第29話 呪物研の被害
僕は地味に暮らすための心得に『魔導書で覚えた魔法はなるべく使わない』を組み込んだ。
引き続きスノウ様と一緒に聞き込みを続けたところ、ほぼ同時期に、新しい遺失物届の申請が激減したそうだ。
「やっぱり、犯人がこちらの動向を窺っているんでしょうか」
「目的を達成して大人しくなったのかも……」
放課後にはジュリも交えて新聞部に集合するのが日課になった頃、部室の扉が控えめにノックされた。
「はい……、うわっ」
「キスリングくん、頼みたいことが――ひっ」
軽率に応対したら、フードを目深に被った丸眼鏡の少女、呪物研のマーガレット部長がいた。
思いがけず再会してトラウマが蘇り、思わず声を上げてしまったものの、ほぼ同時に呪物研部長の方も変な声を上げた。
「ひ、人がいっぱいいる……」
扉を閉めて出直そうとする部長に、ウルナ先輩が声をかけた。
「これはこれは、マーガレット部長。相変わらずだねえ、その人見知り」
するとマーガレット部長は扉の陰から恐る恐る半分だけ顔を出す。
「な、なんで新聞部にこんなに人がいるんだ。しかもそこの銀髪の子、ホラント家でしょう。まさかキスリングくん、健全な部活動のふりをして一年を騙したんじゃ……」
「健全な部活動だよ? 優しい先輩がいて、快適な部室で美味しいお茶が飲めて、クッキーが食べ放題の」
「嘘つけ!」
ドアノブを引き合いながら扉を挟んで喋る様子を見るに、ずいぶんと仲が良さそうだ。そういえば二人とも五年一組だったか。
「ボクに用事なんだろ? わざわざ訪ねてきたってことは急ぎなんじゃないの?」
「うう……」
先日威勢が良かったのは、先輩と一対一で喋っていたかららしい。
人見知りは慣れた相手とは普通に話ができることは、スノウ様から学んだ。
「僕たち、退席しましょうか」
「いいのいいの、どうせ最初だけだから。お茶淹れてくれる?」
面白そうなネタの気配を嗅ぎつけたウルナ先輩は、宿敵を嫌に丁重にもてなした。
いや、新聞部を宿敵だと思っているのは呪物研の方だけで、ウルナ先輩はマーガレット部長のことを、珍妙な音が鳴るおもちゃくらいにしか思っていない可能性もある。
ソファーを先輩がたに譲り、満面の笑顔を浮かべるウルナ先輩の後ろに僕たちが立つと、マーガレット部長は居心地悪そうにうろうろと目を泳がせた。
「さあ、話を聞こうか」
「うう……。あの、一年生たち。ここで聞いたこと、よそで話さないでよね」
「もちろんです」
代表して深く頷くと、部長はようやく話しはじめた。
「あの、この前キスリングくんを捕まえた時に使った呪物、覚えてる?」
「もちろん。なかなか忘れられるものじゃないよあれは」
「……あれがなくなったの」
「え」
思わず声を出してしまい、怪訝な目を向けられて慌てて自分の口を塞いだ。
「それだけじゃない。あの日新しく入った、魅了のペンダントも一緒に、誰かに盗まれて……」
「それって、かなりまずいんじゃないの?」
「まずいに決まってるでしょう! もしあれが生徒に危害を加えたりしたら、呪物研存続の危機よ……」
何しろこの学校に通っているのはいずれも権力者の子どもたちだ。怪我の原因が呪物研だとわかれば、部活動の備品――あれを備品と呼んでいいのかはさておき――を紛失した程度の話ではなくなる。
「顧問の先生には?」
「言えるわけないじゃない。特にあれは私が外に持ち出したりもしていたし、責任を問われたら今後一切呪物に触れられなくなる……!」
本気で深刻そうに頭を抱えているところ申し訳ないが、論点がずれている気がした。
「それで、ボクに何を頼みにきたわけ?」
おおよその予想はついているくせに、先輩は組んだ足に頬杖を突き、にやにやしながら訊ねた。
「……公になる前に、探し出したいの。新聞部って、そういうの得意でしょう」
「うん、人よりはね。それで?」
「……」
何が何でも本人の口から言わせたいらしい。この前の仕返しかもしれない。
マーガレット部長はそれこそ人を呪えそうな視線をウルナ先輩に向け、
「お願い、協力してください」
悔しそうに頭を下げた。
マーガレット部長によると、あのうねうねとペンダントが盗まれたことに気付いたのは今朝のことだそうだ。
まず部室に寄ってから登校するのが彼女の日課なのだそうで、いつもどおり立ち寄ったところ、部室の鍵が開いていたらしい。
「前の日は絶対に閉めた! 他の部員も一緒だったから間違いないの!」
「鍵の管理はどうしてるの?」
「私が一本持ち歩いていて、スペアの鍵は顧問のグラスプール先生が持ってる。最近あちこちで物がなくなるって聞いたから特に気をつけてたし、先生の鍵も私の鍵も無事だった」
僕たちが遺失物届が出ている物を調べていることは、やはり噂になっているようだ。
「他に盗られた物はなかったんだね?」
「うん、その二つだけ。最近仕入れたばかりだったのに」
「なるほどなあ」
ふむふむと頷いている先輩の後ろで、僕は部長の話をメモしていく。
「ああ、でも、うちの部員じゃないのは確か。すぐに部員を集めて全員に聞いたの! 嘘をつくと噛みついてくる呪物があってね、うふふ……」
何だその恐ろしい呪物は。
ぞっとしている僕をよそに、呪物の話を始めると瞳孔が開いて早口になるマーガレット部長をウルナ先輩が慣れた様子で宥めた。
「うんうん、その呪物のことはまた今度聞こうかな」
部長は先輩の生暖かい視線に気付いて咳払いした。
「……何かわかりそう?」
「今のところは何とも。まあ、ボクが調べてることとも関連がありそうだし、一緒に調べてみるよ」
「できる限り早く、その、……お願いします」
ウルナ先輩に頭を下げるのがそんなに嫌なのだろうか。いや、僕もちょっと嫌だけど。




