに言われたことを全部こなすのは大変だ。
はじめのうちは体力づくりと勉強だけで疲れ果てて寝てしまうことが多かった。
そこに皆との交流と魔法の練習も加わると、毎日は飛ぶように過ぎていく。
おじさんについて調べる時間が取れないまま、気付けば誘拐事件から一年が経っていた。
「王宮の宝物殿で事故だって。ケガした人がいるみたい」
「よく新聞なんて読めるなあ」
言葉の意味をたくさん覚えた僕は、父が読み終わった後の新聞を拝借して読むようになった。
「面白いよ。今、何が流行ってるのかもわかるし」
もちろん父に貰った『魔法の基礎』も隅々まで読み尽くした。
「魔法はもう、この家でいちばん上手よね」
「書いてある魔法は全部使えるようになったよ」
と言っても、小さな光を灯す魔法、火や水を出す魔法、風を起こす魔法など、他の魔法のベースになる威力の低いものばかりだ。
それでも安定して使えるようになるにはコツコツとした繰り返しの練習が大切らしい。
「私のほうが一年早く勉強し始めたのに」
同じ本をまだ新品同様の姿で持っている姉は、端がぼろぼろになった僕の本のページをめくり、悔しがるよりも先に呆れていた。
少し体力が付いてくると、夜も遅くまで起きていられる。
おかげで、ようやくおじさんについて調べる時間が取れるようになった。
しかし助けられた時には顔がほとんど見えなかったので、手がかりは少ない。
「ねえ、僕を助けてくれたおじさんって、どんな見た目だった?」
まずは家族に聞いてみる。
「おじさんって言うには、若かったと思うけど……」
「髪は焦茶色だったかな」
「上等な服を着てたよ」
結局、これといった特徴がない外見だということしかわからなかった。
仕方なく、別の方向からおじさんに繋がる情報を探すことにする。
「僕が攫われたこと、おじさんはどこで知ったんだろう」
おじさんは僕が誘拐されたことを誰かから聞いたようだった。
それに、教えていないのに僕の名前も知っていた。家族が話したのだろうか。
こういう時、頼りになるのは姉だ。
「姉さん、あの日僕がいなくなった後、みんなはどうしてたの?」
「そりゃもう、大騒ぎよ! とにかく周りの人にハイドの特徴を伝えて、見かけなかったか聞いて回ったの。でも、どこにもいないってわかった途端に母様が泣き出して」
つまり僕が攫われた場所を通りかかった人は、僕がいなくなったことや僕の見た目をその場で知れたということだ。
あのショーウィンドウの場所に行けば当時のことを覚えている人がいるかもしれないが、また同じ目に遭うかもしれないと思うと少し怖かった。
「その後は?」
「警察にも知らせて、母様を落ち着かせるために一旦家に戻ったんじゃなかったかしら? 父様は仕事場の人たちに協力してもらうって言って、走り回ってたと思う」
姉は自分のことを他の兄弟と比べて平凡だと言うが、記憶力は家族の中で一番良い。一年前のこともしっかり覚えていた。
「私も手伝えることがあれば良かったんだけどね。母様が『あなたたちまでいなくならないで!』って泣きじゃくるものだから、そばにいて宥めるので精一杯だったのよ」
そう言ってため息をつき、僕の存在を改めて確認するように抱きしめる。母と同じキャラメル色をしたふわふわの髪がくすぐったい。
「それで、夕方にハイドを攫った奴らから『みのしろきん』を寄越せっていう手紙が届いて、また大騒ぎになったの」
父譲りの濃い藍色をした僕の髪を撫でる手は優しいが、言っていることはなかなか物騒だった。
姉は物語が好きで登場人物の口調をすぐ真似するせいか、言葉使いが荒いことをよく母に窘められている。たぶん身代金の意味はわかっていない。
「ああ、それで思い出した。手紙を読んで母様がまた泣き出した時にね、父様が『伯爵のツテで頼りになる人が動いてくれるそうだから安心しろ』って言ってた」
「本当!?」
間違いない、その『頼りになる人』はおじさんのことだ。僕は前のめりになって姉に訊ねる。
「伯爵って誰?」
「さあ? 父様に聞いてみたら?」
「わかった!」
というわけで、今度は仕事から帰ってくる父を待ち伏せて早速訊ねた。
「父様、伯爵って誰のことですか?」
すると父は驚いた顔で僕を見下ろした。
すぐに僕の考えていることに思い当たったようで、屈んで視線を合わせる。
「もしかして、まだ『おじさん』を探してるのかい?」
「うん!」
僕がおじさんを探していることは、ミスティコ家に出入りする人なら誰でも知っている。特に隠してもいない。
ただここしばらくは勉強を優先していたので、父は諦めたと思っていたようだ。
「ホラント伯爵だよ。名前は聞いたことがあるだろう。父様の上司だ」
「上司……。仕事の偉い人のことでしたっけ」
「そうだ。父様も、伯爵が誰に頼んだのかは知らない。おそらく、聞いても教えてはくれないと思う」
「どうしてですか?」
僕はわからないことがあると、答えが見つかるまで調べ続ける。
そんな性格を知っている父は、少し悩んだ後、もう少しそばに寄るように手招きした。口元に手を添えて、ひそひそと言う。
「確かなことじゃないから、絶対に人に言ってはいけないよ。たぶんあのおじさんは、伯爵が贔屓にしている情報屋だ」
「じょうほうや……?」
知らない言葉だった。
情報はあの日おじさんが大切だと言っていたものだけど、『屋』ということはお店だろうか。
「これ以上探すとおじさんの迷惑になる。諦めなさい」
聞きたいことを更に増やしている僕をよそに、父はこの話はこれで終わりだと言いたげに、ゆっくりと頷いて去っていった。
後で調べたところによると、『贔屓』はお気に入りの人という意味で、『情報屋』というのは目に見える物ではなく自分が知っていることや調べたこと、つまり情報を売る仕事だそうだ。
情報屋は人の秘密をたくさん知っているので、身を守るために信頼できる人以外には名前や居場所を隠していることがほとんどらしい。
なるほど、それでおじさんのことを誰も知らず、僕にも名前を教えてくれなかったのだ。
父は探すのを諦めろと言った。
でも、おじさんは『調べてごらん』と言った。
僕なんかが調べても、辿り着けないという意味だったのかもしれない。
だがしかし。
「情報屋かあ……!」
やっぱりおじさんはすごい。
僕なんか、良いことをしたら褒めて欲しくてすぐ周りに見せびらかしてしまうのに、おじさんはちゃんと黙っていられるのだ。
憧れはますます加速し、
「僕も情報屋になろう!」
ここから、やがて少し後悔することになる僕の『情報屋ごっこ』が始まった。




